第二十三話 大地の恵み
その日はすぐにフォーチュンに帰ることはせず、ミラー家に泊めてもらうことになった。
近隣の牧場から分けてもらえるという乳や肉、そして魔物化していない部分を収穫してきたカブを入れたシチューをふるまわれたが、それを一口食べた皆の感想がこれだった。
「まさに大地の恵み……やはり採れたてのもので作ると味が違うな」
「ええ、本当に美味しい……すごくコクがあって、味が深いわ。お肉もとろとろになってる」
「ほっぺたが落ちすぎて何個あっても足りないですよ。ああ、舌の上でお肉が溶けまふ……」
「おかわりもありますので、たくさん召し上がってくださいね」
「「「はーい」」」
アリーさんがすっかり三人の母親のようになっているが、美味しい食事を与えられると人はいつでも童心に帰るということなのだろう。
「ウルさん、本当にお水だけで大丈夫なんですか?」
「うん、構わないよ。清浄な水があればそれでいい」
ウルスラはあの場所でずっと縛られていても生きていたのだから、食事の必要はないのだろう。しかし水だけでは、ナナセの言う通り確かに心配になる。
「もしボクのことを心配してくれるなら……もう一度衣装を来てもらって、賑やかにしてくれたらいいかな。それだけで精気をもらえるからね」
「せ、精気……私たちも踊ってるときに、それを吸われてたの?」
「あの祭壇にはそういう目的もあるからね。けれど疲労したりするほどじゃないよ」
精気を吸うというと、サキュバスとかの類の魔物を連想してしまうが――あの系統の魔物はこちらのレベルを下げてきたりもして、高レベル冒険者にとっても脅威とされていた。
ウルスラが精気をもらうのは、そういった危険は無さそうだが。
しかしさっきから、ウルスラがこちらに向ける視線が気になる。何か楽しそうで、悪戯を仕掛けようとしているような目だ。
(……考えすぎか? いや、やっぱり見てるな……)
「マイトもいるから、あの衣装はしばらく着られないわね」
「そうなのか? もう十分に見られてしまったし、今さらどうということもない気はするが……」
「プラチナさんは自信があるからそう思うんです」
「自信……い、いや、そんなことは全くないぞ。あの衣装で自信があるというのは、露出に対する耐性があるということではないか」
「っ……ま、待て、プラチナ。アリーさんたちの前でそれを言うのは……」
以前はアリーさんとマリノも着ていた衣装なわけで――と危惧したとおり、二人は顔を真っ赤にしている。それを見ていたウルスラは寂しげに言った。
「そんなに嫌だったのか……道理で祭礼をしてくれなくなるわけだ。でも、衣装のことはお祭りとはそういうものだからって、みんなが自分から作ってくれたんだけどね」
「それは……世代が変わると考え方も変わるというかだな」
「そうだね、マイトの言うとおりだ。さすが賢者だね」
茶化しているのかと思ったが、ウルスラは本当に感心しているようで何も言えなかった。
◆◇◆
ミラー家には個人の家にしては大きめの浴場があった。井戸を掘ろうとして温泉を掘り当て、それを利用して作ったのだという。
「……ウル、どうした?」
ウルを一緒に風呂に入れてくれと言われたが、なぜかなかなか入ってこない。仕方なく、先に身体を洗い始める。
岩を切り出して作った湯船に、湯がなみなみと張られている。それを桶ですくって頭からかぶる――湯を幾らでも使っていいというのは贅沢なものだ。
「ふぅ……」
「……やっぱり、その強さにしては若いんだね。まだ少年みたいだ」
「……入ってきたなら、まずそう言ってくれ」
ウルスラは身体に布を巻いて入ってきている。男同士でも、そういうのを気にする場合は珍しくはないので、それはとやかくは言わない。
「じゃあ、まず……髪から洗うか。伸び放題だし、明日切ってもらった方がいいかもな」
「うん、そうするよ。洗い方を教えてくれれば自分でできるけどね」
「一応、頼まれてるからな……それとも、自分でするか?」
「ううん、君ならかまわないよ。好きにしてくれていい」
「言ったな? いや、まあ普通に洗うけどな」
ウルスラの髪に洗髪料らしいものを付けて泡立て、洗い始める。なにしろ地面につくほど長いので、自分で洗うと一苦労だろう。
「……ありがとう。マイトはいつも女の子の髪を洗ってあげてるの? リスティとプラチナも髪は長いよね」
「っ……同じパーティでも、男女で風呂には入らないのが普通だ」
「ふふっ……そうだけどね。慣れてるみたいだから、そうなのかなと思って」
「あのな……あまり大人をからかうもんじゃないぞ」
「そんなに違わないと思うけどな。ああ、本当の年齢ということなら、ボクの方が全然上なのか」
髪についた泡を流すと、ウルスラがこちらを向く。
(……なんだ? さっきから何か、見落としをしてるような……今、ウルスラはなんて言った?)
「次はボクが洗ってあげようか。要領は覚えたからね」
「いや、俺は自分で……」
「まあ、そう言わずに。マイトは座ったままでいてくれればいいからね」
そこまで言われると、断固として断るという気にもなれず――ウルスラに促されて髪を洗われる。
「……ボクの力がもう少し戻っていたら、マイトにもう少し喜んでもらえたかな」
「俺が喜ぶって……そんなこと、別に考えないでいいんだぞ」
「考えるよ。だって、ボクは……」
後ろにいるウルスラが動きを止める。何事かと思っていると――不意に耳元に近づかれ、囁かれた。
「……ボクはマイトのことが気に入ってしまったから。君が鍵を開けたせいだよ」
もっと早くに、気づくことはできたはずだ。
自分のことを『ボク』と呼んでいるが、その容姿は決して『少年』と言い切れるものではない。
あんな衣装で女性が舞いを納めることを求めたりする――そのイメージが、大きな誤解をさせていた。
「ウル……お前、まさか……」
「うん。言わずにおいてもいいかなと思ったんだけど……駄目だったかな」
駄目も何もない。可能なら、勘違いしたままでいるべきだった。
ウルスラのことをナナセも『少年』と言っていたが、それは『ボク』という呼称に引っ張られただけだ。
「君はボクを外に連れ出してくれた。その恩義は忘れないし、いつでも君の言うことに従うよ。契約はまだだけど、配下という扱いでかまわない」
「は、配下って……」
「マイトに忠誠を誓うっていうことだよ。しばらく黙っていた方がいいかな?
「……タイミングを見て明かしてくれるか。皆驚きそうだからな」
「わかりました、
その呼び方も遠慮しておきたいが、話を聞いてくれるのだろうか――これがわからない。
野菜畑の魔物を退治するという依頼のはずが、随分と遠くまで来てしまった気がする。これも俺が『賢者』になったからだとしたら、今後も思いがけないことが起きそうな気がしてならなかった。
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