第37話コリン・ソンダースの憂惧
学校 魔法棟内*15:30
「5の鐘?みんな居る?フィオリーナは戻って来た?」
「まだ……もどって来てないの」
警鐘の響きが校内にも届く中、コリンが室内の子供たちの有無を確認する。
しかし、フィオリーナがまだだと、エヴァ・アヴァンズが心配そうにコリンに告げた。
「そう……、少し遅いかな?いいわ!ビビ、ミア、二人は皆を修練場まで連れて行って。私は教室までフィオリーナを迎えに行ってくるから、お願い」
5の鐘 第三種警戒警報。
アムカムの魔獣警報の初期段階だ。
森のセーフゾーンに脅威値の高い魔獣が侵入し、魔獣被害の危険性がある場合に警鐘が鳴らされる。
警報が解除されるまで、警戒を続ける必要がある。
警鐘が鳴らされた時点で、学校に居る子供たちは、最も堅固な建物である修練場へ避難する事になっていた。
特に、戦闘力を殆んど持たない低位階の子供達は、優先的に避難させなくてはならない。
コリンは高位階の二人に子供達を任せ、自分はまだ校内に残って居る筈のフィオリーナを探す為に、教室のある建屋へと走った。
「フィオリーナ!居ないの?……おかしいわ、一本道なのに……、まさか校内に居ない?」
コリンが慌ててもう一度校内を見回そうと教室を出て、同じ建屋にある執務室へと目を向けた。
と、何かが目の端で動いた事に気付き、そちらに視線を巡らせた。
「……フィオリーナ?いるの?」
コリンが恐る恐る声をかけた。
すると、執務室の陽の当たらぬ暗がりの中から、ユラリと人影が姿をみせる。フィオリーナだ。
「驚かさないでフィオリーナ!どうしたの?何でこんな所にいたの?」
突然姿を見せた人影に不意を突かれ、コリンは一瞬息を詰めたが、それがフィオリーナだと分かり、安心した様に息を吐き出した。
しかし、どうも彼女の様子がおかしい。
何故こんな所に居るのか?顔色も余り良くない。表情も心なしか虚ろだ。体調が悪いのかもしれない。コリンはフィオリーナに近寄り、そっと声をかけた。
「どうしたの?フィオリーナ。具合でも悪いの?大丈夫?一人で歩ける?」
考えてみれば、誰もいない教室で、たった一人で居た時に警鐘が鳴ったのだ。
心細くならない訳がない。
「もう大丈夫だからね?さ、みんなの所へ戻りましょ?」
コリンがフィオリーナへと手を差し出す。
しかし、ふと彼女の手が何かを握っている事に気が付いた。
(手?子供の手?)
フィオリーナが、彼女より幼そうな子供の手を握っている。
そのままその手を辿る様に、コリンは視線を巡らせた。そして今度こそ、小さく声を出し、身体を強張らせてしまった。
影の中に、白い子供の顔が浮かんでいたのだ。
だが、よくよく見ればそれは、フィオリーナが少年の手を握り、二人で並び立っている事が見て取れた。
「も、もう!驚かさないでって言ったでしょ?フィオリーナ!そ、その子は誰?どこの子なのかしら?」
「あのね、お外で迷ってたの。だから中に連れて来たの」
「うん、ボク、おねえちゃんに中に入れてもらったんだ」
そう二人がコリンに説明をするが、今一つ要領が掴めない。
「えっと……、誰かの親戚の子なのかしら?誰かを探しに来たの?」
コリンの問いにフィオリーナが「そうなの」と、やはり曖昧な様子で返事をする。
「それよりも、どうしてここに居るの?早く皆の所に戻らないと!」
状況は良く分からないが、警報が鳴った今、いつまでもこんな所には居られない。
コリンは、取りあえず二人を連れていく事にした。しかし……。
「探してる物があるの。大事な物なの」
「そう、探し物があるんだ」
「探し物?そう言えばエヴァのバスケットは?持っていないわね?バスケットを探してるの?教室には無かったの?」
フィオリーナが、取りに来た筈のバスケットを持っていない。
その事に気付いたコリンは問いかけるが、それと同時に再び警鐘が鳴り響いた。
「4-2?!いけない、早く皆と合流しないと!急いでフィオリーナ!」
コリンがフィオリーナの手を取り、引っ張って行こうとするが、彼女はピクリとも動かない。
自分より小さく幼いフィオリーナが動かない事に、コリンはショックを受ける。
「ど、どうしたの?フィオリーナ!早く行かないと!どうして動かないの?」
「探し物があるの。探さないといけないの」
「うん、見つけないとダメなんだ」
「何を探してるの?バスケットじゃ無いの?フィオリーナ!一体どうしたの!?」
「大事な物なの。探さないとダメなの」
これでは埒が明かない。
一体どうしたのか、フィオリーナの様子が異常だ。
良く見てみれば、話をしていても自分の方を見ていない。
目も虚ろだ。何があったというのか?
