第三十一話 冒険者の家・1
フォーチュンに戻るとき、アームドスライムのアムはスライム形態に戻った。まだ、ダークエルフのような姿を長く保つには訓練が必要らしい。
「レベルを上げて強くしてあげたら、きっと長い間変身していられるようになると思います」
「そうだな。魔力を与えたりするには、まだ俺だけの力じゃ厳しそうだが……」
「魔力を回復する方法を探さないといけないですね。お薬の材料は知っているので、手に入れられそうな依頼があったら受けてみるとか」
「ギルドの掲示板をこまめに見てみるか。あとは店も当たった方が……」
話しながら気づく――都市の門をくぐってから視線を感じる。こちらを見ている人物は気配を消しているようだが、これは盗賊の技によるものだ。
ナナセは気づいていないが、それは無理もない。盗賊の技に気づくためには、同じ盗賊の技か対応する魔法などが必要だからだ。俺の場合は技が使えないが、感覚だけで察知している。
『――ギルド長から連絡でもあるのか?』
「っ……!?」
右手を使った小さな仕草だけで、俺はこちらを見ている相手に質問する――向こうは俺から見えているとは思っていなかったようだが、慌てて同じように
『クロウ様……でいらっしゃいますね。ギルド長が貴方に話したいことがあるとのことです。ギルドの外で落ち合いたいとのことで』
もちろんそれほど細かいニュアンスまでは表現できないが、仕草には俺に対して畏まっている印象があった。俺が知っているギルド員ではないが、『クロウ』のことは知っているのだろう。
そして、ギルド長が自ら誰かと外で会うというのは大きなことだ。俺に対して何か相談事――あるいは頼み事があるのだろう。
『わかった。場所は?』
『鷹の十九です。場所については以前と変更はありません……では、これにて』
鷹の十九というのは、都市のあちこちに作られた盗賊ギルドの情報受け渡し場所の一つだ。番号に対応する場所はすべて記憶している。
「マイトさん、この坂の上ですよ。あの家じゃないですか?」
「ああ、そうだな。ところでナナセ、その……結構目立つぞ」
「あっ……す、すみません、何だかここが居心地いいみたいで。別に見栄を張ってるわけじゃないですからね」
スライムのアムはあろうことか、ナナセの襟元から中に入って、胸の部分が目に見えて膨らんでいる。瓶に戻ってもらうのは可哀想だというが、これはこれで気になってしまうものがあった。
◆◇◆
「これが私達の家なんですね……」
「無料で貸してもらえるにしては、思ったより新しいな。これからここで暮らすのか」
「……あっ、変な意味で言ったわけじゃないですよ?」
「同棲ではなくて、同居だとかそういうことか?」
聞き返すが、ナナセは少し慌てたような顔をしたあと、顔を赤くして睨んでくる。
「マイトさん、落ち着きすぎじゃないです? 私みたいに少しは緊張したりとか……」
「ナナセ、マイト、帰ってきたのだな。家の中の片付けはしておいたぞ、ベッドの準備もな」
話しているうちに、玄関の扉を開けてプラチナが出てきていた。鎧を脱ぐとやはり印象が全く変わり、淑やかな大人の女性に見える。
(18歳は転生前だと子供にしか見えなかったんだが、今はどうも……肉体に精神が引きずられるっていうことか。そんなことを考えてたらナナセに怒られそうだな)
「む……ナナセ、その……胸が大きくなっているようだが」
「スライムを作ったので、ここに入れて連れてきたんです。きっと戦力になるってマイトさんも言ってました」
「では実験は成功だったのだな。おめでとう、ナナセ」
「あっ、撫でるのは駄目ですよ、私子供じゃないんですから……えへへ」
プラチナに頭を撫でられ、なんだかんだで嬉しそうにしているナナセ。見ていると微妙に羨ましくなるが、大人なので態度には出さない。
「寝室は二つで、マイトとは一人が同室になる。マイトはそれでいいだろうか」
「っ……それはみんなの方が気にならないか? 男と一緒の部屋っていうのは」
「確かに由々しき問題ですね、私の魅力は
ナナセは得意気に言うが、俺とプラチナの視線に気づくと、かぁぁっと顔を赤らめる。
「あの、二人してそんな微笑ましいものを見る目で見ないでください……あとで落ち込むんですからね、そういうの」
「い、いや、そんなことは……ナナセなら、マイトとは兄妹のように過ごせるだろうかと思ってな」
「ああっ、それだとプラチナさんは違うって言ってるようなものじゃないですか?」
「私の場合はお姉さんなので、マイトと一緒の部屋でも気にはしないぞ」
それもどうなのかと思うが、プラチナは本当に気にしないらしい。というか、十五歳相当に戻った俺がよほど少年らしく見られているのか。
「リスティさんも大丈夫だと思いますから、毎晩交代がいいんでしょうか」
「っ……いや、リスティは別室の方が良いだろう。少々、事情があってな」
「そうなんですか? それなら、私とプラチナさんのどちらかですね。よろしくお願いしますね、マイトさん」
「ナナセは気にしないんだな。俺と一緒でも安眠できるのか」
「実験に付き合っていただいた方は同志ですから。マイトさんがいなかったら、この子は生まれてなかったわけですし」
「……ごはん……」
