第38話アルジャーノンの決意

学校 修練場前*16:10


 ミアが「まだ歩いちゃ駄目よ」とコリンを止めるが、「大丈夫よありがとう」と笑みを返し、静かにミアから離れて言葉を続けた。


「アレは私達では勿論、ウィルにもどうしようもないわ。今の私達に出来るのは時間を稼ぐ事くらいよ」


 敵を見据えて静かに語るコリンの言葉に、一同が黙り込む。


「でもどうやって?どうやって助けを呼ぶの?煙弾は、さっき飛ばされちゃった壁の辺りにあった筈だよ?」


 ミアが、助けを呼ぶべき煙弾は、先程破壊された執務室の壁にあった筈だと。それでどうやって助けを呼ぶのか?と疑問を口にした。


「……鐘を鳴らすわ」


 コリンが、校舎に立つ鐘塔に顔を向け、決意を込めた視線を送る。


「鐘を響かせ、学校の危機を村中に知らせる。後は修練場に籠って防御に徹します!」


 修練場の壁は、中での戦闘訓練に耐える為、強固な創りの上シェルターも兼ねるよう堅固の魔法印も施されている。

 ただの壁である校舎の物とは造りが違う。


「あんまり、あたし向きじゃない守りの作戦だな」

「彼我の差を理解しなさい!無謀な戦闘は戦士のする事じゃないわ!」

「ちぇっ!分ってるよ」

「そう言うこった!防衛戦の修行だと思えば問題無ェよ!」

「修行などでは無い。防御戦その物だ」


「で?誰が鐘まで行くよ?」


 アーヴィンが全員を見渡しながら尋ねた。


「オレが行く」


 突然、後ろから答える声があがり、一同が驚き振り向いた。


「ステファン?!いつの間に修練場から出た!?」

「駄目よアンタは!これは高位階の仕事よ!中低位階の子達は修練場の中で待機しなさい!アラン!ベルナップ!アンタ達行けるわね!?」


 ベアトリスがステファンの提案を却下し、後方に居る7段位達から、斥候見習いのアランと、護衛に長けたベルナップを候補に挙げた。

 それにベルナップとアランの二人は、「おう」「まかせろよ!」と不敵な笑みを浮かべ答えた。


「オレが行く!オレいっつもスー姉に褒められてる!学校で一番気配消すのが上手いって!だからオレが行くのが一番イイ!!」


 それでも食い下がるステファンに、考える様に瞑目していたウィリアムが顔を向けた。


「判った。ステファン、お前が行け。アラン、ベルナップ。お前たちはステファンの護衛兼補助だ」

「ウィル?!正気?!ステファンはまだ中位よ!」


 ベアトリスの抗議にもウィリアムの決断は変わらない。


「この作戦は素早さと隠密性が高い者が最適だ。ステファン、アラン、ベルナップ。やれるな?」

「オレ一人で十分。二人は足手まとい!」

「てめ!ステファン!置いてくからな!!」

「ん、大丈夫。二人は俺が護る」

「作戦行動は三人一組が基本だ。これは護民団でも同じだ。出来ぬ者に団員は務まらんぞ」


 ウィリアムの言葉に三人がそれぞれ了承の言葉を述べて行く。


「良いか!我々のやるべき事は、敵を牽制しつつ防御に徹する事だ」


 ウィリアムが、メアリー・フランクに渡されたカイトシールドを受けとりながら作戦を伝える。


「ウィリー、コリン、ベアトリス。君達は作戦開始直ぐに牽制の目くらましをしと防御魔法を頼む。その後は治癒に専念を。俺とベルナップは此処で盾になる。アーヴィン、ダーナは俺達が処理し切れなかった物を捌け。攻撃の為に前へは出るなよ!あの影槍は陽の中では直ぐに消える。だが手数が尋常では無い!一つに執着せず次に備えろ!攻撃は遠距離から、ミア、カールの魔法と、ヘレン、メアリーで弓を撃て!」

