第10話スージィ豚を屠る

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「具合どうですか?顔色真っ白ですよ?」

「さすがにヤバイ……。これ焼いプリントしたら今日は上がらせて貰うわ」

「こんな具合悪そうな先輩初めて見ましたよ」

「たまにあるんだよね、何年かに一回溜った疲れが出るみたいでさ……。腸に来るんだよね……、酷い下痢と発熱でヘロヘロになる……こういう時は素直に寝るしかない……」

「ちょっとやってみましょうか……」

「なに?何すんだ?」


「いえ『氣』をね、注入してみようかな……と」

「は?なんだそれ?それでなんか変わんのかよ?」

「さて……、やるのは初めて何がどうなるかは……ただ、こうすれば良いとは判るんで……お!面白い。先輩の『氣』の色が、オレの色に染まって来ましたよ」

「え?ナニソレコワイ!ってか色なんか見えてんの?」

「そうですよ。言ってませんでしたっけ?先輩のは緑で俺のはオレンジなんですよ…ほら、大体染まった!今、オレと同じ色になってますよ。どうです?何か変わりました?」

「ん?何か身体が暖かいかな?その身体の回り?風呂入ってるみたいな温さがあるな…あ、あと何か身体が動くよ?ウン、動く。身体が壊れてヘロヘロになってるのは変わらないんだけど…普通に動くのが辛く無いな…ナンカ変な感じだ」


「それ、動くからって無理しちゃ駄目ですよ。身体は別に治って無いですから。今は予備の燃料タンク付けただけ。みたいなモンですからね、そのまま帰って休んで下さいよ」

「んーーホント不思議な感じだよ。このまま普通に走ったり、今夜徹夜だって出来ちゃう気もするよ!」

「まぁ出来る事は出来るでしょうけどね。予備タンク切れたらまた倒れますから!今はそのタンクの中身を体の修復に使うのが正解ですからね!」

「分ってますよ。今日は素直に帰りますよー」


「あと、休む前に、この前教えた大地の『氣』を取り入れるのは、やって見て良いと思います。やり方は覚えてますよね?」

「あぁ、脇の下から取り込むんだろ?こう、胸と脇周りをよく解してから脇の下から吸って胸に溜め、直ぐに下丹田に送って一旦溜める」

「その後取り込んだ『氣』は骨に貯めて下さい。大腿骨は一番太いんで、幾ら貯めても良いですから。マグマの赤い『氣』を取り入れて大腿骨が、焼けた鉄の様に赤くなるイメージです。赤い『氣』は身体を温めて活力くれますから」


「『氣』って色によって効果変わったりするんだ?」

「俺も良くはまだ知らないんですけど、純粋な『氣』は色が無いそうです。師匠が言ってましたけど山の『氣』は、大地とは逆に寒色で身体を冷やすそうです。頭を冷やすには良いと言ってましたが、無防備に吸い込むと頭の芯が冷えて、かき氷食べた時みたいに凄い痛くなるそうなんで気を付けて下さい。後で先輩試してみます?」

