第44話ラヴィニア・クラウドに花束を

「どうしてェ?!オルベット様ァ!?」

「何だよ!?どう云う事だよ!?エイハブ!何が起きた!?」


 エイハブを始め、プトーラ、ライラ、バーニー、ロレンスの5体のヴァンパイア達が色めき立った。

 突然、驚天動地な出来事が起こったとでも言う様に、動揺も露わにざわめき出す。

 そして戦線が乱れ始めた。


「落ち着けお前達!オルベット様はご無事だ!」

「エイハブ!わたしは行くわ!」



 陽の頂きが地平に沈み、夜の帳が降り始めるのと同時に、ヴァンパイア達はその影の中から、眷属を溢れさせていた。

 白い肌の奴等の下僕。

 夜は、ヴァンパイアの力を存分に振るう事が出来る時間帯だ。

 低級な下僕とは言え、そいつ等の力を侮る事は出来ない。


 5体のヴァンパイア達は、ハワード達の相手を下僕に任せ、自分たちは次々と戦線を離脱して行った。


 だが、その内の1体の前に、ライダー・ハッガードが立ち塞がる。


「何処へ行くヴァンパイア?お前の相手は俺だぞ」

退けよ!お前なんかに構っている暇は無いんだよ!!」

「ならば退かせてみれば良いだろう!?」

「この!図に乗るなよ!人間がぁ!!」


 ライダーに行く手を阻まれた、ローレンスと呼ばれるヴァンパイアが、その手を凶悪な鉤爪に変質させ、ライダーへ向け突き入れた。

 だが、それをライダーはナイトソードで弾き飛ばす。

 甲高い硬質な音が、辺りに響き渡る。 


「フン、人間風情が!」


 ローレンスがニヤリと笑い、一瞬でその身がブレる。

 そのままその場から消え失せ、次の瞬間ライダーの背後に現れた。


「遅いんだよ!このノロマな人間め!!」


 姿を現したローレンスが、あざ笑う様に背後からライダーの心臓に向け、勢い良く鉤爪を突き立てた。

 だがライダーは背を向けたまま、肩越しにナイトソードを背面に廻し、その鉤爪を受け止めていた。


「お前たちはいつも一緒だヴァンパイア。只『速いだけ』だ。そしてやる事にも芸が無い」

「な、なんだと!?」


 ローレンスが鉤爪を受け止められたまま、大きく目を剥いた。

 ライダーは、受けた鉤爪をナイトソードで巻き上げながら正面を向き、そのまま素早く金色の聖気を纏わせた剣で、払い上げる様にローレンスの右腕の、肘から先を斬り飛ばした。

