第43話スージィ・クラウド名乗りを上げる

 スージィは、幾つか居る殲滅目標に向かい、森へと一直線に突っ走る。

 途中目に付いた犬や蝙蝠は、悉く潰して行った。


(まずはコイツらに指令を出してる奴ら。イビル・ワーウルフにイビル・ワーバット。ご丁寧に頭に『イビル』とか着けて!分り易いったらありゃしない!間違いなくコイツらが、犬や蝙蝠に指令を出して意志を統一させてる。コレを潰せば只の烏合の衆。そして一番不味いのがこの『イビル・ワーラット』コイツがヤバい!でもその前にサクっと犬と蝙蝠を潰す!!)


 キキュっと肩口で鳴く声が聞こえた。


「アルジャーノン、良いの?アンタ、ビビの傍に、居なくって?」


 キキキキュッ 問題無い!と鳴く齧歯目。


「なら、外側に居ると、危ないから、コッチ入ってなさい、ね?」


 と胸元を指で開いて示すと、齧歯目はキキュッ!と一声鳴き、胸元へ潜り込んだ。


「あ!ン・・・あ、あん、まり・・・う、動いちゃ、ダメ・・・なんだから、ね?」


 キキュ?と鳴く齧歯目。こんな時でも頬を染めるブレのないスージィ。流石である。




 スージィは、学校を出てから1分もかからずに、森の中へと突入していた。

 目標へ近づく程に、影犬シャドウドックの数が増すが関係無い。全て斬り刻んで突き進む。

 血肉が森の中に撒き散らかされるが、スージィは器用に血飛沫ちしぶきを避け、その装いの何処にも染み一つの汚れも付けていない。

 そして、直ぐに第一の目標を視認した。


(見つけた!イビル・ワーウルフ!!)


 それは身長2メートルにも達する、二足で立つ黒い狼だった。

 ソレは、スージィの存在を認識する間すら与えられなかった。

 そいつには、ただ少しばかり強めの風が吹いて来たように感じたのかもしれない。

 しかし、その風が吹き抜けた時には、既にその身は乱斬りにされ血肉に変えられていた。

 何にしても、通り過ぎたスージィを認識する事など、出来よう筈など無かったのだ。


 スージィは、ワーウルフを乱切りにしたその場で、フワリと舞う様に身体を回し停止する。

 それと同時に、周りに居た生き残りの影犬シャドウドック達も、血肉と化して飛び散った。


 スージィは、そのままその場で西の空を見上げた。

 その視線の先に居るのは、上空で群れる多くの蝙蝠達だ。

 その中に、飛び抜けて大きな個体が一匹だけ確認できる。


(イビル・ワーバット確認!纏めて吹き飛ばすか……。空の上だし、平気だよね?)


 スージィは、二つの剣先を揃えて目標に向け、狙いすましてスキルを飛ばす。


「砕け散れぃ!!」


《インパクト・ストーム》

 神化近接攻撃職『デュエルバーバリアン』のスキル。

 遠距離の敵へと剣氣を飛ばし、ターゲットとその周辺の敵も纏めて攻撃する遠距離範囲攻撃スキル。


 低い炸裂音と共に、目標のワーバットは、その周りの蝙蝠諸共吹き飛んだ。

 スキルが炸裂した空間には、黒い塵が舞うのが確認できるだけだ。


 そしてもう一つ。

 少し離れた場所に浮かぶ目標に向け、スージィは慎重に『氣』を籠め、狙いを定めた。


「爆・ぜ・る・な・よぉ~~~……」


 ギリギリまで絞り切った『氣』を籠めて、目標に向け、慎重に撃ち放った。

 目標は狙い通り下半身だけを粉砕され、錐揉みをしながら地上に落ちて行く。

 それを確認して満足げに、よし!と息を飛ばした。

 自分の『氣』の、絶妙なコントロールの仕事振りに満足したようだ。


 さて、今度は最重要目標だ!と、その場から移動しようとした時、此方に向かって来る幾つもの気配がある事に気が付いた。


(これは……、さっき学校で吹き飛ばしたシャドーグール?真っ直ぐわたしに向かって来てる?随分沢山居るなぁ。……アレ?他にもエルダーヴァンパイア?これもさっき学校に居たヤツ?全部で……4体か。全く!こんなモン相手にしてる場合じゃないのにさ!!)


