第4話クラウド家の夕餉
「初めましてお嬢様。第十二機動重騎士団所属、先遣部隊筆頭マグリット・ゴーチェです」
「同じくジモン・リーツマンです。お見知りおきを」
「ライサ・ウルノヴァです。お嬢様!」
その日学校から帰宅し、ハワードパパに紹介されたのは女性2人と男性1人、お1人ずつ順に握手を交わさせて頂いたのは、3人の騎士団からのお客様だった。
騎士団と言えば、フルプレートを纏っているイメージだったんだけど、そんな事は無くて、この方達が身に付けているのは丈が短いキャメルカラーで、肩の張ったシルエットのライダースジャケット(?)の様な上着に、やはり革のパンツ。
足元は膝まであるブーツ。いや、白いプレートで覆われてるから脛当てで良いのかな?を履いてらっしゃる。
手甲は……、室内だから外してるんだね。座っていたソファーに置いてあった。
この手甲、脛当てだけ見るとフルプレートの騎士っぽい感じもする。
でも、デザインは中世の甲冑と言うよりも、プレートで覆われたライダーブーツや、グローブって感じかな?何か現代っぽいんだよね。
例えるならばその装いは、SF映画に出てくるパイロットスーツの様にも見える。
もしくは……何かを駆逐される方々……とか?
ま!それが何とも『格好良い』とか感じてしまうのは、自分の中に在る厨二心に触れてしまったからだと思うのヨねっと!
その胸元にあるエンブレムも、中々に格好良い。
盾をベースに、その中心に在る二対の翼をもつ一本の剣と、それを握るガントレット。これがアウローラの国章なのだそうだ。
その国章を身に付けておられる騎士団の方が3人。今、我が家にいらっしゃるのだ。
マグリット・ゴーチェさんは、アリシア位の身長で、濃いブルネットの髪を三つ編みにして頭の上で纏めたキリリとした美人さんだ。
ジャケットの肩章の線が、他の2人より一本多いのは部隊の責任者だからかな?
ジモン・リーツマンさんは、マグリットさんより頭一つ高い。
短く切り詰めた黒い髪と、彫りの深いグレーの瞳が意思の強さを感じさせるけど、柔らかな微笑みが、お優しい人柄を窺わせる。
ライサ・ウルノヴァさんは、少し小柄で、光によっては赤く見える、肩の辺りで切り揃えたハニーブロンドがとても綺麗で、笑顔の可愛いお姉さんだ。
「お話中、お邪魔して申し訳ありませんでし、た」
「とんでもありません。用向きは澄みましたので、お暇する所でした。最後に噂の姫の御尊顔を拝見出来て僥倖でした」
「……い、いえ!わたしは、そん、な……」
「噂にたがわぬ、魅力的な姫様です」
「隊の皆に自慢しちゃいますよ!今日、アムカムの姫様に会ったんだーって!」
「……ぅあ、え?……あぅぇえ??」
ど、どどどどどゆことですかぁっ?!!な、何でわたしを姫様呼びぃ??
わたしは、そんなお姫様とかじゃ無いですよ!とマグリットさんに言おうとしたら、すかさず他の二人にも畳み掛けられた!
騎士か?騎士だからかっ?!
騎士は女子を、お姫様扱いする決まり事でもあるのですくぁっ?!
ハワードパパも、そんなニッコニコした顔してないで止めて下さいよ!?
わたしがアワワ、ワタワタしてる間に、三人の騎士様達はお帰りになってしまった。
わたしは半ば意識を飛ばした状態で、ご自分達の馬に跨り、お帰りになる騎士様達をお見送りしていた。
しかし!直ぐに我に返り、ハワードパパに……。
「酷いです!何で皆さんの事、
と、顔が上気してる事を感じながら、八つ当たり的な抗議をしたんだけど、パパは 「ウム、彼らは中々に見所がある!ウム、ウムウム」とか一人頷いていらっしゃる!
かと思えばソニアママが……。
「だから、スージィは『お姫様』だって、ずっと言ってるでしょ?」
と、追い打ちをかけて来た!
