第四話 呼び出し


 受付嬢は二十歳くらいといったところだろうが、さっきから何となく落ち着かないのは、年上の魅力というのを感じてしまっていたからなのか。『盗賊』の特技である『冷静沈着』が働かないと、世界はこんなふうに見えているのか。


「あら? 少し顔が赤いようですが、お熱ですか?」

「い、いえ。平熱です。自分が使える魔法を知るためにはどうしたらいいんでしょう」

「何事も行動です。今まで一度も特技を使ったことのない人というのは、そうそういないと思いますので……過去に偶然に発動したことはありませんか?」


 言われてみて思い当たったのは、さっき宝箱の錠前が光ったこと。


 そして、いつの間にか手に握っていた鍵――と、さっきポケットに入れたはずの鍵がない。


(ここに入れたよな……落とした? いや、そんなことはない……『消えた』んだ)


「マイト様、いかがなさいましたか?」

「何もないところから、何かを出したりする魔法……ほんの小さなものなんですが、そういう魔法はありますか?」

「そうですね……一つ考えられるのは召喚魔法ですね。これは『召喚師』の方が使うと言われていますが、このギルドに登録が一つもない希少職です」

「じゃあ、召喚魔法以外の魔法では、何が考えられますか」

「物を転移させる魔法……これも、高レベルの魔法職の方が使うかもしれませんが、『始まりの街』には無縁だと思います」


 そうなると、鍵が出てきたり消えたりするのは何なのか。


 白昼夢を見ていたなんてことはない、鍵の手触りは本物で、確かに存在していた。


「もう一つ考えられるのは『物質化』ですね。その名前の通り、魔力を物質化させることができるそうです。絵本のおとぎ話になっているくらいの、伝説の魔法ですが」


 『物質化』――世界の果てに最も隣接する街で、最低でもレベル70以上の魔法職が集まるところでも、そんな魔法が使える人物に会ったことがない。


 じゃあ俺は一体何をしているのか。再現しようにも、手の中に鍵が出てくることはない。


「……ありがとうございます、参考になりました」

「すみません、お力になることができず……」

「いえ、親身に話してくれて心強かったです。俺、すぐにでも仕事をしたいので、何か依頼があったら受けたいんですが……」

「そちらの掲示板で、条件が合う募集を探してみていただけますか? これはと思うものがあったら、こちらのカウンターで受注をお願いいたします」


 受付嬢の表情を見れば、レベル1で受けられる依頼が今はなさそうだと分かる。


 それにしても『歓楽都市』と呼ばれているとはいえ、このギルドの制服は体型を強調しすぎている――どうしても顔ではなく、もう少し下方向に視線が引きつけられる。


(いや、色事に興味を示してる場合か……って……)


 思わず刮目する。受付嬢の胸のところに、半透明にぼやけた何か――錠前のようなものが見える。


「……マイト様、何か?」

「っ……す、すみません、変なところは見てません。いや、変なものが見えたというか……」

「はい?」


 まばたきをした後には、錠前は見えなくなってしまった。


 元盗賊だからといって、錠前の幻覚を見てしまうとは――いや、それが転職したあとの変化なのだとしたら、その意味を理解しなくてはいけない。


   ◆◇◆


 掲示板を見てみたが、魔法職の募集はあっても、最低でもレベル3以上というものしか無かった。


 問題として、当座の資金がない。最後の街で金を預けてしまっていたからだ。


 町外れには馬小屋があり、どうしても困った時はそこで泊めてもらえると言われたが、食事が出るわけでもないのでどのみち日が沈むまでに少し稼がないといけない。


(近くの森に魔物がいたな……ちょっと倒してくるか)


 ギルドで時間が経過して、今は昼下がりだ。森に行って帰ってくる頃にはちょうど日が暮れるくらいか――と考えたところで。


「そこのあなた、ちょっといい?」


 目の前に、さっきの青髪の少女が現れる。腰に手を当てて胸をそらし気味にしている――さっきはあまり意識しなかったが、そんな格好をされると身体の起伏が強調される。

 

「……俺ですか?」

「そうよ、あなたの前をさっき通ったでしょう。その時のことなんだけど、確認したいことがあって。ちょっと私と来てくれる?」


 ギルドで噂の美少女からの呼び出し。それでも別にときめかないのは、何か不穏な空気だからだ。


 俺は彼女についていってもいいし、この場を離れてもいい。さあどうしたものか――。

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