連れている子もおかしい。顔色がとにかく白い。
黒い服を着ているのは判るが、この影の中で顔だけが浮き出ている様だ。
それに、何故ここはこんなにも暗いのか?
陽が当たらず影が深いとはいえ、これでは余りにも暗すぎる。
まるで……そう、これではまるで自分達は影にでは無く、闇の中にでも入り込んでしまった様だ。
コリンは背筋を這う悪寒と、冷たい汗が流れるのを感じてしまう。
闇は静かにコリンの足元へと流れていた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
修練場の中には、校内の子供達が集合していた。
広いはずの修練場だが、全校生徒が揃うとそれなりの密度を感じる。
そんな中、ウィリアムが子供たちの点呼を取り、人員の確認を行っていた。
「4-2か……、魔獣がセーフゾーンまで抜けて来るなんて、随分久しぶりなんじゃないのか?」
カール・ジャコビニが、手に持ったタクトを弄びながら誰ともなしに呟いた。
「来月は収穫祭なんだから、収穫物を荒らされちゃ困るんだがな!」
何故か腰に手を当て、アラン・エドガーラが荒い鼻息を飛ばす。
「なんでお前はそんな偉そうなんだ?アラン。大体お前、そんなに収穫祭に熱心だったか?」
「何言ってんだよカール!収穫祭はドキワクの大イベントじゃないか!ここで気合入れなきゃ男じゃ無いだろ!?」
「やっぱりお前には関係無い気がするが?」
「オレはな!今年は勝負をする事に決めたんだよ!」
「いや、ま、お前が勝負をしようが玉砕しようが、それはお前の勝手なんだけどな」
「オレは今年!スージィを収穫祭へ誘うぞ!」
そのいけしゃあしゃあとした発言に、ピクピクと反応する数組の耳。
「おまっ!ふざけんなよ!」
「ちょっと待てアラン。それは不用意な発言だぞ」
「ん、アランは考え無さすぎ……」
アーヴィン、ロンバート、ベルナップの三人がアランに詰め寄って来る。「あー、これは事を起こす前に、玉砕させられるパターンかー」と、カールは天を仰ぐ。
「だ、だから!なんでお前らはそうやって息を合わせんだよ!?」
「お前がバカな事言い出すからだ!そんな事、このオレが許さねェ!」
アーヴィンが息を巻きながらアランに詰め寄った。
他の二人もウンウンと頷いている。
「な、なんだよ!オレが誰を誘おうとオレの勝手じゃないか!それに!もう一緒に行く相手、決まってる奴に言われたくないぞ!!」
「お、お前……。な、何言い出すんだよ」
アランから反撃を受け、アーヴィンが途端に鼻白んだ。
「ちくしょー!うまい事やってるくせに!アーヴィンなんかもげちまえ!!」
「ば!ばかヤロ!オレは何もやってねェ!だ、大体今年も一緒に行くとか……き、決まって無ェし!」
真っ赤になったアーヴィンが、あたふたと否定をするが……。
「ふーん……、そうなんだ!決まってないんだ?!」
アーヴィンは直ぐ後ろから聞こえた声に、ビクリと反射的に背筋が伸びた。
背中に、冷や水を浴びせられたような感覚が伝って行く。
「え?……ビビ?……い、いつからそこに……居た?」
「ふん!さっきからずっと居たわよ!」
いち早く危険を孕んだ空気を感じ取ったロンバートが、アランの首根っこを掴み、ベルナップ、カールを引き連れ、その場から距離を取る様に……、まるで野生の獣を刺激しない様に、そっと静かに離れて行く。
「い、いやその、決まって居ないってのは、つまり……」
「別にいいわ!アーヴィンが誰を誘うかなんて……。そんなの!アーヴィンの自由だもの!そんなの……、そんなの!スーでもミアでも!好きに誘えばいいのよ!!」
「いや!待てよビビ!オレはそう云う事を言ったんじゃ……」
「やめて!触らないでよ!!」
アーヴィンがベアトリスの肩に手を伸ばすが、ベアトリスはそれを払い除け、潤んだ瞳で下からアーヴィンを睨み上げた。
