第5話スージィ高原湖を楽しむ

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「どうですか?この状態で立てますか?」

「い、いや!無理!何コレ?力が全然入って行かないんですが!?」

「あ、無理に力入れようとしないでくださいね、台無しになりますから」

「お、あ、そうなの?そうか……」


「今折角、背骨周りのマッサージで無駄な緊張が取れてますから、その状態を維持したまま……こうやって……これで、こう!と、どうです?立てたでしょ?」

「をを!スゲっ!力は入ってないのに立ててる……」

「今、骨格のバランスだけで立っている状態ですからね。この感覚を忘れないようにして下さい」

「何だか体の芯にメンタム塗った様なススーーーッとした感覚あるんだけど……これが身体の軸ってやつ?」

「そうです、それです。周りの筋肉が余計な緊張してなければ分る感覚です。それを忘れないでくださいね」


「こういうのは、本とか読んでるだけじゃ絶対できないなぁ。こうやって直接教わらないと、わっかんない感覚だね。でも、なんかさ、この感覚、昔から知ってたような感じがする。……知ってる筈なのに、何で今まで忘れてたんだろう?みたいな?」

「バランスだけで立っていた幼児の頃には、誰でも持っていた感覚ですからね。筋肉で立つ癖が付くと、分らなくなってしまうんですよ」

「なるほど~、みんな忘れているだけって事かぁ」


「その感覚残したまま成長してスポーツ始めれば、非常に高いパフォーマンスが得られます。バランス感覚が他とは違いますからね。天才と凡人の分水嶺ってトコですかね」

「をを!じゃこのまま何かのトレーニング始めれば、オレでもメダルとか狙える?」

「どうですかねぇ?打ち込み方によると思いますけど?それよりもその状態は、後30分ぐらいで元に戻りますよ?」

「な!なんですとーー!?マジかぁ!?」

「一時的なもんですから!長年培ってきた身体の癖が、そう簡単に取れるワケ無いじゃないですか」

「そっか~~そだよね……」

「その感覚を忘れないように。時間をかけて癖を正して、身体を創り直して行って下さいよ」


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 翌日の早朝、水場での野営地を出発した。


 水の確保は、クエアイテムにあった『商人の壺』が役に立った。


 このアイテムが100を超えてあったので、取敢えず50個ほどに水を汲み、インベントリに保管し直したのだ。


 一つの壺に10リットル以上入った。

 人が一日に使う生活水の量が、3リットルと言われているので、多過ぎる量ではあるが、用意出来る時にしておくべきだろう、とそのまま収納した。


 水場を出発してから山脈の麓まで、100キロはあると思われた道程を、気付けば僅か1時間弱で走破していた。

 その間ひたすら駆け、跳び、走りまくった。


「普通、夢の中だと走るのがユックリで、思う様に進まなくなるモンなんだけど、この夢は逆だな!流石、明晰夢!!ハンパ無いっすーーー!!」


 己の身体能力のチートさ、或いは夢の理不尽さを改めて実感し、感動した様に叫びながら走り続けていた。


 スージィが全力で走ると、周りの木々は衝撃波で薙ぎ倒され、跳べば、踏み抜いた地と着地点が大きなダメージを受けて行く。最早走るクレーター製造機だ。


 途中Mobを確認すれば、スキルを試して殲滅するなど、確実に凄惨たる有り様を刻み付けて来たので、ココまでの道筋がハッキリと分る。


「これでもう道に迷う心配はない!うん、ウン!」


 そういう問題だろうか?




 今は既に森を抜け、広々とした高原地帯を歩きながら進んでいた。


 標高が随分上がり、今朝方まで居た森林地帯が後方に見下ろせた。

 森が、遥か彼方まで広がっているのがわかる。


 今、目の前には決してゆるくは無い勾配が、せり上がる様にのび上がっていた。

 所々に岩が付き出た草地が、壁の様にせり上がり、その向こうには未だ白い山々が聳えている。

 西である左手には針葉樹林が広がり、直ぐ頭の上を白い雲が流れて行た。


「なんっっですかココは!!?天空の城でもあるんスか!?ブランコを!巨大ブランコを要求しますぅ!気分はもうAルプスの少女ですよ?!!!」


 そのまま、周りの景観に見惚れながらも足を止めず、一息に目の前の勾配を登って行った。


「標高2,000メートルってトコかな?まっすぐ北へも向かえてるし……ってか!何で標高とか方向が分かんだろ?オレは鳥ですか!?渡り鳥かっっ!?ピッチーですね?!!」