満面の笑みで、そんな事を言って来られると思わず、はぎゅぅ……!と、たじろいでしまう。
「しょうがないのですよ、お嬢様……」
と、エルローズさんが説明をしてくれた。
彼ら騎士団は、元より中央、つまり王都に本拠を置く組織だ。
貴族制度が廃止され、既に150年以上経ってはいるが、中央では未だ貴族の立場を重んじる風潮が、根強く残っているのだそうだ。
そんな中央に籍を置く彼らにとって、元領主家の令嬢は姫として扱うのは、ある意味当たり前なのだとか……。
なんだそれ?時代錯誤も甚だしくない?
大体にして、わたし令嬢ちゃうし!庶民だし!!
それに何ですか?『噂の姫』って?!
わたし、知らない人に噂される憶え無いんですけどぉ!!
「いえ、お嬢様は先日、コープタウンでご活躍されてますから……」
そう笑顔でエルローズさんに言われて、二の句が継げなくなった。
あ、あれはそんな活躍なんてモノではありませんのよぉ?!!
そんな何とも釈然としない思いを抱きながら、部屋に戻り着替えを済ませ、直ぐに夕食の支度の手伝いを始めるのだった。
とりあえず、気を取り直して気分を切り替え、シッカリキッチリお料理に励もうと思う!
今夜は先日、皆で狩りに行った時に仕留めた『アムカム・ボア』を使って調理をしようと決めていたので、メインの肉料理はわたしがやらせて貰う事になっていたのだ。
アムカム・ボアは、ジャッカロープと同じで魔獣では無く、アムカムの森に住む猪だ。
そのお肉は多少癖はあるけれど、濃厚な旨味が味わえると結構人気な食材なのだ。
姿は似てるけど、昔食べたナントカヌシに似た魔獣とは比べ物には成らない!
あの味と来たら……。
あぅ、ダメだ……。あの味は、今でも思い出すと泣きそうになりゅ……。ある意味トラウマ。
だから、ボアの肉でこのトラウマを上書きしてやるんだ!
タップリ味わってやるんだからね!コンチクショー!!
メインは、ばら肉のステーキと、腕肉の赤ワイン煮込みだ。
一週間寝かせた腕肉に、ソニアママに捌き方を教わりながら包丁を入れて行く。
脛の骨から削ぐ様に包丁を入れ、肉を剥がす。
ママに教わりながらドンドン骨から肉を削いで行く。
どうです?上手くバラせてますでしょ?フフン!どう?もう昔のわたしとは違うのですよ?ちゃんと解体だって出来る様になっているですよ!!
なんたって明後日から一週間サバイバル生活ですからね!昔のサバイバルスキルゼロと一緒とは思わないでよね!!フフーンだ!
……失礼しました。
何故だか勝手にヒートアップしてしまいました。
お肉が捌ける事に、妙にテンションが上がっていた様でございます……。
お肉が用意できたので、トットと調理に入ります。
ソニアママに教わりながら炒めたり、煮込んだり、灰汁を取ったりして調理を進めて行く。
竈と云うのは、ガスコンロに慣れた身には火力の調整に気を使う。
前はよく失敗していたものだ。
ソニアママやエルローズさんの表情を、そっと伺う。
取敢えず問題無く進めている様だ。
一通り調理が進み、煮込みとステーキ用のオニオンソースのお味見をして貰う。
ソニアママとエルローズさんが笑顔で返してくれた。
思わず、Yes!と、ガッツポーズをとってしまう。
それを見たお二人が目を丸くした。
エルローズさんに『はしたない』ですよ と窘められ、ソニアママはコロコロと笑っていた。
メイン以外のお料理はソニアママとエルローズさんが用意してくれた。
テーブルへ配膳して夕食が始まる。
ハワードパパは、兎に角ニコニコと嬉しげに料理を召し上がってくれた。
まぁ自分で言うのもなんだけど、今回は十分上手く出来たと思う。
竈での調理は最初ホント苦労したのですよ!
タップリと時間をかけて煮込んだお肉は、トロットロに柔らかく、舌の上で溶ける様に解れて行く。
ステーキも噛み締めるたびに旨味が染み出し、オニオンソースが更にその味を引き立てる。
ウン!美味しさが幸せで身体に染み渡るるぅぅ!トラウマを塗りつぶせぇぇ!!
