第39話ヴァンパイア達の饗宴

 壱の詰所前*16:35


「どうしたチャイルドイーターよ?まさか怖気づいたなどとは言い出すまいな?ん?」

「こンの爺ィ!ふざけ過ぎィ!もう、ぶっ殺しちゃいますよ!オルベット様ァ!」


「クハッ!良いのか?チャイルドイーター!この程度の雑魚など差し向けて?!こんなモノではワシは止められんぞ?!」

「図に乗るなよ……、人間風情がぁっっ!!!」

「落ち着けライラ、ローレンス。こいつの狙いは我らを煽り、注意を引き付け、その隙に団員を村へ向かわせる腹だ。乗せられるな」


「フン!山ヒル風情が!多少は知恵があるのか?」

「コイツぅー……。エイハブ!アタシはやるからねェ!!死んどけ爺ィ!!」

「よせ!ライラ!!」


 ライラと呼ばれたヴァンパイアが制止を無視し、自分の周りの影をハワードへ飛ばした。


 ハワードは瞬時に装備に魔力を流し込む。すると全身の装備の魔法印が一瞬光彩を放ち、光の筋を描く。


 その刹那、ハワードの姿がブレて影槍が空を切った。


「ナニィ?!」


 ライラが目を見開き驚愕する。

 だが直ぐ様、ハッ!と何かに気付き、その場を飛び退いた。

 直後、ライラの居た空間に青い光が真横に走る。

 聖気を纏ったハワードのツヴァイヘンダーの剣閃だ。


「くっ!何コイツゥ?!この動きィ!ホントに人間なのォ?!」

「だから止せライラ!コイツが『鉄鬼神』だ。まともにやり合うな」

「クソっ!コイツがァ?」


 ギリリッと牙を剥き出しにして、ライラは歯噛みをする。


「フン!逃げ足だけは速いではないか?ヴァンパイア!そう言えばコソコソと影に逃げ隠れするのが得意なのだったな?そんな害虫の真似などせんでも良かろうに?なあ?!!」


 ハワードが獰猛に歯を剥き出し、挑発を続ける。


「この……調子に乗りやがって!」

「だから止せと言っているぞ、ローレンス」

「囲んでしまえばいいだろ!バーニー手を貸せ!」


「こっちを忘れていないか?」


 ライダーが装備を煌めかせ、ローレンスの真横にに肉薄していた。

 その手に握られたナイトソードは、練り上げた聖気で黄金色に輝き、そのまま真一文字に一閃された。


「なっ?!!」


 ローレンスは咄嗟に身を躱すが、僅かに遅れ、その左腕の肘から先が斬り落とされた。


「がぁっ!!」

「ローレンス?!……エイハブどう云う事だ?何故ここまで聖気を扱える者が二人も居る?説明しろ!」


 後方に後ずさり、よろけるローレンスの身体を、バーニーと呼ばれたヴァンパイアが支えながら、苛立ちも露わにエイハブへ問いかけた。


 ローレンスも直ぐに体勢を立て直す。

 ライダーに斬り落とされたローレンスの肘から先は、見る見る内に修復されて行った。


「あれは西方の『吸血殺し』だ。注意はした筈だぞ」

「ちくしょう……コイツもか?」


 ローレンスが戻った左腕の動きを確かめる様、手を動かしながらライダーを睨めつける。


「ローレンスは油断し過ぎなのだわ。そうでしょうエイハブ」

「そうだプトーラの言う通りだ。我々はオルベット様の駒なのだ。感情で走るな」


 長い銀の髪を揺らしながら、プトーラと呼ばれたヴァンパイアが、ローレンスに冷たい視線を送りながらエイハブに同意を求め、前へ進み出て来た。


「あっはははははははははっ!ライラっ!ローレンスっ!随分手こずってるじゃないかっ」


 オルベットが心底楽しそうな笑い声をあげ、前方の二人に声をかけた。


