第40話スージィ・クラウド駆ける!

 神殿へと続く道*17:20


 これは毎朝の走り込みが役に立ってるよね。

 この速さでも、すっかり周りに被害を与えずに走ることが出来ている。

 スゲーぜっわたし!


 とりあえず、ココまで神殿に向かう道はクリアにして来た。

 ヘンリー先生が通る道は綺麗にしておかないとね!

 目に付くゴミは、端から片付けている。


 今も犬っころ二匹爆ぜさせた。

 コレで通算21匹目。

 蝙蝠は18。

 かなりの数が村全体に入り込んでる。

 犬だけで総数200超え、蝙蝠に至っては300は居る。



 何か無秩序に暴れ回ってるって言うよりは、組織立って動いてる感じがハンパ無い。

 まず統率者が居ると思って間違いないかな?森の淵に少数でいるコイツらが多分親玉だ。


 でも、それよりも何よりもヤッバイのは、森の中に潜んでいるあの大群!

 これ何とかしないと絶対ヤバイ!

 まだ動いてはいないっぽいけど、早急に潰さないとマズイ!


 今のところ、概ね神殿までの道は綺麗になった。

 もう先生が襲われる事は無い筈。

 後は……、神殿に纏わり付いているゴミ共を片付けるだけだ!!

 神殿には蝙蝠が8!犬が15!!

 一か所になんて数!


 ババッ!と神殿に向け、地を蹴り跳び上がった。

 バタバタバタッと、スカートが風で激しく煽られ、音を出している。

 でも、スカートは捲り上がりませんから!

 乙女の嗜みですから!!



 大きく弧を描く様に、上空から神殿に降下接近する。

 かなりのスピードが出ていると思う。


 上空から蝙蝠に向け、立て続けに剣氣を撃ち放つ。

 1、2、3、4、5発!

 間断無く連続で放った。

 一瞬で5体の蝙蝠が爆ぜて散る。

 そのまま残っている蝙蝠達の中を通る様に降下し、すれ違い様に蝙蝠を3匹、剣を振って乱斬る。

 これで蝙蝠は終わりだ!


 着地場所に犬が居て邪魔くさいので、着地寸前に1体蹴り飛ばし、着地点を確保する。

 ついでにそのまま身体を捻り回し、周りに居た犬達も剣で乱斬った。

 付いた勢いを、ブーツで地面を穿って殺し、見事に着地!

 10.00は堅いのでは無いだろか?この着地で犬も5体を潰したし、技術点が加算かも?!


 そのまま地を蹴り、低い姿勢で素早く移動する。

 神殿周りに群がる犬を、両手の二刀で片端から切り刻む。

 残りは正面の扉に取り付いていた3体のみ、やっとわたしの存在に気が付き、此方に鼻先を向けたけど……もう遅い。

 その時にはもう、わたしは扉の前に辿り着いていた。

 勿論、3匹は斬り伏せた後だ。


 うん、神殿敷地内に着地して3秒ってとこかな?

 これで神殿周りの魔獣は全部片付いた。


 今、神殿内にはデイジー先生しか居ない。

 先生はご無事?!扉には犬が取り付いていた筈だけど、神殿の分厚いドアは何故か無傷だ。


 二振りの剣をソードベルトの鞘に納め、扉に向かう。

 扉に手を伸ばすと、接触寸前に軽い抵抗を感じた。

 あ、ひょっとしてこれは防護結界?だから扉は無傷?

 とにかくドアを叩いてデイジー先生に呼びかけた。


「ス、スージィさん?スージィさんなのね?!ヘンリーは?!外は?そこは大丈夫なの?!ヘンリーは無事?!!」


 先生はご無事な様だ。

 どうやら神殿の結界装置に魔力を流し続け、耐えられていた様だ。

 そう言えばデイジー先生は、結界を操作できる『結界師・補』の資格をお持ちだと言っていたな。


「ヘンリー先生も、もう直ぐ、到着します。デイジー先生、もう少しだけ、お待ちくだ、さい」


 デイジー先生に、ヘンリー先生はご無事で、私が先行して帰路を確保した事。

 今急ぎ神殿へ向かっている事をお教えした。

 わたしはこのまま家へ向かうと告げて、神殿を出ようとしたが……、先生に手を握られ引止められてしまった。


「スージィさん!学校は……子供達は……皆は?!皆は無事なの?!……あ、ご、ごめんなさい。つい……。今、村に戻ったばかりの貴女に、分る筈が無いのに……、ごめんなさい」


 突然問われてしまい、戸惑ったけど。

 直ぐ先生は気が付いた様に手を離し、その手を力なく引き戻して胸元を抑え、申し訳なさそうに下を向いてしまった。


「先生、大丈夫です。みんなは大丈夫。わたしが、わたしがちゃんと、みんなを守ります、から!」


 わたしは安心して貰おうと、先生に笑って見せた。

 それで先生の不安が拭えたかは分らないけれど……、今わたしが先生に出来るのはそれだけだから……、情けないけれど、今はそれしか出来ないから。



 だからわたしは急いでお家に向かった。

 少しでも早く学校へ向かう為に!


