掃除に悪戦苦闘する

「……な、なによ、これはっ!」


 俺と同じく、完全装備をしたアリサは血相を変えた。その表情はまるで部屋に死体が転がっているところを見た時のようである。


 無理もない……目の前には俺が多少片付けて尚、地獄のような凄惨な状況が広がっていたのである。


「う……うぷっ!」


「マスクをしているのに……なぜ吐きそうになる!」


「……無理……もう、視覚から臭いが伝わってくるのよ。それに、マスクをしたからと言っても嗅覚を完全に遮断できるわけじゃない」


 アリサの言っている事もまた、もっともであった。


「……そうだな。お前の言う通りだ」


「とりあえずは手をつけないと何も始まらないし……終わらないわね……気が遠くなる程の作業よ」


 アリサはそう、嘆いた。


 こうして、人手が二人になった事で、俺の部屋の掃除はより効率的に進む事になる。

 ……そのはずである。多分、恐らく。そうなったらいいなと切に願う。


 ◇


「うう……なにこの地獄」


 アリサは嘆いていた。ゴーグルをしている為、目元がよく見えないが恐らく涙目になっている事だろう。自分の責任ながら、さながら地獄のような光景が眼前には広がっていた。

 とはいえ、やるより他にない。やらなければ終わらないのだ。やらなければ足を一歩前に踏み出さなければ状況はいつまで経っても改善しないのである。

 

 長引けば長引く程、物事は悪い方向に進んでいったのだ。そうやって嫌な事、面倒くさい事を放置していった結果がこの部屋なのである。俺はその事を身をもって知っていた。


「……とりあえず、やるしかないだろ。やるしか」


「何をえらそうに、全部自分のせいじゃない……私は手伝ってあげてるってのに」


 ごもっともであった。


 いつまでもお喋りをしていたところで作業は遅々として進まない。そのうち、父と義母も帰ってくる事だろう。ただ、その前に終わらせる事は困難——というより不可能だが、それでも少しは作業を進めておきたかった。


 しばらく作業を進めていくうちに、アリサはある物を発見する。それは――。


「……なに、これ」


 思春期の男子の必須アイテムである、エロ本だった。それもただのエロ本ではない。外国人女性達があられもない姿を晒している……エロ本であった。主に、白人女性達がヌードモデルとして出演している。


 そして、その周辺に散乱しているくしゃくしゃのティッシュ。これが何を意味するのか……もはや言うまでもない。


「……最低」


 アリサは心底引いたような目で、俺を見やる。責めているという感じではなかった。ただただ、軽蔑しているような、そんな感じの目だった。


「仕方ないだろ……男なんだからよ!」


 俺はそう、主張する。男なのだから仕方ないのだ。性欲があるのは仕方がない。そう、ましてや思春期の男子だったら猶更だ。学校もまともに行ってない、不登校児の俺には当然のように彼女なんて大層な存在はいない。


 行き場を失った性欲の矛先をどこに向けるのか……その矛先は一つしかなかった。仕方のない事だったのだ。


「……ふん。まあいいわ。ここはあなたが責任を持って片付けなさい」


「……はい」


 俺は頷く。仕方がないのだ、全ては自分で蒔いた種だ。何を言われようが、責められようが仕方のない事だったのだ。


 こうして掃除作業は続いていく。


 ◇


 そんな事をしているうちに、夕食の時間になった。


 もぐもぐ。ぱくぱく。


 帰ってきた父と――それから義母ソーニャ、義妹アリサと四人での食事を始める。


「……ところで」


 食事中の事だった。義母ソーニャが口を開く。


「慌ただしく、二階から二人して降りてきたけど、何をしてたの? まさか、お母さんには話せないようなイ・ケ・ナ・イ事?」


 ソーニャは笑顔で、面白おかしく茶化すような口調で、そう言ってきた。


「なっ!?」


 アリサは慌てたような、焦ったような表情になる。


「そんなわけないじゃない!」


「えー? そうなの? けど、ムキになって否定しているところがあやしいなー」


「間違っても、こいつとそんな事するわけないじゃない!」


 アリサはそう必死に否定する。


「こいつの部屋の片付けを手伝ってあげてたのよ……あまりに酷い有様だったから」


「へー……そうだったの、二人してそんな事してたの……」


「そう……だから別に、変な事してたわけじゃないから。するわけないじゃない、そんな事。こんな奴と……」


 酷い言われようだ……まあ、そうだろうな。容姿端麗で文武両道なアリサにとっては俺なんてミジンコか何かみたいなものであろう。関係上は義兄という事になっているが、こいつにとっては俺はとてもではないが義兄と認められるような、そんな大層な存在ではなかった。

 これからもアリサに義兄(あに)として認められる気はしなかった……。そんな自信はない。少なくとも今のところは……微塵としてなかった。


「それで……お掃除は順調なの?」


 ソーニャが聞いてくる。


「順調なわけないじゃない……とにかく、酷い有様で。作業は難航しているのよ」


 アリサはため息交じりにそう告げる。


「そうなの……そういう事ならお母さんも手伝ってあげるわ」


 ソーニャはそう、進言してきた。


「そんな……悪いですよ。ソーニャさんの手を煩わせるなんて……だって、これは俺がやった事ですから。自分で落とし前をつけるのは当然の事です」


「そんな事言っていると、いつまでも終わらないじゃない。二人でやるよりも……三人でやった方が効率が上がるし、すぐに終わるわよ」


「……そうだな。その通りだ。人数が多い方が効率的だものな。お父さんも会社が終わったら手伝おう」


 父もまた、そう進言してきた。


「父さん……」


 こうして家族の協力を得られる事になった。俺の汚部屋掃除奮闘記は二日目に突入する事となる。

 

 

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