学園に行くと宣言する

「学園に行こうと思っているんだ」


 俺は夕食の際に、家族の前でそう宣言した。


「……どうしたんだ、真治、急に」


 父は面を食らったような表情をしていた。


「父さん、聞いてくれ……。俺ももう、中学三年になった……」


 月日が経つのは早いもので、俺が引きこもり生活を始めてから二年が経った。俺が引きこもっている間も別に世間の時間が止まったわけじゃない。俺の時間は止まっていたかもしれないが、世間の時間は関係なく動いていた。俺が何もしていない間にも、世間の時間は二年経った。


「俺が引きこもっている間にも時間は流れたんだ……やり直せるとしたらもう、このタイミングしかない……。今のタイミングを逃したら俺は学園の高等部に進学できないだろう……。もし進学できなかったら就職するしかないけど、今のままで俺が働けるわけないだろ。絶対無理だ……。そうなったらきっと、また俺は引きこもり生活が始まってしまうに違いない……」


 俺達が通っている豊月学園は中高一貫のエスカレート高ではあるが、流石に無条件で高等部まで進学できるわけがなかった。進学にはある程度の成績が必要だった。それは外部から受験で入ってくるのに比べれば容易なハードルではあるが、それでも引きこもっていた俺には相当高いハードルになっている。


 それでもまだ何とかなるタイミングだ……。そう思いたいだけかもしれないが……。本当はもう手遅れかもしれないけど。それでもまだ俺は希望を捨てたくはなかった。完全に希望を捨て、諦めていたけど僅かではあるが自分の人生に希望を持てるようになってきた。


「……今ならやり直せるはずなんだ。今ならまだ……」


「偉いわ……真治君」


 ソーニャは感極まった様子だった。そして、涙目になり俺を抱きしめてきた。柔らかかった。その豊満な胸が身体に当たったのだ。思わず、にやけそうになるが、場の空気が完全に壊れるので、何とか表情には出さないようにした。


「学園に行く気になったのね……学園に行く事だけが全てではないと思うけど、それがあなたの人生に+になると自分で考えて決断したのなら。私はその意思を尊重するわ……」


「ソーニャさん……」


「もう、お母さんと呼んでいいのよ……あなたにとっては本当のお母さんではないかもしれないけど。私はあなたの本当のお母さんのようになりたいの」


 今後はお言葉に甘えてお母さんと呼ぶようにするか……。ともかくとして。


「学園に行くと決めたとして、いつから行くつもりなんだ?」


 父はそう聞いてきた。


「……そりゃもう……俺はもう二年は遅れているんだ。勉強だってついていける気がしないけど、通うなら早い方がいい。もうこれ以上、時間を無駄にできないんだ。明日からでも、通い始めた方がいいくらいだ」


「明日から……急だな。でもいう通り、早い方がいいのは確かだ。だけど真治君、そもそも朝、起きられるのかい? 昼夜逆転を直すだけでも大変だと思うけど……」


 そうだ……。俺はアリサに起こされた時、地獄のような苦しみを味わっていた。起きている時も眠くて、何度か立ったまま眠りそうになっていた。

 

 それほどまでに引きこもりの人間において、朝普通の時間に起きるという事は大変なハードルだったのだ。


 普通の人ならなんて事のない事でも、引きこもっていた人間からすればハードルが高い事は何個もある。


 朝早い時間に起きる事なんてハードルの一個でしかない。他にもいくつものハードルはあるが、まずはその一個目のハードルをクリアしなければ先に進む事などできないのだ。


「それはわかってるよ……父さん。でも、なんとかやらなきゃなんだよ。辛くても苦しくても、それをやらなかければ前に進めないんだ。だからやるしかないんだよ」


 俺は、そう宣言した。そして、明日から普通に起きて、学校に通う事を宣言した。


 そして、その為に学校へと通う準備をした。長らく着ていなかった学生服を取り出し、カバンに埃が被っていた教科書を詰め込み。翌日の準備を整えた。そして俺は床に着いたのだ。


 綺麗になった、俺の部屋とは思えない部屋のベッドに横になった。そして明日の朝を迎える。


 ――だが、決意し、宣言したのはいいがやはりそう簡単にはいかなかった。前途は多難だった。人生やはり、そう簡単には上手くいかないらしい。悲しいがそれが現実だった。




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