 だって今お家には、車椅子に乗ったソニアママがいるんだもの!

 朝は大丈夫って言っていたけど辛そうだったもの!

 今お家が囲まれてるのが分る!

 早く!早く戻らないと!!


 まだお家の丘陵にも差し掛かってない。

 けど分る!犬が7、蝙蝠も5も居る!

 ソニアママがテラスの前に居るのが分る!

 なんで?!なんで外に出ているの?!

 エルローズさんがソニアママの前に居る?

 ママを庇ってる?

 ジルベルトさんが犬に向かって行った?!


 ダメ!早く!急げ!!早くしないと間に合わない!!

 犬が1匹ママに向かって飛び掛ってる!!

 ダメだ!ダメぇ!!やめて!!だめぇぇぇっっっ!!!!





 自分では自分のスピードは速いと思ってた。


 この世界に来て、信じられない身体能力で動き回れて、どんな物よりも素早く、強く立ち回れると感じていた。

 ひょっとしたら出来ない事なんて無いとさえ思い始めてた。


 でも違う!違う!!わたしは何でこんなに遅いの?!

 お願いだから間に合わせてよ!!


 調子に乗って奢っていれば、絶対に想像もしてない所から足元を掬われる。


 そんな事、30年も生きた人の経験を知ってる癖に!

 何度も繰り返して思い知ってる筈なのに!

 なんで経験を生かせないかな?

 なんでまた繰り返すかな?!

 しかも取り返しがつかない形で来るなんて酷いよ!!

 お願い!お願いだからわたしからママを奪わないで!!お願い!お願いです!!!!




 その時、お家の丘陵を登り切り、私の目に入って来た物は、今まさに犬の牙がソニアママに迫る寸前の光景だった。


 まるでスローモーションの様だ。

 牙がママに迫る。

 わたしは握った剣の剣氣を飛ばそうと前へ突き出す。

 それは本当は瞬間的な動きの筈なのに、酷く体の動きが遅く感じる。

 身体に何かが粘り付く様に、もっと早く動ける筈なのに、思う様に腕が前へ出て行かない。


 そして、剣が前に出るよりも一瞬早く……。




 犬の頭蓋が粉砕された。


「・・・え?」


 エルローズさんが、手に持ったトンファーの様な鈍器で犬の頭を殴り付けたのだ。


 犬の身体は、頭を殴りつけられた勢いで地面で大きくバウンドし、破裂させられた頭から脳漿を撒き散らせた。

 首を在らぬ方向に捻じれさせ、そのままソニアママから離れる様にバウンドし、転がり地面に落ちた。


「ぅえ?えぇ?ええーーー??」


 ソニアママはと云えば……、車椅子に座ったまま、何事もなかったかの様に落ち着いた表情で庭の先を静かに見つめ……。


 弓を引き絞っていた!

 えーーーーっ??!なんでーーーーっ?!


 左手で弓を持ち、右手で矢を引き絞っているのだけれど……、右手には弓につがいでいる矢とは別に、後2本矢を持っている。


 それを、スッスッスッと流れる様な動作で、3本の矢を間髪入れずに連続で射ってしまった。


 放たれた矢は、吸い込まれる様に空中にいた蝙蝠3体を貫き射落とした。


 ソニアママはそのまま、車椅子の裏側から次の矢を引き出し、また3連続で矢を射放ち、蝙蝠2体、犬1体を立て続けに撃ち倒した。

 どうやらソニアママは矢を放つ時に、弓を持つ左手の指から矢へ魔力を纏わせ、矢の威力を大幅に上げている様だ。


 そうだ!ジルベルトさんは!?

