第三十話 隠された素材
ホブゴブリンを倒した後、フォーチュン南正門から出たところにある森は危険な魔物が出ることもなくなり、時折リスや野ウサギなどが見られるのどかな場所になっていた。
「この辺りでマイトさんが箱を開けてくれたんですよね。あの時箱に入っていた瓶に、『スライムの素』が入っていたんです」
「薬師はスライムを生成して、いろいろな用途に使うんだったか」
「はい、そうなんです。スライムは魔法生物なんですけど、材料があれば薬師でも作れちゃうんですね。これは教本には載ってないので、独学です」
「それは凄いな……」
「ですです。私、こう見えて結構努力家なんです」
えっへん、とナナセが腰に手を当てて胸をそらす。しかし、一つ気になった点があった。
「薬師はレベル次第で作れるレシピが決まってるんじゃなかったか?」
「うっ……おっしゃる通りです。他の職業の人たちが使う特技と同じで、薬師のレシピもレベルに合わせて増えていくんです。レベルが足りないと、想定された効果が出なかったりします」
「そうか。ナナセのレベルは、スライムを扱うには足りてるのか?」
「……それは、やってみないと分からなかったりします」
ぺろっ、とナナセが舌を出す。それでいいのかと思うが、何かあったときのために俺が呼ばれたのであれば役目を果たすまでだ。
「あ、あの……やっぱり駄目ですよね、説明なしで連れ出したりして……」
「一つ聞いておきたいんだが、実験に失敗したらどうなるんだ?」
「何も起きなければそれに越したことはないんですが、運が悪いと爆発したりしますね」
「……じゃあ、十分レベルを上げてからの方が良いんじゃないか?」
「あっ、ま、待ってくださいっ……私、マイトさんが居てくれたら何だかいけそうな気がするんです!」
「っ……い、いや、今さら離脱したりはしないが……というか、近すぎる……っ」
「駄目です、絶対逃がしません。この時を今か今かと待ってたんですから」
目をらんらんとさせて詰め寄ってくるナナセーーなだらかかと思いきや、しっかり主張した部分が当たっている。相変わらず距離感が近いというか、警戒心がなさすぎる。
「わ、分かった……ひとまず間合いを取ってもらってだな……」
「え? あっ……で、でも、マイトさんが行っちゃったら困るので……」
「ここまで来たからには最後まで付き合うよ。実験中に何か危なそうだったら、ナナセを抱えて安全なところに退避する。それでいいか?」
「はい、よろしくお願いします。でも、上手く行くと思うんですけどね。念のために、向こうにある水場まで移動しましょう」
実験の話になると、それ以外見えなくなるというか。危なっかしいところはあるが、自分の職業にそこまで愛着があるというのは好ましく感じた。
◆◇◆
ナナセに案内されて森の中を進んでいくと、しばらくして視界が開け、池の端に行き当たった。
広い池には魚も住んでいるらしく、向こうでバシャッと跳ねるーーなかなか大きい。
ーー魚って、食べたことがないんだけど……美味しいの?
ーー私は種族柄、魚は食べないのよね。マイト君が食べるところを見るのは好きだけど。
ーー十分に加熱して調理しておりますので、ぜひお召し上がりください。
魔竜討伐の旅の途中、水辺で野営したことがあった。焚き火の明かりと、それを囲む仲間たちの姿を今でも思い出せる。
「お魚、好きなんですか?」
「好きといえば好きだな。まあ、今は食べたいと思ったわけじゃないけど」
「私はある事情で、お魚は好きなんですけど苦手でもありますね……では、実験の準備を始めます。これが携帯用の調合釜です」
ナナセは地面に布を敷くと、その上に金属製の釜を置いた。そして水場に行って水筒に水を汲み、戻ってくる。
「水はいろいろなものの調合に使うんです。薬師は水質もわかるんですよ」
「飲み水は
「はい、本当に。野営のときに雨水から飲み水を作るのは大変ですから」
近くに住む魔物や植物次第で、水に毒が混じっているということもあるーーそんなとき『盗賊』の『毒見』という技が役に立つ。キノコや野草の毒を判別できたりもするので、パーティの仲間にはよく心配されつつ毒見役をしていた。
「水とスライムの素だけでいいのか? ウォータースライムって感じになりそうだな」
「いえ、それだけだと材料が足りません。個性的なスライムを作るために、材料を加えないと」
「個性的なスライム……ああ、『
「っ……ど、どうして分かったんですか? 賢者の魔法で心の中が分かっちゃったり……」
「い、いや、そうじゃない。そんな魔法は今のところ使えないから安心してくれ。属性持ちのスライムがいるってことは知ってたからさ」
「そ、そうなんですね……はぁ良かった、心を読まれてたりしたら、今のうちにマイトさんを……」
ナナセが何か思い詰めたような目で見てくるが、何か心を読まれたら困ることでもあるのだろうかーーというのは意地が悪いか。
「『アースゴーレム』はその名前の通り、大地のエレメントを持つゴーレムなんです。ですので、ゴーレムの砂がエレメントの付与に使えるんですね」
「そういうことか。確かに
「はい。問題はですね、この材料であってるはずなんですけど、まだ何か足りない感じがするんです。でも、それが何か分からなくて……」
「レシピにはないもので、自分で考えて足さなきゃいけないのか?」
「かもしれませんし、材料が無駄になっちゃうかもしれません。でも、マイトさんが居てくれたら上手く行く気がするんです」
目を輝かせて言われても、おそらくレシピに対してレベルが足りないのだろうと思うのだが――ナナセが一人で実験していたらどうなっていたのだろうか。
爆発しても命に関わったりはしないだろうが、心配なことに変わりはない。なんとか成功させてやりたいが、失敗したらナナセが自信を無くしてしまわないだろうか。
「……す、すみません。私の方から言い出したのに、こんな……格好悪いですよね」
ナナセの手が少し震えている。表向きは笑顔でも、緊張しているーーそれはたぶん、俺の前で成功を見せたいから。
「分かった。俺はしっかり見届ける……瓶を割ったりしないように、落ち着いて」
深呼吸して、それでも震える手でスライムの瓶を手に取るナナセ。取り落としたりしないように、俺も瓶に手を添える。
そのとき、ナナセの手に俺の指先が触れた。
(っ……!?)
