第2話スージィ・クラウドの届け物

「どうぞ、お嬢さん」


 そう言いながら、マリーベルさんがティーカップをテーブルへ置いてくれた。鼻腔をくすぐるアールグレイの、ベルガモットの香りが心地良い。


「結構、派手な立ち回りしたんですって?」

「わたし、何も、してないです、よ?」


 それはそれは面白そうに、満面の笑みを浮かべたマリーベルさんが、身を乗り出して尋ねてきた。

 わたしは両手で口元にカップを寄せ、そこから上がるお茶の香りを楽しみながら、少しばかり上目のジト目でマリーベルさんに答えた。


 実際、大した事をした訳では無いのだ。

 路地に潜んでいた男達が、怪しい気配をビンビンに撒き散らして突っ込んで来たので、チョロっと躱しただけだ。

 躱した時に相手の行動意識を少しずらしてやったので、勝手に二人で絡まって転がって行っただけ。

 まぁ盛大に酒瓶とかぶちまけたから派手な音出して、人が沢山集まって来ちゃったんだけどね。


 それに男二人も上下逆さまに折り重なっちゃって、お互いの股間に顔を突っ込む形になってるとか……ウップ。

 思い出すと居たたまれなくなるね!一体誰得な絵面よっ?!って感じ?

 沢山の人目に晒されて哀れっちゃ哀れだったけど、一人は顔から飛んで石畳に顔面スライディングしてたから、顔がどうなったか想像するとちょっとホラーよね……。



「お嬢さんが取り押えた二人は、デケンベルから逃げて来た強盗団の残党だったそうですよ」


 取り押えてませんからね?手、出してませんから!


「ローランドさんからも、それは、お聞きしまし、た」

「ああ、衛士長が直々に、賊の確保に来られたのですね」


 ローランドさんと言うのは、コープタウンの衛士さん達を纏める衛士長を務められている方だ。

 クラウド家に来られた事もあったので、何度かお会いはしている。

 なので、お顔は知っているのだ。


「セシリーさんのお店に押し入ったそうですから、ま、当然と言えば当然ですね!」


 マリーベルさんは「衛士長はセシリーさんに首っ丈ですからねぇ……」と言って一口お茶を啜った。


「セシリーさんのお店、に?!お店は?皆さんにお怪我は、無いのです、か?!」

「大丈夫です。当然の様にセシリーさん無双で終わったそうですから」


 思わず腰を上げかけたけど、皆さんがご無事と云う事で胸を撫で下ろした。


 まあ、落ち着いて考えてみれば、その辺の強盗程度でセシリーさんを、どうこう出来るわけは無いんだよね。

 セシリーさんは、コープタウンでブティックを開かれているハーフエルフの方だ。

 見た目は二十歳前後に見えるけど、護民団の元上団位の実力者。

 ハーフエルフの方はエルフと一緒で、成人した後は見た目に変化が無くなると云う事なので、幼い見た目で侮れば痛い目を見る事になる。

 それに店員の方達も、現役の団員を揃えていらっしゃる。

 セシリーさんのお店を狙った時点で、連中は詰んでたって事だ。



 その後もお茶を頂きながら、マリーベルさんが事の顛末を教えてくれた。


 元々奴等は、東にある『ファブリス』という都市で幅を利かせていたゴロツキ集団だった。

 でも他の集団との諍いで力を失い、ファブリスを追われ、デケンベルへと流れて来たのだが、着いて早々、何やら騒動を起こしてしまい、偶々デケンベルには正騎士団の大隊だか小隊が滞在していて、彼らに頭目を始め集団の殆どが討伐されてしまったのだそうだ。

 それが今から十日ほど前の出来事だ。

 そしてその残党が、今日になってセシリーさんのお店に現れたのだと言う事だ。


「衛士長を始め、セシリーさんの崇拝者は衛士さんの中には多いですからね。皆さん賊を血眼で探してたみたいですよ。それを……、お嬢さんってば簡単に掻っ攫っちゃうんですもの!」


 だから、通りがかっただけですってば!とツッコミを入れたかったっけどそれを飲み込み、お上品にお茶を一口頂く。


 大体にして、今日は此方の工房への御届け物と、ある品物の受け取りでコープタウンまで来ただけなのだ。盗賊退治に来た訳じゃ無い。


 御届け物は、ソニアママに頼まれたアムカムで取れた山菜の山だ。

 両手籠一杯の山菜のお裾分けに来たのだ。それも一人で!

