部屋の掃除

 俺達四人はリビングで晩飯を食べていた。俺が風呂に入って、身なりを整えた事からか、アリサは前よりも俺と同席する事を嫌がらなかった。


 当然と言えば当然だ。アリサとて別に嫌味な性格をしているわけではない。正常な人間の対応をしているだけだ。落ち度は俺にあったんだ。その落ち度が解消されたのなら、態度も普通になる。


 要するにそういう態度や対応をされていたのは俺の責任、というわけだ。俺が変われば周りの対応も変わる……。当然と言えば当然だ。だけど、俺は自分が変わらずに世の中のせいだの、環境が悪いだの、言い訳をし続けてきた。恥ずかしい事ではあるが……。


 つまりは俺は変わらなければならないという事だった。そうしなければ世界は変わってはいかないのだ。

 


リビングで食事を取った後、俺は部屋に戻った。


「ううっ……」


 自分が清潔になって、改めて自身の部屋の悪臭に気づく。そして、その汚部屋っぷりである。漫画本の類は散乱しているし、空のペットボトルもそこら中に落ちている。足の踏み場もないような、典型的なゴミ部屋だ。そして、この悪臭の原因の一つが、言わずもがな……。足元に落ちている無数のティッシュである。当然のように普通のティッシュではない。くしゃくしゃになった汚らしいティッシュだ。


 俺の体液がこのティッシュには秘められている。当然のように鼻水の事を言っているのではない。生臭い臭いが充満していた。


 酷い部屋だった。片付け始めてどれくらいかかるか……俺は見積もった。恐らくは一日では終わらないだろう。数日はかかる。途方もない程大変な作業だ。


 だが、やるしかなかった。部屋というのは当然のように、勝手に散らかるわけでもない。全ての原因は俺個人にあった。俺の怠惰の結果、この汚部屋は作られたのだ。


 だからこの問題は自分で何とかしなければならなかった。


 途方もない作業だった。だが――その前に俺は一つやらなければならない作業があった。


 ネトゲ内のパーティーメンバーに、しばらくクエストには行けない旨を報告しなければならなかった。


 ◇


「……って、わけなんだ。しばらく、数日……一緒にクエストには行けそうにないんだ」


『『『え~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!』』』

 

 パーティーメンバーの女の子達(アバターの事だ)は悲鳴をあげた。だが、それも一瞬の事だった。すぐに気を取り直す。


『はぁ……使えねー奴。いつでもクエストに出かられるから、媚売ってやってたのによ』

『もういいよ……こんな役立たず、他行こうぜ、他』

『ああ……あばよ。もうてめーは用無しだ。パーティーを解散して、次行くぜ!』


 パーティーメンバーの女の子達は、こうして、俺の分身(アバター)である『ロイド』の元から去っていったのだ。


 虚しかった……。こんなにも呆気なく、掌を返されるとは。所詮はゲームの世界の人間関係なんてこんなものか……。後、やっぱりあの口調、女のアバターってだけで、中身はただの男だったんだな。あっさりとボロが出ていた。


 まあ……そんなもんさ、現実は。現実なんていうのはいつも甘くないんだ。


「よし……」


 ともかく、こうして気兼ねする必要がなくなった俺はネトゲをログアウトして、パソコン画面を落としたのだった。


 俺は掃除を開始する。とりあえず、俺はリビングから軍手と、それからマスク——さらには何枚かのゴミ袋を手に入れた。


 こうして、俺は部屋の掃除を本格的に開始したのである。部屋の掃除といっても、大した事ではない。要するに、俺の部屋はゴミ屋敷になっているのだから、そのゴミを捨てる作業をするだけだ。ゴミさえ捨てれば大分マシになる。


 だが……当然のように、なかなか終わらなかった。朝から(午後2時からである)作業をしていたのだが、瞬く間に夕方になってしまった。午後2時から作業を始めたのだから、当然の事であった。そんな事をしているうちに、アリサの奴が学校から帰ってきたのだ。


「ただいまー……」


「おかえりー……」


 俺はアリサと鉢合わせになる。


「ちゃんと掃除してるんだ……思ってたより、えらいじゃない」


 その時のアリサの表情は少し和らいだような、そんなような表情になった気がした。


「……自分で蒔いた種だからな……自分で何とかするのは当然だ」


「まあ、それもそうね」


 アリサはあっさりと言った。


「片付けは順調なの?」


 アリサは聞いてきた。


「……正直、順調じゃない。このままでは、どれだけ時間がかかるか……」


 俺は強がらず、正直に現状を離した。


「……中を見てないから部屋の中の状況がわかんないんだけど……どんだけ酷いのよ」


 はぁ……と、アリサは溜息を吐いて嘆いた。


「すまないな……全ては俺の責任だ。俺の怠慢のせいだ」


「私も手伝ってあげようか?」


「……いいのか?」


「だって……このままじゃいつまでかかるかわからないじゃない。それに、いつまでもこの悪臭に耐えられそうにない」


 アリサはそういった。確かに、一人より、二人の方が作業効率が高くなるのは確かではあった。


「……けど」


「別に気にしなくていい……これはあなたの為じゃないから。私の為なの……私が快適に暮らす為に必要な事」


 アリサはそう言った。今更意地なんて張っていられない。俺はアリサの手を借り、部屋の掃除をする事にした。

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