第34話アムカムの昼下がり

学校内中庭*12:25


「…………スージィのパンツが見てぇ」

「ぶふぉぉっ!!」


 アラン・エドガーラの絞り出す様な呟きに、ロンバート・ブロウクは口に含んでいたターキーサンドを、盛大に吹出した。


「お前、……懲りないなぁ、ある意味尊敬するわ」


 カール・ジャコビニが、呆れた様にアランに冷たい目を向けた。


「ん、さすがアラン」


 ベルナップ・ロングもそれに同意する。


「心無い褒め言葉、ありがとう!」


 アランはそう答えながら、フゥッと、目にかかった姉とそっくりな黒い前髪を吹き上げた。


「そう言う事はな、思ってても口に出すもんじゃないぞ」

「なるほど。アーヴィンはいつでも見たいと思ってるって事が、良っく分った!」

「ち!ちげー!バカヤロウ!そう云う事じゃねぇだろ!!」


 アーヴィンが顔を赤らめながら息を巻く。


「見たく無ぇのかよ?」

「…………」


「君達なぁ、食事時にする話題か?」


 ウィリー・ホジスンが、呆れた様にアランを注意するが……。


「いや、最上級生の大人ぶったって、ウィリーもオレ達と一緒だからな?」

「…………」


「……見たいんだろ?」

「「…………」」


「スージィのお尻……、可愛かったよな?」

「「「「…………」」」」


「はぁ~~……、犯罪者集団か?ここは」

「いや!待てカール!誤解を招く様な発言は控えろ!」


 ウィリーが慌てた様に眼鏡をずり落としながら、カールに語気を強めて訂正を求めた。


「誤解も何も……、食事しながら何について語ってるんだ?犯罪者じゃなけりゃ変質者集団か?どっちも似たようなもんだろ?」

「お前は何1人で道徳的意見言って真面まともぶってんだよ?カール!お前だって男だろ!?興味無ぇーのかよ!?スージィのパンツに!!!」


「だ・か・ら!話題にしている内容が食事時にする物じゃ無いし、公序良俗に反してるっての!理性ってものが無いのか?!アラン!お前はケダモノヴィクターと一緒か?!」

「だってよー。夏休み入る前はステファンが捲る以外でも、結構風で捲れたり無頓着に見えてたりで全然無防備だったのがさー。夏休み開けたら鉄壁になってるって、どういう事だよ!?えぇ?!オイ!!」