「試さねぇよっ!今やったら死ねる自信あるわっ!」

「その時はまた違う事試すからダイジョウブデスヨ?」

「ああ!!お前!オレを実験台か何かだと思ってるな!?こえぇーよっ!!」


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 その日の装備はいつもとは違っていた。


『村娘の普段着』

 『お使いクエ』を進める為のクエアイテムだ。


 イベントで、村長の家から孫娘の所まで服を運ぶと云う、『お使いクエ』のキーアイテムだった物だ。

 クエスト進行途中で止まって忘れられていた為、アイテムが残っていたのだ。


 『村娘の普段着』はシンプルなワンピースだ。

 首回りは頭を入れる為、開きやすいように前に切れ込みが入っている。


 ストンとした形でスカート丈は膝下だ。

 袖の長さも肘が少し隠れている程度。

 全体の色は薄黄色で袖回り、スカートの丈回り、首回りが太いラインでオレンジ色に染められている。


 腰回りを白い長い帯で巻き、右側で止め、余った部分をそのまま下に落している。

 シルエットだけで見れば、袖と丈の短いモンゴルのデールに近い。


 なので、現在の状態は装備での防御力、攻撃力はゼロだ。


 傍から見れば、至って普通の村の娘さんである。

 ついでに言うと、中には何も着けていない。

 つまり『ハイテナイ』状態だ。


 何故ならば、さっき洗ったばかりだからだ。


 いつもなら就寝前に洗って干している。

 なにしろ替えが無いのだ。

 何分、毎日色々と汚すので洗わない訳にはいかない。


 しかし、昨夜はついつい、何時も以上に立て込んだのでしまったので、洗わずに寝てしまった。

 何が立て込んだかは、敢えて言及しない。


 洗った下着は今、インベントリの中に収納してある。

 濡れたままの下着を着けるのは嫌。

 でも干しっぱなしで、先に進むわけにも行かない。

 ので、どこか適当なところで取り出して、干そうと思っている。


 まぁ本人も、今の状態を楽しんでいるワケなので良いのだが。


「このスースー感が堪りませんねっ!走っても邪魔になるモノが無いし!男とは違う解放感とか不安感がまた……。ンにゅふぅ……インナーを着けていないと胸部が良い感じに揺れるぅぅ。ンで擦れるぅ……動きすぎるとチョと困った事になるかも」


 何を困るのか!


 今回は、森の端まで後20キロと言った所で野営した。


 どうせ人里を目指すなら、川沿いに進むなら間違いないだろう……と、滝の所から川に沿う様に南下しているのだ。


 その機動力があるなら、一気に人里まで出てしまえば良いとも思うが、色々準備が必要なのだ。 


 特に心の準備とか。


 戦闘力の制御もそうだ。

 まかり間違って街を廃墟に……とか絶対不味い。

 山脈崩壊は、結構なトラウマになっているのだ。


 なにしろ、元々の中の人は結構なビビリである。


 いきなりこの身体で、しかも知らない世界の人間とコミュニケーションする事にも、幾分気後れを感じている。


 本当は早く人らしい生活とか、食料とか食事とか食い物とか料理とか……を、切実に、熱烈に切望はしているが、色々理由を考えては後回しにしているのが現状だ。


 今は周りを探索しつつ、ボチボチと南下している。


「この状態なら、防具で攻撃しちゃうような事もないだろうしね。適当なの探して試そーっと」


 心なしか、少しご機嫌な様子でスキップまでしていた。

 普通のスカート姿でピクニック気分のようだ。


 と、前方に小さな動物の姿が現れた。


「む?ウサギか?草食系なのにコッチに向かって来る気だな?よし!いらっさい!ワタシは誰の挑戦でも受けて立つよ!」


 10メートル程の距離をトンットンッと縮め、5メートル辺りから一気に飛び込んで来た。

 砲弾のようなスピードだが、スージィの胸に当たりポヨンっと弾き返される。


「うひゃっ!今ポヨンってなた!胸がポヨンって!!うひゃわは!」


 何がそんなに嬉しいのか。


 弾かれたウサギは、着地と同時に再び跳んで来る。

 腹に脇に腰に背中に尻に、弾かれる度に突っ込んで来るが、悉くダメージゼロである。


(やっぱりレベル差かぬぅ?何にもしてない筈なんだけどなぁ)


 と、いきなりパァンッ!と破裂するような音が、脇腹辺りで響いた。


「む!ダメージ?あ、一瞬で治った。ダメージ1ってとこか?それでも!はじめての経験!はじめてのダメージ!!」


 胸の下から脇にかけて服が裂け、その部分の肌が見えている。


「これってクリティカルが発生したのか?クリ出てダメ1って相当なレベル差があるな……。にしても、そのレベル差でクリ発生させるって、どんだけクリ率高いんだ?コイツは?」


 改めてウサギをタゲってみる。


「『スナッフラビット』?首狩りウサギってか!?あ!コイツ!よく見ると前歯が凶悪に長い!コレで頸動脈とか狙ってクリティカルで首落とすってか?!あっぶねぇヤツだ!」


 普通の人間だったら、遭遇した瞬間首を落とされた……。ということも十分あり得る。

 強くはないがかなり厄介な相手である。


「お前アブナイ!ていっ!」


 飛んで来たラビットの正面に、軽いチョップを喰らわした。

 ラビットはそのまま地面に叩きつけられ、大地のシミとなった。


「むぅ、見た目はただの白い野兎なのに、実に凶悪なヤツだった。きっと地元の人には、『白い悪魔』とか呼ばれているに違いない!」


 頭に、れんぽうの、とか付けられて……。


 勝手に二つ名を付けた。


「あ~、服裂けちゃったなぁ……。装備品のダメージってのも初めての経験かぁ。それにしても、……脇から横乳が見えてる?ちょとせくすぃー?」

 

 脇の裂け目に指を入れて中を探る。


「……あ、先っぽ触れちった……ンにゅ……あ、ちょとジュンと来た……テヘ」


 テヘぢゃあない!こういう所にはブレが無い。


 と、こちらへ向かって来る数体のMobがいる事に気が付いた。


(3体?一緒に行動してる?……群れにしては少ないか?グループ?)


