第09話「谷の底はデス・ヴィレッジ(その2)」
八体近くのムーンデビルを前、フーロコード達は身構える。
「物の怪共よ。いざ尋常に勝負……と、言いたいところでござるが。本当に拙者達だけでどうにか出来るものか?」
「私はムーンデビルとやらを倒せたわ。だけど、この体の奥底から湧き上がる震え……ええ、そうよね……」
キョウマとエメリヤは覚悟を決めてはいるが恐怖は拭え切れない。
「間違いなく恐怖よ。私もあの化物を前に恐怖している。アレは一体何……神話に出てくるような怪物なの? それとも本当に宇宙人なの? 正体も何も分からない奴と対峙することがこんなにも恐怖だなんて思いもしない……震えが、止まらない」
底の見えない。そこの掴めない怪物だ。何よりエメリヤは半魔族である以前に一人の少女である。魔術の才に恵まれて居ようとその恐怖は変わらない。
「だったら、おとなしく逃げる?」
「武士が背中を見せてはならぬ……それに逃げたところで」
「その通り。逃がしてくれたら楽だったわよ」
逃亡したところで生存できるビジョンなど見えやしない。この悪魔達の前に立ってしまった地点で退路などとっくに断たれているのだ。
「恐れ慄くな」
恐怖を微かに抱く部下に対し、フーロコードは呟く。
「打破するわ。言ったわよね、方法はあるって」
「如何致せれば!?」
この圧倒的かつ絶望的な状況をどうにかする方法があるというのか。
「こう、」
フーロコードは指先を一体のムーンデビルへ向ける。
「……するのよっ!!」
一筋の青い光線。極光が描く
フーロコードの魔術。青色に輝くレーザーがムーンデビル目掛けて放たれる。
『……〓〓〓ッ!?!?』
ムーンデビルは驚嘆する。表情は見えない、だが体の動きから焦りを覚えているのは分かる。知能があるのか分からない……しかしその行動は紛れもなく、生物全てが危機を感じた際に行う防衛本能!
「奴の弱点はそこだぁああーーーーッ!!」
狙った先は胸部の真ん中。
放たれたレーザーはムーンデビルの胸板に大きな風穴を開けた。
「しかしっ! 奴には傷ついた体を一瞬で再生する能力があるッ……闇雲とは思えないがっ、その攻撃にはたして意味があるのでござるかっ!?」
ムーンデビルに傷をつけようが意味がないということをフーロコードは理解しているはず。ムーンデビルには異常なスピードの再生能力がある。
「意味ならっ! あるわッッ!!」
単なる威嚇なのか、その攻撃の意味をキョウマは問いたくもなる。その恐怖に対してもフーロコードは威風堂々と伝える。
『〓〓ッ! 〓〓〓!! 〓〓〓―――っ!?』
……彼女の宣言通り。
ムーンデビルの様子に“著しい変化”が訪れる。
「ムーンデビルが苦しんでいる!?」
以前と全く変わらぬ傷。だが以前と比べて明らかに“平気な様子”を見せていない。毒ガスを吸ったかのように、一体のムーンデビルは首を掻きむしりながら暴れ出す。
『〓〓〓っ、〓れが、〓〓され〓ッ……〓〓だっ、し〓〓ぁあ……------』
消失、した。
ムーンデビルの動きは銅像のようにピタリと止まった。その瞬間、ムーンデビルの肉体は真っ白な塵となってオルナ村の上空へ消えていく。
「消えた!?」
「……データ通り! だから言ったでしょ! 帝都の研究員は優秀なんだって!」
予想通りの結果が出てきてくれたことにフーロコードは歓喜の微笑みを見せる。
「ムーンデビルの体内を調べたッ! その体は人間のそれとは全く別物になっている……臓器も呼吸器も血管も肉もありゃしない。あまりに異質な白い体肉だけ。けど興味深いものもしっかり目に入ったのよね!!」
出発前、研究班より得た情報。
ムーンデビルの生態は未だに謎に包まれており、その十割を知り尽くすことなど出来やしない。だが徹底的な攻略とつながる情報もまた発見された。
「体内に“熱反応のある球体”が発見された……おそらくだけど、それがムーンデビルの心臓であり弱点よ」
また一刺し、光線がムーンデビルへ向けられる。
「胸部の真ん中を狙いなさい! そこにコアがある! 全員同じ場所にあるかどうかは分からない……その時は死に物狂いで体全体を攻撃しまくって!」
「承知した!」
「わかってると思うけどあの化物の体は頑丈! いつもより出力を上げてようやく貫けるレベル……難しい事を言うけど、私の助手なら実行しなさい!!」
ムーンデビル殲滅作戦を開始する。
「加減をするな! だけど加減を間違えるな!! ペース配分を間違えて隙を見せるような真似をしたら終わりだと思いなさいッ!!」
「参るッ!!」
キョウマは身近のムーンデビルの討伐を開始する。走り出した彼の姿を見て興奮した個体は次々とキョウマ目掛けて飛んでいく。
「……止めてあげるわ。私が不愉快と思う全てを」
片手を広げエメリヤも戦闘態勢に入る。
「エメリヤ”は”加減を間違えないように! 私たちまで凍り付いたらたまったものじゃないから!」
「……了解」
「なんで表情が曇ったのよ。いじけた?」