 ふんむ!と腰に手を当て、不本意ですよと言いたげに、鼻から息を飛ばした。

 そのまま勢い良くその場で剣を振り払い、先程と同じ様に、シャドーグールを『氣』を載せた衝撃波で霧散消滅させた。

 そのまま剣先を、此方へ向かって来るヴァンパイア達に合わせ、鋭く剣氣を放つ。

 1つ、2つ、3つ。連続で撃ち抜き爆ぜさせた。

 残りの一体は近くまで来ていたので、一息で接近し剣で振り払い爆ぜ散らせる。


「よし終り!全くもー!余計な時間、使っちゃったわよ!」


 スージィはその場から直ぐ様走り出した。彼女が最終目標と定める場所へ。

 そして、それは直ぐに判った。



 近づく程にザワザワ、ワサワサとした音が、巨大な合唱の様に辺りに響いてくる。

 むせ返る様なの獣の匂いが、森の中に充満していた。

 それは、森の地表を黒く染めるだけでは収まりきれず、所狭しと黒い波が幾重にも重なり、零れ落ちては昇るを繰り返す。まるで脈動する巨大な黒い塊となり、おぞましく蠢いていた。

 そしてその塊の中には、おびただしい数の赤く揺れる光。


 『マッドレミングス』

 体長は凡そ30センチ。アルジャーノンより一回りも二回りも大きい。

 漆黒の毛皮に、狂った様に燃える紅い目。その牙は長く鋭い。子供達の革鎧程度なら容易く喰い散らかせるだろう。

 その数、凡そ一万二千。

 それが何時でも村へ雪崩れ込める様に命令を待ち、ザワリザワリと蠢き此処で待機しているのだ。

 そしてその指令を出すのが。


(お前だ!イビル・ワーラット!!!)


 スージィがその目標に挑みかかろうとしたその時。


 キキキキュキュキューーキキキュキュキュキュキューーーッッ!!!と齧歯目がスージィの服の中で暴れ回った。


「あァン!!!ひゅンん!にゅン!あぁンんん・・・ぅにゅぅぅンんーーーンッ!」


 スージィの腰が砕けて、その場で座り込んでしまった。


「あっ!ン・・・おバカ!ン!!アルジャーノぅンん!動いちゃダメぇ!ッ・・・て、言った・・・でしょぅぅ!?ン!」


 キキキキュキュキュキキューーーーッッ!!


「だ!だからっぁ!アっばれちゃぁあ・・・駄目ぇ!!ッ!!!!」


 何故か身体を震わせているスージィの胸元から、アルジャーノンが這い出て顔を出し、キキキキュキューー!と何事かを訴える。


「ンもぅ・・・え?アンタ、コイツら、居るの分ってて・・・ン、着いて来た、ンんでしょ?何で、今更、慌ててンの?」


 ほんのり頬を染め、息を乱しながらスージィがアルジャーノンに問いかける。


 キキキキュキュキューーーキキュッ!


「え?こんなに、居るとは、思って、無かった?想定外、だって?」


 キュキュッキキキュキキューーーーーッッ!!!


「ヤバ過ぎ?急いで、皆で、逃げよう、って?」


 キュッキュッキューーッ!!


「ヤバいから、来たんだから、ね!コワイなら、アンタ今から、帰りな、さい!」


 キキューーキキューー……


「なら大人しく、中に入って、なさい!動いちゃ駄目、だからね!そういのは・・・今度・・・ゆっくりと・・・遊びに、来れば・・・良いから、ね?」


 キキュ?