「……ビビ……、お前……。だから!オレは……」
アーヴィンがベアトリスに何かを告げ様としたその時、遠くから激しく響き渡る警鐘の音が、修練場の中を騒然とさせる。
「3-2?特別警報だと?!全員直ちに装備を身に付けろ!コリン!……コリン?コリンは?!」
「ウィル、コリンはまだ戻ってないの」
ミアが心配そうにウィリアムに告げた。
「なんだと?まさか!クソ!……ウィリー!ダーナ!此処は頼む!低位の子達にも、装備を整えさせてやってくれ!俺は結界装置を起動してくる!」
結界装置は、この学校に設置されている魔道具だ。
特別警報が発令された今、速やかにそれを起動させ、防護結界を張り、学校を包み込まなくてはならない。
だが、その起動は子供達の手では出来ない。
今この場で起動権限を持っているのは、ウィリアムだけだ。
未だ戻らないコリンは気になるが、先ずは結界の起動が先決だ。
この場を最年長の二人に任せ、ウィリアムは修練場を飛び出した。
起動装置のある執務室は、修練場から南側、30メートルほど離れた場所に在る。
ウィリアムは最初の鐘が鳴った時に用意した、装備の胸当ての留め具を止めながら走った。
ブーツは既に履いている。
手甲になっているグローブを腕に通した時には、校舎母屋に在る執務室へと辿り着いていた。
ウィリアムは執務室のドアを勢いよく開け、中へと飛び込んだ。
そして直ぐ、そこに彼女も居る事に気が付いた。
「コリン!?何故ここに?フィオリーナも一緒か?」
「ウィル!?」
執務室の中にはコリンが居た。
コリンの腕の中には、彼女が探しに行ったフィオリーナも居る。
フィオリーナが血の気を失い、コリンに抱えられている様を見たウィリアムは、コリンが彼女を連れて行くのに、難儀していたのだと判断した。
「二人とも急いで皆の所へ行くんだ!」
ウィリアムは、コリンを確認できた事に安心しつつ、結界装置のある棚へと向かい、足を進めた。
「ウィル!駄目!お願い気を付けて!!」
「コリン?判ってる。だから君も急いで修練場で装備を整えてくれ」
ウィリアムは、コリンに直ぐに警戒態勢を取るよう指示を出し、素早く棚の上段にある両開きの扉に手を翳す。
そのまま魔力による開錠を行って扉を開き、中に設置してあった防護結界の起動装置を手に取り、棚の外へと持ち出した。
「なんだ、そんなところにあったんだ?」
誰とも知れぬ声が聞こえた直後、質量を持った影が無数の槍となり、凄まじい勢いでウィリアムを襲った。
影は執務室北側の壁を破壊し、ウィリアムは、何が起きたのか理解する間も与えられず、成す術も無くそのまま外へと叩き出された。
「がっっはッッッ!!!」
ウィリアムの身体は建屋から吹き飛ばされると、地面を何度もバウンドしながらもんどりを打ち、庭の中程まで転がされ、そこでようやく止まった。
「いやぁぁぁーーーーーーーーっ!!ウィルーーーーーーーーッッッ!!!!」
コリンの悲鳴が中庭に響き渡った。
コリンはフィオリーナを抱えたまま、破壊された壁を潜り抜けウィリアムに向かって走り出した。
「もうさ、このお姉ちゃん達二人ともさ、コレの在り処が判らないとか言うんだもの。困ってたんだよね」
黒い影に包まれ少年の姿をした何かが、破壊された壁の中から姿を現した。
その手には、ウィリアムが取り出した起動装置を持ち、玩具でも扱う様に手の中で弄んでいた。
黒髪だったその頭髪が、見る見る銀色へと変化して行く。
室内では分らなかったが、それが纏う黒い服が、執事服だったと判る。
「どっちにしてもさ、権限を持ってる人間じゃないとさ、取り出せなかったみたいだからさ、助かったよ?」
ウィリアムは地に手を付き、身体を起こそうと力を入れる。
そして胸筋に力が掛った時。
「かはぁっっ!!」
咳き込み血を吐き出してしまう。
(くそ!肋骨が幾つかいってるな、肺を傷つけたか?!)