「オルベット様ァ!」

「申し訳ありませんオルベット様」


「いい加減、前へ出てきたらどうだチャイルドイーター?このままでは、お前の手駒など直ぐに駆除されてしまうぞ?」


「このっ!」

「爺ィ!」

「はははははっ!強気だねえっ。いいよっ、そういう強気でボクに向かって来る奴はっ、別にキミが初めてって訳じゃないっ」


 憤る二人を手で制し、オルベットがハワードと会話を続ける。


「ほう、ならばワシが貴様の最後の相手になる訳だな?」

「あーはっはははははっ!言うねえっ!言うよねえっ!でもねっ、残念な事にボクは老人には興味が無いんだっ、お相手はこの子達に任せるよっ」


 オルベットがさも残念そうに手を広げ首を振った。


「それにねっ、ココから眺めている方が断然面白いしねっ!今っ、子供達が実に楽しそうに踊っているのが、もーー可笑しくって、楽しくてっ!クフッ」

「貴様!何をやっている?!!」

「いいねっ、そういう顔の方がボクは好きだなっ………、一時間だっ」

「何だと?!」

「後一時間もせずに陽が沈むっ、そこからはボク等の時間だっ……。宴を始める時間だよっ」


 オルベットが宣言する様に大仰に両手を広げ、朗々と言葉を発して行く。


「ボクがこの子達に命じたのはたった一つっ。『陽が暮れるまで誰も殺すな』だっ。だって折角の宴なんだものっ、食事の前のつまみ食いはハシタナイだろっ?プフッ」

「貴っ様ぁ!!」


「みんな健気にもちゃんと言う事を守ってくれているっ。この子達の影の中の子らもっ、ホントなら牙を突き立てたいだろうにっ、爪だけで我慢してるんだっ!ホントに偉いよっ!」


 グロロロロ……と云う低い唸りと共に、オルベットの影の中から幾体もの黒い塊が頭を覗かせた。

 それは鰐の様な鼻面と牙を持つ、歪な人影に見えた。


「シャドーグールかっ!」


 シャドーグール。影の中に潜み実体を持たない人食いの魔物。

 陽のあたる場所では存在出来ない、まさしく闇の住人だ。

 それが此処に何体居ると言うのか?



「オルベット様!オルベット様ァ!申し訳ありません!もう少しで御言い付けを破る所でしたァ」

「いいよライラっ、キミはちゃんと我慢してるっ、だから時間が来たら好きにしちゃって良いよっ」

「ありがとう御座いますゥ!オルベット様ァァ!!」

「オルベット様もライラに甘いですわ!」

「そうかいっ?ボクにはみんなが可愛いだけなんだけどねっ」

「オルベット様ァァ……ン」


 オルベットがライラの頬を柔らかく撫で上げた。


「だから日暮れまでっ、キミたちは好きに学校にでも向かうと良いよっ。どうせ囲いがもう出来るっ。手練れが一人二人居た所でっ、どうしようもない事を思い知ってみたらいいさっ」


 オルベットがハワード達に向け、手をヒラヒラと振りながら好きにしろと言う。


「この……不浄物共めっ!」


 ライダーが吐き捨てる様に嫌悪感を露わにする。


「さあっ!だからボクは時間まで観戦させて貰うよっ。前に来た時に居たあの赤毛の子っ。あの子の足掻きっぷりは実に良かったっ!今でもしっかり思い出せるよっ。最後まで足掻いて諦めない喉元に喰らい付く美味しさと来たらっ!!くふっ!あぁ駄目だっ!思い出しただけで涎が出てきそうだよっ!あはは!あぁまたっ、あんな美味しそうな子がいてくれたら良いんだけどねっ!ホントっ!ホントに楽しみだよっ!あはっあははっあーーはははははははははっ」


