第三十五話 盗賊ギルドの密命

 冒険の合間には休みも必要ということで、今日は単独行動をする時間ができた。


(メイベル姉さんの呼び出しを、あまり先送りにはできないしな……)


 娼館のある区域には日中も人はいる――指定の場所である『鷹の十九』は、この区域にある。


「坊や、こんなところに遊びに来ちゃだめよ」

「魔法使いの服を着てるから、冒険者さんなんじゃない?」

「あら、じゃあお客さん? ごめんなさいね、あんまり若いから」


 娼館で働いているらしき女性たちが声をかけてくる。やはり見咎められないように行動した方が良さそうか――と、路地の角を曲がったところで隠密行動に入る。


 指定の場所――娼館のひとつの裏口。ドアに近づいて、中にだけ聞こえるように囁く。


『呼び出しに応じて来た。クロウだ』


 ガタッ、と中から音が聞こえる。しばらくして、ドアの鍵が静かに開けられた。


 滑り込むように中に入るが、扉を開けた人物の姿はない――どうやら慌てて奥に隠れたようだが、一体どうしたのだろう。


「クロウ、来てくれたね。昨日からここに泊まってて良かったよ」


 姿を見せたのは、レザーアーマーを身に着けたメイベル姉さんだった。彼女は背後にあるドアに視線を送って苦笑する。


「あの子、今もクロウに憧れてるみたいでね。顔を合わせるのも恥ずかしいって」

「あの子って……」

「シャノアだよ。今はあたしの所で働いてる」

「シャノア……あ、ああ」


 メイベル姉さんは「忘れてたの?」と呆れた顔をする。しかしここは言い訳をさせてもらいたい――俺とシャノアにはそれほどの接点はない。


「あんたが人さらいから助けたあの子が、もう十六なんだから……あら?」


 俺が若返り、少女が十年成長すれば、そういうこともありうるのか。どうやら、そのシャノアとは年齢が逆転してしまったらしい。


「あの子、種族柄成長が早いみたいでね。それで引っ込み思案は変わんないもんだから困ったものだけど……と、その話は置いておいて。クロウ、聞いたよ。何か大きい依頼をやったんだって?」

「ああ、大きな依頼というか……意外に大事おおごとになったけど、何とかやれたよ」

「転職してレベルは下がったみたいだけど、やっぱり腕は落ちてないね」


 メイベル姉さんはそう言って、テーブルの上に何かの文書を広げる――これは、手紙だ。


 サイン代わりに描かれているのは、角の生えた鹿――これは俺の旧友『エルク』のサインだ。


「ガゼルとエルクは密偵の依頼を遂行中……そう言ってたな。その、密偵に入った先っていうのは……」

「王都ベオルド。この大陸西部を統治する王国の中心だよ」


 ベオルド――魔竜討伐の旅に出るときにも、途中で滞在したことがある場所だ。


「そのベオルドに、なんで密偵なんかに? 王都にも盗賊ギルドがあるはずじゃないか」

「うちに依頼を持ち込んできたのは、この辺りの領主……シュヴァイク家でね」

「シュヴァイク……」


 酒場で会った、金髪の男――その名前が『ブランド=シュヴァイク』。彼が連れていた老人とメイドの話も含めると、ブランドはおそらく領主の血縁者だ。


「王都は今、二月ふたつきほど前から魔族に悩まされててね。廃墟になった塔を根城にしていて、何かを探しているらしいんだ」

「魔族か……この辺りのレベル帯じゃ、戦うのは難しいな」

「魔族や魔物は、レベル帯というルールから外れてるからね。例外的に強い魔物が現れることがある」

「ガゼルとエルクは、その件を探りに行ったわけか」

「そう……国王が送り込んだ戦力では、魔族に太刀打ちできなかった。そして魔族の脅威がいつまでも排除できないことを、公表できずにいるのさ」


 シュヴァイク家は政権の中央から距離を取らされているが、貴族同士の政争に割り込む機会を求めていたという。そして今回、ようやくその時が訪れた。


「国王の出した勅令。魔族を排除できた者が、王女を妻とすることができる……か」

「王女を娶った貴族は王位継承権を得られる。政争では有利な材料でいうわけさ」

「シュヴァイク家には、正式に通達されてないんだろう。それでも魔族を倒しさえすれば、王女と結婚する権利が与えられるのか?」

「そういうことだね。シュヴァイク家に中央の貴族が話を回してないだけだから」


 王都が魔族の脅威にさらされているというのは理解できた。しかし、この話をメイベル姉さんが俺にするのは何故なのか。


「貴族たちは血眼になって魔族を討伐しようとする……その結果はまだ分からない。あたしら盗賊ギルドが干渉するようなことでもない。それでもあんたに話したかったのはね……」


 メイベル姉さんがもう一枚テーブルに置いた紙。そこに描かれていたのは、王女と思しき人物の姿だった。


 これまでの話の中で、いや、もっと早くに気づくべきだった。


 プラチナの鎧に入っている紋章。盗賊に奪われ、取り返したリスティの指輪――そして、彼女の所持している剣。


 本当の職業が『ロイヤルオーダー』であるプラチナが一緒にいる相手。


 王族のみが使うことのできる技――それを使いこなす、リスティは。


「……あたしも今まで気がつけなかった。まさか、歓楽都市で王女が冒険者をやってるなんてね」


 ノイエリース=ティア=ベオルナート王女。


 その絵姿は俺が知る彼女によく似ている。しかしただ似ているだけ、他人の空似で済ませることはできない。


 メイベル姉さんはすでに確証を得ている。だからこそ、俺を呼んだのだろうから。

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