 ローレンスは咄嗟に後方へ跳び退いたが、斬り飛ばされた腕は、クルクルと回りながら上空を舞っていた。


「がああぁぁっっ!!な、何だこの痛みはぁっ?!ぐあぁぁっっっ!!!」

「お前達ヴァンパイアは、その肉体を幾ら傷付けた所で、直ぐトカゲの様に再生する。だから……!」


 ライダーは、落下して来たローレンスの腕をナイトソードで下から突き刺し、そこへ濃縮させた黄金の聖気を叩き込んだ。

 ローレンスの腕は光の粒子となって爆ぜて散り、大気の中に溶けて行く。


「だからこうやって聖気を籠め、その汚らわしい魂ごと消し飛ばしてやるっ!!」


 ライダーがナイトソードを勢いよく振り降ろし、ヴァンパイアに向け声高に宣言した。


「おのれ!おのれっ!おのれぇーーーーっっっ!!」


 失った右腕が戻らない事に、悔し気な叫びを上げるローレンスの様相が、見る見る変化して行った。

 口が裂け顔が平面になり、鼻面が伸びる。

 目は全体が青味になり、鈍い光を放ち始めた。

 手足の爪がより鋭い鉤爪と化し、両脚は獣の物に変化する。

 それは正に、二足歩行する爬虫類の姿だった。


「らしくなったなぁ!ヴァンパイアッッ!!」


 ライダーの瞳が、金色の光を宿らせ輝き始めた。ダークブロンドの髪が風に煽られる様になびく。身体の周りの大気が蜃気楼の様に揺れている。

 ライダーが、その身に濃厚な聖気を纏い上げて行った。


 獣の様な叫びを上げるローレンスに向け、ライダーは地を蹴り、風の様に間合いを詰める。

 思わぬ速度で迫るライダーに驚きながらも、ローレンスは不快気に鼻面に皺を刻み、その前面に幾つもの小さな魔方陣が浮かび上がらせた。

 そこから人の腕程の氷柱が姿を現し、ライダーに向け次々と撃ち出された。


 ライダーは、間断なく迫るその氷の柱を躱し、往なし、砕き、切り払い、それが何の障害にもならぬという様に、見る間に距離を詰め切り、その異形の者の懐へと入り込んだ。

 ローレンスは間合いに入ったライダーに向け、すかさず左手の鉤爪を打ち下ろす。

 ライダーはそれをスウェーで躱すが、その躱した先の顔面に目掛け、ローレンスは右足の鉤爪を蹴り上げて来た。

 だが、それもライダーは枝葉が風に揺れる様にユルリと躱してしまう。そしてそのまま流れる様に、ローレンスの右側面に取り付いた。

 ライダーは、そのまま躊躇いなくローレンスの脇腹にナイトソードを突き立てる。

 そして力強くナイトソードの切っ先を、ヴァンパイアの心臓まで差し貫いた。


「ぐぁああああああああぁぁぁ!!!」

「終わりだ……ヴァンパイア。塵と消えろ!」


 絶叫を上げ血を吐き出すローレンスに、ライダーが静かに重く告げ、ナイトソードに黄金の聖気を流し込んだ。

 聖気に心臓を砕かれたヴァンパイアは、光に包まれ弾け飛び、粒子となって大気に溶けて消えて行く。


 ライダーは、虚空に突き立てたナイトソードを静かに引き戻し、抜き血を払う様に振り払った。





     ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆





「エイハブ!ローレンスが付いて来ていないわ!」

「放って置きなさいよォ、プトーラ!今はオルベット様が先決よォ!」

「あそこだな、オルベット様が放ったグール共の向かう先に居るな」

「お前達も向かえ!」


 ヴァンパイア達4体は、森の中を音も無く疾走していた。

 先頭を走るエイハブが、自分達の影に潜むシャドーグルに命令を飛ばした。


 彼らの影から幾つもの塊が溢れ伸び上がり、そのまま木々の間を抜け森の奥へと消えて行く。


「絶対許さないんだからァ!ぜぇぇったいぃっ八つ裂きにしてやるゥ!」

「一体何者なのだ?オルベット様はまだご無事の様だがな」


 突然、森の中に衝撃波が広がった。

 それと同時にシャドーグールが全て消滅した事を、ヴァンパイア達が感じ取った。


「え?なんでぇぼひゅっ!」

「な、ごぱゃぼっ!!」

「あきゅぷっ!」


 3体のヴァンパイアが次々と弾け飛んんで行く。


「ライラ?!バーニー?!プトーラ?!!一体な……」


 エイハブと呼ばれていたエルダーヴァンパイア。

 彼が最後に見た物は、翻る若草色のスカートと眼前に迫る白銀のブレードだった。

 200年以上存在し続けたヴァンパイアはその瞬間、白い粒子となり大気に溶けた。





     ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆





 森の上空で轟音が鳴り響いた。

 そして一瞬で消えた巨大な火柱。次いで、響き伝わって来た大地の鳴動。

 前線で戦闘に参加していた多くの者がその音を聞き、火柱を目にし、その振動を感じていた。


「御頭首!この音は?!この振動は?!!」


 マルセル・アヴァンズが、風の刃でレッサーヴァンパイアを屠った後、慌てた様にハワード・クラウドに振り向き問いかけた。


「ふふ……、あのヤンチャめ」


 ハワードが、やはりツヴァイヘンダーでレッサーヴァンパイアを両断しながら、何故か楽しそうに口元を綻ばせ呟いた。


 ヴァンパイアが残して行った奴らの下僕達、白い姿のレッサーヴァンパイア。

 奴らにとっては下等な下僕でも、本来は強力な魔物だ。

 低中の団員では荷が重すぎる。

 彼らには防衛戦を突破されない様、防御に徹しさせ、殲滅はハワード達、上団位の者達が当っていた。

 だがその数が多すぎる。

 1体のヴァンパイアが呼び出した下僕の数が13~15、その総数は70を超えていた。

 ハワード達が次々と斬り倒してはいたが、未だその数は50を切っていない。



「クラウドさん!」


 ライダーがレッサーヴァンパイアを屠りながら、ハワードの元へ向かって来た。

 西の辺境で『黄金の吸血殺し』と呼ばれたライダーの剣に斬り伏せられ、レッサーヴァンパイアはいとも容易く塵と化して行く。

 

「ライダー、悔恨は晴らしたか?」

「はい、一つは確かに。残りは……」

「……そうか。……む!?」


 そんな時、二人は同時に此方へ近づくおぞましい気配を感じ取った。


「御頭首!こ、これは!!」

「騒ぐでないわ!!」


 マルセルが慌てた様にハワードに呼びかけた。


 この汚物の様な気配には覚えがある。

 つい先程まで対峙していた忘れようも無いモノだ。

 それが急速に此方へ接近しているのだ。


 空から弧を描き飛来したソレは、勢いのまま大地に激突し、穴を開け抉り転がり、やがてハワード達の目前もくぜんで止まった。


 やがてソレは両手で地を掴み、土に塗れた身体を起こし呪詛じゅそを吐き出し始めた。


「おのれーっ!許さんぞっ!!許さんぞあの赤毛めっ!!!殺してやるっ!引き千切って殺してやるからなっ!貴様の血などもう要らんっ!手足の指を順に引き千切りっ、ジックリと八つ裂きにしてやるっ!あの娘めっ!!自分が誰を足蹴にしたのか思い知らせてやるっ!泣き叫んで苦しみ抜いて死ねっ!後悔しながら自分の血で溺れろっ!はっはぁっ!ひゃーーはっはっはっはっ!!」