ウィリアムは咳き込みながらも直ぐに魔力を胸当てに通し、自らも回復の術を唱えた。
装備の魔法印が反応し、ウィリアムの身体能力を上げ、傷の回復を補助し始める。
自らの回復術も、装備の補助も初級の微々たるものだ。
直ぐ様傷が完治する物では無い。
しかし、今動くには十分だ。そこへコリンも到着する。
「ウィル、ウィル!大丈夫?!動けるの?!待って!今回復を……!」
「大丈夫だコリン。君はフィオリーナを連れて皆の所へ行け!」
「そんな!ウィル怪我してるわ!早く!早く治療しないと!!」
「こんなもんじゃない……、こんなもんで済む程、この相手は甘くない!俺の、こんな物は怪我の内に入らない!回復は温存だ。この程度で使うな!君は後方で支援に徹しろ!」
コリンの顔に苦渋の色が浮かぶ。
彼女とて現状は認識している。
此処で回復に魔力と時間を消費しているのを、目の前の相手が一々見逃してくれるとは思えない。
それならば、ウィルが立ちはだかる間に少しでも早く皆の元に辿り着き、守りを固めるのが、今この場合の正解だ。
ウィルはそう言っているのだ。
俺を盾に、お前は逃げろ!と。
そんな事は分っている。
分っていても、ウィルを盾にして置いて行くなんて出来るワケは無い!!コリンの表情が苦悶に歪んで行く。
やがて校舎の破壊音と異変に気付き、修練場から子供達が顔を出して来た。
「駄目よみんな!下がって!!敵襲!!!子供たちを早く中へ入れて!!!」
コリンは意を決した様に、フィオリーナを抱え立ち上がり、そのまま修練場へと向い、走りながら叫んだ。
「そのお姉ちゃんは、置いてって欲しいな」
少年がそう言うと、彼が纏っている影が波の様にうねり、槍の様に鋭く伸び上がった。そして高速で前方へと突き出された。
何本もの黒い槍が、ウィリアムの横を通り過ぎるが、彼は全くそれに反応出来なかった。
その黒い槍はそのままコリンの右肩と、左の脹脛を穿ち、地面に縫い付ける様に刺し通した。
そしてその直後、影の槍は、まるで水に溶け散る様に消え去ってしまう。
「ぎぅっ!ぁぎぃっっ!!!」
地に打ち付けられたコリンの悲鳴が、辺りに響き渡った。
フィオリーナがコリンの手から離れ、地面に放り出され転がった。
コリンはその場で、肩と脛から血を溢れさせ、激痛に喘いでいる。
ウィリアムは、コリンの肩口が血で染まって行くのを見ながら、意識が逆立って行くのを感じていた。
遥か遠くで、警鐘が2回ずつ鳴り響いているのが辛うじて分る。
「き、貴っ様ぁぁあぁぁーーーーーーーっっ!!!!」
自分が盾になるどころか、目前でコリンが傷付くのを見す見す許してしまった!