「あ、あーー、と、とにかく!動いちゃ、駄目!イイ?」


 キュキューッ


「じゃ、行っちゃう、よ!」


 スージィが立ち上がり、仕切り直しをする様に胸元で、ポン!と一つ手を叩いた。

 そして再び二本の白銀剣シルバーソードを両手に握り、目標に向かい走り出した。




 一万二千と云う大量のマッドレミングスは、一か所に留まる為に、仲間の上に登り合い、重なり合って、黒々とした小山の様になり、おぞましく蠢いていた。


 もしこの大群が村に解き放たれたら、もう手が付けられない。

 一匹ずつ殲滅したとして、どれだけの時間が必要になるのか想像も付かない。


 ならば纏まっている今が好機。

 このまま殲滅すれば何の問題も無い。

 だが、これだけの数を殲滅する為の範囲スキルを使用した場合、どれ程の威力が出てしまうのか?コレも想像がつかない。

 只、間違いなく村にも被害が及ぶのを確信する。

 脳裏に、削れ飛ぶ山脈の画が浮かび、スージィはブルリと震えた。


 範囲スキルは使わない!

 だが、纏め上げて殲滅する事は変わらない。

 成るべく、森に出る被害が少なく成る場所で事に当ろう。

 幸い近くに手頃な場所がある。

 まずはそこへコイツらを誘導するのだ。


 スージィは一気に加速して、黒山の手前で跳び上がった。

 空中で手に持った二刀を腰の鞘に戻し、インベントリから盾を取り出す。


『ボーンシールド』

 大型の魔獣の骨を削りだした、ラウンドシールドの様な直径60センチ程の円形の盾。ゼロランク上位の装備だ。


 盾はインベントリから取り出されると同時に、スージィの左腕に装備、固定される。

 これから使用するスキルは、盾を装備していないと使えない。

 スージィはそのまま黒山の上スレスレを飛び越える様にして、その直上で盾をかざしながらスキルを放った。


《スプレッド・ヘイト》

 神化盾職『センチネルナイト』のスキル。

 周囲の敵を挑発して、強制的に自分を狙わせるスキル。


 それまでは、大人しいとは言い難いが、少なくとも安定した動きを見せていた黒い山だったが、スージィのスキルを受けた事で、爆発する様に全体が波打った。

 スージィは更に、彼らの支配者に対してもう一つのスキルを使う。


《バインド・ウィズ・チェーン》

 同じく『センチネルナイト』のスキル。

 ターゲットを鎖で引き寄せ、自分を攻撃対象にさせる。


 スージィは着地寸前に、イビル・ワーラットを鎖で捕まえ引き寄せた。

 その頭を無造作に掴み、引き摺り走る。

 イビル・ワーラットは、怒りの声をスージィに向けて激しく発している。


 イビル・ワーラットはマッドレミングスの司令塔だ。

 コイツのヘイトを取れば、この群れのターゲットは必然的に自分に向く。

 スージィはワーラットを引き摺りながら、そいつに向かい単体向けの《ヘイト》も使い挑発し続けた。


 スージィは、そのまま森の中を走り抜けた。

 やがて直ぐに、広く開けた場所へと到着する。

 直径で30メートル程の空間が広がるその場所は、嘗てスージィとハワードが初めて出会った場所と同じ、この森に幾つも設置されているバトルポイントの一つだ。

 此処は他の場所より幾分大き目の広場だ。此処で決める。


 より一層怒りを露わに暴れ回るワーラットの頭を、ガッシと掴んだまま、木々の間から跳び上がり広場の中心へと滑空する。

 そしてその勢いのまま、着地点にワーラットの頭を地面に減り込ませた。


「お前は、ココで、埋まって、な!!」


 ワーラットは頭を地中に減り込まらせ、慌て藻掻くがどうする事も出来ない。

