第八話 賢者の特技

「――ガァッ!」


 ホブゴブリンが拳を突き上げ、犬歯の目立つ口を開けて吠える。配下のゴブリンは四体で、ナイフと棍棒を持った前衛が二体、木陰に隠れてこちらを狙っている二体は弓持ちだ。


 こちらは前衛の防御役が『パラディン』のプラチナ、そして『剣士』のリスティが近接攻撃役。ナナセは羽織っていたベストをめくると、中から薬品の入った小さな容器を取り出した。


 ゴブリンが最初に狙ったのは盾を持たないリスティ。ゴブリンの武器は毒が塗られている可能性が高く、その場合はナイフの刃がかすりでもすれば命に関わる――しかし。


「――こちらに来い、ゴブリン!」

「ギッ……!」


 守護騎士パラディン――聖騎士アークナイトとは対極に位置する職業で、その技は守りに特化している。


 パラディンの特技には、自分に攻撃を引き付けるというものは確かにある。しかし、俺の記憶が確かならば、今プラチナが使った技能はパラディンの技じゃない。


(あれは『ロイヤルオーダー』の技……『身代わり』じゃないのか?)


「――ギャギャッ!」

「何のぉっ!」


 棍棒を持っていたオークがプラチナに攻撃する――白銀の盾で受け止め、弾き返すが、その瞬間にナイフ持ちのもう一体が駆け込んでいる。


「くっ……!」

「させないっ!」


 ナイフを閃かせようとしたゴブリンは、リスティの鋭い切り払いで牽制され、たまらず後ろに飛び退る。


「リスティ、弓に気をつけてください!」

「ええ、大丈夫! 今は狙われないから!」


 リスティは弓持ちのゴブリンに視線を送りつつ言う。彼女の身体の周辺に、ふわりと淡い光がきらめいた。


(まさか……待て、本気か? なんでそんな技を使う人間が、ここにいる……?)


 リスティの技にも俺は見覚えがあった。世界の果てまで旅をすれば、さまざまな職業を見る機会がある。


 弓持ちのゴブリンがリスティを狙う手を緩める。まるで萎縮でもしたかのように。


 それを可能にする技は『気品』。ごく限られた血統が持つ職業しか持っていないはずの技。


 お嬢様どころじゃない、リスティの正体は――どこかの王族だ。


「――ガァァァッ!!」

「っ……な、何?」


 ホブゴブリンが再び吠える――怒りを込めたその声にゴブリンたちはビクリと反応し、その目が赤色に変化していく。


(『怒りの叫び』……あれを出されれば『気品』の効果も無効化される。ゴブリンにしてみれば、王族の風格よりも親玉の方が怖いからな)


「「ギィッ、ギィッ!」」


 ゴブリンたちが戦意を取り戻す。次からは自分の身も顧みずに攻撃してくるし、矢も容赦なく飛んでくるだろう。そう――今まさに。


「――グォォォォ!」

「ホブゴブリンめ、来るかっ……!」

「プラチナさん、避けてください! 『あれ』を投げます!」

「っ……!」


 手下が動く前に、ホブゴブリンがプラチナを狙う――彼女を崩せばパーティの隊列が崩壊する、そういった狙いだろう。


 しかしプラチナが横に避けて、そこにナナセがポーションを投げる。それはホブゴブリンの肩のあたりに命中し、霧のように液体が広がった。


「グガッ……ガッ、ガガッ……!」

「えっと、急にお腹がすいた気がしてくるポーションです!」

「わ、わかったわ! とにかく今がチャンスね……っ、やぁぁぁっ!」


 微妙な効果だが、なんにせよスキが生まれたことに違いはない――だが。


 リスティの攻撃は、ホブゴブリンを一撃で倒せるほどの威力がない。攻撃した直後に他のゴブリンたちの攻撃を受けることになる――そうなれば、無事では済まない。


 しかし俺は、これまでただ戦いを見ていたわけじゃない。


 ギリギリまでは見ていても大丈夫だと判断したから、待っていただけだ。動くべきその瞬間を。


「グガッ……!!」

「っ……浅い……!」


 ホブゴブリンがリスティの剣を受けるが、硬い皮膚を削ることしかできない。


 しかしリスティの次の行動までに、ホブゴブリンの反撃も、目を赤に染めたゴブリン二体が攻撃に動くこともない――俺がさせない。


(――そこっ!)