――『封印解除I』が発動 『ナナセ』の封印技『魔素合成』が解放――
触れた部分から魔力が持っていかれる――これからまさに調合を始めようとしているナナセの身体に流れ込んでいる。
「これは……ナナセ、一体何が……」
「このレシピを完成させるために必要な、最後の材料は……素材としての魔力である、『魔素』……!」
ナナセが材料を順番に釜に入れていく。スライムの素、水、そしてゴーレムの砂。
それを棒でかき混ぜる過程で、俺とナナセの魔力が混ざり合い、釜に注ぎ込まれていく。これが『魔素』――魔力は薬師が使用する素材にもなるということだ。
「私の魔力だけじゃ足りなかった……マイトさんがいてくれたから、それに気づけたんです」
さらに混ぜ続けると、釜の中が発光を始める――眩しいほどに。
「これで、完成ですっ……!!」
・『魔素合成』が成功 『アームドスライム』生成
釜から放たれた光があたりを包む。そして一瞬後に、釜から中身が飛び出した。
「ひゃぁぁっ……!」
入れた材料よりも数倍に増えている。飛び出した虹色の液体は、生きているかのようにふるふると揺れている――そして。
「……これが、スライム……?」
スライムの形状が変化していく――人間の、女性の姿に。
「っ……だ、ダメですマイトさん、マイトさんには早いですっ」
「い、いや、そういう目で見たりは……っ」
半透明のスライムとはいえ、形状は人間そのものだ。裸は裸ということで、ナナセが俺に目隠しをしてくる。一応俺の方が、転職後もナナセより一つ年上なのだが。
「あ、あのっ……スライムさん、服を着た感じにできませんか?」
言葉が通じるのか不明だが、ナナセがスライムに呼びかける――そして。
ナナセがそろそろと俺の目隠しを外す。さっきまで裸だったスライムは、表面の形状と色を変化させて、装甲をつけたような姿に変わっていた。
「
「ゴーレムの砂を使ったので、人型に……そういうことなんでしょうか?」
「ゴーレムの姿になるわけじゃないんだな……いや、形や色は自由に変えられるのか」
「…………」
スライムは言葉を発しないが、頷きを返す――そして半透明だった肌の色が変化して、さらに人間に近い姿になった。
ゴーレムの砂の色がそうだったからか、褐色の肌のダークエルフのような容姿になっている。このままの姿なら、スライムであることには気づかれないだろう――それくらい見事な擬態だ。
「私の言っていることが分かりますか?」
頷きを返すスライム――ナナセの言葉が通じている。ナナセは嬉しいのもあるだろうが、どちらかというと緊張が勝っているようだ。
「見た目はかなり強そうというか、アースゴーレムと同じくらいの圧力を感じるな……試しにパンチを打ってみてくれるか」
「…………」
俺がパンチを打つ仕草を手本として見せる。するとスライムは頷き、ゆっくりとした動きで構えを取ったあと、拳を繰り出してきた。
「っ……!」
避けること自体は難しくはなかったが、想像したよりも重い一撃――パーティの戦力として数えるには十分なほどの威力だ。
「これは凄いな……生まれたばかりでも普通に戦えそうだ」
「ほ、本当ですか? でも私じゃなくてこの子でいいやってなっちゃうんじゃ……」
「いや、スライムの
「責任重大ですね……え、ええと。では、スライムさんに名前を付けたいと思います。アームドスライムなので、アム……というのはどうですか?」
安直でしょうかとナナセが意見を求めてくるが、分かりやすいのは良いことだと思う。魔獣をペットにして番号で呼んだり、種族の名前で呼んだりする冒険者もいたが、そこは人それぞれだ。
「……ア……ム。名前……」
「えっ……話せるんですか? 言葉とかどんどん覚えちゃったりします?」
「……マスター……ナナセ……」
「ふぁぁっ……マ、マイトさん、アムが私のことマスターって……」
「……マイト……もっと、ごはん……」
「えっ……あ、ああ。魔力のことか? けど俺、まだ魔力の量がそんなに……」
話している途中で急に目が回ってくる。またもや迂闊にも魔力を使いすぎたらしい――駆け出し賢者の辛いところだ。
「マイトさんっ……待ってくださいアム、マイトさんの魔力は吸っちゃだめですっ」
「……ごはん……」
何か柔らかいというか、弾力のあるものに受け止められた気がする。魔力が吸われる感覚も少し生じたが、すぐに止まった――どうやらアムは魔力を吸うのをやめてくれたようだが、目を開けるにはしばらく休む必要がありそうだった。
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