第二十八話 執事とメイド



 リスティたちの後についてギルドに入ると、相変わらず一気に視線を浴びる。



「リスティちゃん達、昨日の夜はいつもの食堂にいなかったな……」


「ま、待てよ、おい……今戻ってきたということは、あの新人の男と一緒に、宿泊ありの仕事を……!」


「なんて羨ましいことを……女神の名において逃さん、お前だけは……!」



 嫉妬に温度というものがあったなら、俺はもう灰になっているのではないだろうか。



「……ねえ、マイト。何かすごく見られてない?」


「新人にしては堂々としているし、『賢者』はこの街では珍しいからではないか?」


「マイトさん、珍しい職業だと他のパーティに勧誘されがちですけど、ほいほいついていっちゃ駄目ですよ」



 むしろ誰からも勧誘されるわけがないので今後もリスティたちと組むことになるが、彼女たちのファンである荒くれ男たちの心情を思うと少々申し訳なさがある。



「やあ、君たち。奇遇だね、僕もブルーカードで受けられる仕事を終えてきたところだよ」



 前にも会った金髪の優男――確か、ブランドと言ったか。今日も筋骨隆々の老人と、メイド服の女性を伴っている。



「私たちも早くブルーカードになるように頑張るわ」


「うん……うん? それだけかな、言うことは」


「ええ、他に何か?」



 リスティが明るく聞き返すと、ブランドの肩当てがずり落ちた。メイド服の女性が何も言わずに肩当てを元の位置に戻す。



「コホン……ブルーカードに上がるには、魔物の討伐実績などの条件を満たす必要がある。君たちさえ良ければ、僕らが実績を満たす助力を……」


「その必要はないぞ」


「うん……うん?」


「私たちは順調に依頼をこなせてるので、今のところは指導とかは必要ありません」



 プラチナもナナセもきっぱりと断る――ブランドは頬をひくつかせるが、取り繕うように髪をファサッとかき上げる。



「フッ……誰にでもあるものだ、若さゆえに自分の力を過信してしまう時期というものは。今日のところはその矜持を尊重しよう。爺、ドロテア、行くぞ」


「はっ」


「かしこまりました、坊ちゃま」


「っ……その呼び方は人前では……ま、まあいい。その話は後だ」



 ブランドが外に出ていっても、侍従らしい老人とメイドはその場に残ったまま、俺たちに頭を下げた。



「申し訳ありません、若も悪気があってのことではないのです。あなた方を有望な冒険者と見て、お声がけさせていただいた次第ですが……どうやら、私どもが何もしなくとも立派にやっておられるようだ」


「は、はい……今日も、無事に仕事を終えてきたところです」


「彼の誘いに応じる必要はございませんので、これからも厳しく応対いただければ……そう私が言っていたことは内密にお願いいたします」



 栗色の髪の大人しそうなメイドは、思ったよりもブランドに対して厳格だった――侍従というより、目付役か教育係という感じだ。



「私はメルヴィン、ブランド様のパーティで『執事』を務めております」


「私はドロテアと申します、『メイド』でございます」


「……そう言ってしまうと、あの人が貴族か、名の知れた家の出身ということになるんだけど。いいの?」


「なんと、シュヴァイク家をご存知ない……なるほど、この街には最近来られたということでしたな。これは失敬いたしました」


「メルヴィン様、そろそろ坊っちゃんが痺れを切らしておられます」


「そうであったな。それでは皆様方に、女神の祝福のあらんことを」



 メルヴィンと名乗った老執事は、胸に手を当てて祈る仕草を見せる。ドロテアはスカートの裾をつまんで一礼すると、踵を返して歩いていった。



「なんだか、あのお爺さんも大変そうですね。若君のお目付け役って感じでしょうか」


「あの老人は只者ではないな。メイドの方も、立ち居振る舞いに隙がない」


「私たちは順調に依頼も達成できてるし、他のパーティにあたってもらいましょう。頼りになる人なら、マイトがいてくれるしね」


「そこで俺に振られても……まあ、俺も三人を頼りにしてるよ」


「えっ……そ、そうなの?」


「む、むぅ……むしろ私たちが、マイトに頼り切りのような……」



 リスティとプラチナは顔を赤らめて照れている。そんな反応をされると、俺の方も微妙に落ち着かなくなってしまった。



   ◆◇◆



「あら、リスティさんたち……依頼の期限は一週間でしたが、もう戻っていらしたんですね。凄いです」



 依頼を無事に達成したことは表情を見れば分かるらしく、受付嬢は自分のことのように喜んでくれる。



「これが受け取った報酬です。事前に提示されていた金額より色をつけていただいたんですが……」


「それはお仕事がそれだけ見事なものだったということですから、評価に加算されます。依頼は農場に魔物が出るということでしたから、討伐記録を見させていただきますね」



 リスティが白いギルドカードを取り出して受付嬢に渡す。ギルドカードには冒険者の活動内容が記録されていて、受付嬢はそれを閲覧する権限を持っている。



「……おかしいですね、赤文字が記載されてます。この辺りに出没したら、周辺の住民に避難勧告が出されるレベルの魔物ということになるんですが……アース、ゴーレム……?」



 リスティが振り返り、助けを求めるような目をする。どう説明したものかーーウルスラの件までは報告しないでおくとして、アースゴーレムを倒したことは記録に載ってしまっている。 



「その、野菜畑の魔物が出る原因にアースゴーレムが関わっていまして。依頼を達成する過程でどうしても倒す必要があったので、なんとか倒しました」


「ほ、本当に倒してしまったんですか? アースゴーレムにも個体差はあるようですが、推奨討伐レベルは15からで、安全討伐レベルは20とされています……それほどレベル差がある魔物を倒すと、リスティさんたちのレベルも上昇すると思うんですが」


「昨日は依頼主の方に泊めていただいたんですが、朝起きたら強くなっている気はしていました」



 経験を積んだあと、宿で寝るあいだにレベルは上昇する。俺のレベルは1のまま変化がないが、三人娘のレベルは上がっていたようだ。



 アースゴーレムでもレベルが上がらないとなると、転職後のレベル上昇に必要な経験がかなり多いか、レベルを上げるために特殊な方法を使わなければならないかだ。なるべく早急に答えを探したい問題ではある。

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