 オルベット・マッシュが、醜く捩じり曲げた口元から、歪な笑い声を響かせた。


「少し見ぬ間に、随分お前に似つかわしい格好になったのではないか?チャイルドイーター?」

「なっ?!貴様っ!何故ココにっ?!!」

「哀れな姿だなチャイルドイーター。何時までもそんな姿を晒して居たくは無かろう?せめてもの情けだ、ワシが今、この手で引導を渡してくれよう!!」


「くっ!この爺ぃっ……!もういいっ!もう出し惜しみは無しだっ!全部使い切ってお前達を蹂躙してやるっ!!」


 そう言うと、オルベットは胸元に付いていた蒼い星珠をむしり取り、口の中へ入れ噛み砕いた。

 更に、首回りにネックレスの様に身に着けていた、数多くの星珠も引き千切って手の中に納めた。


「ボクのコレクションを全部使うんだっ!お前達には相応の代償を頂くぞっ!!」


 オルベットは握った星珠を次々と噛み砕いた。

 魔力と魂の奔流が渦を巻き、その身体の中で暴れ回る。

 息を荒くしながら、その逆巻く魔力を強引に飲み下すと、急速にオルベットの身体が変化し始めた。

 ボコボコッと、泡立つ様に肉が盛り上がり、失った下半身にも肉が溢れ、欠損部を形作って行く。

 やがて四肢は強靭な筋肉に覆われ、太さを増し、暴悪な鋭い爪が地を掴んだ。

 鼻面が伸び上がり、大きく開いた口に鋭い牙が乱立する。

 全身が、澱んだ血の様に赤黒く濁った大きく荒い鱗で覆われて行った。

 太く長い尾が大地を鞭打ち、重い衝撃音が辺りを揺らす。


 オルベットは、ゴロゴロと地鳴りのような唸りを上げた。

 体長5メートルを超えるその姿は、長い首と歪な蝙蝠の羽を持つ巨大な鰐の様だ。


 未だブクブクとその身体を泡立たせるオルベットは、その頭を真上に上げ、雷鳴の様な咆哮を轟かせると、突然、周りに居たレッサーヴァンパイア達に喰らい付いた。

 その巨大な顎で、一度に2~3体の獲物を噛み砕き飲み下して行く。

 立て続けに、十数体のレッサーヴァンパイアを喰らった事で、オルベットの身体の変化がようやく落ち着いて来た。

 そしてグルグルと低く獰猛な唸りを上げ、ハワードを睨みつけた。


『覚悟しろっ!貴様らはもう皆殺しだっ!大人も子供も全てだっ!全員殺してやるっ!一人残らず村人全員っ、ボクが自ら食い殺しっボクの糧にしてやるっ!光栄に思って死ねっ!』