 やがて、黒い塊が津波となって押し寄せてくる。

 その先頭が広場へ入った所で、もう一度『スプレッド・ヘイト』を重ね掛けした。

 黒い波が怒りを露わに、一際大きく脈打った。

 スージィを覆い潰そうとでも言う様に、巨大な黒い津波になり伸し掛かって来た。

 だがスージィは、素早く広場の中心からその端まで跳び退く。

 そしてそのまま黒い波が自分に追いつくのを待ち、外周部分を反時計回りに走り始めた。


 スージィを追い、巨大な波が広場の中を回り始める。

 スージィは黒波を置き去りにしない様、また追い付かれ過ぎない様に速度を調節しながら広場を回っていく。

 やがて黒波に追いつくが、そのまま周回する径を小さくして周って行く。

 追い付いたマッドレミングスを踏み潰し、更にスージィは走る。

 足元に追いすがり跳び付く物も数多く居るが、スージィには掠る事も出来ずに虚しく宙を踊り落ちる。


 やがて、走る周回を少しずつ小さくして行く事で、広場が黒い波の渦になる。

 スージィが、イビル・ワーラットの埋まる中心部へ到達し、そこで地を蹴り上空へと跳び上がった。

 スージィに踏みつけられたワーラットは、大きく陥没した地面と一緒に砕けて押し潰された。

 周りに居たマッドレミングス達は、その衝撃で吹き飛ばされ、黒い渦にドーナツ状の穴が開く。

 だが直ぐ様スージィを追い始め、仲間を踏みつけ駆け上がり登り、高々とした渦が登って行く。


 上空3~40メートルに達しているスージィに追い縋ろうと、渦が竜巻の様に立ち昇って行った。

 その姿は、さながら黒いバベルの塔だ。


 到達点に近付き、上昇速度が落ちて行く中、スージィは下方の黒渦を確認する。

 よし!殆ど広場敷地内に収まった!

 剣を一本、右手で腰のソードホルスターから引き抜き、そのまま魔力を溜め、渦の中心へ向かい突き付けた。


「ケルム・エイゴ・スペロ・エウデ!アムカムに連なるクラウドの娘スージィ・クラウドが求め、大いなる火の導き手サラマンデルに訴える。その焔を以って我が敵を討ち払い賜え!《ファイア・ブレッド》!」


 それは自前の攻撃魔法では無く、此処で覚えた精霊魔法の祝詞だ。

 使うのは、カールが使ったのと同じ、初級位の火の玉を撃ち出す魔法。

 だが、その使用に用いられた魔力量が違った。発動された魔力値が桁はずれだった。

 そこに顕現した火球の大きさは、直径5メートルを超えていた。

 轟音と共に高速で撃ち出された密なる焔の大塊は、一瞬で黒い塔を紙の様に燃やし散らせ、地上を撃ち払った。

 火球は地上を大きく抉り、およそ50メートル四方に渡りクレーターを作り上げ、周りの木々をも吹き飛ばし、消し炭へと変えた。


「・・・・・・・・・・・・・」


 スージィが降下しながら地上を眺め、唇を内側に噛み締めて盛大に冷や汗を流す。


「や・・・やり、過ぎ・・・、た?」


 地上に降り立つと、キキキキキューーーッッ!キキュキキュキキキュキュキューーーーーッッ!!と、齧歯目が興奮した様に、スージィの胸元から顔を出し騒ぎ出した。


「ァっン!にゅンんにゅーっっ!だ!だからァっ!アばれちゃぁ・・・ダメっ!・・・て、ばあぁ!ンん!!」


 スージィが胸元を抑え、耐え切れないという様に崩れ込んでしまう。


 キキューー!キッキキュキュキューキュキュキュッキュキュキュ!キュキュキューキュキュ!キキキュッ!キキキキキュキッキキュキュキューキュキキッキュキキキュー!キキキュキキキキュキュ!キキキュ!!!

 すげーー!こんだけの大群一瞬じゃないっすか!凄過ぎだぜ!姐さん!これからはアッシを舎弟と思って下せい!付いて行きヤスぜ!姐さん!!!