 そう!わたしは『操車を覚えた』のですよ!フッフーーン♪


 ドワーフさん達って『大地の民』と言われているからなのかな?山菜とか大好きなのだそうだ。

 こうして町に住んでいると、日常的に採るのは難しいので、沢山採れた時に持って来ると大変に喜んでくれる。

 まぁ大体が酒のアテに消費されるんだろうけどね……。


「クラウドの嬢ちゃん、待たせたな」


 そんな話しをしていると、奥の工房からマーシュさんが現れた。

 その手には鞘に納められた二振りの剣を持っている。

  わたし愛用の白銀剣シルバーソードだ。


「来週は嬢ちゃんの晴れ舞台だ!念入りに手入れしといたからな!」


  マーシュさんは嬉しそうにそう言って、剣を手渡してくれた。

 早速鞘から引き抜いて、拝見させて頂く。

 細かな傷どころか、曇り一つ無い!鏡の様に刀身に顔が映る。

 輝きが二割増しくらいになってません?!


「皮鎧の方は、魔鋼の調整を済ませてセシリーのとこへ預けてある。後で行ってサイズを微調整して貰うと良い」

「何から何まで、ありがとうござい、ます」

「ナニ!嬢ちゃんに頑張れと言うのは今更だろうが……しっかりとな!」


 改めてマーシュさんにお礼を述べて、剣を受け取り工房をお暇した。

 そのままセシリーさんのお店『昼下がりアプレミディ』へと向かった。


 店先には、まだ二人ほど衛士の人達が居たけれど、中から店員のミリーさんがわたしを見つけて、店先へ出て来てくれた。

 綺麗なターコイズブルーの瞳を輝かせ、零れるような笑顔でのお出迎えだ。


「スージィお嬢様!いらっしゃいませ!!」

「こんにちは、ミリーさん。大丈夫です、か?大変だったと、お聞きしまし、た」

「あ、あはは……、もうお耳に?いえ、大した事は無かったんですよ?大体にして殆ど店長が……あ!すいません!直ぐ店長を呼んで参りますから!」


 ミリーさんが店の奥に向かって「てんちょぉー!てんちょぉぉーーー!」と叫んでセシリーさんを呼んでいる。

 相変わらず元気な方だ。隣でいきなり叫ばれた衛士さんが、ビックリした顔してますよ?


「もう!騒がしいわよミリーちゃん!」


 と、お店の奥から長い髪をなびかせて、たおやかな麗人が店の前へ出とてきた。

 タイトなロングスカートのスリットから、大胆に覗く健康的で褐色の御脚おみあし

 スレンダーな体型だけど、出るとこは出てらっしゃって刺激的。

 でもそれは決して煽情的せんじょうてきな物では無く、上品な風格を纏っておれれる。

 腰まで届くブルネットの髪に、琥珀色の瞳。

 人の目を引き付けずには居られない容姿だ。


 彩り鮮やかなスカーフをターバンの様に頭で折り、後ろで結び垂らしている。

 このスカーフで耳の上が隠れているので判り難いのだが、この方はハーフエルフなのだ。

 最初は分んなかったんだけどね……。

 耳の大きさがわたしが知っているエルフの様に、大きく外に伸びているなら、こんなスカーフくらいでは隠れないから、間違え様が無いのだけれど、セシリーさんのお耳はずっと小さい。

 それこそ、宇宙の大作戦な非論理的オカッパ宇宙人程度のトンガリと大きさしかないので、全く目立たないのだ。


「あら!クラウドのお嬢さん!いらっしゃいませ」


 セシリーさんは、衛士さん達に笑顔で労いの言葉を掛けながら店先へ出てきた。

 わたしに気が付くと、そのまま近くまで来てくれた。


 「こんにちは、セシリーさん。ご活躍、だったそうです、ね」


 セシリーさんに此方も笑顔でご挨拶を返す。


「そうなんですよ!お嬢様!もう店長ってば、むくつけき野郎共を文字通り次々と瞬殺で!」

「最初に手を出したのはミリーちゃんじゃないの!」

「あたしは速やかに意識を刈り取っただけです!でも、店長のアレは……過剰防衛に……なりません?」

「だぁって!ウチの可愛いミリーちゃんに手を出そうとしたのよ?!当然の帰結なのじゃないかしら?」

「そ、そう言われてしまいますと、なんと言うか……その」

「それにロー君からも聞いていたしね。アイツらが盗賊団の残党なんだと直ぐ分ったもの。も、手加減する気は全く無かったわよ!でも、二人逃がしたのは悔しかったわねー」


 楽しそうに笑顔で語らうセシリーさんと、照れたように頬を染め答えるミリーさん。

 因みに『ロー君』って言うのはローランド衛士長の事らしい。

 衛士長も、セシリーさんにかかっては形無しだよね……。

 そんなセシリーさんに認めて貰ってるミリーさんも、中々凄いと思うのよ?


「やっぱり、ミリーさんも、中団位ですね。流石、です!」

「そ、そんな!中団位と言っても去年4thフォースに上がったばかりの成り立てです!あたしなんて全然まだまだですから!まだまだ!!」


 ミリーさんが真っ赤になりながら、両手を此方に伸ばしてイヤイヤと振っている。

 ナニヤダこの人可愛いんだけど!!

 そんなに謙遜しなくても良いと思うんだけどな。

 ミリーさんって確か今19歳って言ってたかな?その歳で4thフォースって凄いと思うんだよね!