「おのれ!貴様ぁ!貴様はっっっ!!!」


 ライダーがオルベットの言葉に、憤怒の皺を更に深く深く刻み付けて行く。


 オルベットは如何にも楽しそうな笑い声を上げながら、一瞬で背中に黒く禍々しい巨大な蝙蝠の羽を広げ、そのまま地上を飛び立った。


「おのれぃ!逃げるなチャイルドイーター!!戻れ!戻って来い!チャイルドイぃーーータぁぁーーーーーっっ!!!」


 ハワードが拳を振り上げ、憤激の叫びを上げる。

 ハワードの怒りに染まった声が、アムカムの森の中、どこまでも響き渡って行った。





     ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆





 学校 修練場前*16:55


「終わったわ。さっさと起動しちゃうわよ?」


 イライザが先程まで弄んでいた起動装置をクルリと手の中で回し、そのまま魔力を籠め始めた。

 すると、学校の敷地全体を囲う様に、魔方陣が地面から浮かび上がってきた。


 初め、青白い光を発していた魔方陣がパキリと歪み、見る見る内に、毒々しい血の色の様な魔方陣に、上から塗りつぶされて行く。


 やがて上空に、ハニカム状の透明な板面が組上げられ、学校敷地の上空をドーム状に覆って行った。

 それが組み上がると一瞬光を放ち、そのまま不可視の結界となった。


「これで囲いが出来上がったね」

「じゃ、そろそろ下拵したごしらえもしちゃいましょうか?もう一時間も無いし」


 イライザが 始めるよ と言う様に両の掌をポンッと叩くと、二人の影から無数の黒い槍が、上方へと伸び上がって行った。


 上に5メートル程伸びた所で、クイッと先端が曲がり、ウィリアム達の方へとその先端が向いた。

 ウィリアム達がギョッと目を見開くと同時に、黒槍が彼らに向かって伸び、勢い良く迫って来た。


 ウィリアム達は盾を構え、石壁を迫り上げて防御態勢を直ぐ様整えたが、黒槍は彼らを掠め、修練場の壁を、屋根を穿ち、突き崩し、破壊して行った。

 堅固だった筈の修練場の壁は、大きな音を立てながら崩れ落ちて行った。


「な、何だコレ?!修練場の壁がこんな簡単に?!」


 破壊された練場の壁を見て、アーヴィンが呆気にとられた様に呟いた。

 中に居た中低位階の子供達が、余りの事に言葉も無く固まっている。



「ねぇねぇ、少しぐらいさ、摘み食いしてもさ、良いと思う?」

「何言ってるのダグ。オルベット様の御言い付け忘れたの?」

「忘れてないさ!忘れてないけどさ。流石にこれだけ見せられたらさ……ねぇ?」

「まあアタシだって、さっき舐めたくらいじゃ物足りなくてしょうがないけど……後一時間も無いのよ?我慢できない?その方が美味しいわよ?」

「分ってるさ!分ってるけどさ……ホラ、これとかさ……だめ?」


 そう言って、左手に持っているフィオリーナの腕を持ち上げた。


「ホラ、お味見位はさ、食材用意する者としてはさ、しても良いんじゃないかとさ、思うんだ……」

「もう!オルベット様ご覧になってるのよ?分ってる?……オルベット様はお優しいから、許して下さるとは思うけど……でも、ちゃんと御言い付け守った方が、アンタの忠誠心を示せると思うけど?」