「でも、矢がフィオリーナに当ったら?あの子まだアイツに手を掴まれてる……」


 メアリーが自分の使う弓の弦を確かめながら、不安を口にした。


「攻撃を奴に届かせる必要は無い。あくまで牽制と目くらましが目的だ。向かって来る黒槍を狙うか、ヤツの手前に落せば十分だ」


 それならば、と遠距離組が頷いた。

 全員がウィリアムの言葉を真剣に耳を傾け、己のやるべき事に意識を向けて行った。


「ステファン、アラン、ベルナップ!お前たちは此方が攻撃を始めたら直ぐ鐘塔へ向かえ!修練場の裏から東の魔法棟へ回り込んで迅速にな!鐘を鳴らせたらお前たちは速やかに校外へ抜けろ!一秒でも速く護民団へこの事態を伝えるんだ!」


 三人が一緒に頷いた。


「いいか、救援までの時間稼ぎとは言っても限度がある。ましてや敵はヴァンパイアだ。陽が暮れれば勝ち目は無くなる。時間制限がある事を忘れるな!全員準備は良いか!?」


 おう!と全員が返事を返す。


 それを銀髪の少年が面白そうに眺めていた。


「そろそろ作戦会議は終わり?十分待ったと思うんだけどさ。始めちゃっても良い?」


 子供達を嘲る様に、少年の周りの影がユラユラと蠢き立ち昇って行く。


「ちっ!来るぞ!防御展開始めろ!!」


 ウィリアムとロンバートが前に出て、直ぐさま盾を構えた。

 その後ろでコリン、ウィリー、ベアトリスがそれぞれ祝詞を唱え始める。


「ケルム・エイゴ・スペロ・エウデ。アムカムに連なるソンダースの娘コリン・ソンダースが求め、大いなる風の導き手たるジルフに訴える。その風の御力を以って我らを仇成す者から護り賜え《エア・ウォール》」


 風属性の防御魔法。

 空気の層を造りだし敵からの攻撃力を削ぎ、大気を歪ませることで目視をずらし命中率を下げる。


「ケルム・エイゴ・スペロ・エウデ。アムカムに連なるホジスンの子ウィリー・ホジスンが求め、大いなる火の導き手たるサラマンデルに訴える。その命の炎を以って我らに生命の輝きを与え賜え《ライフフォース・オブ・ファイア》」


 火属性の支援魔法。

 周りの人間に炎の生命力を分け与え、細胞の活性化を促し身体能力と回復力を向上させる。


「ケルム・エイゴ・スペロ・エウデ。アムカムに連なるクロキの娘ベアトリス・クロキが求め、大地の管理者たるグノームに訴える。巌の意志を以って我と我が敵の間に断絶を!《ロック・ウォール>」


 地属性の防御魔法。

 大地から石の壁を造りだし、自分と敵の間に壁を作る。


 ベアトリスの精霊魔法で作り出された石の壁が、次々と伸び上がり、少年の周りを囲み覆って行った。


「遠距離!攻撃開始だ!」


 ヘレナとメアリーの二人が矢を射かけ、ミアとカールが攻撃用の祝詞を唱え上げた。


「ケルム・エイゴ・スペロ・エウデ。アムカムに連なるマティスンの娘ミア・マティスンが求め、大いなる地の導き手たるノームに訴える。大地の力を以って我が敵を撃ち払い賜え!《サンド・ショット》」



「ケルム・エイゴ・スペロ・エウデ。アムカムに連なるジャコビニの子カール・ジャコビニが求め、大いなる火の導き手たるサラマンデルに訴える。その火の力を以って我らの敵を焼き払い賜え!《ファイア・ショット》」


