第六話 第一の魔法

 森の入り口付近、街のほうから目につかないくらいの場所に来たところで、さっきのナナセと呼ばれた薬品マニア――というか薬師らしい少女と、赤髪の女騎士が姿を見せた。


「すまないな、わざわざ来てもらって」

「箱の鍵を偶然拾ったって本当ですか? ちょっとあやしくないですか?」

「いや、そんなに見られても……というか、距離が近いな」

「あっ……す、すみません。近くに寄らないとよく見えないので」


 シェスカさんは強化魔法で視力も上げられると言っていた――彼女自身、若い頃に本を読みすぎて視力が落ちてしまったので、魔法を覚えて便利になったそうだった。このナナセという娘も、その魔法があったら不便はないのだが。


(賢者なら、そういう魔法も覚えるのか……ファイアボールも使えないと、心配になってくるんだが)


「そそ、そんな嫌な顔しなくてもいいじゃないですか。私ちゃんと昨日お風呂に入りましたよ、沐浴ですけどね」

「っ……ナナセ、そういうことを男の人の前で言わないで」

「ふところに余裕があるときは大浴場に行けるのだがな。少年、私はちゃんと鎧の手入れを毎日しているから、そのあたりの心配は無用だ」

「冒険者なら数日は風呂に入れない時もあります……いや、あるんじゃないですか。久しぶりに入ると爽快でしょうね」

「そうなのよ、そんなときは生まれてきて良かったと思わざるを得ないわ」


 入浴の事情で深く共感する――というか、この娘たちも稼げないときはまともに風呂に入れないのか。若い娘には結構厳しそうだ。


 俺に同意してくれていたリスティだが、ハッとしたように俺の顔を見ると、顔を赤らめて慌てて宝箱の方に向き直った。


「これが問題の宝箱よ。私たちにはどうにもできなくて、手をこまねいていたの」

「錠前が思ったより硬くてな。ゴブリンもしっかりした宝箱を持っているものだ」


 やはり力づくで開けようとしたらしく、女騎士が錠前をこじ開けるような手付きをする。魔力なしだった俺も自分を脳筋と思っていたが、彼女は文字通りのそれのようだ。


「むっ……そうか、名乗るのが遅れたな。私の名はプラチナという。白銀の閃光プラチナと言えば私のことだ」

「白銀の……それは、二つ名ってやつか。初心者ギルドなのに二つ名なんて凄いな」

「まあ、自称なんですけどね」

「自称ではない、私の心の中ではそう呼ばれているのだ」


 誇らしげに言うプラチナ――さんをつけるか迷ったが、たぶん歳も近いのでつけなくていいだろう。後で確認する必要はあるが。


「じゃれてる場合じゃないわ、この辺りは魔物が出るから。マイト、準備はいい?」


 ここでもう一度『鍵』を出すことができなかったら、盗賊の技が使えなくとも、経験則で箱を開けるつもりでいた――しかし。


 宝箱の錠前が、再び光って見える。


 三人は気づいていない、俺だけにそう見えているのだ。


 そして――少しの疲労感のかわりに、手の中に現れたのは、小さな鍵。


 普通に考えたら、鍵穴に入りもしないはずだ。ゴブリンが落とした箱と、俺の手の中にどこからか出てきた鍵が一致するわけがなく――。


「――行くぞ」


 三人が緊張しつつ見守る中で、俺は木箱にかけられた錠前に鍵を差し入れた。


 カチャリ、と音を立てて、あっさり鍵が開いた。


 顔を上げると、三人の表情が変わっている――いつも表情に感情が出にくいファリナでさえ、安堵したように微笑んでいていたことを思い出す。シェスカさんは手を叩いてくれていた。


「凄い……本当に開くなんて……」

「でも、この箱には合わないくらい綺麗な鍵ですよね……」

「うむ、キラキラと輝いていて……もっと錆びたりしていてもおかしくないように思うのだが」


 箱を開けたあと、鍵は消えてしまった。錠前ももう光っては見えない。


 ――このわずかに感じる疲労が、魔力を使ったことによるものだとしたら。


 俺が『賢者』として初めて使った魔法は、自分の魔力で鍵を作り出すというものだった。


 リスティを見ると、何も言わずに頷く。開けてみてほしい、ということらしい。


 『始まりの街』の周辺で手に入る箱になんて、大したものは入ってない。期待はせずにおくが――と考えつつ、開ける途中で。


「これは……」


 思わず息を飲む。鈍い光を放つ銅貨などが入っているだけかと思われた箱から、価値あるものが入っていると示すように輝きが漏れていた。


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