「落胆よ。フーロコードほどの人なら大丈夫かと思ってたから」
頬を膨らませながらエメリヤは二人とは反対方向に走り出した。
全員に負担がかからないよう残りの敵をそれぞれで分ける。フーロコードが二体、キョウマは二体、そしてエメリヤは二体だ。散らばったムーンデビルをそれぞれ処理していく。
『〓〓〓ッ!!』
ムーンデビルの一体が赤い眼を開く。
「ふんっ」
フーロコードは冷静に対処する。軽くその場からスキップをし、一呼吸入れるほどの余裕で回避してみせる。
「弱点さえわかってしまえば“蟲”と変わらないわね」
両手の指をムーンデビルへと差し向ける。
「跡形残らず消えちまいなさいッ!!」
一つ一つの指から、高出力のレーザー光線が放たれる。操り人形を動かすかのように一本一本の指を器用に動かし、ムーンデビル達の肉体をハチの巣に変えていく。
首を裂かれ、両手首を切り取られ、心臓も上半身諸共切断される。
カットされた野菜のようにムーンデビルの肉体は粉々に分解されると塵となって消滅していった。
『『〓〓〓……ッ!』』
キョウマの突然の挙動に興奮した二体のムーンデビルは背中の羽を触手に変形させ、彼の捕縛を試みる。
「一度見た攻撃……二度ときかぬっ!」
触手攻撃は一度だけ経験している。しかして相手は二体。
だがキョウマは淡々と触手攻撃を回避していく。あれだけの包囲網を軽やかなフットワークで次々回避。騎士団に所属してまだ一年にも満たないニューカマーの活躍は続く。
「斬り捨て……ゴメンッ!」
懐に潜り込んだキョウマは二体のムーンデビルを同時に奇襲。一体は右肩から斜め下へ一刀両断、もう一体はその勢いのまま背中から一突きし引き抜く。
『『〓〓〓〓ぁあああ------』』
コアを貫かれたムーンデビル二体が発狂もなく塵となって消失する。
「これだけ離れれば」
ムーンデビルの追跡から逃げ、エメリヤや民家の屋根の上へ。
それを追いかけるムーンデビル……フーロコード達を巻き込まないよう距離はしっかりととった!
「文句は言わせないわ!」
まるで吹雪のように冷気が下にいるムーンデビル二体へ向けられる。
『〓〓〓〓〓えっ----』』
そこからはほんの一瞬だった。ムーンデビルの体は徐々に鈍くなり、次第に足元から自由を奪われていく。体全体は冷気に覆われ、ついには完全に氷の檻に閉じ込められる。
「死んで」
グッと拳を閉じるエメリヤ。
「私とキョウマと、フーロコードを恐怖させる奴らなんて生かしておきたくない」
瞬間、氷のオブジェにひびが入る。次第にヒビは氷だけではなく、中にいるムーンデビルの肉体にも伝っていく。
それからは間もなくムーンデビルのオブジェはパズルのように砕け散る。
本当に一瞬だった。コアごと粉々になったムーンデビルの体は地に着くよりも先に塵となって消失していった。
----殲滅。完了
「援軍が来るまでもなかったわね、ご苦労様」
結果は圧勝。体の仕組みさえわかってしまえばこんなにも呆気ない。フーロコードも思わず安堵の息を漏らす。
「村を調べるわよ。現地の人に聞いてやらないとね」
「かしこまった」「わかった」
秒も経たないうちに返事。挨拶もしっかりと出来る後輩二人のおかげでストレスもたまらずに済みそうである。
「……あれ?」
住民達が逃げたであろう村の奥へ向かう。
しかしその矢先……フーロコードは“ある違和感”に見舞われる。
「他の遺体は、何処に行った?」
ムーンデビルの対処をしている最中、フーロコードは完全に目を離していた。故に気が付かなかった。
村に転がっていた遺体が見当たらない。
誰かが持ち運んだのはあり得ない。とてもじゃないがそのような状況ではなかった。なりふり構っていられない状況だったはずだ。
「……っ」
嫌な予感がする。フーロコードは一呼吸を入れ、空を見上げる。
「フーロコード殿! 上ッ!!」
「わかってるわよッ! とっくに気づいてるッ!」
瞬間、その場から一瞬で回避。
二体のムーンデビルの上空からの奇襲を間一髪で避けたのだ。
「ちょっと嘘でしょ……ええ……?」
「ええ」
「これはッ……!」
フーロコードの驚愕。エメリヤの冷めた返事。キョウマに至っては戦慄。
『〓〓〓〓?』『〓〓〓〓?』『〓〓〓〓?』『〓〓〓〓?』『〓〓〓〓?』『〓〓〓〓?』『〓〓〓〓?』『〓〓〓〓?』『〓〓〓〓?』『〓〓〓〓?』『〓〓〓〓?』『〓〓〓〓?』『〓〓〓〓?』『〓〓〓〓?』『〓〓〓〓?』『〓〓〓〓?』『〓〓〓〓?』『〓〓〓〓?』『〓〓〓〓?』『〓〓〓〓?』『〓〓〓〓?』『〓〓〓〓?』『〓〓〓〓?』『〓〓〓〓?『〓〓〓〓?』『〓〓〓〓?』『〓〓〓〓?』『〓〓〓〓?』『〓〓〓〓?』『〓〓〓〓?』
「ちょっとどころじゃないみたい」
四方八方。右往左往。縦横無尽。
フーロコード達は数十体以上のムーンデビルに囲まれていた。
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