 暫くすると、木々の間からそいつらの姿が見えてきた。


 二足歩行のヒューマノイド型。

 腰回りに薄汚れた皮か布の様な物を巻き、手には錆びついた剣、不格好な棍棒、刃が大きく欠けた斧の様な武器を其々持っていた。


 肌は白くブヨブヨした印象を受ける。

 顔は豚そのものだ。

 しかも目付きの悪い、悪人顔の豚だ。

 身長は160センチ程か、それほど大きくは無い。


「『オーク』か。知ってるオークと全然違う。やっぱ世界が違うんだなぁ……」


 と、ちょっとアンニュイに呟く。


 一方のオーク達は興奮した様子で、匂いを嗅ぐように鼻をヒクヒクさせながら近づいて来た。

 やがて匂いを嗅ぎ当てたのか、オーク達がスージィの存在に気が付いた。


「な!なに!?コイツら!すっげー鼻息荒くしてコッチガン見してんですけど?!何興奮し……うっわっ!なんで腰布の前部膨らませてんのぉ!?コッチ指差すな!ばっ!腰振りだしやがった!!いあぁぁ股間にシミが広がってるぅぅぅ。うあっ!コッチ向かって来た!!来るな!来るなっ!!そんなモン入れるトコ隙間もねぇぞっ!!」


 咄嗟に内股になって、スカートの上から脚の間を抑えて叫んだ。


 オーク達は目を血走らせ、フゴーッフゴーッ!と鼻息も荒く、涎を撒き散らしながら猛烈な勢いで突進して来た。


「来ンなコノヤロ!燃えろぉぉっ!」


《ファイア・ストライク》

 アークウィザードのスキル。

 単体攻撃用の炎系初期魔法だ。


 前方に突き出したスージィの掌から、野球のボール程の炎の塊が発射された。

 炎の塊は、先頭で突進して来るオークの胸元に、吸い込まれるように減り込んだ。

 オークが一瞬で炎に包まれた。

 単体攻撃用の魔法だが、1体を包んだ炎は周りの2体も巻き込み、盛大な炎で焼き尽くした。


「チャーシューになるが良いだよっ!」


 フンッ!と腰に手を当てながら、3つの炭の塊を睥睨へいげいする。


「しっかし!何だコイツら?性欲の権化かっ!?とんでもねぇなっ!!女の匂い嗅ぎ付けて真っ直ぐ一直線に来たってか!?やる事以外考えてない存在なんじゃね?なんか嫌悪感とか危機感とかが混ざって、股間からなんかオゾゾと上がって来たよ!女の身体だからこその感覚かな?ゾワゾワ来る初めての感覚だわよ!乙女の危機よ?!」


 自身の肩を抱いて、ブルリと身を震わせた。


「ダメだなコイツらは!存在そのモノがもう女の敵だ!豚即斬だっ!見つけ次第、問答無用で磨り潰す!!」


 少しばかり血の気が引いた顔色で、拳を握り締めた。


「は!まさか、近くに他にもまだ居たりする?!」


 むぅっ!と顔を上げ辺りを探索してみる。


「アイツら向こうの方から来たよな……」


 そう言って周りを視認する為、ドンッと地を蹴り上空へと跳び上がった。

 上空から確認すると、ココから南東2キロ程の場所の樹木が途切れ、空間がある事が見て取れた。


「あそこだな。あそこに気配も集まってる。すっげぇーヤな感じ!間違い無くあそこからだ」


 その場所を睨みながら落下が始まる。

 落下中はスカートが捲れ上がらない様、気を付けるのが乙女の嗜みだ。

 何分今は『ハイテナイ』のだから!