「そう、そうなんだよね……よし!じゃ死なせなければ良いよね?それなら御言い付け破った事にならないしさ!」

「もう!好きになさいな!」

「へへへ、大丈夫さ!ちゃんと自制出来るもの」

「既にそれが自制してるとは言えないんだけどね……」


「ここに来てからさ、ずっと目の前に居たのにさ、ずっと我慢してたのにさ、ま、チマチマ頂いてはいたけどさ!ホントに美味しいんだよ、このお姉ちゃん」


 そう言ってフィオリーナの腕を上まで持ち上げ、力なく頭を垂らした彼女の首筋を、自分の目の前に持ってくる。


「ああ、やっぱ堪んないよこの匂い」


 そのままダグは、血の様に赤く爬虫類の様に長い舌を出し、フィオリーナの肩口から首筋にかけて啜る様に舐め上げた。


「……ぁい……うぅぅ……ぅ」


 意識の無い筈のフィオリーナが、くぐもった呻き声を上げる。


「もう頂くね?頂いちゃうよ?へへ」


 ダグは、左手でフィオリーナの左腕を掴み、高く持ち上げた。

 その反対の右手で彼女の髪を無造作に掴み、引き摺り下げ、その白い首筋を自分の目の前で露わにさせた。

 そしてそのまま、剥き出しになった小さなナイフの様な2本の牙を、深々とフィオリーナの幼い首筋へ、ゆっくりと突き立てて行った。

 フィオリーナの首元に、悍ましい鈍い肉の裂けるを音が広がる。


「はぎぃ……ぅく、……ぃぎう……はぐン……ひぅ……」


 ダグが喉を鳴らすごと、フィオリーナの身体が小さくのたうち、口元からは苦痛に満ちた、喘ぐような呻きが漏れ落ちて行く。




「フ、フィオリーナ?」

「な、なんで?アイツ、フィオリーナに何してんだ!?」


 クラークとアシュトンの双子が、瓦礫と化した練場の中から這い出し、ダーナ達の横に並び、その先で起きている不浄の行為に目を見張った。


「アナタ達!駄目よ出て来ては!下りなさい!」


 コリンが双子に気付き、直ぐに後退させようと叫ぶが、二人には聞こえていない。





 クラークとアシュトンの双子と、フィオリーナは今期から同じ6位階になった3人だ。


 最近はステファンのやんちゃぶりが目立って来て、その陰に隠れがちだが、この双子の腕白ぶりも相当な物だった。

 双子のコンビネーションで繰り出される悪戯に、散々大人や上級生たちの手を焼かせていたのだ。


 そんな双子をいつも諭し、庇っていたのがフィオリーナだ。


 スミス家とアトリー家は比較的近い位置にあった為、三人は物心の付く前から既に一緒に居た。


 フィオリーナの面倒見の良い性格は、幼い頃からこの二人の面倒を見る事になったが為に形成された物なのかもしれない。


 二人の一番の理解者でもあるフィオリーナに、双子は頭が上がらない。

 いつも二人が考えている事を先読みし、双子もフィオリーナがどこまで本気で怒っているかは直ぐ分る。

 言葉にする前から、相手の事は判ってしまう。

 クラーク、アシュトンとフィオリーナは、兄妹同然に今日まで生きて来たのだ。




 今、そのフィオリーナが目の前で訳の分らない相手に掴まっている。

 状況は分らないが、何かヤバい事が起きている事だけは判る。


 フィオリーナの顔色が、見る間に真っ白になって行く。

 これはどう見ても不味い!!


「「うああああああああああああああああ」」

 

 双子が揃って飛び出した。


「いかん!ヤメロ!」


 ウィリアムが直ぐ様飛び出すが、二人との距離は十数歩は離れている。

 咄嗟に二人の後を追うが、その距離に表情が歪む。


「「こンのヤローーーーー!!」」


 二人の装備は共にショートソードとラウンドシールドだ。

 二人はシールドを翳しながら突き進む。


 飛び出した二人に向かい、影犬シャドウドックが一匹、正面から飛びかかって来た。


 クラークが影犬シャドウドックの鼻先に、シールドを叩き付ける様に突っ込んだ。

 そのシールドを掠める様に、アシュトンがショートソードを突き入れる。

 と、同時に今度はアシュトンが、自分の盾を影犬シャドウドックに突き付ける。

 透かさずクラークが、アシュトンの盾の陰からショートソードを振るう。

 右に左に、時には上下に、交互に防御と攻撃を入れ替える。

 息の合った双子のコンビネーションを生かした、二人の攻撃手段だ。

 