 と思い出し向かって行った方を見ると……。

 ジルベルトさんは、地に着く様な低い姿勢で犬達の間を走り抜き、右手に長剣、左手にはダガーを持ち、それを凄い速さで往なし打ち回して、忽ち犬2体を屠ってしまった。なんだか右目のアイパッチが、仄かな薄緑の光を纏っている気がしるけど!気のせいか?!


 うわ!なにそれ?その動き!

 普段の飄々とした雰囲気からは想像も着かない、鋭くて切れのある立ち回りなんですけど?!


 犬は残り3体。

 それもソニアママの矢で2体は瞬殺され、残った1体も、トン!という感じで前へ出たエルローズさんのトンファーの連打で、アッサリと沈んでしまった。


 エ、エルローズさんの動きも凄い華麗で力強い!

 此方も普段楚々とした、上品な立ち居振る舞いされている方とは思えない動き!



 何コレ?何なのコレ?

 ちょっと余りの事に、呆けて仕舞いそうになりながらも周りを見回し、前へ進んだ。


 どうやらわたしが最初に確認したよりも、多くの魔獣がいた様だ。

 犬は全部で14。

 蝙蝠も12体転がっている。

 これがアムカムか……。

 これが戦闘民族アムカムの村人のポテンシャルかっ!!



 混乱と安心と呆れが入り混じり、ちょっと微妙な心理状態になってはいるんだけれども……、それでも、ソニアママの無事な姿を改めて見ると、やっぱり安心して嬉しくなって、つい駆け寄ってしまう。


「ソニアママ!!」

「スージィ?!まぁ!スージィ!どうしたの!?今到着したの?」

「ママ!ソニアママ!!良かった、良かった無事で!ソニアママ!!」


 車椅子まで駆け寄って、そのままソニアママに抱き付いてしまった。

 車椅子に座っているのに、そのまま抱き付いたりしたらソニアママには窮屈かな?苦しいかな?


 でも嬉しいんだもの。安心したんだもの。もうダメだと思ってたから……もうソニアママに会えないと思ってしまったから……。

 あ、駄目だ、泣きそう……。


 ソニアママの匂いと体温が、凄くわたしをホッとさせる。

 ゴメンなさい、もう少しだけこのままでいさせて下さい。



「スージィ……、私の事を心配してくれたの?」


 ソニアママが、わたしの頭を撫でながら聞いてくる。

 わたしはソニアママの膝に顔を埋めたまま、ウンと頷いた。

 ホントに、ホントに心配したんだから!


「ありがとうスージィ。ゴメンなさいね心配させて……」


 ううん、と首を振る。

 そんな事無いの!無事でいてくれるからいいの!

 やっぱり顔を埋めたまま、首の動きで返事をする。

 だって、お顔を見たら絶対に泣く!


「……スージィ、……ねぇ?スージィ?」


 ソニアママはわたしの髪を優しく撫で付けながら、嬉しそうな声で聞いてくる。

 わたしは、「うん?なあに?」と、しがみ付く手に力を籠め、更に少し甘える様に顔を押し付けて答える。


「今、私の事を……ママって呼んでくれたでしょ?ソニアママって」


 思わず固まってしまった!

 はうううう!イケナイ!つい咄嗟に口から出てしまっていた!!

 普段心の中では呼んでいるけど、口に出してお呼びした事など無かったのにぃ~~……。

 ヤバいぃぃ~~!これは超恥ずかしいぃ!

 厚かましいとか思われちゃってないかな?

 ダイジョブよね?うひぃ~~ん!顔が上げられないぃぃーー!