「な、何だか、今ナニ言ったか、良く分んなかったけど・・・妙に、卑屈っぽく、感じたのは、気の、せい?」


 まだちょっと乱れた息のまま、眉を寄せたスージィが、アルジャーノンを胡乱な目で見下ろして呟いた。

 アルジャーノンは、キッキッキッキュー!と笑う様に鳴いて、スージィを見上げ返した。


「あ!イケナイ!最後の、始末しなきゃ!アルジャーノン!付いて来るなら、今度こそ、大人しく、してなさい、よ?!」


 キキュー!と返事だけは良い齧歯目。


 スージィはアルジャーノンを再び胸元に納め、移動を始めた。

 目指すのは、先程撃ち落として放置した恐らくは今回の主犯。

 タゲった時にソイツは『トゥルーヴァンパイア』だと分かった。

 確か真祖って事だっけ?とスージィは考える。


(この村を襲って来る様な不届き者は、サッサと始末しちゃいたいけど、トゥルーヴァンパイアって事は、結構長く存在していそうだしね。この際だから、聞き出せる事は出来るだけ引き摺り出さないと!)


 それは直ぐに見つける事が出来た。

 気持ちの悪い気配を、止めどなく辺りに垂れ流している。

 スージィには、ソイツが汚水を散水機で拡散している様にしか思えなかった。


「うあ、なんか、キッモッッ!」


 それが、その地面でのたうつモノを見つけた時のスージィの所感だ。

 見た目が、と云う事では無い。

 ソレが辺りに放つ気配が、まるで汚物を巻き散らかす様な、不浄感に満ちていたからだ。


「お前が、親玉?」


 スージィがソレを足元に見降ろしながら、眉根を寄せて問いかけた。

 余りにもソレが放つ気配がおぞましく、排泄物でも見ている様な気分になって直視できないのだ。


「何なんだお前はっ?!一体何をしたっ?!!あの子達をどうしたっ?!!」


 そのヴァンパイアが牙を剥き出し、皮膚に血管を浮き上がらせスージィを下から睨みつけた。


「何をした?って、襲ってきたから、ブッ飛ばした、だけ、よ?」


 何を言っているんだコイツは?と言わんばかりに、小首を傾げてスージィが答えた。


「それより、聞きたい事、あるんだ、けど」


 そんな事はどうでも良い、と掌を振りながら問いかけた。


「アンタ、チャイルドイーター、って知って、る?」


 ヴァンパイアが目を見開き、驚いた様にスージィを見上げてくる。


「お前っ、本気で言ってるのかっ?」


 スージィがムッとした様に眉根を寄せた。


「知ってる、の?知らない、の?知らない、なら、別に、良いんだ、けど!」


 知らないのなら、引き出せる情報が特に無いのなら、こんな汚物はトットと消してしまおう、とスージィは剣氣を籠めた剣先を、足元に転がって喚き散らすモノに向ける。

 スージィが、そんな剣呑な事を思考しているなどとは思ってもいないオルベットは、コイツは何を言っているのかと、声を荒げた。


「ふざけるなっ!ボクがオルベット・マッシュだっ!ボクがっ、お前ら下賤な人間が『チャイルドイーター』と呼ぶ崇高なる存在だっ!!」


 スージィが益々眉根を寄せ、胡散臭げに地に這い蹲い、汚物の様なオーラを発する存在を見下ろした。


「おる・・・ベット?すぅーこぉー?・・・ぅェ・・・名前は、知らなかったけど・・・そう、アンタが・・・そう、なの」

「ちくしょうっ!どう云う事だっ!あの子達が何処にもいないっ!何故だっ?!何故ボクの身体は元に戻らないっ?!ちくしょうっ!お前っ!一体ボクに何をしたっ?!!」


 オルベットの下半身は、スージィに打ち砕かれたまま修復される事無く、シューシューと白煙を上げ今も僅かずつ崩れ続けていた。


「このっ!ちくしょうっ!!ボクの身体がっ!!この人間風情がっ!ボクの身体に何をしたんだっ?!!お前達はっ、ボクらの『糧』でしかないんだからなっ!身の程を知れっ!人間めっ!!ちくしょうっ!」