 あ、4thフォースって言うのは護民団の団位で、言って見れば日本の柔道や空手の『段』と似た様な感じかな?

 初段に当る最初の団位が1stファースト

 そして2ndセカンド 3rdサードと続き、4thフォースからは中団位と呼ばれてる。


 つまりミリーさんは弱冠19歳で、柔道や空手で言う所の『四段』とか『五段』とかの段位を持ってる様な物なのだ。

 因みに護民団の団位は普通、高等校を卒業する18歳位で、3rdサードに上がる人が多いらしいんだけど、ミリーさんってばそれから1年程度で団位を上げてるワケですよ!

 コレって凄い事なんだよ!ミリーさんは、もっと誇っていいと思うよ?


「わたしなんか、まだも無いんですから。ミリーさんは凄いです!もっと誇って良いと思います、よ?」

「お、お嬢様を前にして誇るなんて!め、滅相も無い!!」


 ミリーさんが真っ赤になってワタワタし始めた。

 それを見ていたセシリーさんが両手をポンと叩き、思い出した様に声を上げた。


「ああ!!!イケナイ私ったら!サイズの調整でいらしたのよね?お嬢さん」

「はい!マーシュさんから、此方に、届けてある、と伺いまし、た」

「御免なさいね、バタついてしまって……。もう、来週でしたものね?直ぐ済みますから、早速合わせてしまいましょうか!」

「はい!よろしくお願いし、ます」

「文字通り成長期ですものね!……まあ、多少のお直しは必要そうよね」


 そう言ってセシリーさんは、わたしの身体を上から下まで視線を動かし、ある一点をジッと見た。

 ハッ!成長期?!それは胸囲的な?胸元的な?おバスト的な?!そうなのかしら?なのかしら?!!

 これはやはり、毎日毎晩揉み……マッサージし続けてる成果って事かしらん?!日々の努力が報われるとは、こういう事を言うのでしょうか?!

 ……まぁ、実際は好きでやっている事ではありますけれど……。

 でも、ンむ!今晩からもシッカリ念入りに揉みし……マッサージしていかなきゃね!ンムフ!


 そんなわたしが妄想……いえ、決意をしながら、店先からお店の中へと案内してくれるセシリーさんに続いて足を進めた。


 ほむ、進みながらお店の中をザっと見ても、特に商品のディスプレイとかは無事な様だ。

 こちらのお店って、お洋服だけじゃなく、可愛い小物やアクセサリーも沢山扱っているから、お店の商品が賊に荒らされてたりしたら、きっと悲しくなっちゃうもんね。


「あら?お嬢さん、が気になるの?」

「はひ?」


 なんとなくその辺のアクセサリーに視線を向けてたら、振り返ったセシリーさんが、心なしか楽しそうに弾ませた声で、わたしに問いかけて来た。

 ってコレ?バングル?


「そうよね、もう2の蒼月あおつきですものね。ちょうど感謝祭はお嬢さんの『試練』の後だものね」

「え?ぇ?ぁ、あの」

「でもね、は自分で作らないと駄目よ?」

「は?あ、あ!い、いえ!」

「そうよねー、そういうお年頃ですものねー、ウフフ♪ハワ……御頭首も大変ね!あははは」


 なななな、なんかセシリーさんが凄い勘違いをしてるよ?!


 この世界では……アムカムでは……、なのかな?

 2の蒼月あおつきにある感謝祭の日に、女の子から好きな男の子に手作りのバングルを贈る、という元の世界で言うバレンタインデーみたいな風習があるらしい。


 セシリーさんってば、わたしがバングルを贈りたい相手がいるとかって、勘違いしちゃってるっぽいよ、コレ!!


「い、いません!・・・、からっ!そ、そんにゃ、の!」

「あら?そうなの?残念。……でも、お嬢さんの周りの男の子は、お嬢さんから貰えるかもって、ソワソワワクワクしてるわよ、きっと!」

「ぇえーーーー?」


 カンベンして欲しいなぁそーいうの。そんな事、意識しようもいのになぁ……。

 セシリーさんは、そんなわたしの心の内を知ってか知らずか、「カワイイ年頃よねー」と、楽しそうな寂しそうなお顔で目を細めながらわたしを見た後、エスコートでもする様にわたしの背に手を回し、「でも、今度創り方は教えてあげるね」とか言いながら店の奥へと案内してくれた。もぉー、だからー、そんな相手はいませんってば!


 そんな風に、わたしが異議申し立てをしようとしている時、店先ではミリーさんが衛士の方達に話しかけられ、答えている声が耳に届いた。


「はい、クラウド家のお嬢様ですよ。そうです、来週『成人の儀』を迎えられるのです……」


 そう!来週はわたしの誕生日で『成人の儀』が執り行われる。

 もう、今から楽しみでしょうがないのですよ!


――――――――――――――――――――

次回「アムカム成長の儀式」

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