 だがその攻撃が通じるのは、森の浅層に出る魔獣にまでだ。

 実力差が大きく開いた相手では、効果を上げるのは難しい。

 二人の攻撃では、その魔獣の毛皮を貫く事は出来ない。

 ましてや数の差は圧倒的だ。


 いつの間にか、低空から滑空して来たブルータルバットの強靭で鋭い脚の爪が、クラークの背中から後頭部にかけ、肉を抉りそのまま吹き飛ばした。


「ぐぁっぶっ!!」

「クラーク?!ぎっ!かはっ!!」


 アシュトンが、横から飛び掛って来た二頭目の影犬シャドウドックに頭に牙を立てられ、そのまま地面に打ち据えられた。


「この!退けぇぇ!!!」


 一歩到着の遅れたウィリアムが、アシュトンの頭を咥える影犬シャドウドックの顔面にショートソードを打ち下ろした。

 ウィリアムは、片目を潰され怯み口を離した影犬シャドウドックへ、そのままカイトシールドを叩き付け後方へ弾き飛ばした。


 ウィリアムはシールドを構え、双子を庇う様に油断なくショートソードを振りながら脚を運んだ。

 そこへ遅れて来たロンバートも並んで、横で盾を構える。


「二人を早く後方へ!コリン治療を!!」


 ウィリアムが叫び、ダーナとアーヴィンが双子を抱え、後方へ連れて行った。

 二人ともかなりの出血量で意識も無い。

 抱きかかえられて行く二人をウィリアムは横目で確認し、改めて前方に居る二体のヴァンパイアを睨みつけた。



「さあ!向こうから始めてくれたみたいだしさ。ドンドン行っちゃう?」


 いつの間にかフィオリーナから離れたダグが、嬉しそうにイライザに語りかけた。

 フィオリーナはその足元に投げ出されている。

 まるで遊び飽きた玩具の人形の様に、只無造作に。


「コレ、死なせてないわよね?」

「だーいじょうぶ!辛うじて息してるからさ。セーフ!あはは」


 イライザが、白い肌になり身動き一つしないフィオリーナを見降ろしながら、ジト目でダグに問いかけるが、ダグは只戯けて見せるだけだった。


「おのれぇっ!」


 ウィリアムがその様子を、ギリギリと歯を噛み締め睨めつけた。

 だが間断無く押し寄せる影犬達に、ウィリアムとロンバートは、少しずつ確実に押し戻されていた。



「ウィリー!アシュトンをお願い!クラークが酷いの!ああ!駄目!血が完全に止まらない!ビビ!手を貸して!……ビビ?」

「どうしたビビ?!」


 ベアトリスが、コリンの呼びかけに反応を示さなかった。

 アーヴィンがその様子に気付き、急いで彼女の傍に駆け寄った。


 だがベアトリスはその場で膝を付き、自らの身体に腕を回し、小さく震えていた。


「アルジャーノンが……、アルジャーノンが……死んじゃう」

「!!」


 ベアトリスが涙を浮かべ、アーヴィンを見上げて訴えた。


「あ、あの子……あんな、あんなに噛まれて!あんな弄ばれて……それでも走って……あんな、あ、あんなに……あ」

「ビビ!しっかりしろビビ!クソッ!何とかならないのか?!」


 アーヴィンがベアトリスの肩を掴み、小さく叫ぶ。

 その時、アーヴィンを頬を掠め、黒槍が伸び進んで行った。

 そのまま槍は、後方の子供達の中へと突っ込んだ。


「チャールズ!トマス!!」


 コリンの悲鳴が上がる。

 黒槍は、年少の……2段位のチャールズ・ボーマントと、3段位のトマス・リゴティを貫き消えていく。

 幼い子供達の呻きと悲鳴が辺りを埋める。


「貴様ら!」


 ウィリアムが尚も伸びる黒槍を盾で弾き、剣で討ち払うが、その隙を影犬シャドウドックに突かれ傷が増して行く。


「ケルム・エイゴ・スペロ・エウデ。貫け!《ステックス・ガン》」


 ミアの祝詞で地中から急速に伸び上がった植物の根が、槍の様に先端を尖らせ、ウィリアムの周りの影犬シャドウドックに向かって幾本も撃ち出された。


