第二十七話 クエストクリア

 ミラー家で朝食を摂らせてもらったあと、アリーさんに御者をしてもらい、馬車でフォーチュンに戻ってきた。


 都市の東門前広場で馬車を降りると、リスティたちがお尻をさすっている――客車は結構揺れるので、ずっと座っていると結構厳しいものがあるようだ。


「皆さん、本当にありがとうございました。こちらが報酬になります」

「っ……こ、こんなにいいんですか? 畑があんなことになっていて、アリーさんたちも大変なんじゃ……」

「いえ……リスティさんたちは許してくださいましたが、企みごとのようなことをしてしまいましたから。それに、思いがけず娘が増えたような気持ちですし」


 アリーさんがリスティたちと話しているうちに、娘のマリノがそろそろと近づいてくる。


「お母さん、私が一人っ子なので寂しくないかって言ってたことがあって……ウルちゃんのこと、もううちの子みたいに思ってるみたいで」

「なるほど、そういうことか」

「私も妹ができたようなものだと思いたいですけど、ウルちゃんってお姉さんみたいなところもあるんですよね。見た目は幼いのにすごく大人びたことを言うので……」

「大人びた、というと?」


 何気なしに聞いたつもりが、マリノはそこまで言うつもりはなかったようで、驚いたように目を瞬く。


「え、えっと……主様……マ、マイトさんのことだと思いますが、経験豊富なので、き、生娘の私では、手玉に取られてしまうとか……」

「っ……そんな話をしてたのか。まあ、ウルの言うことは……」

「……あっ、ち、違うんです、私も……私も経験豊富ですからっ……!」


 それが嘘であるということは、マリノの真っ赤な顔を見れば分かる。


 なぜ嘘をつく必要が――と考えたところで、誰かに肘を控えめにつつかれた。


「マイトさん、往来の中でエッチな話はしちゃ駄目ですよ、一人がエッチだと思われたら連帯責任なんですからね」

「し、してないぞ。断じてそんな話は……」

「マリノ、そろそろお父さんのところにお見舞いに行きましょう」

「は、はーいっ……マイトさん、ウルちゃんを連れて今度また来るので、その時はよろしくお願いします」

「あ、ああ。マリノも、お父さんによろしくな」


 何か、急激にマリノに懐かれている気がする――天真爛漫な農場の娘というと、俺には無縁の平穏な世界の住人と思っていたのだが。


 アリーさんとマリノは馬車を預けたあと、都市の中に入っていく。旦那さんが治療を受けているという診療所に向かうようだ。


 これにて一件落着、あとはギルドで報告するだけだ。しかしリスティがさっきからじっとりと俺を見つめている。


「ふーん、マリノちゃんのお父さんに挨拶するんだ、マイト」

「そういう意味のよろしくではなくて……その疑いの目は辛いんだが?」

「マイトが挨拶に来たら、どれだけ頑固な父親でも折れてしまいそうな、そんな期待感はある。そう、私の父でも……」

「プラチナさんのお父さんというか、ご家族のことってあまり聞いたことないですね。リスティさんもですけど」


 ナナセが指摘すると、やはりその辺りは秘密にしているのか、二人が言葉に詰まってしまう。


「私は今二人と一緒に冒険できて充実してるので、いいんですけどね。マイトさんのことも詮索しないですよ、色々気になりますけど」

「……ごめんなさい、ナナセ。いつか必ず話すから、今は……」

「あ、本当にいいんです、なんだか振る舞いに気品があるなとか、そういうのは全然気にしてないですから。プラチナさんの鎧に入ってる紋章みたいなもののこととかも」

「しっかり見ているのだな……すまない、仲間に隠しごとをして」

「仲間っていうより、友達……みたいに思っちゃってますけどね。私って、図々しいので」


 そう言って笑うナナセを見て、リスティとプラチナも笑う。


「……あ、笑った」

「え?」

「マイトはいつも落ち着いているが、そんな笑い方もするのだな」


 リスティとプラチナに言われて、改めて振り返る。俺はそんなに笑っていなかっただろうか。


 ――マイト君は真面目すぎるから、ファリナと一緒に笑顔の練習でもしましょうか。


 ――私はしないけど、マイトが練習するのは見ていてもいいわ。


 ――私には、ファリナも『楽しい』と感じていると見受けられます。


「……ほら、そうやって遠い目をしてぼーっとしてると、顔に落書きしちゃいますよ?」


 いつの間にか、ナナセに下から覗き込まれている。身を屈めて至近距離に寄られると、服の胸元が――なだらかながらしっかりとある谷間が見えかけて、思わず目を逸らす。


「あ……す、すみません、馬車に乗ってるとき、暑くて襟を緩めてしまって。お見苦しいものを……」

「い、いや。こういうときは見てしまった方が悪いわけで……」

「? マイト、何を見たの?」

「その鋭い目で見られてしまったら、私はひとたまりもないだろうな……逃れられぬ猛禽の目だ」


 プラチナは自分の身体を抱くようにして言うが、どこか嬉しそうに見えるのは気のせいか。


「じゃあ、猛禽は一旦巣に帰るとするよ。誰が猛禽だ」

「あっ……あの、猛禽さんにお願いがあるんですけど……」

「……ナナセ、私たちは一緒に行かない方がいいのよね?」


 リスティがなぜか警戒している――できれば一緒に行きたくない、そんな気持ちが伝わってくる。


「一緒でもいいんですけど、万が一実験に失敗……いえ、スライム……」

「っ……あ、あのゴブリンの箱に入っていたものか? スライムも薬に使えるとはいうが……」

「プラチナさんは苦手ですからね、スライム。リスティさんも、無理はしなくて大丈夫です」

「スライムで何か実験するのか? 俺はかまわないけど」

「あ……ありがとうございますっ、マイトさん。ではでは、ギルドで報告をしたあとで待ち合わせをしましょう」


 ナナセの職業『薬師』は多くのポーションレシピを準備し、その中から効果的なポーションを選んで生成し、携帯することが重要となる。


 スライムを材料にしてどんなポーションができるのか分からないが、どうやらそれだけではなく、ナナセには何か試したいことがあるようだ。リスティとプラチナが警戒するということは、これまで実験で大変な目に遭っているようだが――ここは俺が犠牲、もとい立会人となって見守ることにしよう。

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