第三十四話 朝の風景
朝の光が窓から差し込んでいる。
隣のベッドに寝ていたリスティの姿はない。ベッドは綺麗に整えられている――装備はまだ持ち出されておらず、彼女は家の中にいるようだ。
「ふぁぁ……あ、おはようございます、マイトさん」
「ああ、おはよう……」
部屋の外に出たところで、隣の寝室から出てきたナナセに会う。言葉が続かなかったのは、彼女の寝間着が子供っぽい――と言ってはいけないが、やたらと可愛らしい装いだったからだ。
ナナセに続いてプラチナも出てくるが、彼女はまだ顔だけしか見せない。
「ナナセ、家の中とはいえ男性に寝間着姿を見せるのは……」
「大丈夫ですよ、マイトさんなら。だって昨日一緒に……」
軽い調子で返事をしようとしたナナセだが、途中で疑問顔に変わって「あれ?」と呟く。
「え、えーと……昨夜のことは、忘れた方がいいのか?」
「昨夜のこと……すみません、気がついたらベッドの中だったので」
「気がついたら朝になっていたな。これほど深く寝られたのは久しぶりで、気分が良い」
プラチナは言葉どおり機嫌が良く、会話につられるようにしてナナセの隣に進み出る――昨日服を着せたのは俺なので分かっていたことだが、プラチナの寝間着は生地が薄く、抗おうにもどうしても視線が惹きつけられそうになる。
「……プラチナさん、何だかいつもより揺れてません?」
「む? ……あぁっ!? サ、サラシが……そうか、昨日は巻かずに寝てしまったのか。その方が寝苦しくないからな」
プラチナは自分で納得しつつ、部屋に引っ込んでいく。ナナセがじっとりと俺を見てくるが、ここはとにかくやり過ごすしかない。
「だめですよ? 覗いたりしたら。マイトさんならプラチナさんは許しちゃいそうですけど、それでも人と人との思いやりというか」
「そんなことはしない。節度のある大人だからな」
「そんなこと言って、私より一つ年上なだけじゃないですか。それなら私も立派な大人ですね」
ナナセは嬉しそうに言うと、先に階下に降りていく。ここにいたままプラチナと鉢合わせてもいけないので、俺もナナセの後に続いた。
階段を降りる途中からすでに良い匂いがしている。ダイニングではリスティが食事の配膳をしているところだった。
「おはようございます、リスティさん。すみません、お任せしてしまって」
「おはよう、二人とも。プラチナもすぐ降りてくるわよね、もう用意しちゃったけど」
サラシを巻くのにどれくらい時間がかかるものなのか分からないが――と、考えているうちにプラチナも降りてきた。
「リスティはもう完全にこの家の料理場を使いこなしているのだな」
「ええ、初めから手入れがしてあったから。水は昨日のうちに汲み置きしておいたしね」
「俺にも手伝えることがあったら何でも言ってくれ」
「マイトも一緒にしてくれるの? じゃあ、次からは起こしちゃうわね。よく寝てたから、起こしちゃいけないと思って」
言われて今更気づく。いつもなら、夜襲に備えていつでも起きられるよう、深い眠りに落ちることはないのに。
「マイトさんの寝顔、ちょっと興味あります。どんなでした?」
「お、おい。それを聞くのはマナー違反というかだな……」
「すごく寝相が良くて、感心しちゃった。夜中でも寝息が静かで、私の方が遠慮しちゃうくらい……あっ」
すやすやと寝ているかと思ったら、このお嬢さんは寝ている俺の様子を見ていたらしい――なかなか油断できない。
「……寝つきが悪いなら、寝具の改善を考えた方がいいんじゃないか」
「ふむ……マイトほどの賢者でも、やはり少年のような反応をするときはあるのだな」
「まあまあ、そんなに照れなくても寝顔が可愛いっていうのは悪いことじゃないですよ」
「ごめんねマイト、ちょっとだけ目が覚めちゃって……」
「い、いや……気にしてないよ」
俺の寝込みの隙を突くとはなかなかやるな、と強がりを言ったところでさらに三人を楽しませるだけだろう。
「やはり新鮮なパンでも、焼き直すと美味しさが違うな」
「本当ですよねー、細やかな心遣いが嬉しいです。ベーコン入りのスープも塩がきいてて堪らないです」
二人とほぼ感想は同じなのだが、リスティがこちらをちら、と窺ってくるので、少し考えてから口を開く。
「リスティは何を作っても美味いな」
「っ……そ、そんな、褒めても何も出ないんだから」
「いや、天然で出ているな。友人の私でも見習いたいと思うほどに」
「私もあと三年くらいしたら、ほぼほぼリスティさんみたいになりますからね」
はにかむリスティを見て二人が何か言っているが――俺からすると何というか、リスティはできすぎた妹というか、そんな感覚だ。
しかし転職して15歳に若返った今となっては、同い年のリスティに対して年下扱いするのも違うのではないかという思いがある。俺の中で無精髭のやさぐれた盗賊と、駆け出し賢者が混ざりあっている状態だ。
「あ、私じゃ無理だと思ってますか? 私の研究しているお薬の中には、すっごいのがあるんですからね。媚薬とかじゃないですけど」
「ナナセのお薬は本当にすごいから、いつも楽しみにしてるの。昨日はマイトと一緒に新しいポーションを作ったのよね?」
「はい、必ずお役に立ちますよ。マイトさんと私の想いの結晶……というか、初めての共同作業ですからっ」
「っ……お、お前な……」
「マイト、大丈夫?」
「パーティとは常に共同作業だからな、今後も一つずつ積み重ねていかねば」
リスティが水を出してくれて、プラチナが背中をさすってくれる。
どうやら冒険に出ていないときは、俺は二人に弟扱いでもされているようだ――それが悪くないと思ってしまう俺も、少し変わったのかもしれない。
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