 精霊魔法の祝詞を唱えた二人の前に、魔方陣が展開された。

 ミアが開いた魔方陣からは小石の礫が、カールの物からは小型の火の玉が、次々と少年へ向け撃ち出されて行った。

 立ち上がった土煙で、忽ち辺りの視界が閉ざされて行く。


「今だ!行け!!」


 それと同時にウィリアムが後方の三人に指示を飛ばした。

 ステファン、アラン、ベルナップの三人は、左手の魔法棟の裏側へと走り消えて行く。


「来るぞ!踏ん張れよ!!」


 ウィリアムの叫びとほぼ同時に石壁が爆発する様に砕け、そこから無数の黒槍が突き進んで来た。

 風の壁も何ら障害になる事無く突き抜け、ウィリアム達に迫る。

 ウィリアムとロンバートが盾で防ぎ、アーヴィンとダーナが槍とロングソードで往なし斬り叩き落とす。


 だが、無数に繰り出される黒槍は、確実に前衛の肉体を傷付けて行った。


「ぐっおぉぉぉ!!」

「あぅっ!がぁっ!!」


 アーヴィンの頬が脇腹が、ダーナの二の腕が腿が掠られ抉られる。


 ミアが石礫の目くらましを止め、手を翳して一つ上位の魔法を使った。


「潰せ!《ロック・ブロック》」


 バスケットボール大の岩塊が、次々と敵との間に降り注いだ。

 黒槍は進路を塞がれ軌道をずらされ、或いは押し潰されて連撃の数を減らされる。

 僅かに生まれた余裕の中で、コリンとベアトリスがダーナとアーヴィンに回復の術を施した。


 と、黒槍の攻撃が突然止まった。


「どう?作戦通りに上手く行ってる?」


 さも面白そうに、少年が口元を歪めて訊ねてきた。


 盾を持つウィリアムもロンバートも無傷では無い。

 ウィリーが回復をしようとウィリアムに手を翳すが、自分は良い とロンバートを優先させた。

 アーヴィンもダーナも、出血は止まっているが呼吸は荒い。


(たった10分前後でこの消耗か……。これでどこまで持ち堪えられる?)


 後ろを見れば、コリンとベアトリスも状況の厳しさを理解し表情は険しい。


「そうそう!貰ったこれさ!使われちゃうと困る理由があってさ」


 少年がそう言って奪った結界装置を、お手玉でもする様に弄びながら語り始めた。


「ボク等ぐらいならさ、この程度の結界全然問題無く素通り出来るんだけどさ。ボク等の眷属だとちょっと厳しいんだよね」


 少年の姿のヴァンパイアの言葉を聞き、ウィリアムは愕然とする。

 あの結界が問題無いだと?冗談じゃない!あれは後ろの修練場に刻まれている魔法印などより遥かに強固な物だ。あれが素通り出来るなら、修練場の壁など紙同然だぞ!

 その事実にウィリアムは顔色を失う。


「だからさー、もうさー、ウチの子達呼んじゃう事にしたんだ!」


 そう言って輪にした指を口元へ近づけ、ヒュイッと口笛を鳴らした。


「まあ結界使えないからさ、いつ呼んでも良かったんだけどねー。あはははははは」


 ウィリアムの背筋にザワリと不快感が走った。

 今此処へ、あらゆる方位から何かが来ている!


 他の者達も同様に気配を感じ取っている様だ、油断なく周りを警戒している。

 数多くの何者かが地を蹴る響きが大地から、風を切る気配が空から伝わってくる。


 そいつらは突然姿を見せた。前方の校舎の陰から、後ろの修練場の脇から、そして空から一斉に姿を現し此方へ向かって来た。


「全員!壁を背に固まれ!ばらけるな!前衛!前で何としても押えろ!!ベアトリス!防御壁を展開だ!急げ!!」


(まずい!シャドウドックにブルータルバット!?この子ら6~7人で1体相手にするのがやっとの筈だ。今のこの子達ではまだ荷が重すぎるぞ!!)


