第二章:イロシオの不死兵団

第1話アムカムの春

 春の訪れを感じる穏やかな日差し。

 雪解けと共に顔を覗かせる新緑と、鳥のさえずりも冬の終わりを告げていた。


 今は2の蒼月あおつき

 一年の内、尤も寒さの厳しい1の紅月あかつきを過ぎ、風も穏やかな気配を運び始める時期だ。


 アムカムの冬は存外に厳しい。

 例年であれば雪解けは、一月後の2の紅月あかつきを待たねばならないが、今年は既に大方の雪は川の流れへとその姿を変えていた。


 アムカム郡の玄関口である此処コープタウンにも、その石畳の上には一日中陽の当たらぬ物陰以外、冬を示す雪の白さを見る事は無い。


 コープタウンは、アムカム郡の玄関口でありターミナルタウンだ。

 アムカム郡の村々へ用向きのある者は、まずこの町へ立ち寄らなくてはならない。

 また村々から中央を目指す者は、此処からまず駅馬車でデケンベルへと向かう事になる。


 此処コープタウンは、総人口3千人程の小さな町だ。

 駅馬車の停車場を中心に作られた町並みは、端正に並べられた石畳が美しく、その停車場から南へ抜ける大通りを中心に碁盤状に広がっている。

 建物の殆どは半木骨造ハーフティンバーで作られ、白い漆喰の壁が美しい街並みを作っていた。


 大通りに面した建物は、殆どがアムカム産の商品を扱う商店で卸業者だ。

 大通りは駅馬車だけではなく、この様な商店が輸送に使う馬車の行き来も多い。

 その大通りから一本入れば馬車は通れぬ道巾だ。

 人の往来も多く小売の露店が無数に並び、所狭しとマーケットが広がり賑わいを見せていた。


 コープタウンは、その人口数以上に多くの人が行き交う商業地でもあるのだ。


 人が多ければ必然的にトラブルも発生するし、良からぬ輩も順当に湧いてくる。

 この国では治安維持は騎士団が執り行っている。

 しかしコープタウンの様な地方の小都市に、正騎士は在留していない。

 その代り、兵卒である衛士達が駐在し、人々のトラブル対処に当り、秩序を保っていた。


 衛士達の務めもあり、コープタウンの犯罪率は極めて低い。

 それは衛士達の存在と共に、この地方の者達が皆、アムカムの住人の力を十分に理解しているからだ。

 表だって愚かな真似をする者など、まず此処には居ない。

 しかし無法な者が皆無と云う訳でもない。

 ただ、騒ぎを起こす者の殆どは、アムカムを理解していない余所者達なのだ。




 此処にもまた、アムカムを知らぬ余所から流れて来た者達が居た。


 彼らは元は不法入国者だ。真面まっとうな職を選ばず、食い扶持の為に他者から奪う事を躊躇わない。

 ソレはそんな達が寄り集まった掃き溜めだった。

 彼らは何時しか賊徒となり、集団で民を脅かす存在になっていた。


 東の都市から流れて来た彼らは最初、北の田舎者など僅かな暴力で何時もの様に簡単に搾取できると考えていた。

 だが、彼らは北方の民の力を理解していなかったのだ。


 まだ陽も高い昼下がり。

 町に入り、彼らが最初に目を付けたのは一軒の洋品店だった。

 店先には、自分達が居た都市では滅多にお目に掛れない、質の高い品物が無造作に並んでいる。

 店内に居るのは、まだ二十歳になるかならないかの、年若い娘が二人だけだ。


 彼らの眼に、それは絶好の獲物かもに映った。


 此処は人目の少ない裏通りだ。

 この人数で押し入れば、抵抗させることなく蹂躙出来る。

 これだけの高級品が並んでいるのだ、店の金庫には自分達を満足させられるだけの現金が有って良いはずだ。

 時間が許すなら、この娘たちで楽しむ余裕もあるかもしれない。

 いや、そのまま連れ去って愉しみ尽くしてから売れば良い。


 彼らはそんな都合の良い想像を膨らませ、野卑な笑いを浮かべながら店内へと入って行った。


 異変は唐突だった。

 接客の為に近寄って来た大人しそうな娘に、男たちの一人が手に持ったナイフを向け、粗野な脅しをかけた瞬間。

 その男がその場に崩れ落ちた。


 何が起きたか分らなかった、見る間に8人いた仲間の半数が取り押さえられたのだ。

 一瞬で意識を狩られた者は幸運だった。

 ある者は一生モノを咀嚼する事を出来なくされ、ある者は腕を歪に折り曲げられ、ある者は二度と大地を踏む事が叶わなくなった。

 その暴虐を、たった二人の年若い女性店員が行ったのだ。

 その状況を理解出来なかった者は、次々と彼女達に薙ぎ倒された。

 逸速いちはやく危機察知能力が働いた者のみ、その場から逃げ去る事が出来たのだ。



     ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 何処をどう逃げたのかは分らない。

 気が付けば彼らは二人だけになっていた。

 彼らは荒れる呼吸を必死に抑え、路地裏に身を潜めていた。


「何だよ?!どういう事だよコレはよ?!」

「知らねェよっ!何なんだよアレ?!お前見えてたか?!」

「分らねェ……アイツ、膝から下が変な形になってなかったか?!」

「あの腕……、一体何か所で曲がってた?」


 二人は現場を思い出し、幾日も手入れをしていない無精髭に塗れた顔を青くして、薄ら寒い震えが背筋を上がって来るのを感じていた。


「あり得無ェだろコレ!北の住人は店員までどうかしてんのか?!」

「チックショウ!デケンベルに騎士団なんかが居やがったからだ!あそこからだ!あそこからおかしく成りやがった!あそこでお頭が捕まって、皆バラバラになっちまったからだ!何でこんな田舎に逃げようなんて事になったんだ?!クソッ!」

