第二十二話 脱出

 転移を終えると、地霊の祭壇の前に出た。夕暮れ時の外の光を眩しく感じるが、徐々に慣れてくる。


「お、お母さんっ、マイトさんたちが帰ってきた……っ!」


 マリノが声を上げて駆け寄ってくる。その目は涙ぐんでいる――俺たちのことをかなり心配していたようだ。


「ありがとう、待っててくれたのね。もう野菜の魔物は出ないと思うけど、どうだった?」

「あっ……そ、そういえば……お母さんと、畑が静かになったって話してたんです」

「一時的に鎮まったのかと思っていたんですが……皆さんが、地霊様とお話してくださったのですか?」

「うむ、あなたがたが地霊と呼んでいたのがこの子なのだ」

「「えっ……?」」


 アリーさんとマリノが、プラチナの腕の中で眠る子供を見る。


「この子が……地霊様、なのですか?」

「いえ、そうじゃないみたいです。地霊というわけじゃないんですけど、雨を降らせたりはできるみたいです」

「……んん。ああ、少し眠ってしまったのか」


 会話が聞こえたのか、子供が目を開ける。プラチナに頼んで地面に下ろしてもらうと、子供は西の空に沈んでいく太陽を見て、眩しそうに目を細めた。


「……本当に出られると思わなかった。こんなに明るいものだったかな」

「あ、あの……私たち、あなたのことを地霊だと思って、ずっと祭礼をしてきて……でも、恥ずかしいからって、リスティさんたちに任せてしまって……っ」


 マリノは言葉を詰まらせながらも、これまでのことを説明しようとする。それを聞いていた子供は、太陽に背を向けて楽しそうに笑った。


「まだ幼いながら、マリノの踊りはなかなかのものだったよ。もちろんアリーもね。今年はリスティたちが舞ってくれたけれど、恥じらいつつというのもいいものだ。乙女の舞いとはそうでなくてはいけない」


 また「えっ?」と言いたそうな顔をして、母と娘が固まる。リスティとナナセは顔を見合わせて肩をすくめ、プラチナは特に動じてはいない。


「……でも、分かってはいたんだ。君たちはボクを祭ってくれていたけれど、それは負担にもなっていた。それでも無茶を言いたくなってしまったんだ。子供じみたことをしてしまった」

「っ……い、いえ、そのようなことは……」

「お父さんは怪我をしちゃいましたけど、それでもあなたに感謝していたんです。それに、祭礼もちゃんとできなくて申し訳ないって……この辺りが豊かなのはあなたのおかげなのに」

「そうじゃない。この辺りに豊かな実りがあるのは、君たちが努力したからだ。ボクは……」


 リスティとナナセに支えられていた俺は、なんとか自力で立つと、アリーさんたちの前に出た。


「この子は何か事情があって、ずっと地の底にいた。こうして出てきても問題がないなら、連れ出したいと思ったんです。依頼にないことをしてすみません」

「いえ。この方を私たちが地霊様と呼んでいたのなら……お会いすることができて、光栄でしかありません」

「私もお母さんと同じ気持ちです。お父さんも、お祖父ちゃんたちも、きっと同じだと思います」

「……そうかな。ボクのことを、怖がったりはしないかな」

「いいえ。もしよろしければ、私たちのお家にいらっしゃいませんか? いくらでも、好きなだけいていただいて構いませんから……私たちの食事などがお気に召したらいいのですが」


 人間と変わらない姿である以上、衣食住の確保が必要になる。確かにそれはそうなのだが、アリーさんの受け入れの早さに驚かされる。


「いいのかい? 自分のことは自分で何とかしようと思っていたんだけど……」

「そんなこと言わずに、私たちに任せてください。お母さん、私家に戻ってお風呂の準備をしておくね」

「ええ、お願いね。遅ればせながら、私はアリー、あの子は私の娘でマリノです。あなた様は……」

「ボクの名前は……そうか。君のおかげで、思い出すことができたのか」

「……え?」


 『君のおかげ』とこちらを見て言われても、俺には心当たりが――あるとすれば『白の鍵』を使ったことか。


「ボクはウルスラ。ウルとでも呼んでくれればいい」

「分かりました、ウル様。これからよろしくお願いいたします」

「『様』はいらないよ、ボクは世話になる立場だからね。君たちもそうしてくれると嬉しい」

「ええ、分かったわ……私はリスティって言うの。よろしくね、ウルちゃん」

「えっ……い、いいんですか? ウルちゃんって呼んでも」

「かまわないよ。君はナナセで、君はプラチナ。そして……男はあまり好きじゃないけど、君は特別に認めてあげよう。賢者マイト」

「あ、ああ……」


 俺たちが名前を呼び合っているのが聞こえていたということだろう。しかし俺も、ちょろいと言われても仕方がない――『賢者』と職業を見抜かれるのがとても嬉しい。


「よろしければ皆様もいかがですか? それとも、フォーチュンに戻られますか」

「どうする? みんな」


 リスティに聞かれたとき、ぐぅぅ、と音がする――プラチナのお腹が鳴ったらしい。


「……探索をしている間は、つい空腹を忘れてしまうな」

「は、はい。私も、その……今までは我慢できてたんですけど……」

「まあ……では、急いで家に戻りましょう」


 冒険者たるもの、いつでも迷宮の類を探索できるように準備をしておかなければ――これは、今後の改善点として留意しておこう。今回は衣装の件といい、色々と例外的ではあるが。

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