 着地するとそのまま一直線に、その本能的な嫌悪感を感じる場所へ走り始めた。




 その場所はやはり集落だった。

 直径100メートル程の窪地だ。

 そこは周りから少し陥没しているので、東方向、つまり向かい側の小さな崖が迫り上がり、周りを囲む壁の様になっていた。


 北側はには山があり、その此方側は削り取った様に岩肌が露出した崖だ。

 その手前が、他より一段高いステージの様になっている。


 広場には、大小のテントや簡素な小屋が建てられていた。

 アチラコチラに、怪しげな骨や何らかの動物の下半身やら上半身など、無秩序に掲げられたり吊るされたりしていて、生活感もある。


 北側の崖の手前、ステージの上に立っている小屋は他と比べると幾分マシで、小屋の周りにも何やら飾り付けが多いように感じる。

 恐らくあそこに集落の長が居るのだろう。


 この場所に、数にしておよそ200を超えるオークが、所狭しと蠢いていた。


 スージィは集落西側の縁に立ち、東側の1点を見つめている。


 東側の崖、高さは2メートル程だ。

 その崖の北に近い場所で一部が抉れるようにへこんでいる部分がある。

 そこには簡易な柱と屋根で覆われ、正面を開け放った簡単な小屋が作られていた。


 その小屋の中で何かが小刻みに蠢く。

 それをスージィは鋭い視線で睨みつけていた。


 スージィは徐に、今立っている場所から跳躍し、上空から一気にその小屋の手前へと着地した。


 大地を踏みつける様に着地したスージィの周りに、衝撃波が広がる。

 その衝撃波に呑まれ、近くに居たオーク達が吹き飛ばされた。


 無事だったオークはその衝撃に驚き、狼狽えるモノも数多くいたが、直ぐに突然そこに現れた女に気が付き、色めき立った。

 何故突然そいつは現れたのか?そんな疑問を覚えるほどの知能はオークには無い。


 重要なのは今目の前に、健康で存分に使える牝が居る!と云う事だけだ。


 女の匂いに一斉にオーク達が猛り立った。

 今のオーク達の頭の中には、目の前の女に種付けをすると云う事以外に無い。


 オーク達が情欲溢れる形相で、片っ端からスージィに飛び掛って来た。

 だがスージィは、小屋を睨んだまま鬱陶しいと言わんばかりに、その左腕を振り払う様に勢いよく振り広げた。

 再び衝撃波がその場所を中心に広がり走り、飛び掛るオーク達が根こそぎ薙ぎ払われて行く。



 小屋の中では2体のオークが、何かに取り付き、しきりに動いていた。


 それは恐らくは嘗て人間だった存在。

 事切れてから、どれだけの時が経ったのだろうか?何らかの処理を受けたのか腐敗した様子は無い。

 だが既に木乃伊化が始まっている。


 眼窩は大きく開き、皮膚は骨に辛うじて付いている様な状態だ。

 その首には鉄製の首輪が付けられ、錆び付いた太い鎖で、地面に突き立てられた鉄の杭に繋がれている。


 そんな相手にオークは自らを突き立て続けている。


 その身を動かしていた手前の1体が、スージィに気が付き目を見張った。

 スージィの身体を上から下まで舐める様に見回しながら、その動きが速さ激しさを増す。


 そして、涎を垂れ流しながら目を見開き………。



 スージィは、頭の中がいきどおりで真っ白になって行く様だった。


「…………こンの!腐れ〇ンポがっ!!!」


 スージィが眉間に激しく皺を寄せ、はらの奥底から絞り出すように言葉を吐き捨てた。

 同時にオークの胸から上が、突然爆発した様に吹き飛んだ。


 もう1体のオークも、隣りに居たオークが、突然脳漿を飛び散らせ吹き飛んだ事に驚き、目を見開いて動きを止めた。

 その直後、頭を無くしたオークの前にスージィが現れ、その身体を蹴り飛ばした。

 動きを止めたオークに首の無い体が激突し、二体共々崖まで飛ばされ、そのまま潰され、壁に醜い染みを作った。



 外ではスージィの匂いを嗅ぎ付け、この集落の長であるオークキングも飛び出して来ていた。


 その体躯は他のオークよりも一回り以上大きい。

 身長は2メートルを超える。

 筋骨隆々で力強さは他の豚達の比では無い。


 ソイツが一気に、スージィに向かって突進して来る。