「やれる物ならやって見るが良い!!チャイルドイぃぃータぁぁーーーっっ!!!」


 ハワードがツヴァイヘンダーを構え、魔装鎧に魔力を通し、装備の魔力印を輝かさせた。


 オルベットが一声吠え上げ、全身を左右に波打たせながら、その巨体に見合わぬ速度でハワードへ迫り、一気に間を詰めて来た。


 オルベットが、真正面から噛み砕こうと口を開き、ハワードに挑みかかる。

 だが、ハワードは牙がその身に届く直前、右足を引きその射線からその身を外した。

 そのまま地に付け力を溜め込んでいたツヴァイヘンダーの切っ先を、下から爆発的な勢いに乗せ斬り上げた。


「ぬぅうんっっ!!!」


 気合と共に放たれた剣撃は、強烈な打撃音と共にオルベットの顎を上方へと弾き飛ばした。


『ぐぷぉっ……?!!』


 オルベットの頭が上へ跳ね上げられた。

 一瞬白目を剥いたオルベットだが、直ぐ何かに気が付いた様に、そのままその巨体を回転させその場から退避した。

 一瞬後、オルベットの喉元が晒されていた場所に、青い剣閃が真横に走った。

 ツヴァイヘンダーが空を切り、ハワードがその勢いのまま、その場で一回転する。


「ぬう、鼻面を斬り落とすつもりだったが……この鎧では足りんか。しかし、図体がデカくなっても、逃げ足だけは相変わらずだな?チャイルドイーター!?」


『抜かせっ!爺ぃっ!』


 オルベットは、そのままハワードから顔を背け走り出す。


『別にっ、お前を先に相手にする必要は無いんだよっ!』


 オルベットが低団位者が集まる場所へ、その鼻面を向けた。


「おのれぃ!!又しても逃げ出すか?!!」


 ハワードがオルベットを追い走り出した。

 それを横目で見たオルベットが、口元を釣り上げる。

 オルベットはその場で回る様に身体をしならせ、追い縋るハワード目掛け、自らの鱗に覆われた太い尾を、その側面へ叩き付けた。

 巨大な尾の一撃を受け吹き飛ばされたハワードは、丸太の防護柵や樹木を薙ぎ倒し、森の中へと弾き飛ばされた。


「御頭首!!」


 ゲイリー・メヤーズが堪らず叫びを上げる。

 オルベットが破壊された防護柵を見やり、嫌らしく口元を歪めた。

 だがその刹那、オルベットの鼻先に剣閃が閃めく。

 黄金の聖気を纏ったナイトソードが、オルベットの鼻梁に深い傷をつけた。

 オルベットは絶叫を上げて身を捩り後退する。


「余所見をする余裕があるのか?チャイルドイーター?」


 ライダー・ハッガードがナイトソードをユラリと回しながら、油断なくオルベットとの間合いを保ちつつ、鋭い視線を向けていた。


『おのれーーっ!どいつもこいつもっ!!』


 オルベットは、荒く乱れた様に生えた牙でギリギリと歯噛みをし、その鉤爪を地に突き立てた。


「既にお前には何の余裕も無い!大体、あれでクラウドさんがやられたとでも思ったか?」


「全く、こんな見え透いた手に掛るとは……、これではまた、スージィにしっかりしろと叱られてしまうわ」


 ハワードが、自らの身体で砕いた防護柵の間から現れた。

 首の後ろに右手を当てて、コキリコキリと首を回す。

 広場に戻り、肩周りを解す様にツヴァイヘンダーを大きく回したかと思うと、素早く縦横無尽に青い剣閃を閃かせた。


「互いに準備運動は終わりで良いか?チャイルドイーター?」


『ほざけえっ!このクソ爺ぃがぁぁぁぁっっ!!!』


