第19話スージィ家へ帰る

 アムカム村役場は、ちょっとしたお城の様だった。


「元々はこの地を治めていた辺境伯の居城だったんですよ。現在ではそのまま利用して、村の行政だけでなく郡の中心としての役割も担っているのです」


 と、役場の中を案内されながらオーガストに教えられた。

 そのままスージィは1人、村長の執務室へと通された。


 ハワードは屠った魔獣に関する手続きがあるからと、オーガストは馬車と人員の手配をする為と、暫し離れるのでここで待っていて欲しいと言われ、一人バスケットを抱えてソファーに腰を下ろしている。


 村長の秘書と言う女性が淹れてくれたくれたお茶を飲み「ほぉぉ……」と、吐息をつきながら部屋を見回してみた。


 とても村長の執務室とは思えない。

 何とも重厚な創りと広さの部屋である。


 まぁ、元はお貴族様のお城だったと言うのだから、当然なのかもしれないが……。天井画に壁や腰板の緻密な彫刻、其処彼処そこかしこに金箔も施されていて、これどっかの宮殿?とか思ってしまって、何とも尻の座りが悪い。


 そんな感じで何とも落ち着か無げに、お茶をチビチビと啜りながら……。


(さっき会ったアーヴィンって子から色々教わったなぁー……。そうかぁ、魔獣は食べられないのかーー。『魔抜き』かぁー……。瘴気を食べる様なものなのかーー……。

 あ、なんか味を思い出して来た……。あ、なんか泣きそう…うっくぅっ!

 そ、それにしても、あの少年も13歳って言ってたなぁ……。そっか、自分もあのくらい幼く見えてるんだな、そら子ども扱いもされちゃうわよねぇ~~……。

 そだ、村長が戻って来たら、住み込みの仕事でもないか聞いてみようかな?結構魔獣の退治とか、片付けの仕事とかありそうだよね?)


 そんな事を考えながら、広い執務室のソファーに一人でポツリと座り、お茶を啜っていた。

 やがて、ハワードとオーガストが仕事を終え、揃って執務室へと戻って来た。



     ◇



「みせねん・・・はたらく・・・、ない?」


「そうです、基本的にこの国では、14歳以下の未成年を就労させる事は出来ません。臨時雇用は可能ですが、保護者の同意と許可が必要です」


 思った以上に、この世界は現代日本に近い?

 行政がしっかりしているのか?

 そうなると、13歳で独り立ちと言うのは厳しいか?


 スージィは二人が執務室へ戻って直ぐ、オーガストにココに自分が働ける様な仕事は無いかを聞いたのだ。


「何故、仕事をお探しになるのですか?」


 オーガストが問い返すと、スージィはハワードをチラリと見てから……。


「はたらく・・・ない・・・いきる・・・でき・・・ません・・・クラウドさん・・・に・・・おせわ・・・いつまでも・・・、だめ!」

「スージィ、君はそんな事を考えていたのか?」


 ハワードが驚きを隠そうともせずスージィを見つめた。


「クラウドさん・・・ソニアさん・・・エルローズさん・・・やさしい・・・うれしい・・・でも・・・いつまでも・・・だめ・・・めいわく・・・なる、ます」


 スージィも、ハワードの眼を見つめ返し答える。


「スージィ……。そうだ、君はしっかりした子だった……そうだった」


 ハワードが顔に片手を当て、深く息を吐き出した。

 その二人のやり取りを見ていたオーガストが口を開く。


「スージィさん、いずれにしても今の貴女は、庇護者の元で教育を受けていなくてはならない年齢です。今、保護者の居ない貴女には地域行政、つまりこの村が貴女の身元引受人となります。成人するまでは貴女の生活はこの村が保証しますが、その為にはしかるべき場所で保護されなくてはなりません」