 「オレは日に4~5回は目にしていたんだぞーーっ!!」と叫ぶアラン。「うわ、ストーカーだった」とカール。


「夏休みの間に、レディとしての自覚を持つ様になったって事だろ?良い事じゃないか」

「オレの!オレの、唯一の癒しだったのにーー!あの頃のスージィを返せぇ!!」

「やっぱり変質者集団か」

「待てカール!アランが変質者なのはしょうがないが、ボク達を一括りにはするな!」


「オレのスージィを返せーーー!!」

「お前のぢゃ無ぇだろっ!!」

「ああ、お前のじゃないな」

「ん、アランの物じゃない」

「お、お前らいきなり息を合わせんなよな!」


「大体お前!この前までミアの胸で溺れたいって、ずっと言ってたじゃないか!」

「あの胸は今でもオレのだ!」


「いや!ミアもお前の物では無いからな!」


 ウィリーが小さめのメガネを押し上げながら言い放つ。


「こいつ……姉貴が居なくなって、歯止め無くしてねぇか?」


 アーヴィンが呆れたように呟いた。


「オレは只!ミアの胸に飛び込んで、スージィのパンツに鼻づら突っ込みたいだけだぁ!!」

「うわぁっ!駄目だコイツ!完全に変態で犯罪者だ!」

「……コイツ、いい加減何とかしよう」


 「オレの望みは至極当然な物だぁー!」と叫ぶアランにカールが変態断定し、ロンバートがユラリと立ちあがる。


 男子たちの昼休みが長閑(?)に過ぎて行った。





     ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆





学校校舎前*13:00


「それでは、後の事はお願いしますウィル」


 デイジー・ジェイムスンが、馬車の上からウィリアムへ言葉をかける。


「お任せください。とは言っても自分に出来る事は高が知れていますが……」

「フフ、大丈夫ですよ、貴方が居てくれるだけで、子供達は心強いのですから」

「それならば良いのですが……、デイジー先生もお気をつけて」

「ありがとうウィル、では、よろしくお願いしますね」


 ウィリアムは、デイジーが学校の敷地から出て行くまで見送ると、そのまま校舎へと踵を返した。


 校舎の入口では、コリンがウィリアムを出迎えの為に待っていた。


「デイジー先生は神殿へ行かれたの?」

「ああ、今向かわれたよ」

「え?先生どうかしたのか?」


 コリンの後ろから、ダーナがお気楽な口調で問いかけて来た。


「ダーナ、聞いて無かったの?ヘンリー神殿長が、午後スーとお出掛けするから、神殿の留守をデイジー先生がお預かりするって仰ってたでしょ?」


 コリンがメガネを押し上げながら、上目で呆れた様にダーナに説明をする。


「そうだっけ?でも何でデイジー先生が神殿の留守番なんだ?神官の人達はどうしたのさ?」

「なんでも御病気だったり各村への出張が重なったりで、丁度人手が無くなってしまったと仰っていたよ」

「ふ~~ん、神殿も人手不足なんだな~」

「たまたま重なっただけだと思うよ?それで、たまたま学校に居る僕がここを任されたという話さ」

「なるほどね~~。ま、よろしく頼むよ!先生代理の騎士候補のウィル!」


 ダーナは、楽しそうにウィリアムの背中をバンバンと叩く。


「ああ!任せてくれダーナ!さあ!早速修練場へ行こうか?タップリと鍛練しようじゃぁないか!!」

「え?あれ?え?」


 グイッと襟元をウィリアムに掴まれ、ダーナが戸惑いの声を上げる。


「うふふ、頑張ってねダーナ!ちゃんとウィリアム先生の言う事聞くのよ?」

「え?あれあれ?えぇ~~~?」


 コリンは、楽しそうに二人に手を振り見送った。

 ダーナは頭の周りに幾つものクエスチョンマークを浮かべながら、そのままズルズルと、ウィリアムに鍛練場へと引き摺られ消えて行く。





     ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆





壱の詰所倉庫内*13:15


「ディヴィッド!!矢の補填がされていないぞ!どうなっている?!」

「ハ、ハイ!今日の午後に届く予定ですので、も、もう来る頃かと」

「既に昼は周っているぞ!今月の担当はゲイリーか?!少し言い含めねばならんな!」


