第3話アムカム成長の儀式

「……あ、光った」


 ほの暗い魔法棟の室内で、ダーナが手を翳す五精盤が淡い光を放つ。

 緑と青。風と土を司る部位の刻印が柔らかな光を放った。


「前衛が複数の属性に反応するなんて……」


 コリンがメガネをクイッと上げ、フレームをキラリと光らせながら呟いた。


 元来、生粋の前衛職が複数の精霊へ対し適性を示す事は、まずあり得無い事なのだそうだ。

 それが今日は二人も立て続けに複数属性に反応した。

 アーヴィンもこの前にナント!火と風と無の三つの属性に反応していたのだ!!


 ありえない……。と、ビビとミアが目を丸くしてアーヴィンを見詰めてた。


 これはアレかな?思った以上に走り込みでの集中と、型稽古が上手く行ったって事かしらん?どちらにしても、コレでダーナは来月に迫る入試への不安が無くなったと云う事だ!

 ウン!良かった、良かった!!


「スー!ありがとー!スーのおかげだよー!!」

「みゅぎゅむっ!」


 ダーナに思い切り抱き付かれた。

 その十二分に弾力に富む胸元に顔が埋まるるぅ。

 コレはこれで結構シアワセー。


「良かったダーナ。わたしも、安心した、よ?」


 心地良い胸元に埋まりながらも顔を上げて、わたしも満面の笑みでダーナに答えた。

 すると、わたしを見降ろすダーナが、頬を染めながら更に力を籠めて。


「あーー!もう!スーが可愛過ぎるーーー!」


 と叫び、ワシャワシャとアッチコッチを撫でまわしてくりゅ!

 わ、脇はダメにょぉぉ!お、お尻もぉぉ!


 ふにゃぁぁあ! と身をよじらせダーナの攻撃に耐えていると、後ろから刺す様な視線を感じた。

 其方に意識を向ければ、ミアが両手をワキワキさせながら獲物を狙う様な眼でコチラを視てる?!

 ミ、ミア?!何でそんな目で見てるにょ?!鼻息が荒いよ?!その手はナニ?何をするつもりにゃのぉーーっっ?!!




「そう言えばスー。もう明後日でしょ?準備は終わったのかしら?」


 わたしがダーナに捕まり、ミアの醸し出すオーラに戦慄しているところへ、コリンが助け舟を出す様に話題を振ってくれた。


「うン!昨日、剣と革鎧の……調整が、終わって、受け取ってン!……来た……か、ら!」


 ダーナの腕から逃れながらコリンに答えた。


 剣と革鎧以外の野営の準備はもう出来ていたので、昨日の受け取りで大方の準備は整ったのだ。


「まっ!アンタなら何の心配も無いけどっ、頑張んなさいよっ!」

「ありがとビビ!わたし、頑張る、ね!」






『アムカム成人の儀』それはアムカムの子供達が14歳になった時に行う、昔から続く独り立ちの為の習わしだ。


 やる事は難しい事じゃ無い。

 一週間、アムカムの森に入り、そして生きて帰って来れば良いだけだ。

 これは、何百年もこの地域で続いて来た慣習で、元の世界で言えば元服式の様な物かな?


 大昔は、それこそ森へ入った子供は本当に命がけだった。

 全ての子供が無事に帰って来れる訳では無い。

 帰って来れない子供達も、実に数多く居たそうだ。

 だから森へ入る前に子供には、予め金属製のタグを持たせ、もしもの時でも身元が判る様にしていたのだそうだ。

 それは特に魔力が籠められている訳でも無い、名前、生年月日、そして出身の村名だけが刻まれてる只の金属の板。

 本人を判別する為だけの金属片だ。


 一週間を無事に過ごして村へ戻った時、そこで初めて一人前と認められる。

 タグはその一人前の村人……当時で言えばアムカム領だね。

 正式に、此処アムカムの住人になった証でもあるのだ。


 魔獣が住まうアムカムの森と共に生きる人々の、なんともハードな習わしだったのだと思うよ。


 現代では、シッカリとした安全策も施され、帰って来れない子供はまず居ない。

 付かず離れずで、護民団の団員の方達がガードしてくれてるからね。

 今では只の慣習でしかないのだけれど、それでも一週間、森の中で一人サバイバル生活をする事には変わりがない。


 現代でもやっぱりタグを持って帰って来る事は、子供達にとって一人前になったと言う証でもあるわけです。


 わたしにとってもタグを持てると云う事は、本当の意味で村の住人になれたと云う証にも感じる。

 だから、その時がとても楽しみで、ものスッゴい心待ちにしてるのだ!