 影犬達は瞬時に反応しウィリアムから離れたが、更にその影犬シャドウドックへ……。


「ケルム・エイゴ・スペロ・エウデ。撃ち抜け!《ファイア・ブレット》」


 カールの放った炎弾が影犬シャドウドックを撃ち、一頭を炎に包む。


「よし!」


 カールが拳を握り締め、命中の喜びで頬を緩めた。



「火の属性使いはちょっと鬱陶しいわね」

「ウン、あれ一人みたいだし先に始末しちゃお」


 カールを見ながら二体のヴァンパイアがそんな会話を交わすと、幾本もの黒槍がダグの足元から伸び上がり、一瞬でカールの身体を次々と穿って行った。


「がっ?ぶ!!」


 カールが槍に吹き飛ばされ、全身から血を吹出しながら倒れ伏した。


「カール!」


 隣りで魔法を放っていたミアが、咄嗟にカールを助け起こそうと駆け寄るが、そこへ幾本もの黒槍が迫り、ミアをも貫いた。

 その内の一本はミアの脇腹を大きく抉り取り、その身体を激しく吹き飛ばす。


「ぁぎ?!ひぐぅぁっ!!」


 ミアはそのままゴロゴロと地を転がされ、瓦礫にぶつかり漸く止まった。

 ミアはコルセット型の革防具を身に付けていた。だが黒槍はそれを容易く突き破り、脇腹を抉り取っていた。

 その抉られた場所から血が止めど無く溢れ、見る見る血の気を失って行く。その身体はビクリビクリと引き攣りを起こしていた。


「くそ!ミア!!なんて事だ!!ミアァ!!!」


ウィーリーがミアに駆け寄り、直ぐ様回復術を使うが、出血が一向に収まら無い。




 イライザが「アレも?」とミアを指差してダグに目で問いかけた。


「まぁ、ついで?どっちにしても魔法の攻撃手は残すとメンド臭いしさ」


 と肩を竦めて答えていた。




「ミアーーーーーっ!!!」


 所々破壊されたベアトリスの作った石壁の隙間や、ウィリアムの脇をすり抜けようとする影犬シャドウドックを槍で突き飛ばしながら、ダーナが後方のミアに声を飛ばした。


「大丈夫だ!まだ!!まだ大丈夫だ!!」


 ウィリーがミアに手を翳し、治癒に集中しながらも声を上げて返す。


「……ミア!」


 急ぎカールの治療を施すベアトリスも、唇を噛みながらミアを見やる。


「ちっくしょう!まじで手が足りねェぞ!!」


 アーヴィンが、ベアトリスに向かい降下してくるブルータルバットをロングソードで払い、追い散らしながら苛立ちを口にした。


「こんなもの!ぎっ!スージィお姉様の……っ!うぁ!突きに比べたら!温すぎです……わ!!くぅっ!」


 得物を、弓から二本のダガーへと持ち替えたヘレナ・スレイターが、ダーナの隣で共に影犬を撃退しながら叫んだ。


「ぐぅっ!全くだ!!こんなもの!……はっ!スーの連撃の速さに比べたら!がぁ!!あくびが出るよ!!」


 ダーナもヘレナも、その身に多くの傷を負いながら、共に一人の少女の事を思い、攻撃の手に力が籠もる。


「そうだ!スージィの一撃は……遥かに重い!」


 ロンバートがその手に持つタワーシルドで、数匹の影犬シャドウドックを一度に押し返しながら声を上げた。


「こんな事で!押されてたら!スー姉様に顔向けできないから!」


 メアリーが滑空してくる幾匹ものブルータルバットを避けながら、上空へ矢を射かけ返し叫んだ。


「お前ら!言うじゃねェか……よっ!!」


 アーヴィンが叫びながら、降下してくるブルータルバットへ一撃を入れた。

 翼膜を傷付けはしたが、落とすまでには至らない。



「だめ!シェリー、ヴァージル、お願い手を貸して!」


 コリンが5段位のシェリー・フランクと、4段位のヴァージル・フィレインを呼び寄せ治療の手伝いを頼む。


「でもコリン!わたし達まだ癒しを使え無いわ!」