「? 今、誰かが声を出さなかったか? 気のせいか……?」
アムが小さな声を出しているが、人語を解するスライムと分かったらプラチナがかなり驚きそうなので、紹介は慎重にしたほうが良さそうだ。
「え、えっと。プラチナさん、リスティは何をしてるんですか?」
「リスティは市場買い出しに出ているな。炊事場がしっかりしているので、早速家で作ってみたいとのことだ」
「私も実家で少しお料理はしてたので、手伝えると思います」
「じゃあ、迎えに行った方が良さそうか。俺が行ってくる」
「うむ、そちらの坂を降りた先だ。気をつけて行ってきてくれ」
◆◇◆
市場はまだ活気があり、多くの客が訪れている。すぐに食べられるようなものも売っている――空腹を自覚しながら、俺はリスティの姿を探す。
やはり町娘のような服を着ていても、リスティの容姿は際立って目立つ。青色の髪を下ろした彼女は、パンを売っている屋台の前にいた。
「このパンを四つ……いえ、五つください」
「毎度。お嬢ちゃん、初めて来てくれたから一個分はタダにしとくよ。今後とも贔屓に頼むよ」
「いえ、そういったことをしていただくわけには……お金は通常通りお支払いします」
「ははは、まあうちが勝手にやってることだから。今どき珍しいくらい真面目な子だな」
「私、真面目とかでは全然ないんですけど……」
「ん?」
「す、すみません、何でもないです。銀貨一枚、たしかにお支払いしました」
銀貨一枚でパン五個というのは安いほうだ。レベル帯が上がるほどに物価も上がるので、金貨一枚でパン一個という街もある――物価が変わりすぎて路銀に困ったこともあったが、そんなときは短期で遂行できる依頼を受けて資金を稼いだ。いつでも金を工面できるように、換金できる宝飾品を持っておくのも大事だ。
「……あっ、マイト。どうしたの? 家で待っててくれて良かったのに」
「何を買うのか気になったからさ。リスティは料理が得意なのか?」
「それは……できるといえば、できるけど。理由は、秘密にさせて」
「分かった、詮索はしない。俺も料理はできるけど、料理の特技がある人にはかなわないんだよな」
「……剣士なのに、変だと思うかもしれないけど。私は『料理』の特技を持ってるの。初級程度だけどね」
『気品』、そして『料理』の初級。『料理』は職業を問わず練習すれば習得できるが、他者に教えを乞わなければならない。
俺が思う通りにリスティが王族であるなら、なぜ料理を学んだのか。剣士を名乗っているのはなぜなのか――そんな疑問が改めて浮かぶ。
「マイトは何か食べたいものはある? 私に任せておくと、野菜とお肉のスープになるけど」
「何でも食べるよ。さっきからいい匂いがしてて、腹が減って仕方がなくなってきた」
「ふふっ……マイトは私達より強いけど、まだ育ち盛りって感じだものね。いっぱい食べるかなと思って、パンもあなたの分は二つにしたの」
そういう理由だったのか――と、気遣いを伝えられると、何か照れくさくなる。ただ多めに買っただけとばかり思っていた。
「あ、ありがとう……」
「多かったらみんなで分けるから、遠慮なく言ってね。ええと、あとの材料は……塩と香辛料はあっちで売ってるわね」
「荷物は俺が持つよ」
リスティが持っていたバスケットを受け取り、買い物を続ける。果物も買って行こうかという話になり店に立ち寄ると、店番をしている女性がこちらを見て微笑んだ。
「いらっしゃい。坊や、お姉さんの買い物に付き合うなんて偉いわね」
「いえ、私たちはパーティの仲間なんです」
「あら、そうなの? 可愛い冒険者さんたちね」
「何かお勧めのものはありますか? 食事の後に食べる果物を買いに来たんですが」
「そうねえ……二人くらい若いなら、これでも大丈夫かしらね。ムーランの実って言うんだけど、二つに割って中の柔らかいところを食べるの。今の季節は甘くて美味しいわよ」
「ムーランの実……ありがとうございます、四ついただいてもいいですか?」
ムーランの実というのは名前だけならどこかで聞いた気がするが、食べたことはない。麻袋に入れられた赤っぽい色の実は、近くにいるだけで分かるような甘い匂いがした。
「食べたあと、できれば夜更かしはしないようにね。また来てね、二人とも」
買い物を終え、家への帰途につく。その途中で、リスティが一歩後ろを歩く俺を振り返りつつ言った。
「マイトの方がしっかりしているのに、『坊や』って言われちゃったわね」
「い、いや……あれは、俺くらいの歳の奴にはそう言ってるんじゃないか」
「この街は綺麗な女性が多いけど、ついていったりしないようにね……なんて。お姉さんって言われて、私もちょっとその気になっちゃった」
「リスティは同い年だけどな。髪を下ろすだけで大人っぽくなるのはずるくないか」
「そんなに大人っぽく見える? それなら嬉しい、早く大人になりたかったから」
転職前の俺なら、まだ大人と言うには早いと言っていただろう。しかし若返ってしまった今、同い年でも女性の方が成長が早いように感じる。
リスティの言葉に気になるところはあったが、今はあえて何も聞かず、夜の姿に移り変わろうとしている街を歩いた。
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