 ハワードが倉庫の在庫票に向かい、眉間に皺を作っていた。


 アムカムの森の周りには、幾つかの詰所が一定間隔で築かれている。

 それは森の中を監視する為の物見櫓ものみやぐらが設置された小さな砦であり、武器などの物資の倉庫でもある。


 アムカム村では三ヶ月に一度、年に4回。武器、兵具のメンテナンスを兼ね、森の動向の報告を行う定例会が、その三ヶ月期の担当班長と村の責任者を交え行われる。


 尤も、堅苦しい会議は最初だけで、その後は慰労を兼ねた宴会になるのだが……。

 その為、会議に参加の必要のない者達も、この日は数多く、壱の詰所に集まって来る。


 そして宴会参加には、会議前、会議中に詰所内外の清掃と片付け等をする事が、暗黙の参加条件となっているのだ。


「……なんだか今日の御頭首、何時にも増して気合が入ってんな」

「ああ、何と言うか……いつも以上に、目がおっかねぇ……。『灰色の鉄鬼神』は現役で良いんじゃねェか?」

「しょうがないさ、今日は一際ひときわご機嫌が悪いからな」

「なんだ?何か知ってんのか?ケネス」

「……そうだな、ホラ、今日の定例会は、村長含め御三家がデケンベルへ行っていて、参加出来ないだろう?」

「うむ、何か急な呼び出しだって言ってたな」

「それに、出席予定だった各班長の御家長方も、今日は殆ど出席出来ない」

「ああ、アーゴシやウアードの村から、何やら要請があったらしいな」

「なので今日御頭首は、是が非でも、この定例会に出席しない訳にはいかないんだ」


「お歴々の出席の悪さで、ご機嫌が悪いって事か?そうは言ってもなぁ、タイミングの問題としか言えないしな」

「そうじゃない。御頭首は今日、何も無ければコープタウンへ行くつもりだったんだよ」

「は?それはまた、……御頭首っぽくない我侭な……、いや悪い……、それで、コープタウンへ行けなくて機嫌が悪いのか?」


「まあ、有体に言えばそうなんだが……お前ら、御頭首の所のスージィは知っているか?」

「ああ、あの赤毛の可愛い娘だろ?何度か見かけてるぞ。なぁルフィーノ」

「ランドルフ、お前は覚えて無いのか?夏の初め、御頭首がボアを仕留めた事あったろ?その時一緒に回収に行ったじゃないか?」

「ああ、そんな事もあったっけな?ウルフがかなりあって、運ぶのが大変だった時だろ?」

「そうだよ、あの時のウルフの殆どを仕留めたのが、スージィって子だって事は知らないのか?あの時、遠目に見てるよな?覚えて無いか?」

「そうだったのか?そうか、そう言えばロング班長がそんな事を言っていたかな。まあ確かに、御頭首の所のスージィという娘は腕が立つ。という話は聞いてるけどな」


「そのスージィの実力を、ルフィーノもランドルフも、今一つ理解はしていないようだな?」

「いや、ウルフを一人で屠ったとか凄いと思ったけど、でも、クラウド家所縁ゆかりの者ならば、と納得もしたぞ?……それだけじゃ無いのか?まあ、可愛いと云う事は十分知ってるけどな!なぁ!ランドルフ!」

「ああ、それは知ってる!」


「お前らな……、しょうがない!じゃあ、先月の初頭、レッドデスストーカーが出たのは知っているか?」

「ああ、知ってる、子供達だけで狩りをしている時に、出くわしたって話しだろ?セーフゾーンで狩りをしていた筈が、何処からか紛れ込んだらしいって聞いたな」

「うん、よく無事だったよな、子供だけではあの大サソリはまず無理だろ。大人達が一緒に居たのか?低団位の、2ndセカンドでも三人いれば、何とか一体は仕留められるからな」


「大人は居ない。それに襲って来たのはレッドデスストーカー5体だ」

「な、なんだと!そんなモンどうやっても無理だ!2ndセカンドが3人くらいじゃ、5体はどうしようもないぞ!あの外骨格の硬さ!関節を上手く狙わなきゃ、どうする事も出来ない!3人で牽制してやっと1体だぞ?5体も一度にとか……。レッドデスストーカーの脅威値は『7』はあった筈!高位の……中団位以上の、6thシックスのチームででも無けりゃ絶対無理だ!」


「それがな……、瞬殺だったそうだよ」

「「は?」」

「その硬い外骨格を断ち切って、5体を一瞬で仕留めたそうだ。俺はその獲物を見たが実に綺麗な切り口だったぞ!断言してやろう……、あの子は、鉄の塊でも斬り落とせる腕を持っている!」