 シェリーの言葉は不安から来る否定的な物では無い。自分には今、何も出来ないと言う焦燥感から来る物だ。

 それは、この修練場に避難している中低位の子供達全員に共通する思いだ。


 出来る事なら自分達も全線で戦いたい!しかし今の自分達では上級生の足を引っ張るだけだ。だから今は、せめて此処で出来る事を精一杯するしかないのだ。


「大丈夫よ、こうして傷を抑えて魔力を送ってくれるだけで良いの。いつも魔道具で練習してるでしょ?あの要領よ」


 シェリーにコリンは傷口の上にガーゼを当て、基本のやり方を教えて行く。シェリーにチャールズを、ヴァージルにはトマスの手当てを任せ、二人は一心不乱に治療に集中した。


「今、出血だけは止まってるから。そのまま続けてくれればいいからね?」


 コリンはそのまま左脚を引き摺りながら、急ぎクラークとアシュトンの元へ治療に戻る。

 クラークはまだ完全に出血は止まっていない。今はシェリーと同じ5段位のグローリア・ヘロンに、傷口をガーゼで押えて貰っている状態だ。


 彼らの有り様は、何処を見ても予断を許さぬ物ばかりだ。希望を見出せるものなど何一つない。

 しかし、どの子供達の目にも、諦めの色など欠片も無かった。



「ココの子達凄いねー!普通さ、こんだけボコれば心折れてくものなのにさ。誰も諦めてないよ!それどころか闘志が上がってる!オルベット様が楽しみにするわけだねー」


 ダグが楽しそうにイライザを見上げて、その目を輝かせた。


「だからこそ……、それをへし折って上げたらどんな顔になるのか、見て見たいよねぇ?」


 そう言ってダグは、口の端を大きく上げて、さも楽しそうに忍び笑いを始めた。

 それを見て、今度はイライザが呆れた様に肩を竦めて見せた。



    ◇



「え?ウソ!アルジャーノン?ウソぉ!!」

「どうしたビビ!?またアルジャーノンに……なにか……あったのか?」


 目を見開き固まってしまったベアトリスに、アーヴィンが気遣いながら声をかけた。


「あの子……傷が全快した……!」

「は?」

「そんな事より!スーを見つけた!喚べるわ!!」


 アーヴィンが瞠目し、ベアトリスと見つめ合う。


「直ぐに喚べるのか?」

「3分ちょうだい!確実に喚んでみせる!!」

「よし!上等!!全員聞けーーーーーーっっ!!!」


 ベアトリスの答えに、上等だとニヤリと笑い、アーヴィンはその場で声を上げた。


「3分だ!3分持たせろ!!来るぞーーーー!!!!」


 右手で持ったロングソードを拳を突き上げる様に高々と掲げ、この場にいる全員に届く様、声高に叫び上げた。


 その場には、ベアトリスの治癒を受け出血が止まり、未だ息は荒いが幾分楽になった様な表情でカールが横たわっている。


 そのカールから少し離れ、ベアトリスが地面に召喚の魔方陣を描き式を刻み込んで行く。


 アーヴィンがその二人を庇う様に、前面に立ち腰を落としてロングソードを構えた。


「3分!耐え抜くぞォ!!」


 アーヴィンが再び声を張る。


「へへ!よっし!やったろか!!」

「うふ!ふふ!お姉様に、見て頂かないと!!」

「おう!アーヴィンの所までは行かせはしないさ!」


 前線のダーナ、ヘレナ、ロンバートの士気が一気に上がって行った。

 それを見てウィリアムは……。


「流石だスージィ……」


 と呟き苦笑する。


「みんな!スーが来るわ!もう少し!もう少しだから頑張って!」


 コリンが練場跡に居る子供達に呼びかけると、皆が一様に、力のある明るい声で返事を返した。


――――――――――――――――――――

次回「スージィ・クラウド駆ける!」

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