第6話スージィ門番と出会う

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「『氣』なんて誰でも出せるんですよ。と言うか皆、当たり前の様に使ってますからね?」

「オレは使った覚えなど無いぞ」

「『気を使う』とか『空気を読む』とかそうですからね!『雰囲気』とか『気配』とか、『気分が良い、悪い』、『気が合う、合わない』後、係長がよく言う『気迫を持て!』てのもそうですよ?」

「う~~ん、そう言われるとそーなのかなぁ?とは思うけど、今いちピンと来ないね」

「意識してる、してないは別に、アスリートは普通に使ってますよ。野球選手なら、ボールに『氣』が乗れば重い玉になるし、『氣』を纏ったバットで当てれば打球は鋭くなる。バスケット選手なら、掌にボールを吸い付け、パスやシュートする時は『氣』を乗せて押し出したり。とかね」

「吸盤かよ!?」

「そういう使い方も出来るって事です。この、親指の付け根部分のココにツボがありましてね。ここから吸ったり出したりするんですよ」

「何か人造人間何号?って感じだな?」

「イメージは間違って無いですね。あと血流や呼吸法も関係しますけど」

「血流?」

「血流が悪いと『氣』の通りも良くないんです。掌のココも手根骨が解れて開いて無いとちゃんと出ません。身体硬いヤツじゃお話にならないんですよ」

「今、さり気にディスられた!?確かに身体硬いけどさっ!」


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 湖畔で朝を迎え、早朝から爽やかな景観の中、幾度も幾度も辺りに声を響かせた後、荒い息のまま身支度を整えて高原湖を後にした。


 流石に「キリが無い」と思ったらしい。

 何が『キリが無い』のかは敢えて触れない。



 その日は、そのまま一気に高地を駆け抜けて行った。

 やがて周りから緑が消え始め、景色は雪国の様になって行く。


 周りに雪が見え始めた頃から装備した、クエアイテム『イエティのコート』。

 イエティの毛皮から作られたという、この白い防寒コートだけでここまで来た。


 既に標高は7,000メートルを越えている筈だが、酸素マスクも無くこんなコート一枚で問題無いとか「夢クオリティ、パないっス!」と、そんな事を呟きながら、雪景色の白い高原を進んで行った。



 斜面に氷と雪が大きな棘の様に積もり重なり、樹氷の林の様になった間を抜けて行く。

 やがて、その林を抜けると少し開けた場所に出た。

 凡そ、テニスコート2面程のスペースだ。


 その正面には雪で覆われた断崖が、目前で左右に果て無く、白い壁の様に立ち塞がっていた。

 そしてこの、何処までも続くと思われた壁の一部に、大きく裂けた部分がある。

 此処を訪れた者を、まるで山頂まで導く様に開き、一本の道を作っている。


 その入り口にそれはあった。

 この地へ来てから初めて見る人工物。


 裂け目の左右に、切り出した岩を積み上げ、アーチ状になる様、上部に楔状の石を積み重ねた拱門になっていた。


 門の幅は2メートル、高さは4メートル程だ。

 左右の積み上げられた岩には、柱を模した彫刻が、アーチの頭頂部には何らかのレリーフが施されていた様だが、どれ程の時がそれを削り続けたのか、最早僅かな痕跡を残す残骸の様な物だ。


 そしてそれは、その前に居た。

 銀色に輝くフルプレートに包まれた門番が。



「……おかしいな、探索に反応しない……?オブジェか?」


 ソレは目の前にいる筈なのだが、今まで出会って来たMobの様な反応を感じない。

 まるで人の形をした置物の様だ。

 スージィは、少し様子を見る事にした。


 ソイツは、右手に持った巨大なハルバードの石突を大地に立て、左手を腰に当てた姿で、堂々と門の正面に立っていた。

 よく見ると、その兜の正面や鎧の胸元、ハルバートの斧部分に、二対の広げた翼の様な意匠が施されているのが分る。


(……セットデザインなのかな?)


 ソレは微動だにしていない。

 見れば見るほどオブジェに思えてくる。

 もう少しよく見ようと、距離を10メートル程まで近づいた時……。


『この門を抜けたくば、我に証を示せ!』


 突然、声が響いた。

 咄嗟に5メートル程後方へ跳び退いた。


(ぬ?知らない言葉?でも、なんでか意味は分かるぞ??)


 改めて様子を探るが、やはり探索ではMobとしての反応は無い。


『この門を抜けたくば、我に証を示せ!』


 再び辺りに声が響いた。


(応答を求めてる?やっぱ自動制御のオブジェ?ETCみたいなもんか?)


「じぶん・・・つうこう・・・もとめ、る!」


(発音こんなんでいいのか?ってかなんで言葉が解るんだよオレは?!ヤバいぜ夢チート!!)