「それは・・・こじいん・・・とか・・・です、か?」


 スージィは、少し面持ちを硬くして問いかけた。


「現在この村では該当する子供は居りませんので使われてはいませんが、神殿では親の居ない子を保護する為の施設が備えてあります」


「しんでん・・・クラウドさん・・・ちか、く」


 少し安心した様に、スージィの表情が柔らかくなった。

 そこにオーガストは、更に言葉を重ねて行く。


「ですがそれも、貴女を引き取りたいと言う方が現れるまでですけれどね」


 とスージィに軽いウインクをしてから、ハワードに出番ですよとばかりに笑顔を向けた。スージィは、そんなオーガストに戸惑う様な視線を向けた。


「スージィ、昨夜ソニアと話し合ったのだよ。君さえ良ければ……このままワシ達と暮らさないか?」

「・・・クラウド・・・、さん?」


 ハワードは静かな面持ちで、そう言葉を紡いだ。

 スージィは、そのハワードの言葉に驚き、思わず目を見開きハワードを見返した。


「勿論君の意志は尊重する。都市へ出たいと言うのなら支援させて貰う。王都を望むのなら紹介状も用意する。君が……、独り立ちを望んでいるのなら、出来るだけの事をさせて貰いたい。だが、出来るなら、……出来る事ならワシ達と、あの家に一緒に居て欲しい」


「クラウドさん?・・・クラウドさん!?・・・クラウドさん!!?・・・なに?・・・なにを・・・言って・・・るです?・・・、か!?」


 そう言葉を続けるハワードに、スージィが腰を上げ詰め寄った。


「きのう・・・わたし・・・あった・・・ばかり!・・・どこ?・・・だれ?・・・あやしい?・・・わからない!・・・のに・・・くらす・・・いっしょ?・・・だめ!・・・ぜった、い!!」


 顔を赤らめながら目も潤ませて、スージィはハワードに訴える。


「……スージィ」


 ハワードが、少し困った様に笑みを浮かべ、スージィを見詰めた。


「君はワシ達の心配をしてくれるのかね?」

「あたりまえ・・・です!!・・・だれ・・・でも・・・おもう・・・です!・・・しらない・・・あいて・・・しんよう・・・すぐ・・・だ、めっ!!」


 スージィが鼻息も荒く拳を握りしめ、力を込めてハワードに訴えかける。

 ハワードは「スージィは知らない相手ではないよ」と呟くが、忽ちスージィに睨まれてしまった。

 その様子を見ていたオーガストが、少し目元を綻ばせながら問いかけた。


「スージィさんは、ハワードさん……クラウド家の方々はお嫌いなんですか?」

「ない!・・・きらい・・・わけ・・・ない!・・・、です!!!」


 オーガストの言葉を聞いたスージィは、クルリと彼に向き直り、目を見開いて「この人何言ってんの?」とばかりにオーガストに詰め寄った。


「では、クラウド家ではお嫌と言う訳では?」

「そういう・・・はなし・・・ちがう・・・ます!!」


 スージィは胸に軽く握った手を置き、視線を落として静かに言葉を紡いだ。


「クラウドさん・・・すこし・・・しんちょうさ・・・たりない・・・おもい・・・ます!・・・しんぱい・・・もっと・・・あの・・・しっかり・・・たしかめ・・・ほしい・・・、です」