 ウィリアムが焦りを感じながらも、先行して突っ込んで来た最初の影犬を盾で防ぎ、剣を突き立てた。


 だが一突きが浅い。直ぐに牙を剥き飛び掛って来る。

 それをもう一度盾で防いだところを、ダーナが横腹に槍を突き立て、アーヴィンが首元にロングソードを叩き付け、やっと一匹を仕留めた。


「阻んで!《ロック・ウォール》」


 ベアトリスが魔法で、再び石の壁を産み出す。

 今度は自分達と、修練場の周りにバリケードを築く様に展開させた。

 一気に広範囲に魔法を展開した負荷で、小さな呻きを漏らしてベアトリスが膝を付く。


「ケルム・エイゴ・スペロ・エウデ。管理者たる大地のグノーム。水のニュンペー。大地の子らに力を!我らの敵に戒めを!《バーブド・カーゴ》」


 ミアが上位の、地と水の精霊の力を融合させて植物を操った。


 地面を割り無数の茨が溢れ出す。

 影犬達の足元に絡みつき、その機動力を奪いダメージを与えて行く。


「ケルム・エイゴ・スペロ・エウデ。その焔の力を以って我が敵を撃ち抜け!《ファイア・ブレット》」


 カールが炎の弾丸を撃ち出し、蝙蝠に撃ち込んだ。

 炎に包まれた蝙蝠を、メアリーとヘレナが矢を射かけ射落とした。


「あはははははははははは!頑張れガンバレーーーあははははははーーー」


 その時、鐘塔から勢い良く振られた鐘がその音を響かせ始めた。


(よし!まずは目的は達成だ。後は全員修練場内で立て籠もらせる。鐘を打った三人は打ち合わせ通り速やかに校外へ撤退しろよ。もし、奴が後を追う様なら……俺が!)


 ウィリアムが気を引き締める様に、眉根を寄せ周りを油断なく見回した。

 そして、自らの胸当ての中心に輝く『制御珠』に手を掛ける。


「あはははははははーーー。いやー良い感じで鳴ったねぇーー?これはちゃんと村全体に響き渡ったかなぁ?ねぇ?あははははははははーーー」


「な!?」


 ウィリアムがヴァンパイアの言葉に愕然とする。

 コイツは何を言っている?

 それはその言葉を聞いた全員の戸惑いだ。


「な、なんだよコイツ!なんで鐘が鳴るの分ってたみたいな言い方すんのさ!」


 ダーナが警戒心も露わに、皆の抱いた疑問を口にした。


「なんでって?だってさー、鳴らす様に仕向けたからに決まってるじゃないのさー。もしキミ等が鳴らしてくれなくても、ボク等が鳴らしてたけどさーあはははははははーーー」


「な、なんで……なんでそんな事を」


 コリンが蒼ざめながら問いかけた。


「え?また『なんで?』って?あははははーー。そりゃだってさー鳴らさないとココが襲われてるって、村人達に気付いて貰えないじゃないのさー。あははー。

 ……気付くのが遅れて、晩餐の時間が遅れては申し訳が立たないからね」


 それまでの軽い口調から打って変わり、最後の一文は見た目に似合わぬ重い口調で締め括った。


「だったらいい加減遊んでないでソレ寄越しなさいな」

「なんだよ、結構面白かったのにさ」


 突然その場にもう一人、黒い服の少女が現れた。


 見た目は12歳程のその少女も、少年と同じ黒い執事服に身を包み銀の髪を持っていた。

 長い銀髪を黒い髪紐でツインテールに纏め、やはりその目は青く冷たい。

 そしてその少女の両手には……。


「アラン!ベルナップ!!」


 コリンが悲痛な声を上げた。

 

 アランとベルナップが首元を掴まれ、無残な様相で引き摺られていた。二人共に意識は無い。

 全身いたる所に傷を負っているのだろう、血にまみれ引き摺られた場所に血の跡が長々と付いている。


 その後ろから影犬シャドウドックが一匹付いてくる。

 更にその口元にも。


「くそっ!……ステファン!」


 ウィリアムが苦悶にギリッと歯を軋ませた。


 ステファンの首元に牙を食込ませ、その身体を引き摺るシャドウドック。

 牙を突き立てられた場所から、今も血が出ているのだろう、シャドウドックの口元から赤く染まった涎が際限なく垂れ落ちていく。


「ステファン、アラン、ベルナップ。……なんて、なんて事」


 顔色を失いながらコリンが口元に手を当て、ボロボロと涙を零して行く。

 自分の立案した作戦が、敵の手の上で踊らされていただけでなく、三人の子供達をも犠牲にしてしまった。

 コリンは自責の念に、只嗚咽を上げていた。


「あははははははははーー!ね?ね?悔し?悲し?ねね?どんな気持ち?ねぇ?あはははははははははーーー悲しいよねー?悔しいよねーー?あははははははははーーーー!!所詮子供の浅知恵だものさ!しょうがないよねーーー!あはあははあはははははははーー楽しすぎーーーーー!!」