 オルベットが一唸り上げると、眉間部に魔力が収束し輝きを発して行く。

 質量を得た魔力が奔流となり、オルベットを中心に、その周りを斉射し始めた。

 ハワード達はその魔力線を咄嗟に躱すが、何人かの団員達は躱し切れず、装備を掠めた部分が爆炎を上げ吹き飛ばされる。

 地に到達した魔力線は、収束圧縮されたエネルギーが解放され、その辺りの大地を急激に溶解蒸発させた事で、魔力線の着弾点ごと周囲を爆散させ、高熱の炎と共に吹き飛ばした。


『ひゃぁーっはっひゃひゃっはっひゃっはーーーーっ!死ねっ死ねェェっ!死んでしまえぇっっっ!!』


 何度も魔力線を撃ち出すオルベット。

 辺りは爆裂音と炎に包まれ、その中で狂った様な哄笑こうしょうが響き渡る。


「おのれっ!チャイルドイーター!!ライダーっっ!!!」

「はいっ!!」


 ハワードがライダーとアイコンタクトを交わし、オルベットに向かい走り出した。

 それを見たオルベットが、ハワードへ向け魔力を集中し撃ち出す。


『消し飛べェっ!爺ぃぃーーーーっっ!!!』


 ハワードの装備が一際大きく輝き、ツヴァイヘンダーが纏う青い光も光度を上げて行く。


「ぬおぅっっ!!」


 ハワードは、自らに迫る魔力線に向かい、気合と共に渾身の力でツヴァイヘンダーを下から斬り上げ、その光の束を弾き飛ばした。


『なっ!?馬鹿なぁっっ?!!』


 自らの魔力線が剣撃で弾き飛ばされた事に驚き、オルベットはその大型爬虫類の様な巨大な目を見開いた。

 その一瞬の隙を付き、ナイトソードがその眉間部分に食い込んだ。

 ライダーがその頭部に取り付き、黄金の聖気を纏わせたナイトソードを深々と突き立てたのだ。


 オルベットは突然の激痛に絶叫を上げ、ライダーを振り落とそうと頭を振りながら、後ろ足で立ち上がった。


 その広げられた懐へ、一瞬でハワードが飛び込んだ。

 刹那、豪剣が裂帛れっぱくの気合と共に青い剣閃を引き、オルベットの胴部に閃き走る。

 その剣撃は、たった一閃でオルベットの巨大な身体を両断していた。


 オルベットの身体は、左腹から右前脚の付け根にかけ切断され、ユックリとその巨体が切れ目を滑る様にズレ落ち、大地に震動を響かせて崩れ落ちた。

 その巨体の肉が、魔力を取り込んだ時の様に泡立ち、今度はズブズブと崩れ溶け落ちて行く。

 やがて、白く痩せ細った子供の様な上半身だけがその場に残った。


「ばか……な、……なん………で、……こんな……ぼく……が……………」


 オルベットは、全身から白い蒸気が立ち上がる様に煙を吹き、力なく現状を理解出来ないと呟いている。その半身は、グズッ……グズと崩れ続けていた。


「コレで最後だ、チャイルドイーター……」


 俯せのまま、手だけで前へ進もうと白い指で地を掻くが、身体を動かすだけの力はもうそこには無い。

 地の上で、足掻き蠢くオルベットの傍らに歩み寄り、ハワードが静かに告げた。


「……ライダー。お前が終わらせろ」

「な?!クラウドさん?!」


 ハワードが静かな面持ちでオルベットを見下ろしながら、ライダーに止めを刺せと言う。


「これは……コイツは、クラウドさんがやるべきです!俺は……俺は此処までお手伝い出来ただけで……!」 

「余り年寄りに無理をさせるな……、ワシは今のでほぼ力を使い切ったわ!今、コイツを消せるだけの力など残っておらん。お前がやれ、ライダー。そして先へ進め!お前が自分の手でけりを付けろ!」

