第17話スージィとクラウド家の朝

 今日用意されていたのは、薄若草色のワンピースだった。


 昨日の物とは色違いかな?

 いや、スカートにプリーツが入り膨らみが少し大きい。

 裾にフリルも付いてる。

 フリルあるだけで、ちょっと気分が上がるのは何故だろうか?


 そんな事を考えながら、1人で着替えを済ませた。


 髪も昨日やってもらった様に、自分で結ってみた。

 初めての事なので、上手く出来たか心配だったが、何とか形になったと思う。

 それでもおかしくは無いかな?と少しドキドキしながらリビングに向い、そこに居たソニアとエルローズに朝の挨拶をすると、二人は穏やかな笑顔で挨拶を返してくれた。


 食器を並べるのを手伝わせて貰いながら、ハワードが食堂に来るのを待った。


 やがてハワードが食卓に着くと、皆も揃って席に着き、一緒に朝食となる。

 朝食は、昨夜の鹿のタンシチューと、チーズ入りのオムレツだった。

 フワッフワのオムレツって何でこんなに幸せになるんだろ?

 と嬉しそうに食事をするスージィを眺め、大人たちは温かい気持ちになりながら朝の時間を過ごしていった。


 朝食の後片づけの手伝いを申し出たところ、スージィは洗い物を任された。

 皿を割る事も無く、一通り洗い物が済んだところで、スージィはハワードに呼ばれた。


 ハワードから、これから昨日討伐した魔獣の処分をしないと成らないので、検分に付き合って欲しいと言われた。

 お茶の時間までには戻るので、良かったら一緒に外で昼食を取らないか?と言う。


 直ぐにやって来たソニアから、「二人分のお昼ですよ」と言われ、大きなバスケットを手渡された。

 エルローズからも「温かいスープなので、気を付けて飲んでくださいね」と魔法瓶の様な容器を渡された。

 スージィは、バスケットの中身が鹿肉のカツサンドと、ベーコンと野菜のサンドだと聞かされ、テンションがダダ上がりし、頬を染め目を輝かし、ふおぉぉぉぉっ!と声を上げてしまった。


 あっ!と気付いて顔を上げたが、自分を見ている大人たちの温かい眼差しに気が付き、更に頬を染めてしまう。


 スージィのその顔を、了承の印と受け取ったハワードが、馬車の準備をしてくるので少し待っているように、と言葉をかけ外へ出た。


 ハワードを待つ間に、ソニアがスージィにとエプロンと帽子を持って来た。


 エプロンは白く、太めの肩ひもが背中でクロスするロング丈の物だ。

 ギャザーがタップリ入り、腰回りをスカートのフリルを覗かせる長さで丸々覆っている。

 腰紐も幅広で長く胴回りを一周し、後部分で蝶結びを作ると腰に大きなリボンを付けた様になった。


 帽子は白いストローハットで、つばの淵と頭周りに黒のリボンが巻かれていた。

 後ろに付いている大きな黒リボンが一際目を引く。


 お出かけ装束の仕上がりに、ソニアとエルローズは満足気だ。


 スージィは気恥ずかしそうだが、頬を染めながらも色々な角度で鏡に映しているので、十分気に入ったのだろう。


 やがてハワードが、「馬車の支度が済んだ」とスージィを呼びに来た。

 ソニアとエルローズは、二人の仕事の成果を見せる為、スージィをハワードの前へと連れて来る。

 スージィの仕上がりを見てハワードは、「ほぉ」と感嘆の声を漏らし、頬を緩めた。

 そのハワードの反応に、スージィはまた赤くなって俯いてしまった。


 「では参りましょうか?」とハワードがスージィをエスコートして、馬車へと乗せる。


 ソニアが「いってらっしゃい」と馬車に乗ったスージィの膝の上に、お昼を詰めたバスケットを預けると、少し恥ずかし気にスージィが「いってきます」と言い、ソニアとエルローズに手を振った。


 手を振り答える二人に見送られ、馬車はクラウド邸を後にした。



     ◇◇◇◇◇



 馬車は昨日来た道をそのまま辿って北上して行くので、昨日見た景色を再び眼にしているのだが、昨日とは逆の景色になるのでまた違う新鮮さを感じていた。


 感じてはいたのだが、まだ少し赤い頬に両手を当てながら……。


(おっかしいなぁ、……自分、こんなに顔に出たり動揺するタイプだったっけ?もっと厚顔だったと自負していたが……。これでは十代のガキンちょではないかっ!あ!今は思春期真っ只中の娘さんだった!……ちっくそぉーーっくぅぅぅぅぅ~~~!)