 初めて使う言葉で応えながら、そんな事を考えた。


『証無き者に門を超える資格無し!命惜しまぬ者のみ推し通れ!惜しむのならば疾く立ち去れ!!』


 鎧は、そう叫ぶと共にハルバートを構え、その槍先をスージィに突きつけた。


「ぬ?」


 何かを察した様にゆらりと揺れ、スージィはその場所から瞬時に姿を消した。

 と同時に、爆発音の様な響きを轟かせ、激しい雷光がその場を走る。

 しかし着雷点を失った紫電は大気を裂き、先程までスージィが居た場所の大地を大きく抉り、一瞬でその場の雪を蒸発させた。

 辺りには、オゾンの匂いが立ち込める。


(雷撃?タメ無しで撃ってきただと?……うっ!げげぇえぇっっ?!!)


 気を緩める事無く、鎧の門番との距離を保ちながら、その周囲を周り、改めて相手に意識を向けてみた。すると、ソレへの反応が、Mobに対するモノになっている事に気が付く。

 そして……。


「真っ赤だとぉっ!?やぁっべ!!逃げられんのかコレ!?」


 Mobが赤。

 これはゲームに於いて、自分よりもレベルがプラス25以上高い強敵の証だ。

 会敵すればまず逃げられない。

 攻撃が当たれば1~2撃で死ぬレベル差だ。


 全身から血の気が引くのを感じる。

 咄嗟に、全装備をGゼロランクに戻した。


(うわーーっオレのバカバカ!エンチャも何もして無いジャン!!無防備に戦闘に入るとか、間抜けにも程があるっての!!!)


 再び走る雷光を避け、飛び退いた先にある雪から突き出た岩を、剣を持ったままの右手で殴り、その勢いで側転しながら回避する。


(あれ?コイツ単体じゃないぞ?『名も無き兜』『名も無き鎧』『名も無き小手』『名も無きハルバード』コイツらパーティか?!)


 更に連続で迫る雷撃を躱しながら、剣に気を籠めた。


(クッソ!このまま逃げても背中からやられる?!一撃入れて牽制出来るか?そのままバックれられるか?!)


 雷撃の狭間、側宙回避しながら空中で半回転、上下逆さまの状態で剣を突出しスキルを叩き込んだ。


「震えるぜっっ!ハァァトォォォッッ!!!」


《インパクト・ストーム》

 デュエルバーバリアンのスキル。

 剣気を放ち遠距離の敵と、その周にもダメージを与える遠距離範囲攻撃スキルだ。


 白く輝く剣気が飛んだ。


 一瞬で光が鎧に達する。

 瞬間、閃光を伴う衝撃が輪形に広がった。

 鎧、兜、小手、ハルバード、全てが衝撃波に飲まれ、軋む嫌な金属音を上げながら、破壊の波に飲まれて行った。


 轟音が大気を震わせ、凶悪な爆風が辺り一面を吹き飛ばす。

 辺りを浚う暴風と共に、鎧と武器だった物の残骸が、ひしゃげ、裂け、曲がり、砕かれ、紙屑の様に千切れ飛んで行った。



「……あ、え?ぁれ?アレ?あれれれぇ??」


 スージィは、両手を降ろし呆気にとられた表情で、鎧の立っていた場所を見つめた。

 雪が吹き飛び地面も大きく抉り取られ、直径20メートルを超える大きなクレーターが出来あがっていた。

 クレーターの中心も、焦げてブスブスと煙を上げている。


「コイツら真っ赤だったよな?あれぇ?何でこんなに呆気ないの……?ホントに……オブジェだったとか?通行制限するだけの物で、攻撃しちゃいけなかったとか?実はあの雷撃も大した威力無かったとか?壊しちゃいけなかったとか?とか?!とか?!!」


 ナニか背中に嫌な汗をかいてきた。

 頭の中に、高速の入口にあるETCのバーを叩き折り、凄い勢いで侵入する暴走車のイメージが浮かんで来る。


「……な、無かった事にすることは、出来るのでせうか……?」


 何となく、周りをキョロキョロと見回してみた。


「いや!いやいやいや!監視カメラとかある訳ないし!ましてやコレ夢だし!そう夢だし!!問題ないし!!!」


 監視カメラを探していたらしい。


 はぁーーーーーー……。

 っと虚空に向かって力なく声を出した後、武器を仕舞い、装備を黒いAランクに戻した。


 軽く握った拳を口元に寄せ、コホンと軽い咳払いをする。


「よし!道が開いた!先へ進もう!!」


 仕切り直したつもりの様だ。


 インベントリから再び白いコートを取出し、大仰なしぐさでコートを羽織った。


 そのまま門を抜け、一気に山頂への道を駆け上がる。


 まるで、犯行現場から少しでも早く、少しでも遠くへ逃れる者の様に。

 正に脱兎のごとく、跳び、駆け抜け、逃げさ……走り去って行った。

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