「あンのヤロォーーーっっ!」

「ふっざけやがって!!」


 アーヴィンとダーナが憤り、己の得物を握る手に力が籠められ、眉間に深く皺を刻み込んだ。


「コリン。この現状で君の判断は間違っていない。君は悪くない!悪いのは俺だ!ステファン投入の判断をしたのは俺だ。今、此処の責任者も俺だ。全ての責任は俺に在る!」


 ウィリアムがコリンの肩に手を乗せ、責任はすべて自分に在ると言い切った。


「ウィル、ウィルぅ……でも、でも私…私ぃ……」

「コリン!後悔も反省も後になさい!あいつ等まだ何かやる気よ!」


 銀髪の少女がアランとベルナップを足元へ放り出し、手にベットリと付いている二人の血を恍惚とした表情で舐め取っていた。

 一滴たりとも残さぬと言う様に、甲や手首に垂れている物まで執拗に、指一本一本まで丁寧に咥え舐めしゃぶる。「おいっしぃ」「たまンなぁい」と、寒気を覚える艶めかしさを纏わせながら。


 手に付いていた血をほぼ舐め取り終わった後も、名残惜しそうに左手の指を舐めしゃぶりながら右手を少年に差出し……。


「ダグ寄越して。トットと済ませるわ」

「もう囲っちゃう?ま、鐘も鳴らせたし、良い折かな?」

「あんまりお待たせしてもイケナイもの。ま、タイミングは必要だけどね♪」

「どっちが遊んでるのさ?ま良いけどさ」


 ダグと呼ばれた少年が、少女に結界装置を手渡した。

 いつの間にかシャドウドック達が、少年と少女の傍で傅く様に静かに待機していた。

 ブルータルバットも校舎周りを飛び回り、指示が下されるのを待っている様だ。


 その数シャドウドック13、ブルータルバット9。総数で20を超える。

 これは今の自分達には厳し過ぎる数だと、ウィリアムは唇を噛んだ。


「ねえダグ。あの子達アタシ達が何するのか知りたいみたいよ?教えて上げたら?」


 少女が結界装置を弄りながら、彼女がダグと呼ぶ少年に説明をする事を促した。


「そか。そだね!これからの事教えて上げるのは大切だよね!ウン!」


 楽しそうに何度も頷きながら、ダグと呼ばれた少年は話を始めた。


「じゃ教えて上げるからさ!ちゃんと聞いてよ?今イライザ、あ、彼女の事ね!イライザがやってるのは結界の改造なんだよね!今までの結界はさ、敵意の在る物が入れないようにする結界だったろ?でもさ!今度のはさ!結界の強度そのままに、ボク達の許可が無いと出入り出来ない様にしてるんだよ!つまりさ!みんな此処から出られなくなるんだよ!勿論!助けだって入ってこれないよ!?あはははーーどう?イカしてるでしょ!?」



「……なっ!?」


 ウィリアム達が絶句する。


「囲い込むのに、こんな便利な物あるんだもの!使わない手は無いよねーあははははははーーー」


 と、ダグと呼ばれたヴァンパイアが、心底楽しそうに笑い声を上げていく。


「まずいわ!このままじゃ助けが来るまでの時間稼ぎすら意味が無くなる!」

「守りを固めよう。ビビ、君のロック・ウォールで修練場を囲ってくれ。僕が外側に最大火力でフレイム・ウォールを展開する」

「駄目よウィリー!それじゃアナタの魔力があっという間に尽きちゃうよ!回復手が減っちゃう!わたしがバーブド・カーゴを連続で使った方が効率が良いよ!」

「君の魔法は攻撃の要になる。足止めなどに魔力を消費するのは効率が良いとは言わない」


「アタシは撃って出るよ」

「ダーナ!何を言い出すの?!あの数!判るでしょ!?」

「分ってるよコリン。でもさ守り固めてビクビクしながら最後を待つとか、アタシのしょうじゃない!アムカムの女の取る道でもない!!アタシは撃って出て、一つでも多く敵に一撃をくれてやるんだ!」