「みんなの時は、どうだった、の?」


 明後日の事を考えたら、ちょっとテンション上がって来て、経験者の話を聞いてみたくなってしまった。


「オレは……、特に大した事はしなかったかな……」


 アーヴィンが顎に右手を軽く添えて、思い出す様に話し始めた。

 アーヴィンの誕生日は5の紅月あかつきだから、秋口に済んじゃったのよね。


「大体オレは、五つ位のガキの頃から、しょっちゅう父さんに森の中に放り込まれてたからな。普通に10日や20日は独りで生きてたし……。一週間位、今更って感じだったなぁ」


 「兄貴達も似た様なもんだったって言ってたぞ?」と、アーヴィン先生は仰っている。

 あ、コレ参考にしちゃイケナイ人の話だった。


 何やってんの?何やらせてんのよハッガード家!ハリーさん!!

 お子さん達に、もしもの事があったらどうすんのよ?!

 帰って来れなかったらどうしちゃうのよ?!!スパルタにも程があるよ?!

 あ……、でもハリーさんってば『金獅子』だったよね?

 獅子は我が子を千尋の谷へ突き落とす的な?敢えて森の中へ突き放す的な?!

 でも普通は無理だから!死んじゃうから!!

 それなのに、平気な顔で話してるアーヴィンも結構おかしいよ?!

 もうコワイよハッガード家!

 こうやって、アムカムの英雄一家の男子が育って行くってお話しなのっ?!


「ダ、ダーナは、どうだった、の?」


 参考にならない人の意見は取敢えず横に置いて、みのりのあるお話を求めよう。

 取敢えず、此処に居る経験済みの上級生に聞いてみるのが正解なのだと思う。


「あたしは只ひたすら角兎ジャッカロープを狩り続けてたな!」


 ん?


「一週間で狩った数、全部で43羽!凄いだろ?!この記録はチョットやそっとじゃ抜かれないと思うんだ!!」


 あれ?えーと……。

 あ、因みに!角兎ジャッカロープって言うのは森の浅層に生息する獣で、魔獣では無い。魔獣では無いので、その肉は普通に食べられる。

 その姿は、鹿の様な角を持つ大きな兎だ。肉も結構美味しいし、毛皮も汎用性高く色々と使える。

 しかもアムカム産の物は、余所のモノより質も良いと云う事で、アムカム特産品の一つでもある。

 子供でも安全に狩れるので、アムカムの子供達の良い小遣い銭稼ぎとしてもっぱら役に立っているのだ……が!

 警戒心もかなり高く、素早さも尋常では無いので、簡単に狩れる物では無いのだ。

 丸一日かけても、成果ゼロとか言う話も良く耳にする。


 ま、そんな捕まえ難いって事もあるので、良い値で買い取って貰えて、お小遣いにもなるんだけどね!


 で、ダーナはそんな捕獲し辛い角兎ジャッカロープを、一日平均5~6羽のペースで狩り続けたって?

 一日に角兎ジャッカロープ5羽狩るとか、普通の子供達には無理だからね?それ尋常じゃ無い数だからね?!


「もうさ!一週間も森に籠って狩りをさせて貰えるなんて機会無いからさ!夢中で記録に挑んじゃったよ!!」


 「あははははー」と自慢げに笑うダーナ。ウン、やっぱりコチラもダメな人だった。


 本来この儀式は過酷なアムカムの森で、一人でも生き残れる生命力とサバイバル能力を試す為のモノなのだ。

 なのにダーナってばその試練本来の目的をブッチして、只でさえ狩り辛い角兎ジャッカロープを追い回し、ひたすらスコアを伸ばす事に夢中になったとか……。

 駄目ですワこの人!後輩が見習ってはイケナイお姉さんの人でしたよ?!!



 ウン、今更だけどアーヴィンとダーナが、同じ脳筋仲間だと良っく分ったよ!

 だからフィオリーナ!そんな感心した様に頷いちゃダメ!ホラ!カールも呆れた顔してるでしょ?!この二人は規格から外れてるからね?真似しちゃダメ!ゼッタイ!!ちゃんと普通の人を見習おうね!!


 そんな二人に呆れて視線を巡らせると、ビビと目が合った。ビビは肩を竦めて溜息を吐き、首を振る。

 ウン、気持ちがシンクロしたね。この二人はダメだよね?

 ンで、そのまま期待を込めて、恐る恐る視線をコリンに向けてみる。……コリンなら、ダイジョブよね?


「そうね、私は最初に安全な野営場所を探す所から始めたかしら?」


 ををぅ!コレですよコレ!ちゃんと普通に当たり前のお答えだ!求めていたのはこう云うヤツですよ!こういうヤツぅ!!

 流石優等生のコリンお姉様!!も、だいしゅき!!


