第十話 夜の騒動
夕刻を過ぎると、酒場にやってくる客も増えてだいぶ賑やかになってきた。
俺たちのテーブルはやんごとなき身分らしいリスティ、一見すると質実剛健に見えるプラチナ、そして知的な薬師のナナセ――と、騒がしくなりそうもない面々だと最初は思ったのだが。
「……それでね、仕事を紹介するって言われて、冒険者のお仕事だと思ったら、綺麗なドレスを渡されたの。私は冒険者で、綺麗な服を着たいわけじゃなかったから断って……ねえ、聞いてる?」
「あ、ああ……聞いてるよ。リスティの選択は正しかったんじゃないか」
「私もそう思う。給金は冒険者の依頼よりもずっと良いのだが、冒険者は冒険を
先程から、この街に来たばかりの頃の苦労話を聞かされている。というか、リスティはだんだん飲んでいるうちにクダを巻いている感じになってきていた。
そういった女性の対応は身についている。ただ話を聞いて相槌を打つ、それに限る。
「ちなみにそのお仕事に誘ってきた人は、私のことが見えてなかったみたいなんですよね。二人がするのなら私もするつもりでしたよ、苦労は三人で分かち合うって誓っ……ひっく。誓ったので」
「あ、ああ。大変だったな……」
ここは歓楽都市と言われるだけあってさまざまな娯楽を提供する店があり、外からの客が多く訪れる。
住人の多くも、夜な夜な『不夜街』と言われる区域にやってきて癒しを求める。他のテーブルでも、男たちが歓楽街に繰り出そうと盛り上がっていた。
「チッ、男一人に女三人たあ見せつけやがって……羨まけしからん」
「リスティちゃんとプラチナさんは、新人冒険者のアイドルだぞ……あの若造、何を落ち着いていやがる……!」
「俺たちの方が一回り年上だが、プラチナ『さん』と呼びたくなる貫禄があるよな……特にあの……」
「や、やめろ! 口には出さずに、胸に淡い憧れを抱き続けろ!」
男たちが何やら騒いでいるが、気持ちは分からなくもない。酒場に来る前に、鎧を脱いで私服に着替えてきたプラチナは、思わず言葉を失うほどの色香をまとっていた。
(俺は賢者になったから動じずにいられた。盗賊のままだったら危なかったな……)
「んん? マイト、さっきから飲んでいないな。甘いお酒は口に合わないか?」
「あっ……プラチナさん、あまり急に動いたら危ないです、こぼれます」
「大丈夫だ、私は酔ってなどいないからな。そんな粗相はしない」
「どう見ても顔が真っ赤なんだが……もしかして、酒はまだ早かったか? いつも飲んでないんじゃないのか」
さすがに指摘すると、三人が顔を見合わせる。どうやらバレていないと思っていたようだ。
「そ、そんなことないわ。私だってもう大人だもの、お酒くらい日頃から
「あ、すみません。水をお願いできますか」
「はーい、お兄さん……じゃない、まだ少年って感じね。この子たちのパーティに入ったの?」
「いえ、ちょっと縁があったというか。少し手伝いをしただけです」
髪をバンダナでまとめた気風の良さそうな女性店員は、好奇心をそそられるという顔で俺たちを見るが、三人の赤い顔を見て察してくれたのか、すぐに水を持ってきてくれた。
◆◇◆
結局、案じていた通りになってしまった――水を頼んだ時点で、追加のオーダーを止めることはできたのだが。
「……んん……私は……決して屈しない……スライムなどに……」
一番酒が強そうだったプラチナが潰れてしまい、机に突っ伏して寝始めてしまったので、彼女たちが取っている宿の部屋まで運ぶことになった。
「マイト、魔法職なのに力があるのね……そんなに軽々とプラチナを運んじゃうなんて」
「まあ、
「あの、怒らないで聞いてほしいんですけど、その担ぎかたって人さらいみたいじゃないですか?」
「っ……そ、そうか? 普通に持ってるつもりなんだけどな」
