第13話ハワード・クラウド食事を楽しむ

 森を出て馬車に案内すると、娘は馬を見て驚いていた。

 これが『馬』というものなのか?と尋ねて来たので「そうだ」と教えると、珍しげにたてがみや鱗を触って、しきりに感心したり驚いたりしていた。


 この娘の国に、馬は居なかったのだろうか?移動手段や輸送はどんな方法で行っていたのだろう?興味は尽きないな。



 屋敷までの道すがら、少女とは色々と話をした。

 やはり国外の人間なのだろう。少女は此方が話す言葉はどうやら分かるようだが、話す事には慣れていないらしく、拙いながらも懸命に言葉を紡いでくる。


 この娘は、本当に自分がどうやって森まで来たのか分らないのだそうだ。

 気が付いたら森の中だったと言うが、一体何があったのか?

 あの森は、こんな少女が一人で居られる場所では無いのだ。


 確かにウルフを斬り伏せた実力に間違いは無かろうが、一人で何日も居られるモノでは無い。

 ましてや今は、異常な事態になっているのだ。


 その事を丁寧に説明すると。


「大変・・・なの・・・です、ね」


 と、少し強張った顔で答えてくれたので、自分が如何に危険な状況下に居たのか、理解してくれたと思う。



 それでも、道中は村の景色を存分に堪能していた様だ。


 起伏を超えて、地平まで広がり続ける麦畑。

 満々と水を湛え、雲と雑木林を鏡面の様に映し、陽の光を煌めかせるホジスンの池。

 泰然と立つポプラが、何処までも並び続くクロキの並木道。

 彼女は、どれも目を輝かせて見入っていた。

 自分の暮らす村が気に入って貰えると云うのは、何とも嬉しい物だ。



 並木道を越え、その先にある道を南に下れば、丘陵の上にある我が家が見えて来る。

 北側から周り込んでいるので、防風林で囲まれた屋敷の屋根と、白い外壁が僅かに見えるだけだが、もう5分もすれば到着する。


 南側のこの緩い坂を登って行くと、ちょうどリビングからは馬車が上がって来る所が見えるらしい。

 ソニアはこの辺りから、ワシの帰りが分るのだそうだ。


 馬車を敷地内に入れ、屋敷の前に付けると、既に玄関先にソニアは居た。

 連れて来た者がウィルで無い事に気づき、訝しげな顔をしている。


 少女が馬車から降りるのに手を貸していると、ソニアが息を飲むのが分かった。


「ラヴィ……?」


 ソニアの呟きに、胸の奥の痛みを思い出す。


「ハワード……。ウィルはどうしたの?その子は…………どなた?」


 ソニアが、少女から目を離すことなく、思い出したように訪ねて来た。


「スージィ・・・いい・・・ます・・・はじめ・・・まし、て」


 少女が頭を下げながら挨拶をすると、ソニアもそれに応え、微笑みながら自己紹介を返していた。


「森で保護した……、と言うより命の恩人だ」


 『命の恩人』という言葉に、ソニアは目を見開いた。

 どうやら少女の服や、ワシのシャツの汚れや傷みに気が付いたようだ。


「何があったの?!怪我は?!二人とも大事は無いの?!!」


 ソニアが顔を強張らせ、慌てた様に駆け寄って来たが……。



グるギュるるるるるるるるるるるるる…………



 また盛大に鳴ったな。


 どうやら、家から漂ってくる香ばしい匂いに反応したらしい。

 コレは間違いなく、オーブンでハーブ鳥を焼く匂いだ。

 実に食欲をそそられる!

 この腹ペコ少女の胃袋を、刺激しない訳がない。


 その音を聞いて、駆け寄ろうとしていたソニアが固まった。

 対して少女は、これ以上ないほど真っ赤になり、その場で俯いてしまった。


「ブフォッ!」


 その姿を見て、つい堪え切れずに吹き出してしまう。

 少女はプルプルしながら涙を堪え、赤い顔で恨めしそうにコチラを見上げて来た。


 いや!申し訳ない。

 でもね、キミのお腹が余りにもタイミング良く鳴るのでね。

 ご覧よ、ソニアから先程まであった緊張感が綺麗に消えている。

 キミのお腹の虫は、絶対に空気を読んでいるね?間違いない。


「ハワード!女の子を笑うなんて失礼よ!可哀相に、こんなに赤くなって……」

「ああ、すまなかった。しかしね、話より先に食事にしたいんだ。ワシは馬車を置いて来るから、用意を頼めるか?」

「……ええ、ええ!そうね!そうしましょう!!お食事をしながらお話をしましょう!……でも、その前に、エルローズ!エルローズお願い!!」


 ソニアは、少女の前まで来ると、その場で少女の目線までかがみ、自分のエプロンで彼女の顔の汚れを落としながら、家の中のエルローズを呼んだ。


「エルローズ、この子をお風呂に入て綺麗にしたいの。急いで準備お願い。私は着替えを用意して来るから!」


 屋敷から顔を出したエルローズは、驚いた様に少女とソニアを一度交互に見た後、軽く一礼して直ぐ様屋敷内へ戻って行った。


「いい子だから、もう少しだけ辛抱してね?綺麗にしたら直ぐお食事にしましょう?」


 後を追う様にソニアに連れられ、少女も屋敷へ入って行った。


 さて、早くレグルスに飼い葉をやってワシも屋敷へ入らなくては。

 ハーブ鳥の匂いのお蔭か、あの子の腹の虫の影響か、此方の腹も先程から鳴りっ放しだ。



     ◇



 食事の並んだテーブルで待っていると、ソニアに連れられて少女……スージィが、たどたどしく「おまたせしました」と言いながら、食堂へ入ってきた。


 見違えた。

 綺麗に磨き上げられると、思っていた通り整った面立ちをしていた。

 赤い髪を後ろに纏め、浅葱色の部屋着を着ている。


 ああ、サイズも丁度良いのか……、彼女の髪の色と、とても良く合っている。


 スージィは、少し恥ずかしそうに落ち着かなげだ。

 エルローズが席に着かせると、テーブルの上の料理を食い入るように見つめている。

 それこそ身を乗り出す勢いで。

 コレコレ、涎は垂らせてはいかんよ?