「ウン!ウン!!それで?それで?!」


 ズズイッ!とコリンに近付いて話を進める様に促した。


「テントは事前に練習して、自分一人で張れる様にして於いて良かったわよ。慣れて無ければ間違い無く丸一日潰れてたもの。水は自分で出せるから問題無かったけど、火種の確保と維持には気を使ったわね」


 やっぱり流石だよね!ビビと二人で頷きながらコリンの話に聞き入った。

 ウン、再来月はビビも『成人の儀』だものね!こういうシッカリした人のお話は耳を傾けちゃうよね!!

 こういう、経験者だからこそ語れる話って言うのは勉強になる。

 何が良かったのか?何が失敗だったのか?こう云うのが聞きたかったワケですよ!


 あ、そう言えばもう一人の経験者は?と視線を巡らせると、ミアがいつでもウエルカムって顔でこっちを見てる。


「あ、えーと……ミアは、どうだった、の?」


 と、訊ねた途端、我が意を得たり!とばかりに、それはそれは嬉しそうな顔して語り始めた。


「ホラ!わたしって6の蒼月あおつきだったでしょ?雪も、もう積もってたからテントで過ごすのも大変だと思って、植物を使ってテントを囲ったの」


 ミアの話では、テントの周りに樹の枝を伸ばしたり、蔦を魔力で纏める事で小さなドーム状の風除けを作ったらしい。

 そこに雪が積もって行って、ちょっとしたかまくらの様になり、その中で寒さを凌いだそうだ。


 「もうね、雪風も冷たいしね、火も自分で起こさないとイケナイからね、スッゴイ大変だったんだよ!」


 そうなんだよね、この『試練』って季節や天候によって難易度が変わってしまう。

 誕生日から一週間と言う決め事になっているから、天候不良で延期とか前倒しとかは無い。

 前倒しになる例もあるけれど、天候によっての日程の変更は無いのだ。

 だから、ミアの様に寒い時期で行わないといけない子も居れば、わたしやビビの様に過ごし易い季節に行われる子も居る。

 でも季節が良いからと言っても、嵐とか来られて天候が荒れた日にゃ大変な目に逢う。

 野生動物の活動も活発になる季節だしね!どっちにしても油断してはいけないのだ。


「でも食料は一週間分持たせて貰ったし、防寒のテントと寝袋。後、暖房の魔道具も使わせて貰えたから何とかなったよ」


 というミアの説明に、未経験の子達は安堵する。

 そうなのだ、こういう風に状況の厳しい子は、食料などのフォローをして貰えるのだ。

 冬場での食料の自給は厳しいからね!

 逆に過ごし易い季節のわたし達は、食糧は自力で何とかしなくてはならない。

 ま、ダーナやアーヴィンは平気で狩りして自活してた訳だけどね!



「それでもやっぱり、一週間寒さに耐え続けたよ……。あ、思い出したら寒さがぶり返して来た!身体が温もりを欲しているよ?!」

「……!ふにゅンぷっ?!」


 そう言ったかと思うと、ミアが正面から抱き付いて来た!わたしの顔が、ミアの大ぶりな塊に埋もれてしまうぅぅ!!


「あぁ、ぬくい……ぬくいよぉスーちぁゃん」


 こ、これは!ミアお得意の堕肉ホールド!!

 この心地良い狭間に埋もれてしまうと離れられ無くなる、わたしの習性を突く肉の罠だ!

 その動けぬ身体を、ミアの手が好き勝手、縦横無尽に撫で回して来りゅりゅ!!


「あ…あにゅ!あぷゅンんんーーっ!!にゃぁ!!しょ、しょこ……!撫でちゃ……っっ!ンっ!!」

「はン!ぬくいよぉ……スーちゃんぬくい……ぃん!そして……柔らかぁ♪」


 ミ、ミアの手が……背中や脇や腰を撫で回しゅ!更にわお尻まで両手でワキワキ、とっ!

 ああ!さっきワキワキしてたのはコレを狙ってたにょかっ?!


 こんなんされてても、わたしは顔を挟間から離さず、あまつさえ両手で堕肉をパッフンパッフンやってる始末っっ!!!

 ああ!何という我が身の業の深さかっ?!

 恐るべし!堕肉ホールド!!

 だがしかしっ!そんな事してる間に、ミアの攻め手が更なる侵攻をぉぉ!!そ!ソコに!ゆ、指を伸ばすのは!禁止ぃぃぃぃぃーーっ!!


「はぅン!にゃっ!にゅにゅうぅぅーーーっんんんんン!」


 そして今日もまたオチの様に、わたしの恥ずかしい声が室内に響いてしまうのだった。


――――――――――――――――――――

次回「クラウド家の夕餉」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る