ウィリアムは少年に向き直り、怒気を発しながら突進して行った。
ウィリアムが今手に持つ武器は、ショートソード1本。
本来の愛用のロングソードは、今回アムカムには持って来ていない。
護身用にとハワードから借り受けたものだ。
だが刀身は使い慣れた得物より多少小振りとは言え、その武器の持つパフォーマンスは十分に高い。
白い少年は面白そうに口元を歪め、ウィリアムに向け影を飛ばした。
ウィリアムは、正面から高速で次々と突き出される黒い槍を、素早く往なしながら突進するが、腕を、脚を、頬を、防具の無い部分を槍が掠り抉って行く。
それでも己の間合いまで詰め寄り、勢いに任せて一太刀打ち下ろす。
しかし、少年はユラリと蜃気楼の様に揺れ、後方へと下がってしまう。
しかも下がった少年の手には、コリンと一緒に後方へ移動した筈のフィオリーナの腕が掴まれていた。
まるで人形でも引きずる様に無造作に。
「き、貴様ぁっ!いつの間に!!」
ウィリアムは苦悶の表情で、ギリギリと歯噛みする。
コリンを傷つける事を許しただけに留まらず、彼女自らの身を以て避難させた少女を、易々と敵の手に渡した己に、憤りを感じずにはいられない。
「うあああああああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
突然後方から、雄叫びを上げ突進してくる者が居た。
「ウィルどけぇーーーーーーーーーーっっ!!」
ダーナがウィリアムを追い抜き、少年に向かい突っ込んで行った。
「よくもっ!よくもコリンをぉぉぉーーーーーーーーーーっっっ!!!」
ダーナは、憤怒の表情で少年に槍を連続で突き入れるが、悉く黒い槍に居なされ返されてしまう。
「くっ!このぉおぉぉぉーーー!!」
それでも更に速度を上げ、ダーナは槍を繰り出す。
ダーナの槍が硬質の物を撃ちつける高音が、ドラムが連打を打つ様に、辺りに響き渡っていた。
集中するダーナの顔から、汗が散り撒かれる。
その様子を見る少年は、如何にも楽しそうに、口元を邪悪にVの字に吊り上げて行った。
「よせっ!ダーナ下れ!!」
ウィリアムも前に出て、ダーナに迫る黒槍を次々と払い落とす。
しかし少年の眼が細められ、口元が更に吊り上り、黒槍の数が一気に膨れ上がった。
ウィリアムは咄嗟に、ダーナの身体の前に自身を滑り込ませ黒槍を捌くが、その数に押されてしまう。
致命の一撃は避けられたものの、そのままダーナ諸共後方へ弾き飛ばされた。
「ぎゃンッ!!」
「ぐおぉっ!」
ダーナとウィリアムはそのまま、後方へ4~5メートル飛ばされ地面を転がった。
「がっあ!!」
ウィリアムは先程受けた傷の上に、再び衝撃を与えられ悶絶してしまう。
だが、直ぐ様臨戦態勢を取るべく身体を起こそうとするが、黒槍の追撃が放たれたのが目に入った。
(不味い間に合わん!)
このままでは防御姿勢を取る前に槍が到達する。
今、モロにアレを喰らうのは不味い!しかし身体の動きが追い付かない。
目の端で、ダーナがまだ起き上がれないのも見えている。
二人ともやられる!そう思った時、目の前に人影が立った。
直後、ガキリ!と金属が軋み打たれる音が響く。
ロンバート・ブロウクが二人の前に立ちはだかり、大型の盾、タワーシールドを
その横でアーヴィン・ハッガードが、ロンバートがカバーし切れなかった黒槍を、ロングソードで往なし斬り落としていた。
「立て!二人とも!寝てる暇無ェぞ!!」
アーヴィンが叫ぶ。
「コリンは大丈夫だ!出血は止めた!」
コリンに治癒の術を施していたウィリー・ホジスンも叫んだ。
「みんな!一旦下がって!距離を取りなさい!」
ベアトリスの指示に、四人は後退を始めた。
辛うじて意識を取り戻したコリンも、ミアに支えられながら、共に後方へと引き摺られ下がるが……。
「待って!お願い待って!あの子を……フィオリーナを!!」
ミアに肩を借りながらも、コリンが停止を求めていした。
「落ち着きなさいコリン!今は態勢を整える事を考えなさい!でないと……、みんな蹂躙されるわ!」
「……!」
ベアトリスの厳しい言葉に、コリンが唇を嚙み締め押し黙った。
「一体コイツは何なんだよ?!」
ダーナが少年を睨めつけながら、誰もが思う疑問を口にした。
「敵だ!魔物の類……、しかも上位だ!」
ウィリアムが、再び自分の傷に回復の術を使いながら答えていた。
「ヴァンパイアよ。フィオリーナは……、あの子はアイツに血を奪われ、意識が戻らないの!」
コリンが悲痛な顔で少年の正体を明かした。
全員が、コリンの言葉に驚愕に目を見開きざわめく。
ウィリーが「どうりで日陰から出ない筈だ」と呟いた。
「なんだそりゃ!?なんでそんなヤツがココに居やがんだ!?」
「今はそんな事気にしてもしょうがないわ!」
「わかってる!で?どうする気だよウィル!」
「此処へ……助けを、呼びます」
コリンが、肩を借りていたミアから身体を離し、顔を上げながら静かに言った。
――――――――――――――――――――
次回「アルジャーノンの決意」
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