第五話 乙女の勘

「……怪しいと思ってない? 何も悪いことはしないわ、イリス様に誓って」


 イリスというのは女神の名前だったと思う。イリス教徒は盗賊ギルドと敵対しているので、正直良い思い出がないのだが――今の俺は賢者だ。


「ただ、本当にちょっと気になったっていうか、さっきあなた、手に鍵を持ってなかった?」


 見られていた――いや、普通に見えるところで鍵を出してしまっていたが。


 どう答えたものだろう。俺にもまだ理解できてないことを言っていいものか。


 即答できない俺を見て、少女は腕を組んで思案顔をしつつ言葉を続けた。


「私もね、そんなことはありえないと思ってはいるのね。でもゴブリンの箱の鍵を、あなたが偶然拾ったりしたとか、そういうこともあるかもしれないじゃない?」

「い、いや。拾ってはないけど」

「待って、そんなに結論を急がないで。乙女の勘を侮るものではなくてよ」

「ああ、やっぱりどこかのお嬢様なんだな。何となくそう思ったんだ」

「っ……私の勘を侮らないでよね。これでいい?」


 服装でなんとなく分かるとはいえ、彼女の家柄とかそういうことには感心を持たないのが優しさのようだ。


 というか、この少しの会話だけでだいたい分かってしまったが――世間擦れしていないというか、率直に言ってしまうと心配になるところがある。


「……なかなか鋭いわね、あなた。やっぱり私が見込んだ通りだわ」

「見込まれてたのか……俺の名前はマイトって言うんだけど、君は?」

「私はリスティ、レベル3の『剣士』よ。あなたは見たところ、魔法職……かしら?」

「っ……あ、ああ。そう見えるのなら嬉しいな。俺は『賢者』で、レベルはまだ1なんだ」

「ふーん、そうなの。さっきはギルドで新人登録していたの? それなら私の後輩ね」

「ああ、登録したばかりだよ」


 青髪の少女冒険者――リスティは、ホワイトカードを出して見せてくれた。俺も同じようにすると、彼女は楽しそうに笑う。


 指二本でカードを挟む持ち方が、彼女なりに格好つけている感じなのだが、俺の目には微笑ましく映る。終盤のギルドで猛者ばかりを見ていた俺には、その初々しさが眩しい。


「……後輩くんにお願いするのもなんだけど、あなたが持ってた鍵を試させて欲しいの。ちょうど入りそうな感じがするから。ちょっとだけでいいから」

「どうなるか分からないけど、俺も自己責任で試させてもらっていいかな。罠とかは多分避けられると思う」

「そうなの? 『賢者』って手先も器用なのね。『賢い人』っていうだけじゃないのね」

には慣れてるからな」

「ふぅん……? あっ、だから鍵を持ち歩いていたのね。それは宝箱のマスターキーか何かなんでしょう。私の勘は当たるのよ」


 リスティは自信満々に言う。マスターキーなんて、そんな便利なものなんだろうか――というか、ここまで話してようやく気づく。


(鍵が消えた……ってことは、今は言わなくていいか。宝箱の錠前が光って見えて、手の中に鍵が現れた。同じ状況なら再現できると思いたい……できなかったらかなり格好悪いな)


「じゃあ、ついてきて。もちろん開けられたらあなたにも分けるから。取り分は自由に決めて」

「まあ、開けられるかどうか結果を見てから考えよう」


 魔物を倒すと常に宝箱が出てくるわけじゃないので、俺としても自分の特技で鍵が出てきたのか検証できるのはありがたい。


(しかし……世間擦れしてなさすぎて心配になってくるな)


 フリーで箱を開ける依頼を受けても、手数料は三割までと言ったところだ。分けられないものが出てきた場合は支払いで揉めることもある。


 序盤は銀貨一枚の差が死活問題だ。ギルドの掲示板を眺めてみてもその感覚で間違いはなさそうなので、分け前をもらうとしてもチップ程度が妥当だろう。





☆明けましておめでとうございます!

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