第二十九話 赤文字と特別報酬


「おめでとうございます、リーダーのリスティさんがレベル5になられましたので、ギルドカードの色が変わります」


 リスティたちが「あっ」という顔をする。カードの色が白から青になったーーつまり、そういうことだ。


「ど、どうしましょう……あっさりブルーカードになっちゃいましたよ?」

「むう……あのブランドという男はブルーカードであることを誇りにしていたが……」

「黙っておいた方がいいんじゃない? 知らない方が幸せっていうこともあるし」


 さらりと言うリスティだが、こちらも全面的に同意ということで何も言わずにおく。受付嬢は何の話をしているのかと不思議そうだが、みんな愛想笑いでごまかしていた。


「当ギルドではブルーカードまでの冒険者しか登録をしていないので、上位冒険者ということになりますね。おめでとうございます」

「それなら、もっと難しい依頼を受けられるんですね」

「はい、掲示板に出ている依頼もブルーなら全て受けられます。それと赤文字レッドネームの魔物を倒されたということで、特別報酬を選んでいただけます」

「特別報酬……?」


 『赤文字レッドネーム』の魔物はいわば賞金首のようなもので、一体討伐することで周辺の安全に大きく影響する。アースゴーレムが付近に被害を与えることは考えにくいが、ギルドカードに討伐記録が残っているので報酬は出るようだ。


「ひとつはフォーチュンの市民権と住居です。住居は金貨千枚で売り出されているものですが、無料での貸し出しとなります」

「えっ……住居って、家がもらえちゃうんですか?」

「はい、強い魔物を討伐できる方には、この都市を長く拠点にしていただきたいという市議会の意向がありまして。そういった理由ではありますが、もし都市付近に強力な魔物が出ても、必ず討伐に参加して頂くというわけではありません。冒険者には、常に選択の自由がありますから」


 都市の防衛に協力して欲しいということなのだろうが、当面はここを拠点にしてやっていくことになるのだから、それ自体は問題ない。


 宿を転々として宿泊料を払い続けるよりは、無料で貸家に住める方がありがたくはある――のだが。


「……あっ、マイトさん、違うんです、あなたに頼り切りのパーティだからといって、会ったばかりの男性と一緒に住んだりして噂をされたら恥ずかしいし……なんてことは思ってないです」

「っ……わ、私も気にしてなんてないけど。世間ではそういうの、ど、どど、同棲って言うんじゃ……」

「女性が三人で男性が一人でも同棲というものなのか? 共同生活というべきではないか。やましいことなどない、マイトもそう言っている」

「いや、俺は何も……確かに女三人の方が落ち着くだろうし、パーティだからって当然の権利のように一緒に住むというのも、どうかなと思ってはいるよ」


 ――「ゆうべはお楽しみでしたか」って聞かれても、寝てるだけなのに。


 ――あれはね、宿の主人にとって定番の挨拶みたいなものよ。


 ――ファリナには推奨すべきでない知識と考えられます。マイトもご協力ください。


 ファリナの不服そうな顔を、シェスカとエンジュはまるで姉か何かのように微笑ましそうに見ていた。「たぶん俺がいなければ何も聞かれない」なんて、思ってもとても言えなかったが。


「……あ、あのね、マイト。私は別に、同棲……じゃなくて、共同生活が駄目って言ってるわけじゃなくて……」

「あ、ああ。分かってる……いや、何て言えばいいのか……」

「リスティとプラチナが大丈夫なら、私もいいと思います。毎回ギルドで集合してパーティを組んで、なんてしなくてもよくなりますし」

「そうだな。マイト、できれば私達と一緒に暮らしてほしい。男一人だからといって、肩身が狭い思いはさせないつもりだ」


 三人の了承を得られているなら、迷う理由はない。無いのだが――素直に言って照れるというか、本当にいいのだろうか。


「家以外でも、貴族に出仕するための推薦状や、魔法のかかった武具や装飾品を選んでいただくこともできますが……」


 受付嬢に聞かれて、リスティたちは顔を見合わせ、そしてふっと笑った。答えは決まっているようだ。


「いえ、住居の貸し出しをお願いできたら嬉しいです。しばらくはこの街を拠点にすると思うので」

「かしこまりました。では、家の鍵をお渡しいたしますね」


 渡された鍵は二本――全く同じ形をしているので、どちらを使っても良いようだ。


「じゃあ、私とプラチナは家に行って、中の様子を見ておくわね。もう一本の鍵は……マイトに渡しておいていい?」

「俺でいいのか?」

「はい、私が持っててもいいんですけど、マイトさんなら無くさずに持っていてくれそうですし」

「ポーションの実験か何かだったか。あまり遅くならないうちに帰るのだぞ」

「ふふっ……プラチナ、お姉さんみたいになってる」

「このパーティでは年長なので、お姉さんらしくあろうという気持ちはある」


 プラチナがこちらを見てくるが、何を言っていいものか。俺の感覚だとみんな妹のようなものなのだが、今の見た目で言っても理解が得られなさそうだ。


「うぉぉっ、神よ、俺の目を潰してくれ! 見たくない、現実を見たくない!」

「リスティちゃんが合鍵を……合鍵を……」

「はっ……そうか、あれは鍵の形に見える何かであって鍵じゃない。そうだ、そうに違いない!」


 一部で阿鼻叫喚になっているが、リスティたちは気づいておらず、堂々と鍵を渡してくれる。パーティを組んでいるので何もやましいことはないのだが、ここではなく別の場所で鍵を受け取った方が平和だったような気もする。


「……マイト、お姉さんと呼んでもいいのだぞという意味を暗に込めたのだが?」

「だが? と言われてもだな……いや、大したものだけど」

「む? 大したものとは一体……む、そ、そういった話か? そんな話をこのような場で……」


 プラチナは自分の胸を覆うブレストプレートに触れながら言う。どうやら『大したもの』というのを、胸の大きさに対して言っていると受け取ったらしい。断じてそんなことはない。


「何言ってるの、もう……プラチナ、お姉さんなんだからマイトに呆れられないようにしなきゃ」

「マイトさんは器が広いですから大丈夫ですよ。だから私の実験にも付き合ってくれるんですし」


 かなり持ち上げられているが、それは想定外の報酬が出てみんなのテンションが上がっているからだろう。


 今日一日を充実感とともに終えるためにも、あとはナナセの実験が無事に終わるよう祈るだけだ。ギルドを出たところでいったんリスティたちと分かれ、俺はナナセと一緒に街の外に向かった。

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