 何やら、妙なテンションになっている様だ。


 勾配を登り切ると、眼前には巨大な湖水が広がっていた。


 左手からは下から続く針葉樹林が、右手からは緑溢れる峰々が、そして正面には今だ壁の様に雪深き遥かな白い連山が聳える。


 絵具をそのまま流し込んだ様な、混じり気の無いスカイブルーの空を背景に、湖は満面の水を湛え、その水面は陽の光を反射して、宝石をまぶした様にキラキラと煌めいている。


 雲の塊が、低く水面近くを漂っていた。視界に広がる全ての景色が、鏡の様なその湖面に綺麗に映り込む。

 今、スージィの眼前には、その全てが、視界一杯に広がっていた。


「…………なによ?これ……」


 一気に登り切り、眼前の景観に圧倒され思わず息を飲んでしまう。


「……こんな……こんなモニターでしか見ないような、夢みたいな景色……。ホントにあるんだ……いや!夢だけどね!!」


 ほぉぉ……っと深く溜め息をつきながら、誰にともなく呟いた。


「なぁーんか、色々思うこともあったけどーー。これ見ちゃったらどーーでも良くなったなーー……。もーーーいいやーー今日はここでーーー。うん、ココがいい!ココで野営しよ!!ウン!しよう……ココで、しよう!!」


 ナニをするのか?


 そうこうしている内に、周りに敵対反応が集まってくるのを察知した。


「あぁーーー……やっぱり居るねぇーー。安心して野営する為にも、お掃除は必要だよね!ウン!!ちゃんとしないとね!心置きなくするためにね!!!」


 だからナニをする気か?


「結構な数、集まって来てるな……水辺が汚れるのはヤだから、チョッと離れよか?」


 そう言うと、トンットンットンと跳ねながら、湖岸から数十メートル距離を取った。


 離れたスージィにつられ、Mobの集団も再度移動して追って来る。




 今回深海樹林を抜けるにあたり、色々なMobと戦闘して分った事がある。


 コチラを発見すれば、問答無用で襲ってくる『アクティブ』タイプ。


 こちらが手を出さなければ、そのまま何も無く過ぎて行く『ノンアクティブ』タイプ。


 基本『アクティブ』は肉食。

 『ノンアクティブ』は草食だと思われる。


 もっとも草食系でも、縄張り意識が強い個体は、テリトリーに入ると攻撃を仕掛けて来る。

 なので、見た目だけでは判断できないのだが……。


 とりあえず、『ノンアク』は成るべく手を出さない。

 こっちを餌だと認識し襲って来る『アクティブ』は潰す!という方針で来ていた。


 今、集まって来ているMobは『アクティブ』で、見るからに肉食っぽいのでキッチリ磨り潰す!