 キングの走行線上に居たオーク達は、悉く弾き飛ばされた。


 勢いを付け大きく跳び上がり、キングは小屋の近くに降り立った。

 その場に居た他のオーク達は踏み潰され、生き残った者はうのていで、その場を明け渡す。


 キングは涎を垂らし嬉しそうに顔を歪めながら、いきり立った己自身を小屋から出てきたスージィの眼前に突き出した。


 スージィは眉間の皺を更に深めた。


「……腐れが!臭せぇ汚物を人前に曝すな!!」


 と吐き捨て、瞬時にD二刀を装備する。


「砕けろォ!!!」


《ファイナル・ソニック・ブレイカー》

 剣気を溜めた二刀武器で、音速を超えた連続攻撃を放つ。

 デュエルバーバリアン近接物理攻撃最大スキルだ。


 瞬間的に幾筋もの剣先が突き出された。

 しかし、初激が……、最初の剣先が触れる前に、既にオークキングの肉体は消し飛んだ。

 だがスキルは止まらない。

 その剣技が生み出す衝撃波が、周りのオークごと大地を削り、北側の崖も山ごと吹き飛ばした。


 集落の5割方は、この一瞬で瓦礫と化した。


 突然の嵐の様な出来事に唖然とし微動だにしない者、狼狽し右往左往逃げ惑う者、いまだ100を超えるオークの群れが、パニックを起こしていた。


 そんなオーク達を、冷ややかに睨みながらスージィが吠える。


「糞虫共が!ウロチョロ散らかるなっっ!!」


 一跳びで群れの中心に降り立ち、魔法を発動させた。


「燃えつきっ!やがれぇぇえ!!!」


《フレイム・トルネード》

 自分を中心に、広範囲に炎の輪を広げる、アークウィザードの炎系範囲攻撃スキル。


 一気に炎が渦巻き、集落全体に広がる。

 超高温の炎に包まれたオーク達は、逃げる事も悲鳴さえ出す間も無く、一瞬で炭化し、更に灰となり、忽ちの内に崩れ去ってしまった。


 高温の炎で温められた大量の空気が、上空へ上がった事で、広場へと周りから風が吹き込んで来た。

 風が焼き払った灰を運び去り、その地に集落があった痕跡を消して行く。


 スージィがこの窪地に到着してから、2分と経たずに起きた出来事である。



 周りを見渡し、窪地からオークの痕跡が消えていく事を確かめ、スージィが歩き出した。


 一番最初に降り立った場所へ。

 そこだけ炎が避けて行った様に、その場所には炎の痕跡が無い。


 小屋はそのまま残っていた。



 スージィは中へ入り、一体の木乃伊化している遺体の傍へ膝を突いた。


 鎖で繋がった鉄製の首輪を指先で砕き、嘗て女性だったその顔にかかる、疎らになった髪を指先でそっと寄せる。


「……ゴメンね……。もっと早くに来られたら……ううん、こんな所に連れて来られる前だったら……怖かったろうに、嫌だったろうに、悔しかったろうに……ゴメンね、でももう大丈夫だから、もう居ないから……今、外に出してあげるね……」


 涙が止まらなかった。

 自分の中の何処から込み上げて来るのか、自分自身でも理解できないが、何故だか悲しくなって、悔しくなって、涙がポロポロ、ポロポロと後から後から零れ落ちてくる。

 涙を絶え間なく零しながら、遺体を優しく抱き上げ、窪地の中央へと連れて行った。


 小屋の中には、木乃伊化した遺体が3つあった。


 それ以外にも複数、人骨らしきモノが無造作に転がっていたので、それを全部集め窪地中央で綺麗に並べた。


「ゴメンね、こんな事でしか綺麗にしてあげられないけど……」


 そう言うと腕を大きく広げ、魔法で遺体の上に炎を灯す。


 少しだけ、炎の魔力のコントロールの仕方が、分って来た様な気がしていた。

 『氣』を扱う時と同じ様に炎に向けた掌からイメージを流し込む。

 優しく清らかな炎を、大地から上がってくる純粋な白銀の『氣』を籠めて穢れを浄化する様に。


 やがて全ての遺体が白く綺麗な灰になる。

 スージィはその傍らに膝を突き灰を両手で掬い上げ、高く掲げ風に委ねた。


「こんな所で眠りたくないよね?願わくば、ご家族の元へ帰れますように……」


 一掬い、一掬い、灰が無くなるまで祈る様に手を上げて、風に託し続けた。

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