第九話 報酬と乾杯


 ゴブリン撃退の証明として落としていった弓と、ホブゴブリンたちが耳につけていた金属の耳飾りを外して拾ってきた。


 魔物の特徴として、力の差を見せると『縄張り』を後退させ、人里から離れていく。しばらくあのホブゴブリンたちが街に近づくことはないだろう。


 ギルドカウンターで報告をすると、拾得品と交換で銀貨四十二枚が支払われた。


「えっ……そ、そんなに頂いてしまっていいんですか?」

「はい、このホブゴブリンは以前にも都市近くで確認されていて、賞金がかかっていましたので。内訳はホブゴブリンが三十枚、ゴブリン四体が三枚ずつになります」


 リスティだけでなく、他の二人も驚いている――明らかに目がキラキラしている。


 金貨四枚と少しに相当する報酬。宝箱の中に入っていた分も入れると相当な額だ。三人の反応を見るに、よほど今までは実入りの少ない仕事をしてきたらしい。


「掲示板の依頼を達成していただきまして達成点を貯めていただきますと、より良いお仕事をご紹介できるようになりますので、そちらもご検討をお願いいたします」

「うむ、そのつもりだ。今までは討伐依頼の対象を見つけられなかったり、わけあって討伐できなかったりしたが、今回のことで自信をつけられた」

「ふふっ……四人目のメンバーさんが加入して良かったですね」


 受付嬢が微笑みつつ言う。三人娘が揃って振り返り、後ろに控えていた俺を見てくる。


「……あら? まだパーティを組んだというわけではありませんでしたか。そういった雰囲気で入っていらっしゃいましたので、つい勘違いを……申し訳ありません」

「えっ……そ、その、マイトには今回協力をお願いしただけですから」

「リスティの乙女の勘が的中したのだ」

「???」

「プラチナさんの言うことは話半分に聞いておいてください。それではまた来ます、受付嬢さん」


 ナナセがやや強引気味に話を切り上げ、カウンターを離れる。周りの冒険者たちが、報酬の額に興味を示している――ここはスカウトの場でもあるので、稼げる冒険者は注目の的だ。


「あ、あんたら……俺達のパーティに入らないか?」

「男だけのむさいパーティより、女の子同士の方がいいでしょ」

「おいおい、待ってくれ。彼女たちには僕も注目していたんだが?」


 あれよと言う間に始まる争奪戦。話に聞いてはいたが、リスティたちの人気は相当なものだった。


 これだけ熱心に勧誘されて、リスティはどう考えているのだろう。


「えっと……ごめんなさい、ちょっとこれから彼と話があるの」

「「「ええっ……!?」」」


 今度は俺に注目が集まる――こいつは誰だ、さっき見たぞ、魔法職の新人か、とギルド内が色めき立つ。


「それと、他のパーティに入るつもりはないわ。今のところは何とかやっていけてるから」

「そうか……正直無念さを禁じ得ないが、もし困ったことがあったらいつでも僕に相談するといい」

「いや、相談相手も間に合っているのでな」

「何だって……!? 相談したのか、僕以外の奴に……!」


 勧誘してきた中でもよほど自信があったらしい、金髪の剣士がショックを受けている。


 そして俺の存在に気づいて見てくるが――なぜか、鼻で笑われた。


「フン……このフォーチュンで最強の僕・ブランド=シュヴァイクよりも、頼りになる相談相手などそうそういるわけがない。予言しよう、君たちは近いうちに僕に頼ることになる」

「はぁ……」


 リスティの気のない返事にも動じず、ブランドと名乗った剣士はギルドから出ていく。そのパーティはやたらと筋骨隆々の老人と、メイド服の女性という変わった構成だった。


「(リスティさんとプラチナさんが目立ってしまうので、そっと退散しましょう)」


 ナナセが背伸びをして耳打ちしてくる――相変わらず距離感が近い。


「くっ……俺もあんなクールな女の子にそっと耳元で囁かれたい……!」

「あの子、ポーションとか作ってるらしいぜ……そんな知的なところもいいよな」


 そしてナナセは自分が注目されていないと思っているようだが、どうもリスティやプラチナとは別の層に人気があるようだった。


   ◆◇◆


 ギルドを出たあと、リスティたちと一緒に食事を摂ることになった。


 歓楽都市フォーチュンに飲食店は高級店から大衆食堂まであるが、リスティたちの取っている宿に併設されている酒場を選んだ。そこはまだ暗くならないうちから営業を始めているからだ。