 と、スージィは内面で悶え、のたうっていた。


 そんな内面の照れを隠す様に、スージィはハワードに兎に角話しかけていた。


 あの並木道はどのくらい前に植えられたのですか?あんなに整然と並んでるのは植えた人、手入れをした人がとても几帳面だったからではないでしょうか?植える前にこうなる事を計画して植えていたのならきっと長い目で計画を立てられる人だったのではないかな?そんな長期の計画をする人ってきっと厳格な人だったんだと思うんです。


 あのホジスンの池は湖くらいありそうなのになんで池なんですか?水の中が綺麗な水色だったりグリーンだったりしているのはきっと水質にも色々気を付けて管理しているんだろうから、きっと色々なところに目が届く人なんだと思うんです。きっと週末には家族とあの湖でボート遊びをしたり釣りをしたりして、家族も楽しませられる人なんじゃないでしょうか?


 など、本当にどうでも良い事を、思いつくまま拙い言葉で紡いで行った。


 そんなスージィの言葉にハワードは―――


 そんな考えもあるかもしれないね。今度調べておこう。それはちょっと分らないが、次に会った時に聞いておくとしよう。なるほど、そんな見方はしたことが無かったな。スージィは面白い物の見方をするね。


 などと、邪険にもせずスージィの言葉を真っ直ぐ受け止め、嬉しそうに会話を楽しんでいた。


 最初、照れ隠しのつもりで始めた他愛の無い会話だったが、スージィはいつの間にかハワードと御喋りをするという行為自体を、純粋に楽しむ様になっていた。




 森の入口まで到着すると、ハワードは昨日とは違い、今日はそのまま森の中へと馬車を進めて行った。


「昨日は、もしもの時にワシが、此処から入ったと分るようにしていたのだよ」


 とハワードは語ったが、スージィはその「もしもの時」という言葉に、少し複雑な表情になる。 


「おかげでワシは、スージィと出会うことが出来たよ」


 そう笑顔でハワードが続けると、スージィの表情は複雑なままだが、心持ち嬉しそうな面差しを見せた。



 森の中の広場には、ハワードたちの物の他に、既に3台の馬車が止まっていた。

 うち2台は大きな荷台の付いた物で、既に一体のボアの死体が乗せられていた。


「おはようございますハワードさん。ご足労ありがとうございます。お待ちしておりました」

「おはよう、オーガスト。もう来ていたか、相変わらず仕事が早いな」

「昨日のうちに神殿から連絡は貰っていましたので、朝一に準備が出来たおかげです」

「スージィおいで、紹介するよ。彼はオーガスト・ダレス。この村の村長だ」

「この子が、……ですか?」

「は、はじめ・・・まして・・・スージィ・・・、です」


 スージィは村長という言葉に少し驚くが、直ぐに佇まいを直して自己紹介をし、頭を下げた。


 オーガストは恰幅の良い紳士に見えた。

 突き出た腹は、贅肉では無く筋肉なのだろう。

 捲り上げた袖から出ている毛深い腕は、筋肉に覆われ力強さを感じさせる。

 茶褐色の髪を綺麗に切り揃え、とても清潔感もある。


「はじめましてスージィさん。只今ご紹介に上がりましたオーガスト・ダレスです。この村の村長の役を仰せつかっております」


 オーガストは、年端もいかぬ少女に対する物とは思えぬ丁寧さで、挨拶を返してきた。


「御頭首!!」


 馬車の荷台で、ボアの身体を積み上げていた男が一人、こちらに気付き、ハワードに向かって声を上げた。


「いらしてたんですね?いやー、さすが御頭首!ツーヘッドボアを見事に一刀両断!聞けば装備も纏っていなかったそうじゃないですか!!装備も無しでここまで出来るのは、この村では御頭首ぐらいですよ!」


