第二十六話 ミラー家の夜・2
一方、アリーとマリノの親子と挨拶を終えたあと、リスティたちの部屋では。
「プラチナ、さっきからどうしたの?」
「そうですよ、様子がおかしいです。プラチナさんはいつもちょっと変ですけど」
「な、何を言う……ナナセこそ、ポーションを作っている時は世にも楽しそうな顔をするではないか」
「そうなんです、さっき手に入れたゴーレムの砂を使って……あっ、ウルちゃんのものなので、勝手に取ってきたら駄目でしたか?」
「すー……すー……」
ウルスラはリスティのベッドで、いつの間にか寝入っている。それに気づいた三人は隣室に移動して、声を小さくして話し始めた。
「……そ、その……さっきの戦いの中でのことだが。マイトにしてもらった行為について……」
「あっ……あれは、プラチナが新しい技を使うために必要だったのよね」
「あの、それなんですけど、私も遺跡から外に出てから、何か変な感じで……気のせいだと恥ずかしいなと思ってたんですけど、やっぱりお二人も……?」
「っ……そ、それは……」
リスティとプラチナは顔を見合わせる。そしてどちらが説明するのかと無言の駆け引きをしたあと、プラチナがこほん、と咳払いをしてから言った。
「どうやら、マイトは『賢者』なので、彼に力を引き出してもらうと新しい技が使えるらしい」
「そ、そういうことなのね……プラチナはあのとき、マイトが魔力を必要としていたから、そういう技を使えるようになったっていうこと?」
「う、うむ」
「プラチナさんは『パラディン』ですよね? パラディンって、そういう技を使えるものなんですか?」
ナナセの質問に、プラチナはリスティを見やる――そして、神妙な面持ちでナナセに向き直った。
「私の本当の職業は『ロイヤルオーダー』という。それ以上詳しいことは、今はまだ話せないのだが……その職業がどのような役割を持つかを考えれば、他者に魔力を渡せるというのはそれほど疑問でもないのだ」
「ロイヤル……そうだったんですか……」
「……ナナセ、怒らないのか? 私が職業を偽っていることについて」
「そんな、怒ったりしないですよ。私の職業の『薬師』だって、伏せてる人がいるくらいですし……ほら、お薬って言っても色々ありますし、密造のために怖い組織に狙われちゃったりしますからね」
ナナセの反応にプラチナは安堵する――リスティは微笑んでいるが、その表情はどこか寂しげなものだった。
「し、しかし……私は、重要なこととはいえ、彼にそのようなことをしてもらって、次からどうすればいいのかと思って……遅れて恥ずかしくなってきてしまったのだ……っ」
プラチナはいかにも重大なことというように、声を震わせて言う――その瞳には涙が浮かんでいる。だが、ナナセの反応はつれないものだった。
「そんなことで、すごく悩まれても……プラチナさんも自分で言ってますけど、必要なことなんだから仕方ないじゃないですか」
「し、仕方ない……そうなのだろうか。あの技を使う度にマイトにき……キスしてもらう必要があるのだぞ? 手の甲とはいえ、彼に悪いではないか」
「……キス以外の方法はないの? 私も必要になったら、その……キスしてもらわないといけないことになるのよね……?」
「そ、そんなに気にしてたらマイトさんにも悪いです。男女でパーティを組むってそういうことじゃないですか? 信頼できる人だから、彼を選んだんじゃないんですか」
「……ナナセも顔が赤くなっているのだが。自分だけが平気で、大人の考えを持っているという思い上がりはやめてもらおうか」
「くぅっ……こ、こんな話してたら恥ずかしいですよ、それは。プラチナさんこそ、一番年上なのにそんなに恥ずかしがってたんですか? それなら言ってください、もっと早く。時間が経って意識しちゃって、マイトさんの前にも出られないなんて、相当な重症ですよ」
「くっ、殺せ……!」
「ま、待って、喧嘩しないで。プラチナは相談したかっただけなんだから、ナナセも落ち着いて……ね?」
リスティに取りなされてナナセは引き下がるが、プラチナは羞恥に頬を押さえる。
そんなプラチナを見ているうちにリスティが笑い――ナナセも、それに釣られるようにして笑った。
「もう……しょうがないですね、本当に。プラチナさんは基本的にすごい美人なんですから、マイトさんの前でも堂々としていたらいいんですよ」
「む、むぅ……私など、女を捨てて久しい人間だが……」
「プラチナが貸してもらった服、すごく可愛いのを選んでるじゃない。よく似合ってると思うけど?」
「そ、それは、アリーさんが用意してくださったものがこれだったというだけで……」
「言うまいと思ってましたけど、結構えっちなネグリジェですよね」
「っ……このあたりではこういった寝間着が普通なのかもしれないから、滅多なことを言うものではないぞ」
「……あっ、それでマイトの前に出るのを恥ずかしがってたのね」
リスティが納得したという様子で言う。プラチナとナナセはそんなリスティを、真意を伺うような目で見つめた。
「……これって、リスティに自覚がないだけですか?」
「昔からそういうところはあるからな……マイトもよく落ち着いているものだ」
「えっ……な、何? 私の服が何か変なの?」
プラチナが恥ずかしがる寝間着とさほど変わらないものを身に着けていることを、リスティは自覚していなかった。それが、マイトにどう見られるかということも。
「そろそろ休みましょうか、私とプラチナさんは同じベッドなんですよね」
「うむ、私は寝相がいいから心配はないぞ」
「ちょ、ちょっと二人とも……」
「リスティさん、ウルちゃんが起きてしまうので騒がしくしちゃダメですよ」
ナナセに釘を刺されて、リスティはハッとした顔で口を押さえる。
そしてウルスラが起きないようにベッドに入ったあと、リスティは目を閉じた後で改めて思い返した――マイトがプラチナの手にキスをする場面を。
(……私も、あんなふうに……そんなに意識したら、マイトに……悪い……)
ウルスラの近くにいると不思議なほどに心が安らぎ、リスティはすぐに眠りに落ちる。最後に考えたこともまた、一人で休んでいるマイトがどうしているかということだ
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