「さあ、随分とお預けをしてしまったね?どんどん遠慮なく食べなさい」


 ワシとソニアが、微笑みながらスージィに食事を勧め、エルローズがハーブ鳥を取り分けて差し出した。


 最初は遠慮がちに、手に持ったフォークに刺さる鳥を口元に近づけながら、食べて良いのかと目で聞いて来た。

 笑いながら大きく頷くと、意を決した様に一気に食い付いた。

 それこそ本当に『パクリ』と言う音がした様に思えた。


 鳥を口に含んだ途端、スージィの表情が溶けて行く。

 それはそれは幸福そうに。


 左手のフォークを咥えたまま、右手で頬を抑え、軽く右に傾いた顔がユルユルと振られている。


「ンンんんんっ・・・まぁぁぁぁっっっ!!!」


 パァァァっとスージィの表情が輝いた。

 本当に光が灯った様に見えたのは気のせいか?


 そこからはもう止まらなかった。

 大食漢のウィルの為に、多めに用意されていた食事が次々と消えて行く。


「お、おいっし!・・・・おいしです!・・・・おいっひぃのぉ・・・・お!おいふぃっ・・・・うぐぅ・・・ヒック・・・おいっふぇ・・・・うぇ・・・・おいひぃぃ・・・っっ」


 手を止める事無く料理を咀嚼し、泣きそうな勢いで味を称え食べ続けている。

 ……いや、実際泣いているな。


「ホラ、女の子が泣きながらお食事してはいけないわ。お料理は何処にも行かないから、落ち着いてちゃんと食べなさい?ね?」

「はヒ・・・はい・・・ふひっ・・・おいひ・・・ひふ」


 ソニアが自分の食事もそこそこに、涙を拭いたり口元を拭ったり料理を手元に寄せたりと、スージィの食事の世話を甲斐甲斐しく焼く。

 エルローズも料理を取り分け、皿を交換しスープを継ぎ足したりと、結局二人で彼女の面倒を見ている。


 まるで幼子の食事の世話をしている様だが、少女と言ってもそこまで幼くは無いぞ?二人とも。

 それでも、楽しそうに彼女の世話をする二人を見ていると、コチラも頬が緩む。


 あれだけの量の食材が、この小柄な体のどこに消えたのだろうか?


 やがて食事も終わり、エルローズの淹れた食後のお茶を一口味わうと……。


「はあぁぁ・・・おちゃも・・・おいしぃ・・・」


 と大きな吐息を漏らしながら、蕩ける様に幸せそうな顔でスージィが呟いた。

 その表情に釣られて、ワシとソニアの顔も蕩けてしまう。


 その後、食後の茶を飲みながら今日あった事をソニアに話した。


 ウィルが来れなくなった事。


 森でツーヘッド・ボアとグレイ・ウルフに遭遇した事。


 スージィがウルフ一体を倒し、ワシの毒を解毒した事を教えると。


「このお嬢様が、ですか……?」


 と、エルローズが驚きの声を上げた。

 ソニアも目を見開き驚いている。


「この後、ヘンリーの所へ連れて行こうと思っている……」


 一通り伝え終えた後、茶を啜りながらソニアに告げた。


「この子を、この後どうなさるお積りですか?」


 ソニアが茶器を置き、目を伏せたまま静かに尋ねて来た。


「相談は必要だ。来た場所だけでも分らねば、家族の元へ届けてやることも出来ん。その為の神殿だ」

「……そう、そうですわね…………。親御さんが、どれ程心配しておられるか………」


「あ、あの・・・わたし・・・どこか・・・いく・・・です、か?」


 スージィが少し眉を寄せ尋ねて来た。


「まあ!ごめんなさいね。不安になってしまうわよね?でも大丈夫よ!直ぐここに戻って来れますから。ね?そうでしょハワード?」

「勿論だとも!用事が済んだら戻って来るよ。君はワシの恩人だからね、今夜は屋敷で寛いで貰わねばならん!」

「それでは旦那様、夕食の用意は予定通りでよろしいでしょうか?」

「ああ、頼むよ。当然夕食までには戻る。確か、鹿を使うのだったね?」

「そうですよ、頂いた鹿が食べ頃ですから、ウィルの好物でしたからね、今夜は鹿肉でフルコースの予定でしたもの」

「・・・し、しか・・・ふ、ふるこーす・・・おにく?」

「あら?スージィちゃんが反応しちゃったわ。フフ、今こんなに食べたばかりなのに、本当に食いしん坊さんだこと」


 そう言いながら、ソニアがコロコロと笑う。

 スージィが赤くなってうつむくと、エルローズが「食べ盛りはそんなものですよ」と笑顔で慰める。


 何年振りだろうか、こんな楽しい食卓は。

 いつ振りだろうか、ソニアがこんなに楽しそうに笑うのは。


 叶うのならば、こんな日々が再び訪れてくれる事を願わずにはいられない。

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次回「スージィ料理を振舞われる」

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