壁の穴を覗いたらそこには北欧美少女がいた

「くそっ! このモンスターマジ硬いなっ! 何やってるんだよ後衛職! もっと魔法で削れよ! 前衛の負担考えろっつーのっ!」


 その日も、俺はまたネトゲをやっていた。このゲームの世界では俺は頼れる前衛職として、周りの女の子達にちやほやされていた。


「やってられるかっつの! 食らいやがれ! 廃プレイで手に入れた俺様の最強の剣カラドボルグの一撃をよっ!」


 俺は苦労して手に入れた装備とスキルを発揮し、相手ボスに手痛い一撃を与える。


 ギャオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!


 ボスが悲鳴を上げて、朽ち果てた。どうやら、俺の一撃により、HPが0になってしまったようだ。


「ふう……なんとかなったか……」


 俺はほっと胸を撫で下ろす。


『凄い!』

『ロイドさん!』

『流石ロイドさんですっ!』


 ちなみにこの『ロイド』というのは、俺のネトゲ内の分身——アバターの名前である。俺はパーティーの女の子達に囲まれ、持てはやされ、ちやほやされていた。


 良い気分だった。現実では最底辺の引きこもりの俺でも、このゲームの世界ではヒーローなのだ。時間が取れる分、良い装備とスキルを持ち、レベルも高い。その上、クエストにも柔軟に参加できる俺はゲーム内で重宝されていた。


 どうせ、こんなネトゲやってる奴なんて、ただの無職のおっさんか、暇な大学生くらいのもんでプレイヤーの9割以上が男だろう。つまり、この可愛い女の子のアバターも自分の理想を体現しているだけで、中身はただのおっさんなんだろうけど。


 そう考えると異様に虚しくなる……。俺と同じような、引きこもりのおっさん連中にちやほやされているだけか……。悲しい現実を俺は突きつけられたような、切ない気分になった。


 ――と、その時であった。


「ん? ……」


 排気音が聞こえてきた。どうやら、トラックが家に来たようだ。


「なんだ? ……」


 俺は疑問を抱くが、すぐに自己解決をする。今日は日曜日だ。俺は毎日が日曜日、という状態な為、曜日の感覚がなかったが、そういえば世間一般で言う、休日の日なのである。会社員ならば会社が休みだし、学生だったら学校は休みだ。大抵の場合。俺は毎日が休みだった為、今日が日曜日だという意識が完全に欠けていた。


 父の言葉を思い出す。そういえば、その再婚相手と連れ子が今度の日曜日に、この家に引っ越ししてくるらしい。先ほど聞こえてきたトラックの排気音とは、要するに引っ越し業者であろう。


 だけど俺にはそんな事は関係なかった。俺はネトゲに忙しいのだ。


「よし! 次のクエスト行くぞ!」


『『『はい! よろしくお願いしますロイドさん!』』』


 俺は可愛い女の子のアバター、数名を引き連れ、次のクエストへ向かう。


 すると、家の中から慌ただしい音が聞こえてくるではないか。恐らくは引っ越し業者が慌ただしく、荷物の入った段ボールを運んでいるのだろう。


「うるせーな……静かにしろよ、ったく」


 そうはいっても引っ越しという作業はどうしても物音がするものだった。慌ただしい音が出続ける。どうやら、隣の部屋に誰かが引っ越してくるようだ。俺の隣の部屋は空き部屋になっていて、長らく使われていなかったのだ。


 第二子が生まれたら子供部屋に使うつもりだったんだろうけど、あいにくと両親は俺以降に子供を授かる事はなかったのだ。その結果、ただの物置部屋になってしまっていた。


「あー、もううるさいなぁ……」


 仕方なく、俺はネトゲを中断し、布団でふて寝をする事にした。ふて寝をしているうちに、次第に俺の意識はなくなっていった。


「ぐー……がー……ぐぅ―ー……い、いかん! 眠ってしまった!」


 俺は目を覚ました。時計を見やる。どうやら2、3時間程度、惰眠を貪ってしまった。


「なんて事だ! パーティーメンバーとクエストに行く約束をしていたのに、寝落ちしてすっぽかしてしまうなんて!」


 俺は慌ててパソコン画面に食らいつこうとする。


 ゴソゴソ……その時、俺は隣の部屋から物音がする事に気づいたのだ。引っ越し作業を隣の部屋でしているという事は、誰かが俺の部屋の隣に住むつもりだという事だった。


 多少、気にはなった。父とろくにコミニケーションを取っていない俺が悪かったのではあるが、俺は父が再婚するという事……父は同性愛者ではないので、相手が女性であるという事くらいしかわかっていない。そして、その女性には俺と同じ年の連れ子がいるという、断片的な情報だけだ。


 俺は知っていた。隣の部屋と俺の部屋には、僅かな穴が開いているという事……というか、俺が引きこもっている時の苛立ちをぶつけて、壁を殴りつけた時に穴が空いてしまったのだ。その穴を通じて、隣の部屋の様子を見れるという事を。


 恐らくは一階には夫婦で暮らせるような、広い部屋がある為、隣に住む事になるのは連れ子のはずだ。


 気になった、俺は穴を通じて隣室を覗く事にしたのだ。穴を通じて、室内を覗き見て、俺はまず、驚いた。味気ない倉庫だった部屋が一日のうちに、生活感のする綺麗な部屋になっていたという事に……。


 ゴミが散乱していて、そこら中に本(というより漫画が主だが……せいぜいラノベくらいで)や雑誌が散らばっている、汚部屋というに相応しい、俺の部屋とは雲泥の差があった。