 ハワードが右の頬を人差し指で掻きながら「や、これは耳が痛いな……」と、面目なさげに呟く。

 このやり取りに耐えきれず、ついオーガストはつい破顔してしまう。

 それを見たスージィが「む?何で笑うの?」と口をへの字に曲げた。


「そう云う事ならば、スージィさん。今のまま、もう暫くの間クラウド家でお世話になっておく。というのは如何ですか?」


 と、オーガストが一つの提案を示した。


「これからの事を考える時間は必要でしょう?周りの意見も色々聞いて、この先どうしたいか決めるまでの間です。如何です?」


 ハワードがソファーから降り、スージィの前で片膝を付き彼女の目線に合わせながら、そのコバルトグリーンの目を見て、静かに話しを始めた。


「スージィ、ワシ達は君に無理強いしたい訳では無いのだよ。君は君の好きにして良いんだ。ただ、ワシらにその手助けをさせて欲しい……それだけなんだ」

「・・・クラウド、さん」

「君と囲む食卓は楽しく暖かい、何よりソニアが実に嬉しそうだ。……君と過したいと言うのは、ワシらの我侭だ。どうかその我侭に少しだけ付き合っては貰えまいか?」


「わたし・・・めいわく・・・ない・・・ですか?・・・おじゃま・・・ない・・・です、か?」


 スージィが俯いて尋ねる。その両手が、自分のエプロンを握りしめていた。


「昨日も言っただろう?迷惑でも邪魔でもない!ワシらは君と過したいんだ!」


 ハワードが大らかに答え、スージィの小さい肩に両手を添えた。


「あ・・・クラウドさん!・・・わたし・・・よ、よろしく・・・お、ねがいっ・・・、ますっ」


 スージィが頬を赤くし、今にも溢れそうな涙を溜めた目で、ハワードを見ながら言葉を絞り出した。


「よかった。話が纏まりましたね。では早速書類を作ってしまいましょう」


 そう言うとオーガストは、秘書の女性に指示を出していた。


「・・・しょ、るい?」


「スージィさんの住民票の作成ですよ。今日はその為にハワードさんはコチラにいらしたのですからね」


 「え?そうなの?」とスージィがハワードを見ると、ハワードはスージィに穏やかな微笑みを返した。


「今日付けでスージィさんの保護者は、ハワードさんとなります。ファミリーネームの無かったスージィさんは、これからはクラウド姓をお名乗り下さい!」


「・・・え?・・・クラウドさん・・・クラウド、さん?」


 ハワードを見つめながら自分を指差し問いかけると、ハワードは嬉しそうに頷いた。


「ようこそ!スージィ・クラウドさん!アムカム村は貴女を歓迎します!」


 オーガストは立ち上がりスージィに握手を求めると、スージィは反射的にその手を取り……。


「あ・・・はい・・・よ、よろしく・・・、です」


 と答えていた。





     ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆





 書類を作成している間に、時刻は昼時に近付いていた。

 後は職員に任せて問題無いのでお昼にしようと、ハワードに庭園へ連れ出された。


 庭園は、建屋の北側に一段下がる形で広がっていた。

 真ん中に丸い花壇があり、そこに向かう様に東西南北から道が続いている。


 「薔薇が先月まで見ごろだったのだが、今はアイリスが満開だそうだ」


 そうハワードが、庭園の中を歩きながら教えてくれた。

 見頃が過ぎたといっても、まだ十分小ぶりな薔薇が数多く並んでいて、スージィは感嘆の声を出しっ放しだ。


 東端、庭園から一段上がった所に、白い東屋ガゼボがあった。

 大きさ3メートル程の八角形で、柱と腰板に屋根という、良くある形状だが装飾が見事だった。


 屋根にはもう一段、越屋根がありアーチ状の風取り窓が付いている。

 腰板も格子状でぐるりと周りを囲み、柱には細かな彫刻が施されている。

 更には天使の飛び交う天井画まで描かれ、まるで小さな神殿のようだ。

 中には壁沿いにベンチが設えてあり、真ん中には程よい大きさのテーブルもある。


 ここで昼にしようとハワードに連れられ、中のベンチに腰を降ろした。


 ガゼボから正面に庭園を見据えると……。

 左に村役場である元辺境伯邸、右にデイパーラ山脈、後方にはこの邸自体が高めの丘陵に造られている為、村の全景が見渡せた。


 スージィはバスケットを広げ、エルローズから受け取ったスープをカップに注ぎハワードへ手渡した。


「どうぞ・・・クラウド、さん」

「……スージィ、君もクラウドなんだよ?」

「あ・・・えと・・・ハ、ハワード、さん?」


 うむ、と満足げに頷きハワードはスープを受け取った。


 鹿肉のカツは柔らかく、甘辛いソースが絶妙でスージィの頬を緩ませ夢中にさせる。

 そしてもう一つのベーコン野菜サンド……。

 これは!レタスとトマトではないですか!?BLTだコレ!


 ああ!この酸味の効いたドレッシング!舌の両脇を刺激してくりゅ!!シャキシャキアッサリでカツサンドと交互に何時までも食べ続けられるんじゃないかしらん!!?