 宿の女将が勧めてくれた肉料理を頼んで、それを待つ間に先に飲み物がテーブルに届けられた。全員が同じ林檎のエール酒だ――ほぼジュースのようなものらしい。


「それでは、マイトにお礼と、お疲れ様を兼ねて……乾杯!」

「「乾杯!」」


 木製のジョッキを皆と合わせたあと、試しに喉に流し込んでみる。


「ふぅ……これ、なかなか美味いな」

「そうでしょ? 私もこの街に来て初めて飲んだんだけど、仕事が終わってから飲むと最高よね」

「冒険者の醍醐味というものだな」

「お酒ってポーションと同じ要領で作れたりするんですよね。自分で飲んでみたらとんでもないことになりましたが」

「さっき投げたポーションも自分で試してたりするのか?」

「私、まだ『薬師』としてのレベルが低いので、作ったものがどういう効果なのか分からなかったりするんですよね。あ、飲んだら危険なものはさすがにわかりますので、そこは大丈夫です」

「お腹がすくポーションは試さなくて良かったわね、最近あまり食べられてなかったから」

「あの依頼が誤算だったのだ、猫探しの依頼を出しておいて自分で帰ってきたから報酬を払わないなどと……銀貨一枚もあれば岩のようなパン以外を買えたのに」


 依頼をこなしたり、探索を成功させたり、魔物を倒すなどしないと冒険者は収入がない。ましてこの大きな街だ、新人が定常的に『当たり』の依頼を確保するのは難しいのだろう。


「岩パンも良く噛むと味が出ていいじゃない。私は嫌いじゃないわよ」

「聞きました? マイト。リスティさんってこんなに美人で高貴な感じがするのに、質素倹約をモットーとしているんですよ」

「っ……高貴って、そんなことないわ。私はただの流れ者の冒険者よ」

「うむ、リスティの言う通り。私はただの白銀の閃光プラチナだ」

「二つ名を名乗る流れじゃないと思うが……リスティとプラチナは元から知り合いで、一緒にこの都市に来たってことか?」

「そういうことになるわね。ナナセはこの街に仕事を探しに来て、私たちと同じ日にギルドで新人登録したの」

「どこかのパーティに入りたいと思っていて、リスティさんたちにお願いしたんです。リスティさんは立派な剣を持ってますし、プラチナさんは盾を持っていて、強そうだなと思ったので。私はレベル2ですけど、二人は3なんですよ。マイトさんはどれくらいなんですか?」

「リスティには言ったけど、俺はレベル1だよ」

「……えっ?」


 ナナセが固まってしまったので、ホワイトカードを見せる――「レベル1」という記載を見て、ナナセはぱちぱちと瞬きをしている。


「……『賢者』さんって、レベル1でもめちゃくちゃ強いんですか?」

「マイトが例外だと思うけど……『賢者』なら、他に魔法が使えたりもする?」

「レベル1だからなのか、俺が変わってるのかは分からないけど。実はさっきの箱は、魔法で作った鍵で開けたんだ」

「それは……『解錠アンロック』の魔法か。鍵を開けられる職業をパーティに入れていないとき、代わりに使われると聞いたことがある」


 鍵の代用として魔法を使う場合、高レベルの魔法職でなければならないと聞いたことがある。『盗賊』から『賢者』に転職した場合は、レベル1から使える――ということで、魔力を鍵に変えられるのだろうか。


「私は18で、リスティは15。ナナセは14歳なのだが、マイト殿は幾つなのだ?」

「俺は……15歳、ってことになるのか」

「ホワイトカードに書いてある情報は誤魔化せないから。マイト……本当に同い年なのね」

「私より年上なんですね……なんとなくマイトさんって呼んでいましたけど、そのままで良さそうですね」


 リスティも箱を開けた時に「マイトさん」と言ってた気がするが――あれは箱の中身に驚いたからだろう。基本は「マイト」と呼び捨てらしい。

 

「あなたみたいに強い人が同年代にいると、凄く励みになるわ。これからも街で会うことはあるだろうけど、挨拶くらいはさせてね」

「ああ、こちらこそよろしく」


 この街をしばらく拠点とするつもりなので、冒険者の知り合いはいるに越したことはない。


 話しているうちに料理が運ばれてくる――熱した鉄板の上で、肉がジュウジュウと音を立てている。見るからに、ここの酒場の料理人は腕がいいようだ。


「本当にいいんですか? こんなに贅沢して……お肉なんて食べたら、私駄目になっちゃいそうです」

「今は駄目になっても良いが、しかるべきときはしっかりすれば良いのだ」

「しっかり食べて、次のお仕事に備えましょう。次は正式な依頼で良いのがあるといいけど」

「そうだな。何かいいのがあったら、俺もひと口乗らせてくれ」


 久しぶりの肉をナイフで切り、口に運ぶ。


 エルフのシェスカさんは肉料理を食べなかったが、菜食でも美味い料理の食べられる場所に立ち寄ったときは、パーティ揃って食事をした。


 そしてファリナとエンジュ。三人は今頃何をしているのか――どこにいるのか。リスティたち三人の姿を見ていると、かつての仲間たちのことを思わずにはいられなかった。

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