「……クラウドさん………」


 ハワードがライダーの眼を見ながら力強く頷いた。

 ライダーは一歩前へ踏み出し、手の中のナイトソードを逆手に持ち直した。

 そこへ黄金の聖気を練り上げ、濃密に籠めて行く。

 そしてそのまま、足元で未だ蠢くオルベットに向き合う。


「終わりだチャイルドイーター。消え失せろ!永遠に!!」


 そう言って、未だ足掻くオルベットの背から、一息でその心臓に黄金に輝くナイトソードを突き立てた。

 一瞬オルベットの身体が僅かに跳ね仰け反るが、そのまま砕けて光の粒子となり、静かに大気に溶け消えて行った。





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「…………オルベットが、消えたぞ」


 薄闇の室内、長く静かな沈黙の中、その男が小さく呟いた。


 小さな部屋だった。

 小さなオイルランプだけが光源の中、幾つかの人影が闇の中で陰の様に浮かび上がり揺れていた。

 先程呟きを発した人影は、大きく重厚な椅子に寛いだ様にゆったりとその身体を預けている。


 その身体は浅黒く、長く真っ直ぐな黒髪を椅子の背板に掛け落とし、座面の後ろへと流れ落としていた。

 その身に纏う物は、前垂れを備えた腰布だけで上半身の肌は晒して居る。

 首回りには金銀で細工された幅広の首飾りが、腕には黄金の腕輪が通され、額には細い銀の頭冠が、其々闇の中でランプの光を反射して朧に輝いていた。

 そして、それ以上に光を放つ二つの鋭く冷たい眼光。


 その鋭い眼光の先に居る者は、厚みのある黒いローブを身に付け、被るフードで口元しか見えないが、それはまだ壮年に達する前の男の物だと分る。

 その男が先の呟きに応えた。


「……左様で御座いますか。やはり彼の者かのものでは力及びませんでしか」

「ふむ、……ロドルフ・ダーカー。貴公、オルベットあれを使ったな?」

「……………」

「オルベットを測りに使ったのであろう?」


 一段高見に在る玉座に座る男の問いかけに、ロドルフと呼ばれた男の後ろに控えていた女が、一歩前へ進み出て、慌てた様に言葉を挟んだ。


「恐れながらミムロード!ロドルフ様は決して貴方様に逆心を抱いておられる訳ではございません!!!ロドルフ様は……!!」

「よい、クラリモンド。我は別にそなたの主を責めている訳では無い」

「確かに彼の力がトリビューンの村アムカムで、どれだけ通じるかは未知数の物がございました。あの村の手練れ達の実力は、尋常では在りませぬ故。しかし……コレは想像以上に事が早かったかと……」