「ま、待て!あの子っていうのは……まさか?」

「うん?そうだぞ。他に誰が居る?」

「そ、その言い方だと彼女一人で瞬殺したと聞こえるぞ?」

「だからそう言ってるんだ!」


「「なっっ!!」」

「それでな、流石にその時使っていた剣が折れてしまったそうでな。直ぐに御頭首がコープタウンの工房へ発注して、今日納品予定だったそうだよ」

「……それってつまり、本来なら御頭首自らが受け取って、彼女に手渡しかったって話しか?」

「その通りだ!分って貰えたか?!」


「わかった、スージィの実力も、御頭首のお気持ちも良く分った。分ったが……、なんでお前はそんなに詳しいんだ?ケネス」

「そうだ、それに何故かお前、スージィに関して話している時、随分嬉しそうに語ってるよな?……ストーカーか?ちょっと引くぞ?」


「は?バカ!何言ってんだ?俺が会員証を持っているからに決まっているだろうが!」

「「は?」」

「会員証を持っているから、会報で情報を得られるんだよ!」

「は?は?!いやいや!お前こそ何言ってんだ?何だ会報って?何だよ会員証って?!」

「『スージィクラウドファン倶楽部』の事に決まってるだろーーーがっ!!!」

「「なんだそりゃーーーーっっ?!!」」

「貴様らーーーーっ!!一体何をやっているかーーーーーーーっっっ!!!」


 ハワードの雷が落ちた。轟雷である。





     ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆





神殿裏手*13:20


「ラヴィ……、俺は守れているか?」


 自らの胸元を握りしめ、ライダーはポツリと墓石に向かい呟いた。


 ライダー・ハッガードは今、神殿の裏手にある墓地に一人膝を付き佇んでいた。

 手入れが行き届き、花束の置かれた白い墓石には『ラヴィニア・クラウド』名が刻まれている。

 それを見つめるライダーの眼は穏やかだ。


 ライダーが高等校で騎士候補のコースを経て、正規の王都騎士団に入団したのは6年前だ。

 西方の辺境で2年、妖魔、魔物、魔獣等との戦闘で最前線に立って居た。


 その時の功績を認められ、僅か2年で王都警護の任務へ就く事になる。

 王都での就任中は待遇も良く、実力者揃いの中での鍛練も、己の力を着けて行くには十分な環境ではあった。


 だが、実力を認められ依り中央へと移るに従い、現場から、前線から離れて行く。

 その事がライダーに焦りを覚えさせていた。


 アムカム出身者で騎士団に入る者は少なくない。

 だが、退役まで勤め上げる者はまず居ない。

 その殆どが最前線を求め、再びアムカムへと戻って来る。


 騎士団もそんな彼ら、アムカムとの繋がりが保てる事。

 いざと云う時の前線での対応を、信頼の置けるアムカムの者に任せられるメリットがある為、常にアムカムからの入団者は歓迎していた。


 ライダーもそんな先人たちに倣い、入団5年目にしてアムカムへの帰還を決めた一人だった。

 何よりも彼は守りたかったのだ。自分の手が届く限りのより多くの人々を……、嘗て交わした少女との約束を。


「こんなこと、一々君に聞いていたら、また怒られてしまうな」


 ライダーは、苦笑いを浮かべながら立ち上がった。


(それでも、あの子を見ていると君を……、君の言葉を思い出さずには居られない)


「また来るよ……ラヴィ。もう行かないと君の父上にどやされてしまう」


 白い墓石に笑みを向けながら、ライダーは墓所を後にした。

 神殿の敷地から退出する所で、丁度帰って来たデイジーの馬車と顔を合わせる。


「あら?どなたの馬かと思っていたら……、御機嫌ようライダーさん。今日はお墓参りをされていたのですか?」

「はい、こんにちはデイジー先生。先程済ませた所です。これから壱の詰所に向かわねば成りませんので」

「あ、今日は三月みつきに一度の定例会でしたね。ご苦労様です」

「ありがとうございます。それにしても、こんなお時間にどうされたのですか?神殿内に、神殿長も神官の方々もいらっしゃらない様でしたが……」

「それがね、皆少しずつタイミングがズレてしまった様で、今日、神殿に人が居なくなってしまいまして……。それで今日だけ、私がお留守番をする事に成りましたの」


「……それでは、ヘンリー様もいらっしゃらないのですか?では、今学校には?」

「ヘンリーはパークタウンの神殿へ、『霊禄れいろく』の交感に向かいました。本来は神官長が行く予定だったのですけど……、彼、病気になってしまった様で……、それで急遽、ヘンリーがスージィさんとご一緒に行く事になったのです。学校は今、ウィルが子供たちを見て下さってるのよ」