「ガッ!?」

「ギッ!?」

「グッ!?」


 三者三様の声とともに、ホブゴブリンとゴブリン二体がその場に倒れ込む。


「む……や、やったのか?」

「プラチナ、正面に盾を構えろ!」

「っ……!?」


 飛んできた矢の一本を、プラチナが盾で弾く。


 同時にもう一体のゴブリンが矢を飛ばしている――だが、それはこちらに届く途中で、空中で『弾けて』消し飛んだ。


「ギギ……ッ!?」


(これ以上やるか?)


「「ギ、ギィィッ……!」」


 視線を送っただけで、ゴブリンたちは戦意を喪失して逃げていく――弓矢は放り出していってしまった。


「や、やったわ……私たち、ゴブリンの親玉を倒せた……でも……」

「リスティさんの攻撃が当たったあと、大きなゴブリンが変な動きをしたような……」

「……リスティではない、誰かの攻撃が当たった。しかし何を、どうやって……」


 それは俺にとっても、嬉しい誤算というべきか――ある勘違いをしていた。


 レベルが1に戻れば、必然的に弱くなると考えていた。事実として、盗賊の特技は使えなくなっている。


 だが『特技が使えない』というだけだ。それ以外の能力――身体能力などが、ほぼそのまま残っている。


 敵の動きは集中して見ると遅く見えるし、リスティたちの動きもそうだった。どのタイミングでも後出しで割り込めるというくらいに。


「……その、何というか。今のは賢者の技で『コイン飛ばし』だ」

「コイン……そ、そんな魔法があるの? コインを飛ばして当てるだけでゴブリンを倒せたの?」

「魔力を込めたコインなら、そういうこともあるかもしれないですね……どうやって飛ばすんですか?」

「まあ、こうやって普通にな」

「なるほど、三枚のコインを同時に飛ばして、ホブゴブリンと手下の二体を倒したのだな……なんという妙技なのだ」


 実際、使ったコインは二枚だけだ。一枚はホブゴブリンの顎に当てて、その反動で残りの二体にも当てた。


 もう一枚は矢を撃ち落とすつもりだったのだが、勢いが強すぎたのか矢を吹き飛ばしてしまった。


 要は特技を使わなくてもこれくらいの敵なら相手にならないということだ。しかしレベル1で何も考えず強さを見せるわけにもいかない。そんな冒険者がいたら周囲から警戒されてしまう。


 などと考えるものの、すでにやらかしてしまった気がしなくもない。賢者がコインを飛ばして戦うとか、普通に考えて納得してもらえないだろう――そんな技は実際には無いのだから。


「まあ、無事にゴブリンも撃退できたし、俺はこれで……」


 立ち去ろうとして、三人を見たそのとき。


 今まで、何も見えていなかったのに。リスティ、ナナセ、プラチナの胸のあたりに、目を疑うようなものが浮かんでいた。


 仄かに輝く、半透明の錠前。それらが視界に入ると同時に、本能が理解する。『盗賊』ではない、『賢者』という職業に与えられる、天から降ってくるような知識。


 ――常時発動技 【ロックアイ】 条件を満たすと生物・非生物が持つ『ロック』を可視化する――


 ――特殊技 【白の鍵】 『白のロック』を解放する鍵を魔力を消費して生成する――


「そんな、逃げるみたいに行かなくてもいいでしょう。あなたが一番活躍したのに」

「私がパラディンとしてマイトを守らなくてはと思っていた。しかしさっきの的確な指示がなければ、私は矢を受けていたかもしれない……守ってもらったのは、私の方だ。感謝する」

「それに銀貨を投げちゃってるじゃないですか。やっぱりもっと持っていった方がいいですよ?」


 それぞれの言葉で三人が引き止めてくれているが――俺はというと、内心で葛藤していた。


 やはり、鍵を作り出せたのは賢者の魔法によるものだった。もっとメジャーな魔法を使えるようになるとばかり思っていたが、どうやらそうはいかなかったようだ。


 そして、三人の胸の前に浮かんでいる『錠前ロック』――ギルドの受付嬢のときも見えた気がしたが、あの時はすぐ消えてしまった。しかし今は『意識して見ないようにすると見えなくなる』状態で、勝手に消えてしまう気配はない。


「……どうしたの? ぼーっとして。私たちの服に何かついてる?」

「い、いや。何でもない」

「話の続きは街に戻ってすることとしよう、ここにいるとまた戦闘になるかもしれないのでな」

「そうしましょう。マイト、一緒に来てくれますか?」


 なぜロックが見えるようになったのか。そして、そのロックを『白の鍵』で開けることができるのか――開けたら何が起こるのか。


 分からないことだらけだが――三人が俺を怪しんでいないのなら、ひとまずは安心だ。街までは一緒に行き、あとのことはそれから考えることにした。

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