「む、こりゃ2~300は居んじゃね?『ハイランド・グレムリン』ね……」


 スージィを取り囲むように、黒い塊がザワザワ、ワキャワキャと蠢き這寄る。



 『ハイランド・グレムリン』それは、身長4~50センチほどしか無い黒い小鬼。


 短い蟹股の脚に長い腕、手足の爪は薄汚れて長く鋭い。

 顔は蛙の様に平たく、顔の半分以上ある耳は長く尖っている。

 口は耳まで裂け、口元から覗く黄ばんだ牙が、乱雑に並び突き出ていた。

 目は細長く黄色い、瞳は縦に走る線の様でそれを忙しなくキョロキョロと動かし続けている。

 額から後頭部にかけ、小さな角がトサカの様に並び生え、その肌は黒い鱗に覆われ、ヌメヌメとしたテカりを帯びていた。



 数百に及ぶそいつらが、スージィを囲むように集まり、直径5メートル程の空間を置き、黒い壁を作り迫って来ていた。



 ザワリと無数の黄色い目が光る。

 最前に居た一体が、待ち切れないとばかりに叫びを上げ、口から涎を零しながら勢いよく飛び出した。


 だがそいつは、飛び上がったのとほぼ同時に弾け散った。


 それを合図にした様に、堰を切った様に小鬼達が飛び掛り始めた。

 だが、その全てが空中で弾け飛ぶ。

 次々と無数の小鬼が、水風船のごとく爆ぜて散る。


 小鬼達は、まるでそこに見えない壁でもある様に、スージィまでたどり着けずに爆ぜて消えて行った。



「よっ!」「はっ!」「とりゃ!!」「この!」「てぃっ!」


 スージィが、次から次へと飛んでくる小鬼を、片っ端から剣で叩き飛ばす。


「こんだっ!」「けっ!」「数っ!」「いっ!」「るとっ!!」「大いっ!」「そがしっ!」「だなっっ!!」


 右へ左へ斜めへ上へと、小鬼が次々と弾け飛ぶ。

 剣のエッジが残像となり、光の線を描く。


「ほっ!」「にょほっ!」「こにゃっっ!」「ほひっ!」「みょっ!」「にゅにゃっ!!」


 やがて延々と飛びかかり続ける小鬼達の血肉が、コールタールの様に積み重なり、どす黒い壁を作って行った。


「ぬっ!」「うぅっ!」「ぬっ!」「生っ!」「ぐっ!」「っさいっっ!!!」


 スージィは、鼻にしわを寄せながらも小鬼を叩き続ける。


「もっ!」「うっ!」「めんっ!」「どうっ!」「だっっ!!」「いっ!」「気にっ!」「片っ!」「付けぇっ!」「るるぅっっ!!!」


 一瞬剣を止め、力を溜める様にグッと腰を落とした。


「爆ぜろリアル!!」


《エクステンシブ・ショック》

 エンチャントチャネラーの範囲攻撃スキル。

 術者を中心に衝撃波を放ち、ダメージと共に防御力、回避力を下げるデバフ効果があるスキルだ。



 巨大な破裂音を響かせ、スージィを中心として半径十数メートルに広がり走った衝撃は、血肉の壁諸共、生き残っていた小鬼達全てを粉微塵にして吹き飛ばした。


「ぷはぁ!片付いたぁぁ!……にしても、だ!こんだけの時間あれだけ動き回って、息切れ一つしてないとか……、この辺が夢ならではだよなぁ」



 周りを見渡すと、かなり広範囲に黒い血肉が飛び散っている。

 癒しの大自然の中に広がる凄惨な現場だ。


「うーむ、血肉が散乱するとか、中々にグロい光景だぁーね!『標高2,000メートルの悪夢』ってとこですなっ!旅客機の上じゃないんだけどね!!」


 難しいネタだ。




 ンっ! とひとつ伸びをした。


「よーーーっし片付いた!!水浴びしよっ水浴び!変な臭い流さないとねっっ!!」


 湖へ向かって走り出しながら、装備をインベントリへ収納する。

 下着を湖岸で脱ぎ捨て、そのまま水の中へ走り込んだ。


「んーーあーーーーっっ!!思った以上に気持ちいいぃーーーンっ!!解放感パネすぅぅーーーーっっ!!」


 やがて、あられもない嬌声が高原湖に響き渡って行く。





 テントの中で、毛皮を敷き詰め毛布に包まり、モゾモゾと蠢きながらぬくまっている。


「やっぱりこの心地よさは抜け出せませんなぁ~。夢の中でも、毛布の温もりは正義だね!」


 と、毛布から顔と肩を出し、右手を真上に挙げその手を見つめながら……。


「これ夢だよね……?まさか夢の中で女と意識が入れ替わってる……とかってネタじゃないよね……?」


 左手も上げ、両手を上へ突き出してみた。


「だとしたら、こんだけ淫行を繰り返してると知られたら、悶死してしまうよねぇ」


 パタッと力無く両手を降ろした。


「無いわーーー!やっぱそれは無いわぁ。もう二晩も眠ってるのにこのまんまだし。第一これゲームキャラだもんなぁ……。こんなチートな肉体が現実にあるなんて、リアリティ無さすぎだわよ」


 腕を毛布の中に入れ、肩を抱き体を横にした。


「夢の中で眠って、夢まで見る……か、シュールだけど、明晰夢だからアリなんだろうな……。いつ、醒めるのかわからんけど……もう少し………見てても……いい……か……な……」


 やがて、テントの中で小さな寝息をたて始めた。



 外では降り落ちそうな満天の星。


 赤味を帯びた小さな月の後ろから、青味を帯びた月がそっと顔を覗かせている。

 月たちは、高原湖の鏡の様な水面に映り込み、向かい合い、共に湖畔に置かれた小さなテントを照らし出していた。

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