第08話「落月の籠 (その3)」


 研究班、調査班はそれぞれの活動を始めている。

 フーロコード同様に出立した調査班は全世界に散らばっている。研究班解析班もこの要塞内で今あるデータを奥の底まで調べ尽くす。

「しかし本当に。実に興味深い生命だ」

 ビアスは一人、封印されたままの月の欠片を眺めている。先月確保された……凍結されしムーンデビルらしき生命の資料と共に。

「……貴方は三賢者の中でも一番に研究熱心だと聞かされている」

 エブリカントもまた彼の横に並び、月の欠片に視線を向ける。

 最大戦力となるであろうビアスとレフシィズ、そして王都のエージェントは落月の籠で待機となった。彼らに任されたのは護衛任務、月の欠片の監視だ。

「ビアス・エクスペンデンス。学生時代、ミレニア・イズレインと同成績の首席で卒業。その後は特殊機関内のみ研究が許されている魔族の生態観察レポートを提出。対魔族用の兵器開発に大いに貢献した」

「いやいや。僕はレポートの提出なんてしていないよ。あれはレフシィズが僕の暇つぶしのメモを見て『勿体ない』とか何とか言って勝手に持ち出したものさ。そのつもりがあったわけじゃないよ」

「役に立てて光栄、とは思っていない顔ですね?」

「嬉しさ二割、残念八割だね。僕のような研究者にとって、趣味の研究とその記録が露見されてしまうのは快くないのだよ。君は自分の日記を誰かに読まれて良い気分になるかい?」

 本人は誠に残念がっているようだが実際そのレポートによってクロヌス全域の平和貢献に役立っている。皮肉は話ではある。

「……次は、このムーンデビルに興味を持って?」

「当然じゃないか。これは人間でも生物でも、ましてや魔物でも何でもない……我々の手が届かない遥か彼方の先、宇宙からの来訪者なのだからね」

 エブリカントの問いに対し、ビアスは正直に告げる。

「宇宙人と言いたいのですか? 確かに人型ではあるが」

「それ以外に相応しい表現があるのかね?」

 帝都所属の魔法使いとして任務を全うするためにここにいる。

 帝都の平和を守るために戦うという理念も勿論ある。だがそれ以上にビアスはムーンデビルという生命への興味が優先になっていた。

「直球に行ってゾクゾクするよ。許されるのであれば是非ともこの手で触れてみたい。抱きしめて感触を味わってみたい。解剖して中身も見てみたい」

 両手を広げ、ぬいぐるみを抱きしめるようにぐっと閉じる。

「顔もないのにどのように呼吸をしているのか。ナイフを刺したら血を流すのか。我々人間と違ってどのようなエネルギーを内に秘めているのか……ははは、語りだすと止まらないなコレは。知的好奇心をチクチクと刺激しまくるよ」

「ね、熱心ですな……」

「変態ですから。彼は」

 戸惑うエブリカントを見兼ねレフシィズが割って入る。

「彼は幼い頃から実験が趣味なんですよ。捕まえた動物を解剖して臓器を並べてみたり、種族も何も違う生物同士を無理やり交尾させたり……止めなきゃ、法に反する事以外はなんだってやるんです。この人」

 幼い頃から魔性の実験好き。興味を持ったモノには進んで足を踏みいれる。

「逆に僕は周りの人間が消極的と言うかビビりすぎだと思うけどね。 何故もっと知ろうとしない。何故もっと歩み寄ろうとしない! 調べれば調べるほど体は知った興奮と知れた達成感で快感だというのに……少しくらい、前のめりの方が人生は楽しいよ? さぁ?」

 生命の奔流が如何なる進化を遂げるのか、乱れに生じてどのような変化を遂げるのか。親でさえビアスの知的好奇心には恐怖を覚えたという。

 それは当時、共に学園生活を送ったレフシィズも感じていた。歳をとってから自重するようになると安心していたら、むしろ当時より酷くなったと自負も出来る。

「目を離さないようにしますので……そこはどうかご安心を」

「仲良しでいらっしゃる」

 微笑ましい、と言うべきか。何処か保護者のような安心感のあるレフシィズに思わずエブリカントは気を緩める。

「大親友だからねぇ~」

「御冗談」

 幼馴染ではあるらしい。尤もレフシィズはその発言に対して、『冗談でもやめてほしい』と嫌悪の眼差しを浮かべていたが。

「……研究熱心な貴方なら知ってると思いますが、ご存知ですか?」

 資料から目を離さないビアスに対し、一方的に話を続けるエブリカント。

「何がだい?

「この街以外でもムーンデビルらしき生物がここ最近で発見された。目撃者によればと……同じような目撃証言がこの帝都でも起きていると、情報をキャッチしたんですよ」

 帝都でムーンデビルが発見された同日。どうやら別の場所でも現れたらしい。

「何より恐ろしい事にその変貌は----」

 人がムーンデビルに姿を変える。





 まるで病気のように。ウイルスのように。

 流行病にも似たシャレにもならない事象が確認されていると新たな情報。


「……ほほう?」

 まだ彼の知らない生命への興味。

「あぁ、ダメだ。スイッチ入った……」

 火に油を注ぐような真似。これはもう彼は止まらない。

 レフシィズの苦労はなりやまぬ。頭痛薬の一つでも必要か。


 噂を前、ビアスは更なる興奮に溺れそうになった----

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