第5話スージィ・クラウド夜の鍛練

 ユックリと深く息を吸い、はらの下へ落し込む。

 はらに『氣』が溜まっていく事を確かめながら、今度は息だけを吐き出す。

 コレを何度か繰り返し、十二分に『氣』を下腹かふくへ溜めこむ。

 そのまま胸を開き、奥に在る暖かみを全身に澱み無く廻らせ、額の奥で周りを認識する。


 フッと、軽く息を吐き、知覚したターゲットに向け地を蹴り、飛ぶ様に一気に迫る。

 そしてその相手に軽く掌底を当てた。


 掌を当てられた瞬間、轟音を響かせそれが爆散した。

 硬質な外装に覆われていた胴体は砕かれ飛び散り、その破片が周りの樹木を薙ぎ払い抉り飛ばした。

 森林が広範囲に渡り、散弾で吹き飛ばされた様な有り様になった。


「う~みゅ……意外と簡単に吹っ飛んじゃったね!テヘ♪」


 可愛い仕草をしても惨状は変わらない。

 森は今彼女が立つ位置から扇状に消失していた。


 『フォレストジャイアント』

 森林の中に潜む身長5メートルを超える巨人だ。

 棍棒の様な長い腕を振り回し獲物を襲う。

 分厚い樹皮の様なその皮膚を持ち、木々の間ではその姿を確認するのは難しい。

 その硬質な皮膚は並の剣では傷一つ付けられない。

 だが今、10数体居た巨人の全てを、木々と一緒にスージィは吹き飛ばした。


「あぅぅ、やっぱり氣を練り込むと威力が凄い事になっちゃうなぁ……」


 これはやり過ぎだよねぇ……。と額に手を置き頭を振る。



 今日の夕飯時、何故か心乱れ涙が止まらなくなってしまった。

 その事を鑑み、今夜は森の中で呼吸法に依り『氣』を練り込み、精神の安定性を推し進めようと試みていたのだが、結果的に何故か破壊活動に至ってしまった。

 解せない……。


 どちらにしても、『試練』前に森の奥へ来るのは今夜が最後だ。

 明日はユックリ自室のベッドで休むつもりだ。

 今夜は鍛練を済ませ一通り見回ったら、何時もの様に屋外で何やらする気満々なのも言うまでもない。

(やっぱり、心乱れた後はコッチ方面も乱れ切った方がバランス的に、精神衛生上良い筈だよね?!)

 という誰に対してなのか良く判らない言い訳も用意済みだ。





 思えばスージィが初めてこの森に降り立ってから既に10ヶ月になる。

 もう二か月も経てば一年だ。


 今居る場所は最初のサバイバル生活最後の日の夜を過ごした水場だ。

 いつの間にかこの場所を拠点として使っていた。

 ほぼ毎晩の様に此処へ来て、スキルや力のコントロールを試していたのだ。


 もう随分コントロールの精度が上がっていると思っていたが、少し力を込めるとこの惨状だ。


(やっぱり、根本的な力を抑える事も出来る様にならないとダメかなぁ……)



 今は外に力が漏れる事は抑えられてはいるが、内功を巡り、そのまま内側で力が溜められている状態だ。

 内側の圧力が高いのだから、外に出すコントロールが難しいのは当たり前の話だ。


(スイッチのON、OFFではなく、ボリュームを上げ下げするイメージだよねー)


 そんな事を考えながら自分の内側へと意識を向けて行った。





     ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆





 この10ヶ月余り、スージィはスキルの検証に時間を費やしていた。

 その威力や精度の把握は勿論だが、自分の使えるスキルを把握するのが最初の目的だった。


 何分、一つのキャラだけでは無い。持ちキャラ分全てのスキルが使えるのだ。

 初期スキルから一つずつ確認する事から始めていた。



 その内、彼女は一つの疑問を持つようになる。


『このスキルは何故使える?何故知っている?いつどうやって覚えた?』


 ゲームでキャラクターが習得したのだと言ってしまえばそれまでだが、今は肉体を持つ現実の身体だ。データでは無い。

 ならばその知識は何処にある?


 少なくとも自分にはスキルを修得した記憶は無い。

 どういう理屈で使えるのかも解らない。

 しかしスキルは使える。


 何処かにスキルを使用する為の、いや、スキルの情報が仕舞われている記憶領域があるのか?あるとすればそれは何処に?