「誰だよ!あんな店に押し入ろうとか言い出したヤツは?!どうすんだよ!ココもヤベェぞ!トットとずらから無ェと!!」

「だからドコに逃げろってんだよ?!クソッ!あの馬鹿が何も考えずナイフなんか突き付けやがたからだ!」


 二人はそんな意味の無い言い争いを続けていた。

 アレのせいだ誰のせいだと、自分達には何の非も無いと、自分本位な言い草を延々と繰り返していく。


 そんな二人が突然ピタリと動きを止めた。

 今、彼らが潜む路地裏に接する小さな通りに、人影が近付く事に気が付いたのだ。

 それは二人を追う衛士達かもしれない……。

 2人は恐れを抱き、息を潜めて通りを覗った。

 しかしそこに現れたのは、彼らが恐れる衛士達では無かった。


 それは、両手で大きな籠を抱えた少女だった。

 恐らく12~3歳だろう、小柄な少女が厚手の外套を纏い、頭までフードで覆い歩いている。

 ここからでも、外套の生地が質の良い物である事が判る。

 それは、少女が豊かな環境の元に生活している事を伺わせた。

 フードから覗く血色の好い肌、形の良い鼻先や口元が、少女の器量の良さも容易に想像させる。


 ニヤリ、と再び野卑た薄笑いを二人が浮かべた。


「ありゃ金持ちのガキだな。どうするよ?オイ」

「ひへへ、良いトコのお嬢ちゃんみたいだしな、……アレならオレ一人でも十分だぜ!良いんじゃ無ェか?へへっ」

「着てる物ひん剥けばそれなりの金になりそうだな……。金も十分持ってんだろ!逃げる間の人質にもなりそうだしな!」

「それに逃げ切るまで、ひん剥いたあのガキ使って遊んでも良さそうだ!ひへへ」

「何だぁ?お前あんなガキが好みか?」

「あ?十分使えんだろ!お前ェがやら無ェならオレ一人でヤルけどよ!」

「やら無いとは言ってねぇ!大体ここまで散々な目にあって来たんだ。ちったぁ慰めて貰ってもバチは当たんねよ!」

「ひへへっ!なら決まりだ!」


 そんな自己中心的な論理で、2人は更に卑俗な笑みを深めて行った。

 そして少女が背中を見せたのを確認し、素早く路地裏から飛び出した。


 やる事は簡単だ。

 力ずくで抑え込み、ナイフを突き付け黙らせ、持っているボロ布で拘束して、そのまま運び去れば良い。

 そんな行き当たりバッタリで杜撰ずさんな計画を描き、二人は少女に向かい走り出す。

 一人の男が、右手の中のナイフを手慣れた様にクルリと回し、後ろから少女の口を押え様と左手を伸ばして行った。


 その手が少女に触れ様とした時、その姿が視界から掻き消えた。

 次の瞬間、男は自分の身体が宙に浮いている事を感じた。

 唐突に視界が空を映す。

 同時に何かが自分の身体に飛び込んで来た。

 ソレは勢いも殺さず鳩尾に減り込み、男の喉元に内容物が上がって来る。

 直後、顔面に強い衝撃を受け、そのまま意識を手放した。





 薄汚れた男が二人、まだ雪の残る裏通りの壁際に、不自然な姿勢で折り重なっていた。

 男たちは、高く壁に積み上げられた木箱の山に飛び込み、箱と共に中に詰まっていた酒瓶も盛大に割り飛び散らせていた。

 かなり派手な音を上げて居た為、何事か?と人通りの無かった道を覗き込む者、窓を開けて顔を出す者が数多く現れた。


 人々の視線の先には、両手に大きな籠を抱え、二人の男を見下ろしている少女が居た。


 少女は籠を抱えたまま頭を揺すり、覆っていたフードを器用に降ろした。

 フードから零れた赤い髪が光を受けて煌めく。押えられていたフードから解放され、ピックテールに纏められた髪が弾ける様に揺れた。

 焔の様な髪は光に透けて、ルビーの如き輝きを振り撒き、溢れた煌めきは大気に溶け消える。


 澄んだ海の様な、コバルトグリーンの瞳が瞬いた。

 零れる様に大きな瞳は輝きを湛え、光が溢れていいるようだ。


 陽の影る裏路地に、その片隅にだけ光りが舞っていた。


 裏通りを覗き込む人々は、其処から目が離せなくなっていた。

 唯々、呆けた様にそれを見続けた。


 その光が舞う一角を。

 不思議そうに小首を傾げ、男たちを見下ろす少女を。


 紅玉の髪を煌めかせるスージィ・クラウドを。


――――――――――――――――――――

これより第二章のスタートでございす。


次回「スージィ・クラウドの届け物」

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