お食事をしながら話題は、夕方いらっしゃった騎士団の方達の話になった。
あの方たちは先駆けとして、ハワードパパへご挨拶に訪れたのだそうだ。
「今年の雪解けは、思いの外早かったのでな……」
本来なら昨年の秋前には、イロシオ大森林へ調査団が派遣されるはずだった。
それが諸々の事情で出発が遅れ、冬を迎え、今年の春に出発が伸びたのだそうだ…………。
ナルホド。
ナルホドネ……。
デ、デイパーラの異変?そ、そんな事も御座いましたかしら……ね?
なにやら大変そうなお話しでしゅわね?あは、あはははは……あは♪
……あ、失礼致しました。何故かしら現実が逃避行を始めてしまった様に御座いますぅ。不思議ね?!あうぅっ!
「本隊が準備を整えるに一月はかかる。準備が出来次第、今一度此方へ連絡を寄越しデケンベルを発つそうだ……」
「では受け入れの準備を始めないと……。隊の規模はどの程度なのでしょう?」
「先行隊10。本隊20。後詰め20と言う話だ」
「思ったより小規模ですわね……」
「なに、始めからイロシオ踏破など、期待していないと云う事であろう?」
「……分りました、明日にでもモリー・ビーアスに連絡を入れておきます。エルローズ、お願いね」
「ウム、そちらは宜しく頼む」
わたしが現実逃避をしてる間に、お二人はお話を進められエルローズさんがお二人に 畏まりました。 と頭を下げていた。
「そんな事よりもスージィ。昨日引き取って来た装備はどうだったのだ?不都合は無かったかね?」
「あ、ハイ。とても丁寧に手を入れて頂いて、感動してしまいまし、た!」
そうか、ウムウム とハワードパパが嬉しそうに頷かれ、話題は明後日の『成人の儀』の話になった。
もう準備は万全か?心構えは出来ているか?十分注意は怠らない様に。食べる事だけは気を付ける様に……。とお二人からアドバイスを受ける。
食事の話が出たので。
こういう家族での食事が……ソニアママの料理が、1週間も食べられないと思うと、それが一番辛いです。と言うと。
「アラアラ、たった1週間で寂しがっていたら、来年になってデケンベルの学校に行くようになったら、どうなってしまうのかしら?」
フフフと、ソニアママが困った様に笑いながら言われたのを聞き、ハッ!として、手に持っていたナイフとフォークを取り落としてしまった。
来年?
デケンベルの学校……寄宿校?
3年間の寮生活?
3年もママの料理が頂けない?
3年も此処から離れるの?
今更ながらその事実が、深く胸の奥に突き刺さって来るのを感じた……。
無理!無理ですっ!
「む、無理ですぅ……。3年も寮とか無理ぃ……い、行きたくない、行きたくないです……ココ離れるのは嫌ですぅ……」
何故か無性に悲しくなってきて、涙をポロポロ零しながら、兎に角行きたくないと訴えた。
滅茶苦茶我侭を言っている自覚はあるのに、何故だか涙が止まらない。
「む、む?イカン、イカンな!スージィ!無理に行く必要は無いぞ。ウム!行かんでも良い!行かんで良いぞ!此処に居なさい!ウムウム!そうだ此処にずっと居れば良い!!」
ハワードパパが慌てた様に立ち上がり、早口でそんな事を仰った。
「ハワード?!ハワードったら何を言っているの?そういう訳には行かないでしょ?スージィも、ね?直ぐの事では無いのだから。落ち着きましょ?良い子だから泣き止んで?」
そう仰りながら立ち上がったソニアママが、わたしの涙にハンカチを当ててくれる。
なんだか、食事をしながら涙を拭って貰っていると、初めて此処でお食事を頂いた時の事を思い出して来て、余計に涙が溢れて来た。
慌てる様に、テーブルの周りを行ったり来たりするハワードパパ。
泣き止んで と涙を拭いながら優しく語りかけてくれるソニアママ。
労わる様に、そっとナプキンを膝上に置いて下さるエルローズさん。
気付かって下さる3人の優しさを感じると、更に涙が溢れる。
もうどうやっても涙が止まらない。
エグエグと子供の様に泣くのを止められないまま、只時間だけが過ぎて行った。
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次回「スージィ・クラウド夜の鍛練」
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