「……どう考えるアブド?」


 玉座の男が、その周りにかしずく様に控える者の一人に、問いを投げかけた。


「は!恐れながら。アレはお調子者故、力を奢り準備を怠ったり、侮った結果かと愚考致します」


 アブドと呼ばれた従者が、男の問いに答え返す。


「なぁロドルフ?貴公は、その手練れ共の力量を測りたかったのか?」

の村の実力は未知数で御座います故……」

「フム、勇者の力も含めて『未知数』……か?」

「…………」

「驚く事もあるまい?我とて貴公程では無いにせよ、目も耳もある」

「……お戯れを」

「ふふ、戯れか……そうだ、これは戯れだな……ふふふ」

「あの村の手練れなれば、オルベット殿でも危ういとは存じておりました……なれば、と手は回しておりましたが……」

「フム、我は『消えた』と言ったぞ?オルベットはその存在を消滅させられたのだ」

「な!なんと?!」


 アブドと呼ばれた従者が、驚きの声を上げた。


トゥルーヴァンパイア真祖であるオルベットは、例えその身を滅ぼされようと、何れは甦る。だが存在を消されては甦り様が無い。アレは魂ごと存在を消されたぞ」

「そこまでの力を持っていた……と」

「村の手練れ共が、そこまでの力を持っているのか?」

「…………」

「200年ぶりに顕現した『勇者』か?楽しみではないか。なあ?ロドルフ」


 玉座の男が静かにほくそ笑む。

 アブドと呼ばれた従者が『勇者』の言葉に目を見開いた。


「水はハゾードが見つけたぞ。火の神殿は……ふむ、ではそのままルアルに任せよ」


 一同が手を胸に当て、頭を下げて恭順の姿勢を取った。


「ロドルフ。汝は好きに動け。その時の為に力を蓄えよ。精々、我を楽しませる事を忘れるなよ?」

「「「「ははっ!」」」」

われ微睡まどろみが開けた先、我が穢れ無き巫女と、その聖杯ゴブレッを祝う慶事に、せいぜい華を添えて見せよ」


「ハッ!『始まりの王ミムロード』たるアルズ・アルフ様のお心のままに」


 ロドルフと呼ばれたローブの男が、片膝を付き頭を垂れた。

 それに従う様にクラリモンドと呼ばれた女も。

 玉座を囲う様に傅いて居た者達もそれに従う。


 楽しげなアルズ・アルフの含み笑いが、薄暗い室内に、小さく響き渡った。





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 スージィが到着した時には、まだ何体かの白いヴァンパイアが残っていた。

 3人の低位団者達が、盾を以って4体のレッサーヴァンパイアを抑え込んでいる所を、スージィはかなり後方から確認していた。


 スージィは3人の後方から地を蹴り、そのまま空中で回転し、頭を下にした状態で二刀を振るい、4体のヴァンパイアを一気に乱斬りにした。

 スージィはヴァンパイアを爆ぜ散らせて、そのまま着地する。


 目の前で消え散る、白いヴァンパイア達の欠片を見た3人が、うおぉ?!と感嘆の声を上げた。

 3人が無事である事を横目で確認したスージィは、そのままハワードの元へ急ぎ向かう。


「ハワードさん!ハワードさん!!」


 ハワードを確認したスージィが嬉しそうに声を上げ、ハワードに駆け寄った。


「ハワードさん!!素敵な剣、ありがとう、御座い、ます!」


 ハワードの目の前まで来ると、スージィが零れそうな微笑みを浮かべながら、剣のお礼を述べて行く。


「おお!スージィ!戻ったのだな?!どうだね?その剣の使い心地は?」

「はい!とっても、とっても、使い易いです!それに・・・ハワードさんの、お気持ちも、凄く嬉しい!!」


 一瞬、はにかむ様に俯いたが直ぐに顔を上げ、真っ直ぐハワードを見上げながらスージィが告げた。

 ハワードは そうかそうか と相好を崩しながら何度も頷く。




 レッサーヴァンパイアの最後の一体を、ゲイリー・メイヤーズが屠り、塵と化す。

 それを見ていたルフィーノが、性も根も尽きたと言う様にその場に座り込んだ。

 その隣ではランドルフもタワーシールドに身体を預け、肩で息をしていた。


「お、終わった様だな……」

「ああ……もう、俺は立てんぞ!」

「オレも……無理……しかし……さっき来たのがスージィ・クラウドか……」

「そうだ……彼女がスージィだ……凄かろう?」

「……凄いな、……なあ、ケネス?」

「なんだ?ルフィーノ」

「………どうやったら……会員証は貰える?」

「ルフィーノ!?ほ、本気か?!!」

「本気だともランドルフ。俺は本気だ」

「当ファン倶楽部は彼女の素晴らしさを理解していれば、誰でも歓迎だ」

「………オレの……分も、大丈夫か?」

「問題無いぞランドルフ!いつでも言ってくれ!」


 新たに会員証が2つ発行される様だ。




「終わった様だな……」


 ハワードが、最後のヴァンパイアの塵が消えて行くのを見ながら呟いた。


「学校も、もう片付いて、います」


 スージィが、村の中を見据える様に言った。


「スージィが行ってくれたのかね?」

「はい、みんな無事です。みんな、元気、です!」


 スージィが微笑み答えた。

 その言葉にマルセル・アヴァンズが、ああぁ!と安堵の声を上げ、その場に座り込んだ。

 マルセルの肩をゲイリー・メイヤーズが叩き頷き、胸を撫で下ろす盟友の喜びを共に感じ合って居た。


「お家も、無事です・・・あ!ソニアママが、ハーブ鳥を用意して、くれてます!早く帰りましょう!ハワードさん!!」


 そうだ!と云う様にスージィが胸の前で手を打ち鳴らし、嬉しそうに早く帰ろうとハワードに告げるが、突然ハワードが「?……ちょっと待ってくれないか?」と眉を寄せた。どうかしたのかとスージィが、心配そうにハワードに顔を近づける。