 こんなに部屋の整い具合に、天地のような差がある家が他にあるだろうか。いや、ないだろう。そんな家、不名誉かもしれないが家くらいだ。


 何となく感じる、良い匂い、それからテディベアのぬいぐるみや小物から、隣に住むのは女の子なのだと、すぐに理解する事ができた。


 問題なのは一体……誰が俺の隣に住むのか、という事だ。次の瞬間、俺の目の前に予想だにしていない人物が飛び込んでくる。


「あー……疲れた。やっと一息つける……」


 そこにいたのは、なんと、金髪碧眼の美少女——アリサの姿であった。俺は一瞬、目を疑った。


 間違いない……俺は一年の時から、二年近く学園に通わずに引きこもっていたが、それでもアリサの姿形は鮮明に脳裏に刻まれていた。簡単に思い出す事ができる……。


 アリサはこの二年で中学一年生のあの時よりも、ずっと成長していた。二年という月日は成長期の10代前半ではあまりに長い時間であった。


 アリサの身体つきはずっと大人っぽくなっていた。特に尻の辺りと胸の辺りだ。やはり男たるもの、女性の身体を見る時はついつい、その部分に目がいってしまう。それが男の性(サガ)だった。


 それだけではない。彼女はかつての時よりも、もっと美しくなっていたのだ。その美しさたるもの、もはや学内に留まらない。日本屈指、いや、世界でも通用する程になっていた。そこら辺のモデルやアイドルではもはや比較にすらならない程であった。


 隣の部屋にあのアリサが居たというだけでも衝撃の光景であったというのに、さらなる衝撃の光景が襲い掛かってくる。


「引っ越ししてたら、汗かいちゃった……着替えよっと」


 なんと、俺が部屋を覗いているなんて知らないアリサが生着替えを始めたのだ。思わず、鼻血が噴き出てしまいそうな、胸熱……いや、熱くなるのは下の方の別の部位か……な、展開に、俺は覗き穴を食い入るようにして熱心に覗き込む。


 アリサは履いていたスカートを脱いだ……白く、可愛らしい下着が姿を現す。そして、上も脱いだ。服の上から想像していたよりも、ずっとたわわに実った果実が、ブラジャー越しとはいえ、姿を現したのだ。


 おおっ……!


 俺はその夢のような光景に、ぶっ倒れそうになるほどの衝撃を受けた。何とか、意識を保ったが……ここで意識を失うのは勿体なさすぎる。


 ふがー! ふがー! ふがー! ふがー! ふがー!(鼻息の音)


 鼻息を荒くし、目を血走らせて、これ以上ないという位、熱心に俺は凝視するのであった。


「汗かいちゃったし……下着も変えようか」


 幸運は続く……なんと、アリサは服だけに留まらず、下着すら着替えようとしたのだ。僥倖に次ぐ、僥倖に、俺の興奮は最高潮を迎える。身体が熱くなってきた……具体的にどこの部分が、とまでは言わないが。思わず、昇天、しそうになってくる。このまま、あの世に旅立ってしまっても後悔はない。


 それくらいの恍惚感が俺を支配していたのだ。


 そして、アリサがブラジャーのホックに手をかけた。そしてブラジャーが外される。


 見える……間違いなく見える……このまま行けば、確実に。


 俺にはその山の頂が見えそうになった。


 ――と、その時だった。


「なんか……変な視線感じる……」


 その時、アリサに感づかれた。俺の熱視線がアリサに悪寒を与えたようだった。アリサはキョロキョロと周囲を見渡す。そして、覗き穴の存在に気づかれた。


「あっ……」


 俺と半裸のアリサの視線が合う。


 ……まずい。覗いていた事を完全に気づかれた。


 どうなるんだ……叫ばれるのか。いや、それで済むなら可愛いものだ。自分の家、それも自分の部屋だとしても、やっぱり覗きになるんだよな。


 警察でも呼ばれるかもしれない……そんな事になったら、俺はこの部屋から出ていかざるを得なくなる。臭い飯を食う為に、あんなに出たくなかった外の世界に出なければならない。


 ドキドキドキ……俺の心臓が別の意味で高鳴った。


 しかし、アリサの反応は予想外のものだった。


「……最低」


 侮蔑と共に、言葉を吐き出す。

 そして、アリサは俺をまるで、虫を見下すかのように、軽蔑な視線を送っただけだった。そして、落ち着いた様子で荷造りに使っていた段ボールを動かし、覗き穴を塞いだのだ。


「……ふん」


 そしてアリサは何事もなかったかのように、自分の生活に戻ったのだ。


 はは……そうか。


 あのアリサにとって、俺は虫みたいなものなのか……興奮の後に訪れたのは虚しさと自己嫌悪だった。


 そうだな……こんな何の取柄もない引きこもり野郎、彼女にとってはただの虫でしかない。ゴキブリやゾウリムシみたいなもんだ。


 疎ましい存在ではあるが、着替えを覗かれた位で怒り、取り乱す程の存在ではない。


 早い話が彼女にとって、俺の存在は無いにも等しい。眼中になかったのだ。


 複雑な胸中の中、俺はいつもと変わらない、閉じた部屋での一日を過ごした。


 あのアリサが連れ子として引っ越してくるという衝撃的な展開にも、俺の生活は具体的には何一つとして変わらなかったのだ。


 このまま俺は何も変わらず引きこもり、時間を無為に過ごしていくと思っていた。


 ――だが、この後、アリサとその母親が引っ越してきた事もあり、俺の人生は大きく変わっていく事になる。そんな事、その時の俺は予想すらしていなかったのだ。

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