「ダーナに一票だな!元よりハッガードの男は敵を前にして引く事はしねぇんだ!」

「アーヴィン……だめ!だめよやめてよ!」

「心配するなビビ、お前の事はオレが最後まで守るからさ!」

「違う!そんな事して欲しいんじゃない!」


 子供達が決死の覚悟を決めていく中、ベアトリスの肩口から齧歯目が小さな顔を出す。

 キキキュキキュキュとベアトリスにしきりに話しかけている。


「なに?どうしたのアルジャーノン!え?迎えに行く?あの子?どこにいるか判るから?……え?スーを迎えに行けるの?!」


 アルジャーノンはその感応力で、村の中の小動物と感覚を共有することが出来る。

 その能力を使って、村の中の動きを広範囲に察知する事が可能なのだ。

 今、アルジャーノンは、村に戻ろうとしているスージィを確認したのだ。


 キキキキキュと鳴きながら「そうだ!」と嬉しそうにベアトリスの周りを走り回る。


「スージィお姉様が……いらっしゃる?」


 ヘレナ・スレイターが目を見開いて呟いた。


「アルジャーノン!行けるの!?スーを連れて来れるの?!」


 その場の全員がアルージャノンを見詰め息を飲んだ。

 アルジャーノンはその場で後ろ脚で立ち、尻尾を立てて誇らしげに一声だけ鳴き上げた。


 その姿に全員が大きく息を吐き出していた。


「スーが来るなら……」

「ああ、時間稼ぎは有効だ!」

「勝利条件は誰も死なない事よ!分ってるわね?!アーヴィン!ダーナ!」

「分ってるってば……、はは」

「アルジャーノン、直ぐに行けるのね?」

 キキュ

「そう!少し待って!《エア・ウォーク》」

「なら僕は《マグマ・ヴァイタル》」

「私からも《エア・ガード》」


 アルジャーノンが三人から補助魔法を受け、身体の強化がなされて行く。


「アルジャーノン!あの子を……スーを連れて来て!!」


 アルジャーノンは一声鳴き上げ、直ぐ様疾風の様に走り去った。

 その動きに気が付いたシャドードックの一匹が、アルジャーノンの走り去った方向に向かい走り出す。

 ブルータルバットも1体、後を追うように滑空して行った。


(お願い!アルジャーノン!どうか無事で!!)


 握り締めた手を額に当て、瞑目するベアトリスの肩に、アーヴィンがそっと手を置いた。


 アルジャーノンは走る。子供達の希望の元に。


 ベアトリスをこれ以上悲しませる訳にはいかない。


 いつも厳しい物言いをするあの子は、誰よりも人の事を考えられる優しい子だ。

 素っ気ない態度を取るその照れ隠しは、皆も分っている。

 彼女の愛される個性そのものだ。

 周りの友達が傷付くたびに、彼女の心は切り裂かれるような痛みと嘆きに包まれる。

 今も心の中は悲しみで胸が詰まりそうだ。

 その心根が、深い優しさを持っている事をアルジャーノンは誰よりも良く知っている。

 心が繋がっている従魔だからこそ判る事だ。

 ベアトリスをこれ以上嘆き苦しませる訳には行かない!


 今、あの子が居る場所は分っている。

 何処へ向かっているかも見当が付く。

 だから自分は、只ひたすら全力でそこへ向かって走れば良い!


 尻尾を立てろアルジャーノン!駆けろ風よりも速く!!

 急げスージィの元へ!!!


――――――――――――――――――――

次回「ヴァンパイア達の饗宴」

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