 スージィは一つ仮説を立ててみた。



 自分はタゲった相手、つまり認識した相手の情報を読み取る事が出来る。

 それはゲームでは当たり前の事だった。

 タゲった相手の名前や自分とのレベル差、 場合によってはもっと詳しい情報も読み取ることが出来た。

 しかしそれはゲームの中だからだ。

 では何故、今の自分は他者の情報を読み取れるのか?


 そしてスージィには覚えがあった、人の名前を知る方法に、人の情報を読み取る技術に。


霊査エーテルスキャン』エーテル体の情報を読み取る技術だ。


 エーテル体は物質世界での肉体の情報が蓄えられた、謂わば記憶媒体と言っていい物だ。

 自分は相手に意識を向ける事で、その記憶媒体に、無自覚で霊査エーテルスキャンを行っていたのではないのだろうか?

 自分は最初から、エーテル情報にアクセス出来ていたのではないのか?


 そう、他者のエーテル情報を読み取れるなら、自分のエーテル情報も読み取っていてもおかしくはない。

 スキルも全て、自分のエーテル情報から読み取って使っているのだ、と言う仮説。


 スキルは頭や身体に記憶として在るのでは無く、エーテル体にその情報があり、その都度アクセスする事でスキルが発動し、体が自然に動く。

 だから肉体にも頭にもスキルを覚えた記憶が無いし、その使い方も知らないのだ。


 実際スキルを使用すると、その動きを途中で変化させる事は難しい。

 『氣』の籠め方で威力の増減は可能だが、肉体の力加減でのコントロールは恐らく無理だ。

 言って見れば、オートで身体が動いている感覚なのだ。

 良い感じに力を抜くとか、急所を避けて当てるとかの調整が出来るとは思えない。

 尤も今の所、スキルを使っては爆ぜさせたり、みじん切りにしているので試した事は無いのだが……。

 しかし、スキルを人間相手に使った場合、上手く手加減するとか恐らく無理だ。

 勿論人相手には試して見たいとも思わない。

 しかしスキル加減の調節は、試してみたい案件ではあるのだ。



 なのでスージィは、エーテル体からダウンロードしたスキルを、改めて身体に覚えさせてみようと思った。


 スキルを発動させ、その時に使う体の動き、重心の移動や使う筋肉。魔力や氣の流れ、溜め方、巡らせる場所や量。

 それら全てを綿密に測り、トレースし、覚える。


 そしてそれらの身体の動きや意識の使い方を反復し行い、身体に覚え込ませるのだ。


 意識の中からスキルを選択して発動させるのではなく、身体に覚え込ませた技術スキルを使いこなせる様に成る為に。



 初めは初期のスキルからやってみた。

 剣や鈍器で強い一撃を放つ『パワースマッシュ』。

 只、強く武器を叩き付けるだけのスキルだ。


 一撃を放つ前に何処に力を溜めて重心は何処に?意識は何処に?動き出す時には?

撃ち下ろした時は?撃ち終わった後は?


 それら全てを細かく分解、細分化し検討して正確にトレースして行く。


 初めは型だけを正確にトレースした。

 そして様々な速度で動きをなぞる。

 ある時はコンマ何秒と云う高速で。

 ある時は1時間以上かけてユックリと。

 この段階で無意識下、つまりエーテル情報内にある『スキル領域』(スージィはそう呼んでいる)は反応しない。

 恐らく、スージィが『スキル領域』を利用しての発動を求めている、とは判断されていないのだ。

 スージィはそうやって、にエーテル内の『スキル領域』を使用しない使をマスターして行った。


 やがて、身体の動きに意識の流れも併せて行く。

 身体の動きと意識の動きも合わせ動かし全身を巡らせ、使いたい部分に集めて行く。

 コレも何度も繰り返した。

 色々な速度でも同じ様に出来るまで何度も何度も。


 5の紅月あかつきになった頃、スージィは『スキル領域』を使用せずに、自らの肉体コントロールのみで、スキルを放つ事が出来る様になっていた。



 その後はもう、片端からスキルをトレースした。


 実際にスキルを発動させ動きを測る時は森の奥で、トレースした動きの鍛練は森の外でも行っていた。

 自室でした事もあった。その時に「埃が落ちて来る!はしたない!」とエルローズに叱られたのは良い思い出……か?