「スージィ?……待ってくれスージィ?ひょっとして今、ソニアを『ママ』と呼んだかね?」

「・・・あ」


 ハワードとスージィが暫し見つめ合う。


「その……うむ、何と言うか……ワシは……む、その、どうだろう……か?な………」

「え?・・・あ、えっと・・・あ、ハ、ハワド・・・パ・・・あう、えと・・・・・・」


 ハワードが頬を掻き、照れ臭そうにしながらもスージィにねだる様に、目が先を言う様促している。

 スージィは目を泳がせ、顔が見る見る真っ赤になって行った。


「ハ、ハワードさん・・・は!ハワード、さん!!!」


 思わず叫んでしまった。


「ス、スージィ……?」


 ハワードの顔が、軽く絶望した様相になってしまった。

 ソレを横で見ていたライダーが、耐え切れずに吹き出した。


「ご、御頭首?!ぶふぉっ!」

「ラ、ライダー?お、お主!?」


 ハワードが、ばつの悪そうな顔でライダーを見る。どうやら彼が居る事を忘れていた様だ。

 ライダーは、すっかり肩から力が抜けてしまっていた。

 今まで死闘を繰り広げていた男とは思えない。先程まで居た『鉄鬼神』が今は、只の親馬鹿の好々爺になっている。

 ライダーは声を出して笑っていた。

 ハワードは更に居心地が悪そうに頬を掻く。

 ソレを見ていたスージィが、逆に何でハワードを笑うのか?とライダーに口を尖らせ抗議をしていた。

 ライダーは目に涙を溜めながら「申し訳ない」とスージィに頭を下げた。


「ハワード・・・さん!わたし、学校に行ってから、先にお家に戻ります、ね?」


 まだ後処理が残っているのでしょう? と、言ってからスージィはハワードに向き直り、改めて佇まいを正した。


「お役目、お疲れ様でございまし、た」


 そのままスージィは、ハワードを労わる様、深々と綺麗な姿勢で頭を下げた。

 そのスージィの姿にライダーが目を瞠った。


「うむ、スージィも良くやってくれた」

「いえ!みんなが、頑張ったから、です!」


 零れんばかりの笑顔を、ハワードに向けるスージィ。

 そして直ぐ、ライダーにも向き直り「ライダーさんも」と小首を傾げ、精一杯の笑顔で、労いの言葉をかけてきた。


「ご苦労様でした!ライダー、さん!」

『ご苦労様!ライダー!!』

「……あ!………あ、ラ……」


 大きく見開かれたライダーの瞳には、スージィの姿に重なり、あの懐かしいラヴィニアの微笑みが、求め続けた思い出の眼差しが映し出されていた。

 いつもラヴィがしていた様に、小首を傾げて笑顔を振りまきながら、何時も自分を優しい眼差しで見ていたあのラヴィの姿を。



 ライダーの胸の内に、一気に熱い物が込み上げて来た。

 スージィはそのままハワードに「早く帰って来てくださいね」と告げ、学校へ向け走り去って行く。


「うん……うん、ラヴィ……うん」


 ライダーは、小さく何度も呟きを繰り返しながら、スージィの姿を見送っていた。

 だが、その後ろ姿が歪んで良く見えない。


 ハワードがライダーの横に立ち、その肩を抱き寄せ優しく叩く。


「明日、花を持って行こう。ラヴィに報告せねばな……」

「はい………、はい!」


 ライダーは唯々、いつまでも大粒の涙を零し続けていた。


――――――――――――――――――――

次回「エピローグ アムカムの日常」

エピローグは今日中に投下します。

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