「スージィ、もう一度、もう一度呼んではくれないかしら?ね?お願いスージィ」


 うう……恥ずぃ……。

 恥ずいけど、ソニアママが何度も「お願いよ」と言って髪を撫でて来る。

 とりあえず、厚かましいとは思われてはいない様だけど……、やっぱり恥ずいので、恐る恐る顔を上げながら……。


「・・・ソニア、ママ」


 と頑張って呼んでみた。

 きっと今、わたしの顔は真っ赤だ。


 するとソニアママは、わたしをギュッと抱き締めてくれて。


「ありがとう、スージィ!ありがとう!私嬉しいわスージィ……本当に嬉しい!」


 抱き締め頬をすり寄せ、そう何度も嬉しいと言ってくれる。

 やがてソニアママはにこやかな表情で、傍に来たエルローズさんとジルベルトさんに……。


「見て!エルローズ、ジルベルト!私の娘よ!私の娘のスージィよ!」


 そう嬉しそうにお二人に告げられた。


 お二人は「存じておりますよ、奥様……」「よございましたな、お嬢……」と其々目を細めながら言ってくれた。

 あ、ソニアママの目元が潤んでる……。

 そんなママの肩に、コテンと頭を預けて抱き締められていると、とっても幸せな気持ちが溢れて来る。


 でも今はまだ、この幸せの余韻に浸っている時間が無い。

 わたしは、後ろ髪を引かれる思いでソニアママから身を離す。

 ママも名残惜しい様に、わたしの頬に添えた手を届かなくなるまで伸ばして来る。


「ソニアママ、わたし、行かない、と」


 わたしはそう言ってソードベルトから剣を引き抜き、庭の茂みの先に剣を向け剣氣を撃ち放つ。


 放たれた剣氣は、そこに居た犬を一瞬で爆ぜさせた。


 それを見ていた大人たちは「おお!」と目を見開き驚いていたが、わたしはそのまま爆ぜさせた犬の手前まで行き、屈み、そこで荒い息で動けなくなっている小さな生き物を拾い上げた。



 両手で掬う様に掌に載せ、ママ達の元へ戻る。

 エルローズさんが傍へ来て、その子を覗き込み。


「お嬢様、これは?」


 と尋ねて来た。


「アルジャーノン。ビビの・・・従魔」


 そう、これはビビのアルジャーノンだ。

 体中に傷がついている。

 あちこち皮膚が裂け、牙で抉られた様な跡が幾つもある。

 綺麗だった白い毛皮が真っ赤に染まっていた。


 お前、わたしを迎えに来たの?こんなになりながらも助けを呼びに来たの?


 エルローズさんが「これはもう持ちませんね……」と悲しそうに呟いた。


 うん、これはもうダメだ。もう手当では間に合わない。


 そう『手当て』では駄目だ。


 だから持ち前の『ヒール』を使う。


 思えばこっちに来て、『ヒール』を使うのは初めてなのよね。

 喜びなさいアルジャーノン。アンタこの世界で、わたしがヒールする初めての相手になるんだからね?


 わたしは左手にアルジャーノンを載せ、右手を翳して『ヒール』を唱えた。


 光の柱がアルジャーノンを囲む様に現れ、回り包んで行く。

 キラキラと光の粒子が舞い踊り、アルジャーノンへと集まる。



 その光景を大人達は息を飲み見詰めていた。

 やがて全ての光がアルジャーノンに集まる様に収束し、そして消える。

 直ぐに意識を戻したアルジャーノンが、ヒクヒクと鼻を鳴らし、自分の身体をあちこち確認する様に、わたしの掌の上で動き回っている。

 無事、傷も完全に癒え全回復したようだ。


「お、お嬢様!こ、これは!……これが?!!」


 普段、ポーカーフェイスで余り表情を表に出さないエルローズさんが、半ば取り乱す様に驚いてアルジャーノンを見詰めている。

 ジルベルトさんは「さすがお嬢!うむ!さすが!!」と何故か『さすが』を連発してた。

 ソニアママも目を見開いて驚いていた様だけど、何故か納得した様に頷いていた。


 と、アルジャーノンが頻りと、キキュッキキキュッとわたしに話しかけるように鳴いて来た。


「え?なにお前・・・?え?一緒に?連れて行く、って言って・・・る?え?」


 何故だかアルジャーノンが、わたしを連れて行くと言っている様な気がした。


「そう、その子は従魔なのね?そう云う事ね」


 ソニアママは何か分っているみたいだけど……、わたしは小首を傾げてしまう。


「大丈夫よスージィ。その子に着いて行ってらっしゃい。そして……、クラウド家の娘として、ちゃんと皆をお護りなさい」


 ソニアママが姿勢を正してわたしにそう告げた。

 それを受けてわたしもソニアママに向き直り。


「はい、必ず皆を、助けて、参ります」

「ええ、貴女を心配するまでもない事は、重々承知していますが、……それでも、充分に気を付けて」

「はい」

「きっとお腹を空かせて帰って来るでしょう?だからハーブ鳥の仕込みをしておきますからね。なるべく早くお戻りなさい」

「はいっ!!」


 わたしは嬉しさを押さえきれず、笑顔で一際大きく頷き、返事をした。

 アルジャーノンもわたしに合わせ、一声大きく鳴き声を上げた。


 それと同時にわたしの身体は、アルジャーノンを中心とした光に包まれた。

 そしてそのまま、視界がホワイトアウトして行ったのだ。


――――――――――――――――――――

次回「ウィリアム・クラウドの猛り」

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