第三話 ホワイトカード

「どうしたのだ、急に立ち止まったりして」


 赤髪の女騎士が、不思議そうな顔で言う。


 宝箱の錠前が光ったことに気づいていない。しかし、青髪の少女だけが、俺が小さな鍵を手にしていることに気づいていた。


 だが、それは宝箱とは無関係のもののはずだ。俺だって、いつからこの鍵が手の中にあったのか分からない――何か技を使ったつもりもないが、無意識に何かしてしまったのか。


「……何か気になったんだけど、それが何か分からないの」

「そういうのってたまにありますよね、既視感デジャブっていうか」

「ふむ……家の鍵を閉めたかどうか、急に不安になるのと似たようなものか」

「ちょっと違うんだけど、そこの人が……見覚えとかは、無いわよね」


 青髪の少女の視線が、俺の上から下まで――は行かないが、結構マジマジと見られた。


 話しかけられる寸前の空気だったが、彼女は思いとどまったようで、ギルドの外に出ていった。


「おう、見ない顔だな」


 このギルドにおいて先輩らしい、中年男性が話しかけてくる。悪人ではなさそうだが、昼間だというのに少し酒臭い。


「教えといてやる、あの三人は一ヶ月前この街に来たんだ」

「ああ、そうなんですか」


 俺のことを知っている人物はいないし、魔竜を倒して転職したという話も広める気はないので、普通の新人という体で話すことにする。


「三人ともえらく美人だから、若い冒険者たちがのぼせ上がっちまってな。なんとかパーティに勧誘しようとしたんだが……この先も聞きたいか?」

「勿体つけんなよ、ゴッツ。あんたもそのうちの一人じゃねえか」

「経験者は語るってやつだ。綺麗な花には棘がある。覚えときなよ、兄ちゃん」


 結局続きを聞けなかったが、何となく事情は察した。彼女たちはこのギルドにおいて、多くの勧誘を受けるほど人気があるということだ。


「お待たせしました、次の方……あっ、新人さんですね」

「はい、よろしくお願いします」


 ――あなたは言葉遣いで勘違いされているだけよ。中身はそんなに悪人じゃないもの。


 ――私もマイト君のことを最初は尖ってると思ってたな。今は本当のあなたを知ってるけどね。


 ファリナとシェスカさんに言われたことを思い出す。二人とも好きなことを言ってくれると、あの時は思った。


 しかし今はそれほど抵抗もなく敬語を使っている。盗賊だった時と違って、できるだけ平穏にやっていきたいという姿勢になっているからか――賢者になると、そんなことも変わるのか。


「まず、お名前をお伺いしてもよろしいですか?」

「ええと……マイト・スレイドです」

「かしこまりました。では、マイト様とお呼びさせていただきますね。早速ですが、職業とレベルを調べさせていただきます。このカードに触れてみてください」


 ギルドカード――元々俺が持っていたのは、最高ランクのブラックカードだった。しかしレベル90以上でなければ利用できない。


 差し出された初心者用のホワイトカードを懐かしく感じながら、触れてみる。


「……レベル1、『賢者』と確認させていただきました。このまま登録されますが」

「はい、お願いします」


 最後まで聞く前に答えてしまった――ちょっと前のめりすぎたか。


「あの、すみません。変な質問だとは思うんですが……」

「はい、何でもお尋ねください」

「『賢者』って、レベル1でも魔法は使えますか?」


 やはり受付嬢はキョトンとしている――何を言ってるのこの人、という顔だ。


「魔法に限りませんが、職業というものは生来決まっているものですので……この歓楽都市フォーチュンは別名『始まりの街』とも言われていまして、レベル帯が10以下なのですが、こちらの初心者ギルドに来る方の多くはレベル3以上です。そこまでレベルが上がるまでに、特技の使い方は体得というか、実践で覚えているはずなのですが……あっ」


 順序立てて説明してくれてから、受付嬢は改めて気づいたようだった。


「レベル1で登録するのは珍しいんですね」

「は、はい。失礼ながら、最近ではまれな事例です」

「そうなると、仲間探しも難しかったりしますよね」

「そうなりますねえ……ああ、どうしましょう。私が冒険についていってあげることもできないですし……でもこんな少年に一人で依頼を受けさせるのも……」


 少年と言われるような年齢では――と思ったが、ギルドカードは年齢も判別できるので、触れた時点で表示されていた。


 十五歳――なぜこの年齢なのか。考えてみたが、転職してレベル1になったので、相応に年齢も下げられたということなのか。女神にもう一度会えるものなら確認したい。 

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