 幸せそうに二つのサンドを頬張るスージィを、愛おしげに眺めながら、ハワードが静かに言葉を紡いでいった。


「子供の頃から、ここから眺める景色が好きでね。ワシの原風景の様なものだ。周りに広がる田野は長閑で、北に聳えるデイパーラは遠大に常に我らを見守っていた」


 スージィはカツサンドを両手で持ち、モキュッモキュッと咀嚼しながらハワードを見上げ、話に耳を傾けている。


「だが今のデイパーラには、かつての勇壮な姿は無い!その身は無残な爪痕に抉られ、母なるデアすら惨たらしくその身を晒してる。

 三日前に起きたデイパーラの異変。神の怒りか?邪神の降臨か?いずれにしても、それが世界にもたらす影響は余りにも計り知れない。

 その麓に広がるイロシオ大森林にも、遠からず何らかの変化はあるだろう。もしかしたら、これこそが伝承にある『大災禍グレートディザスター』と呼ばれる『大溢おおあふれ』の兆候やも知れぬ!そうなれば無論、この世界もただでは済む物では無い。ワシらは、いずれ訪れる脅威に、力を蓄え備えねば成らないのだよ」


 ハワードは力強く、そして静かに語っていった。


 それを聞いていたスージィは…………。

 顔面蒼白である!!

 ズザザザザァァーーーーーッッッ!!!と、盛大に血の気が引く音が聞こえた!


(ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!

 神様じゃないです!邪神でもないです!!知らなかったんですぅこんな事になるなんて!分からなかったんですぅこんな騒ぎになるなんてぇぇぇ!!!ごめんなさいぃぃ!すみませんでしたぁぁぁ!堪忍してぇ!ゆるしてくだしぃぃぃぃぃ!!!!ひぃぃ~~~~~~~~~~~~ん)


 内面で滝の様に血の涙を流し、ひたすら許しを請うていた。


 だが、そんな顔色を失っているスージィに気が付いたハワードが、優し気に言葉をかけて来る。


「や、これは怖がらせてしまったかな?すまない。君は巻き込まれてしまっただけかもしれないのにな……。だが、安心して欲しい。ここに居る間の君の平穏は、我々が……いや!ワシが保証する!君は何も心配せず、生きて行ってくれれば良い。ただそれだけで良い」


 ハワードは慈しみを籠めた眼で、優しくスージィに語りかけた。


(あうあうあうあうあう!ごめんなさい!ごめんなさい!わたしです!わたしが原因なんですぅ!!わたしが諸悪の根源なんですぅぅぅぅ!!!)


 語りかけられたスージィは、罪悪感にフルボッコにされ、脳内で転がり回っている。


 そんな後ろめたさと、心の痛みに責められているにも拘らず、BLTもカツサンドも綺麗に平らげられてしまった。


(くっふぅぅぅぅぅ……己の、己のいやしさが口惜しいぃぃぃっっっ!!

 いや!これはソニアさんの愛だ!ソニアさんの愛がこの荒涼とした心の狭間に癒しを与えてくれたんだ!ありがとうソニアママ!!貴女はわたしの菩薩様ですぅぅ!!)


 そんな何とも良く分らない理屈を付けて、無理やり意識を現実に戻していた。


 平静さを取り戻したスージィは、食事の片づけをし、ハワードと共に役場に戻って行った。執務室で、ハワードとオーガストが短い打ち合わせをした後、そのまま建物を出た。


 外に出ると丁度、フランク達がボアやウルフを積んだ馬車で役場の敷地内に入った所だった。


 ハワードは荷馬車に近付きウルフの骸を検分すると、大きく唸りスージィへ視線を移した。ハワードの視線に気づいたスージィは、またしても背中に汗を流し始めるが、ハワードがそのままフランク達と一言二言言葉を交わした後、ウルフを乗せた馬車を行かせたのでホッと愁眉を開いた。


 スージィを見つけたアーヴィンが駆け寄ろうとしていたが、他の少年に首根っこを掴まれ、ズルズルと引き摺られて行く様を、スージィが不思議そうに眺める、という一幕もあったが、二人はそのまま村役場を後にした。



 クラウド邸に到着すると、ソニアが玄関先で待っていた。


 馬車から降ろして貰ったスージィは、そのままソニアの前まで進み、はにかんだ様な笑顔で帰宅の挨拶をする。


「・・・ただい、ま」

「おかえりなさい、スージィ」


 ソニアが嬉しそうに微笑み、両手を広げてスージィを迎え入れた。


――――――――――――――――――――

次回「スージィ・クラウドの初登校」

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