姫様でも抱き上げるような感じで運ぶのもなんだし、背負うのは諸事情によってできないので、荷物袋でも担ぐような要領で運んでいる。
だが、盗賊のときの癖が出てしまっているといえばそうだった。宝箱を肩に担いで迷宮から脱出したことを思い出す――後ろから来る魔物の群れを、エンジュが魔導術で牽制してくれていた。
「それで、部屋はどこなんだ?」
いったん酒場の外に出てから階段を上がり、宿の二階にやってきた。宿といっても長期に渡って部屋を借りる人が多いため、集合住宅のようなものだ。
「その三つ目の部屋……だけど……」
リスティが全て言い終える前に、異変に気づく――その『三つ目の部屋』のドアが開いている。
留守中の冒険者の部屋に、無断で出入りする者がいる。それが意味することは一つしかない。
「ど、泥棒、泥棒ですっ!」
「二人とも、悪いがプラチナを頼む!」
「マイト……ッ!」
プラチナを下ろして、三つ目の部屋に駆け込む。部屋の奥の窓が開いていて、ベランダに人影が見えた。
賊はすぐにベランダから飛び降りる。俺はその後に続くが、盗賊の特技を使っていて、賊の姿はすぐに宵闇に紛れてしまう。
しかしいくら暗くても、相手の方法を見失わない方法はある。それは単に一定以上の距離から離れないことだ。
相手はなかなかの俊足だが、あくまでもこのレベル帯の街においての話だ。死角に入りつつ、賊を見失わないように追っていく――集中すると相手の動きが遅く見えるので、全く難しいことではなかった。
◆◇◆
賊が向かった先は、都市の城壁外だった。正門以外にも警備が薄い場所があり、そこを抜けると森に入り、しばらく進むと小屋が見えてきた。
小屋の扉からは明かりが漏れている。周りに罠も仕掛けられていたが、転職前は自分が仕掛ける側だったのでこの程度なら引っ掛かりはしない――どころか、少し細工をしてやることもできる。
「――全く冒険者ってやつはチョロいもんだな」
小屋の中から男の声が聞こえる――外壁の小窓に耳を近づけると、さらに話し声が聞こえてきた。
「俺が目をつけた通りだったろ? あいつらは金目になるものを持ってるってよ」
「あのリスティとかいう娘が持ってる剣、見るからに値打ちものでやすからね」
「パラディンとか名乗ってる女の武具もいい。おう、盗ってこれたじゃねえか」
「冒険から一回戻ってきたらしくて、無造作に置いてありやした」
ゴトン、と重量感のある音が聞こえる――革袋に入れて盗んできたプラチナの武具を出したのだろう。
「明日、商人に紛れて運び屋が来る。外でさばかねえと足がつくからな」
「そっちには何が入ってるんだ? なかなかいい造りの箱だな」
「へえ、これがリスティって娘の持ち物だと思いまさあ」
「ちょっと貸してみろ……くそ、鍵がかかってるじゃねえか。ロックピックあるか?」
「出てくるもの次第じゃ、面白いことになるかもしれねえぞ」
――この辺りが潮時か。
俺は小窓に向けて手を伸ばす。そして、ランタンの明かりに向けて思い切りコインを弾いた。
「っ……な、何だ!?」
「敵襲っ……くそ、守備兵に気づかれたか……!」
「その方が良かったか?」
ランタンを弾き飛ばして消したあと、真っ暗になった小屋に入り込んだ。
そして三人の中でも主導権を持っているらしい一人の後ろに周り、手刀を首につきつける。
「ど、どこから……小屋の鍵は、閉まって……」
「蹴破っても良かったんだが、鍵を開けて入らせてもらった」
「て、てめえも盗賊か……!」
「上等だ、無事で帰れると思うなよ!」
三人に気づかれずに倒すこともできたが、そうしなかったのは何故か。今後もリスティたちが盗賊に狙われないようにするには、やっておかなければならないことがあるからだ。
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