 やたら嬉しそうに、大柄で黒髪の口髭を蓄えた男がハワードに声をかけ、歩み寄って来た。


「そうかね?断ち切るくらいなら、他に幾らでも居るだろうよ」


 ハワードが少し困った様に答えを返す。


「いやいや!確かにハッガード家のバート辺りなら片手でもやってのけるでしょうね、他にも断ち切るだけだったら居るでしょうが……」


 ハワードの前まで来てクイッと荷馬車を親指で指し。


「あそこまで見事な切れ口で両断出来るのは、御頭首だけだ!」


 スージィも釣られて荷馬車の方を向き、ハワードに見ても良いかと目で尋ねている。

 ハワードが頷くとニコリと笑顔を返し、荷馬車までトットットと小走りで寄って行った。

 スージィは、荷揚げを手伝っていた少年に何やら尋ねかけている。


「あ、あの……お嬢さんは?」


 今気が付いたと男がハワードに尋ねた。


「ワシの連れだよフランク、後で紹介しよう」


 スージィに視線を向けたままハワードが答える。


「……御頭首の?そ、そうですか…………。それにしても!」


 少し顔を曇らせかけたが、気を取り直した様に話しを変えた。


「ボアも凄かったがあのグレイウルフ!!あの斬り口には言葉も出ない!なあ!オーガスト!!」


「ああ!そうだなフランク!あんな滑らかな切り口など見たことが無いよ!」


「全くだ!毛皮の毛先まで綺麗に断たれていた!一体どんな剣でどんな斬り方をしたら、あんな綺麗な切り口になるんですか!?」


 そのまま合わせれば絶対にくっ付いていますよ!と興奮気味に熱く語り続ける。


「まぁ斬ったのは、この剣なんだがな」


 とハワードが腰に吊るしたロングソードを軽く叩く。


 「おお!やはり!」「一体普段どんな手入れを?」と二人が色めき立った。


「だが、これでウルフを斬ったのはあの子だよ」


 と悪戯小僧の様な笑みを浮かべ、スージィを目線で指し示す。


「……っな!!!」


 二人が絶句する。


「瞑目すれば直ぐ浮かんで来るよ、あの時の剣閃が。力みのない体から繰り出される美しい一閃が。あれは忘れられるモノでは無いよ」


「それは!それは本当ですか!?御頭首!!!」

「そ、それでは真に……真なのですね?!ハワードさ、さん!あの子が本当に!?」


「班長!ロング班長!!」


 二人が色めき立つ中、森の奥から若い男が1人広場の中に入って来た。


「を?おう。どうしたフレッド?」

「今、言われたとおり周りを見回って来たんですが……他にもウルフの死体がありましたよ」

「なんだと!?」

「ぬぅ、やはりまだ他にもったか!」


「それも全部で10体。オレ達三人だけでは一度に運ぶのは無理なので、オレだけご報告に一旦戻りました」

「………なっ!?」


 フレッドの報告に、三人の男達は言葉を失ってしまう。


「……フ、そうか、ワシは初めから……フフ」

「ハワード……さ、ま?」


「フレッド!あとの二人はどうした?」

「ランドルフとルフィーノは、まだ他にも無いか周りを探索してますよ」


「スージィ!少し此方へ来てくれるかい?」


 ハワードがスージィを呼び寄せた。

 スージィは、荷馬車のところで話をしていた少年にお礼の言葉を述べ、トトトッとハワードの所まで駆け戻ってきた。


 ハワードはその姿を、とてもとても穏やかに見守っていた。

 ハワードの所まで戻ったスージィは、「どうしました?」と片手を帽子に置き、小首を傾げてハワードを見上げる。


「スージィ……。今この周りで10体、ウルフの死骸が見つかったそうだ」


 ハワードを見上げたままスージィの眼が忙しなく泳ぎだす。背中にはドッと汗が流れて来る。

 その様子を見てハワードがクスリ、と軽く握った手を口元に当て吹出した。


「スージィ?ワシは別に責めている訳では無いのだよ?」

「あ、あの・・・でも・・・でも・・・ひとつ・・・にげ・・・した・・・、から」


 スージィは両手を握り一心にハワードに訴える。


「だから・・・クラウドさん・・・けが・・・して・・・ご、ごめな、さい!」


 スージィがハワードの袖を握り締め訴える。

 目が少し涙目になりかかけていた。


「スージィ、そうじゃないんだ。謝らないでおくれ」


 ハワードはスージィの肩にそっと手を当て、腰を落として同じ目線でスージィを見つめ話を始める。


「キミはワシを守ってくれていたんだね?ありがとう。また今日も改めて言わせて貰うよ。キミのおかげで命を拾えた。キミのおかげで、ソニアの元に帰ることが出来た……。本当に、ありがとう!」


「ク、クラウド・・・さん・・・はい・・・よかった・・・」


 スージィが嬉しそうにニコリと微笑んだ。


「おい。どういうことだオーガスト?御頭首は何を言っている?」

「そうだな、とりあえずは急ぎグレイウルフの死骸も片付けねばならなくなった。と云う事だ」

「そうだ!10体も何時までも放置してはおけん!腐臭が出始めれば他の魔獣を呼び寄せちまう!」


 魔獣を呼び寄せると言う言葉にスージィが「はうっ!」と固まってしまう。


「フランク。私はこれからハワードさんとアムカム・ハウスへ戻り、馬車と人員を用意する。それまでに5人でウルフをここへ集めておいてくれ」


「ああ!わかった!何度も往復する訳にはいかんからな!ウルフが積み切れる大型の馬車を頼む!おい!フレッド!案内しろ!アーヴィン行くぞ!!」


 フランクが、ウルフを馬車へ乗せていた二人の少年へ声をかけ、森の奥へと入って行った。

 アーヴィンと呼ばれた少年が、スージィに向かい手を振ってから二人を追いかけ走って行った。

 スージィも小さく手を振ってそれに応えていた。

 それをハワードは穏やかに微笑んで見守っている。


 ふむ、あれはハッガード家の三男坊だったな、ふむ。


「私はこれから急ぎ役場へ戻ります。ハワードさんも役場にご用事がおありでしょう?」

「ああ、頼めるかな?」


「では、参りましょうか」と、オーガストは自分の馬車に乗り込み、広場を後にし森を抜けて行く。ハワードとスージィの馬車も、それに続き広場を後にした。


――――――――――――――――――――

次回「アーヴィン・ハッガード目を奪われる」

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