第09話「谷の底はデス・ヴィレッジ(その1)」


 ----同時刻。オルナ村。

『〓〓〓〓〓。』

 盗賊のボスであった何かが佇んでいる。

 もがき苦しみ。人間のそれとは思えない奇声を上げ続け、その末路がこれだ。

(なにっ、今のは……またか。またなのよね……ッ!?)

 真っ白ののっぺらぼう。真っ白な羽。真っ白な両手両足と肌。

(皮を破って中から出てきた……また、あのムーンデビルがッ!?)

 帝都に現れた個体と全く同じパターン。変貌と言う形でその悪魔は現れたのだ。皮膚も骨も臓器も何もかもを貫き……まるで胎児が肉体の中でそのまま急速に成長したかのように。


「え、えっと……ボス?」

 ボスが突然黙り込んだと思いきや見覚えのない姿に変貌した。加勢に加わろうとした二人の盗賊は様子を伺うように一歩ずつ近寄ってくる。

「待てっ!! それに近づくなぁあっ!!」

 フーロコードが警告するももう遅い。

「何がどうして、」

『〓〓〓〓。』

 ボスだった何かは振り向いた。

「「うっ?」」

 何が起きたのか理解できるはずもない。

 盗賊二人はいともたやすく貫かれた。ボスだった何かの指先から伸ばされた白い触手によって心臓を一瞬で。

『〓〓〓〓〓ッ!!!』

 ムーンデビルは奇声をあげる。人らしい言葉の抑揚はもうない。

 鳥の鳴き声にも似た雄叫びと共にムーンデビルは触手を引っ込ませ、今度は近場にいた村の住民達に顔を向ける。

 赤い瞳が開かれる。そこからは魔方陣もなしに放たれる赤いレーザー光線だ。

「「「うわあぁあああ!!」」」

 薙ぎ払われていく。

 逃げ遅れていた住民達はレーザーによって焼き払われ体を真っ二つに裂かれていく。悲鳴と嗚咽、下から眺める自分の下半身の光景に発狂する人間達。

「ぐっ!?」「がががっ……!?」

 混乱のあまり固まっていた他の盗賊たちも頭を抱え始める。

 同じだ。変貌してしまったボスと全く同じ苦しみ方。その光景はもしかしなくても“その変貌の予兆”。

「「「ひぎゃっ、げげっ、びぎし----」」」

 “開花”。

「「「……〓〓〓〓〓。』』』

 部下である盗賊八人近くも一斉にムーンデビルへと変貌してしまう。次から次、盗賊団全員が卵から孵化するように肉体を捨てて変貌していく。

「構えなさいっ、二人とも! あの盗賊団何かがヤバいッ!!」

 臨戦態勢。フーロコードはキョウマとエメリヤの二人に警戒を促す。

「数が多いッ……!」

 臨戦態勢に入るもキョウマは狼狽える。

 敵のムーンデビルは全員で八匹。それに引き換えフーロコード一同は三人のみ。弱点が何なのか分かりもしない未知の化け物は一匹相手でも手こずったのだ。

 それを一度に八体も。数の暴力を前にどうにか出来る方法はあるのかと現実を凝視した。

「どうしたの? 勇気ある奴と思ったけど以外にもヘッピリ腰なところあるのね」

「フーロコードが逞しすぎるんだと思う」

「安心しなさいな、これは無謀なんかじゃない」

 逃げ腰になるどころか前のめり。一度ムーンデビルの恐怖を経験したはずの彼女の姿勢を前にエメリヤは思わず呟いた。フーロコードはその一言に対してもニヤついていた。

「私達はね。帝都ではトップ組織の魔術協会で最前線なのよ。やられっぱなしで何もしていないと思うわけ? どうにかする方法を総員束になって一夜徹夜して何が何でも見つけ出してやってるのよ……!」

 フーロコードは告げる。

はある。あとは勇気、だからアンタ達も四の五の言わずに勇気出しなさい。じゃなきゃ私も釣られてへこたれる」

 覚悟を決めろ。ただし決死の覚悟ではない。

 勇気を振り絞る覚悟を決めろ。それがフーロコードからの命令だ。

「男児よりも逞しい御仁にござる……気を萎えてはいられないッ!!」

「この世の終わりだなんてビビらなくても大丈夫よ。私達にはしっかり援軍もいるんだから……何としてでも持ちこたえるわよ!」

 とはいえ恐怖一つないわけではない。

 フーロコードはそれらしい冷や汗を浮かべ、強がりの笑顔作りに唇を歪めていた。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 遠目でその様子をじっと眺め続けていた。

 脅しだけのつもりが惨殺されてしまった住民。仲間であるはずなのに容易く殺された盗賊。それをキッカケに次々とムーンデビルに変貌してしまう仲間達。

「ひっ……!?」

 顔を引きつらせ、腰を抜かすカルフィナ。

 それは文字通り地獄絵図であった。彼女がいつも想像している修羅の世界とは比べ物にならない残酷すぎる光景だ。

「カルフィナァー! 立ち上がれェエッ!」

 ルーガは立ち上がり、彼女の名を呼ぶ。

「アジトへ行くぞ! 何か知らないがヤバいぞ、こいつはッ……!」

 何が起きたのか。何が起きているというのか。

 どうであれ場にとどまりづけるのはまずい。仲間の誰かがアジトに残っている可能性もある。この惨状を仲間に伝えなければならない。

 とんでもない何かを目の当たりにしてしまっている。それを伝達しなければ。

「立てないのなら俺の手を掴みやがれ! それくらいは出来るだろうがよォオッ!」

「……うんっ」

 カルフィナはルーガの手を掴む。

「よしっ。良い子だぜ!」

 そのまま姿勢を低くして、カルフィナを背負う。ルーガはカルフィナを連れ、村とは反対方向にある盗賊団のアジトを目指す。

「大丈夫だな? 喋れるんだな!?」

「な、何を言う。私は雷帝、だぞ……この程度……災いの、か、革命戦争時代と比べれば、何も」

「……あぁ。まだ“それ”が出来るなら大丈夫だ」

 ムーンデビルの襲来。

「ったく、どうなってやがるんだよォオオ……俺達に分かりやすく説明しやがれってんだッ!! このスットコドッコイ共がよぉおおおおーーーーっ!!」

 帝都に訪れた地獄が。またこの場で再演されようとしている----

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