「・・・ふ~~~ん」


 スージィが肩の力を抜き、二刀を両手で下げ持ち、ユラリと揺れ立ちながらオルベットを目を細めて冷たく見下ろす。


「何だその目はっ?ふざけやがってっ!何なのだこの村の人間はっ?!さっきの爺といいっ、下賤な存在の癖にっ!待って居ろっ!今すぐ傷を修復してっ、お前はボク自ら糧にしてやるっ!光栄に思うが良いよっ!そう言えばお前も髪が赤いなっ?ははっ!思い出すよっ、昔この村で頂いた娘をっ!あの時の娘の様に精々ボクを満足させろよっ!はははははっ!その後はあの爺だっ!あのふざけた爺を引き千切ってやるっ!あーはっはっはっはっ!」


「アンタで、確定って、こと、ね。後、アンタが、オークと、同列なのが、良く分った。それと・・・そか、ハワードパパ・・・」


 スージィが視線をオルベットから外し、遠くへ向け愛おしげに目元を細めた。


「なっ?!ふざけるなよっ!ボクを豚風情と一緒にするなどっ!このゴミ虫がっ!畜生っ!何故だっ!何故身体が戻らないんだっ?!!畜生っ畜生っ!一体何をしたっ?!司祭の術かっ?!一体なんだっ?お前は何なんだっ?!お前みたいのが居るなんて聞いていないぞっ!!何者なんだお前はっ?!」


 スージィが剣を鞘へ納めながら。


「わたし?わたしはスージィ・クラウド・・・。ハワード・クラウドと、ソニア・クラウドの娘の、スージィ。そう・・・わたしはスージィ・クラウド!お二人の娘!スージィ・クラウド!!」


 高らかに、誇らしげに我が名を告げるスージィ。

 その顔は満足そうに、喜びに満ちた微笑みを湛えていた。

 キキュ?と齧歯目も胸元から顔を出し、スージィの誇らしげな顔を覗き上げる。



「なっ、何を言ってるんだコイツっ……?」


 そう呟くオルベット。

 そのオルベットに目を細めながら「それからね」と、良い加減に気付け、と呆れた様に続けた。


「人は、死んだら、戻らない。死んだ人間の、傷は、治らないの、よ?」


 知らなかったの?と小首を傾げながらスージィはオルベットに告げる。


「なっ?何を言っているっ?!!ボクは不死者だっ!死を超越した不滅の存在だっ!そんな人間共の常識などっ!!ボクは闇夜の支配者なんだぞっ!!」


 スージィが呆れた様に肩を竦め、呆れたと言いたげにフゥと息を吐いた。


「そ?自然の摂理に、従っているだけで、しょ?それに・・・」


 そう言って目測を図る様に指を遠くに指し示し「あっちね・・・」と呟くと、トットットッと小走りにオルベットに駆け寄り、その身体を……。


 ドッゴォオォオォォォン


 思い切りけり飛ばした。


「ボきゃぶぼォっ!!!!」


 オルベットの身体が弧を描き、森の彼方へ飛んで行く。


「アンタがどんだけ、万全だろうと。ハワードパパに、勝てるイメージが、1ミリも浮かばないわ、よ!」


 腰に手を当て口をへの字にして、最早そこには居ないオルベットに向け言い放った。


「さて!後片付け、しないと!村の中、結構広範囲に、犬と蝙蝠が、散ってるから、早く、片付けないと、ね!」


 腰に手を当てたまま、後方を振り返り呟いた。

 胸元から顔を出す齧歯目も、キキュッ!と答えを返す。


「片付け、終わる頃には、ハワードパパの方も、済んでるだろうから、ねぎらいをして、差し上げないと、ね!」


 キキュ!


「そしたら、学校に、皆のトコロ、戻ろ!アルジャーノン!」


 キキキキューッ!と嬉しげに鳴く齧歯目。

 スージィはそのまま森を抜け、村の中へと走り戻って行った。


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次回「ラヴィニア・クラウドに花束を」

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