「そうですか、ヘンリー様も彼女が一緒なら心強いですね。ウィルもしっかりしていますから、問題は無いでしょう」


「あら?ライダーさんも、スージィさんとは手合せを済ませたのですか?」

「はい、先日立ち合いをさせて貰いました。お恥ずかしい話ですが、私も簡単に転がされました」

「まあ!ライダーさんでも?!」

「はい、彼女は規格外の規格外ですから」


 照れたように笑うライダーと、あらあら、と笑顔で答えるデイジー。


「あらいけない!長話に突き合わせてしまって!私ったら、お引止めしてごめんなさいね」

「いえ、それよりも、お1人で大丈夫ですか?誰か空いている者を寄越しましょうか?」

「あら、私これでも、自分の身を護る術くらいは心得ていますのよ?」


 と自らの胸元へ手を置きニコリと笑う。


「そうでしたね、デイジー先生は『結界者・補』の位をお持ちでしたね。不要な提言でした。申し訳ありません」

「いえいえ、お気使い有難う御座います。それよりお急ぎ下さい。もう13時を回ってしまいました。引き留めていた私が言う事ではありませんけれど」

「そうですね、ハワード団長の雷が落ちる前に向かいます。お話し聞かせて頂いて有難う御座いました。では!」


 ライダーは素早く馬上に跨り、デイジーに別れを告げそのまま馬を走らせた。

 デイジーはそのまま笑顔で手を振り、走り去るライダーを見送っていた。





     ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆





クラウド邸*14:55


「エルローズ!風が出て来たわ!二階の窓を閉めてちょうだい!」


 ソニア・クラウドが庭先で車椅子に座りながら、家の中のエルローズへ声をかけた。

 ソニアは車椅子に座ったまま、洗濯物を取り込むために車椅子を動かして行く。


 普段ソニアは、家の中で車椅子を使う事は余りない。

 特に、スージィが一緒に暮らす様になってからは、家で使う事はまず無かった。


 しかし、今朝は少し違った。

 季節の変わり目だからだろうか、膝が妙に疼く。

 こういう時は無理に歩かない方が良いと、彼女の経験が言っていた。


 出がけにスージィに心配されたが、大した事は無いと笑顔で送り出していた。


「もうお茶の時間ね……、あの子もそろそろ、向こうを出る頃かしら……」


 ソニアは、そんな事を呟きながら洗濯物を取り込む。

 洗濯紐を緩め、車椅子から立ち上がらずに、洗濯物を膝に抱えた洗濯籠へと次々と入れて行く。

 そんな風に洗濯物を取り込んでいると、ジルベルトがコチラへ向かい歩いて来る事に気が付いた。


「あら?ジルベルト、その鳥はどうしたの?」

「へい、滅多に見ない鳥を仕留めまして、お嬢にと思いましたんで」


 右手に二羽、頭を落とした鳥を逆さに下げている。

 血抜きは済んでいる様だ。褐色の身体に白い首輪のある鳥は、この辺では余り見ない獲物だ。

 しかし肉には癖も無く味も良いので、知っている人間には喜ばれる鳥だ。


「嬉しいわ、あの子、鳥も好きだからきっと喜ぶわよ。ジルベルト、今日の夕食は貴方も一緒に食べていらっしゃいな、どうせハワードは皆と楽しんで来るのでしょうから」


 ジルベルトは「それはありがてぇ」と嬉しそうに頬を緩ませた。御馳走になる事にしたようだ。

 彼はそのまま鳥を、北の勝手口から調理場へと運んで行った。


「あと一時間もすれば、あの子も帰って来る頃ね……」


 そう言って南に続く道……、コープタウンへと続く道に目を向けた。

 その時、ザアァと北方から……、アムカムの森から風が強く吹き渡る。


「……少し、風が強まったわね」


 ソニアは、風に煽られぬよう髪に手を置いきながら「余り良い感じの風では無いけれど……」と、そんな事を呟いた。






     ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆






アムカムの森浅層*15:10


 ザワリ……ザワリ、と森の中で幾つもの影が揺れる。




「エイハブ。約束通り来てみたけど……、はじめてしまって良いのかいっ?騎士団は、出立を見合わせたのだろうっ?」


 スゥッと、その後ろの影の中から執事服の姿の者が現れ、音も無く跪いた。


「はい、クラリモンド様より言付かっております『予定通りお進め下さい』との事です」


 オルベットの口元が大きく歪む。


「そうか、ではこのまま始めさせて貰おうかっ!エイハブっ!仕込みはっ?」

「はい、全て済んで御座います」


「よし、ローレンスっ!」

「はい!」


 再び影の中から、今度は14歳ほどの執事服姿の少年が現れ膝を付く。


「ライラっ!」

「はい」


 同じ程の歳の少女が、やはり執事服で現れた。


「バーニーっ!」

「はっ!」


 幾分年上の少年もその後ろから現れる。


「プトーラっ!」

「こちらに……」


 最も年上と思われる少女が、更にその後ろから続く。


 全員、銀髪碧眼の少年少女だ。

 等しく執事服に身を包み、オルベットを中心に片膝を付き頭を垂れている。


「イライザとダグは、所定の場所にて待機しております」


 エイハブと呼ばれた、この中で最年長の少年がオルベットに告げた。

 オルベットが、満足げに頭を垂れる者達を眺め、声を発する。


「さて!宴の準備を始めようっ!なに!やる事は単純だっ!ただ囲い、追い立て、蹂躙し、後片付けをするっ!……簡単だろっ?」


 指を一本立て片目を瞑り、楽しげにウィンクを飛ばせて見せた。


「さあ!諸君っ!饗宴の時間だっ!」


 オルベットが、芝居がかった動作で、踊る様に両手を広げた。

 その暗く愉悦を含んだ声が、薄暗い森の木々の中に響き渡り、その奥へと黒い水に沈む様に吸い込まれて行く。


 300年の時を存在し続ける、闇夜の主の一人、トゥルーヴァンパイア。

 『子供喰らいチャイルド・イーター』ことオルベット・マッシュ。


 今、アムカムの森の中でその闇が、音も無く静かに、狡猾に動き始めた。

――――――――――――――――――――

〇ヴァンパイア達の見た目の年齢

・オルベット・マッシュ―10

・エイハブ――18

・プトーラ――17

・バーニー――16

・ローレンス――14

・ライラ――14

・イライザ――12

・ダグ――9


次回「ヘンリー・ジェイムスンの懺悔」

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