 夕食前に、家の庭でする事もあった。

 学校の修練場でやる事も多かった。


 修練場では、ユックリとした動きで、トレースした型を反復する事を中心に行っていた。


 子供達は皆、興味津々な様子でスージィの反復練習を眺めていた。

 何をやっているのか聞かれると『型の練習』とだけ答えた。



 最初に動いたのはアーヴィンだった。


 魔力を使って、打撃や斬撃の威力を上げる技は在るけれど、それは違う気がする。一体何なのだ?と。


 これは一撃の威力を上げる技だけど魔力は使わない。


 と、スージィは答えた。

 当時、まだ魔力を練る事が出来なかったアーヴィンは喰い付いた。


 それは自分にもできるのか?と。

 自分にも教えて貰う事はできないか?と。


 スージィは考える。

 この世界の人達は魔力を纏う事で、身体強化や攻撃の威力を上げる事はしているが、『氣』を使うと言う意識が薄い。

 実際は無自覚ながら使っている人も多いが、意識的にコントロールしようとしている人は、あまりいない。


 確か元の世界でも、『氣』を扱うのに長けていたのは、中国や日本など一部のアジアの人達だけで、ヨーロッパの人々は扱う術を知らなかった、と聞いた覚えがあった。


 此処では魔力を使うのが当たり前になっているので、『氣』を使用すると言う意識は、尚の事無いのかもしれない。

 逆に、まだ魔力を十分に使えないアーヴィンなら、『氣』を認識し易いかもしれないし、魔力コントロールを覚える早道かもしれない。

 また、魔力を使える様に成った後も、『氣』が使えればその底上げにもなる。

 教えてみるのも面白いかな?と。



 なので、スージィは教えてみる事にした。

 まずは初期スキルの『パワースマッシュ』から。


 アーヴィンは覚えが早かった。

 型だけなら3日もせずに覚えた。

 1週間もすれば重心移動や、その落し方も物にし始めた。

 10日も経った頃には、剣先に幽かな『氣』が纏うのをスージィの眼は確認した。

 アーヴィン自身も、何かの手応えは感じていた様だ。


 そんなアーヴィンを見ていたダーナも、声を掛けて来た。


 槍の技は無いのか?


 在るよ。

 スージィは答えた。

 そこからは雪崩れるようだった。

 ナイフの技は?とケイトが。

 斧は無いのか?とロンバートが。

 気が付けば全員に型稽古を教える事になっていた。



 だがスージィはこの時まだ気付いていなかったのだ。

 この事が、子供達へのチート育成に繋がっていたと云う事に。





     ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆





 スージィは、『氣』を『内側』へ仕舞い込むイメージを作っていた。

 『氣』を抑え込むとか押し込むとかでは無く、別の位相へ持って行く。

 自分のインナースペースを、自分の身体に重なる様に創り上げ、そこに映して移すイメージ。

 それは其処に同時に存在しながら、其処には無い。


 今の状態は、溢れんばかりの『氣』を、無理やり身体の内側に抑え込んでいるのと同じだ。


 恐らく『氣』を視れる者が見れば、外には漏れては居なくても内面で『氣』が渦巻いている事が、容易に見て取れる。

『幾ら抑えたとて、その濃厚な気配は隠しようがあるまいよ。ククク……』

 とか言われてしまうかもしれない!!!


 元プレイヤーとかと出会って、そんな事を言われ、目を付けられた日には堪ったモノでは無い!

 それはスージィにとって望むべき事では無い。

 自分は目立たぬ庶民を目指しているのだ!

 そんな事態は何としても回避しなくてはならない!!!


 なのでスージィは、『氣』をそこには無いモノとして内側に重ねて行く。

 と、同時に『氣』を使いたい時に、使いたい量を、使いたい部分で使うと云う技術も試みた。


 まず指先に『氣』を集めてみる。身体の他の部位は薄いままで、指先、右手の人差し指の先にだけ集中する。

 其処だけ濃厚に圧縮する様に。

 更に、もっともっと濃密に……。


 やがてその人差し指を親指で押え、徐に前方へ突出した。

 そして森の奥へと向かい指を弾く。


 ゴンッ!と大気が震えた。


 前方に、巨大な砲弾が徹った跡の様に、木々と大地が抉れ飛ぶ。

 遥か彼方にあった岩山が弾け飛ぶのが判った。

 上空の雲が弾道に合わせる様に散って行く……。


「あ……、コレ駄目なヤツだ……」


 スージィは背中に、盛大に汗が流れるのを感じていた。


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次回「アウローラの御伽噺」

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