第08話「落月の籠 (その2)」
月の欠片はクレーターごと要塞内に収容されている。
正確には……当時の現場にあまり手を加えず、その周りを覆い囲うようにこの要塞基地が作られたと言った方が良いか。
落月の籠の完成後、隕石の周りには特殊な魔術兵器が設置された。4cmの厚さを誇るガラスが数枚重ね、その上更に封印術式の魔法陣も何重に張り巡らされている。
誰にも手が出せないように。その隕石の奥底から当時の化け物が外に飛び出さないように。月の欠片に対する厳重体制は十年たった今も変わることはない。
「君は変わらないねぇ~。当時と比べて神秘的なままだ。美しいよ」
「石ころを口説かないでくださいよ」
「神秘なままなのは事実さ」
完璧な守り。徹底した防御態勢。
そこへ集うは三賢者であるビアス達と同等、或いは少し下くらいの立場の協会メンバー達だ。全員、ミレニア・イズレインの宣戦布告に対して立ち上がった者である。
「皆、不安のようだね。緊張が伝わってくる」
「私達も当時あの現場にいた。未知の怪物、人類滅亡の危機、鳴りやまない阿鼻叫喚。それがまた繰り返されようとしている。必死にもなりますよ」
「これは僕達も本腰を入れないとねぇ。年甲斐もなく張り切らないと大変な事になっちゃうぞ~?」
「そのヤバい石ころをさっきまで口説いていたのは何処のどちら様で?」
厳重に封印されていた【月の欠片】。これが奪われ、十年前の封じられた悪夢が解放されようとしている大事件。
中には当時を経験した者も複数いる。この緊張感も頷ける。
「厚い守りだ。過剰と思えるが当時の人間がどれだけ恐れていたのかが分かる」
「ただの石ころのように見えるのだがね? だけど何故かビンビ~ンと価値が伝わってくるのだよ。この魅力的なオーラは毒を持つ薔薇のように危なっかしいものなのかな~?」
質素な協会の制服に身を包む魔法使いが集う中、視線を引く姿の二人の人影。
「おっと。これはこれは」
一人はマントを靡かせる紳士服の青年。
もう一人は奇抜なデザインのドレスを身に纏うツインテールの少女だ。
「王都からの援軍とは君達だね。お会いしたかったよ」
挨拶をする間もなく、ビアスは不意に後ろからその二人へ声をかけた。
「……これはこれは! 貴方がビアス・エクスペンデンス?」
「如何にもだよ」
お互い、何か通じ合うものがあったのかビアスは客人と握手をする。
「そちらの方はレフシィズだね? 不思議だなぁ。オーラで分かっちゃうのだよ」
奇抜なドレスの少女は片手にステッキを持っている。ピエロのような印象を受けさせる少女は愉快そうに二人の賢者に声をかけた。
「そういう貴方達が……王都派遣のエージェント」
レフシィズも会釈をするなり呟いた。
「【エブリカント・オラノウル】だ」
「私は【アンリエスタ・シャインブリッツ】なのだよ」
この世界の中心都市ともいえる王都ファルザローブより送られた特殊部隊。数多の天才と権力者からその実力を認められたプロフェッショナル。この街でいうフーロコードのような立場の者だ。
立場だけで言えば帝都エルーサーの最大組織である協会や騎士団よりも上の連中だ。人類のピンチであると聞きつけ、王都から派遣されたのである。
「改めまして。僕はビアス・エクスペンデンスだとも」
「レフシィズ・ミラーテリーです。よろしくお願いします」
この帝都からすれば救世主ともいえる立場の人間であろう。握手を終えた直後に自己紹介を改めて。
「この月が人類の脅威。そして人類の敵か」
空から降ってきたのは希望の光ではなく絶望の悪魔。エブリカントは興味深そうに月の欠片を覗き込んだ。
「それを利用する者。その人物もまた人類の、」
「……っ!」
アンリエスタが何かを呟こうとした直後、レフシィズの顔色が変わる。
「違いますっ! か、彼は……ッ!」
「そうだね。仮にそれが事実なのだとしたら」
レフシィズを阻むようにビアスが口を挟んでくる。
「彼もまた人類の敵になってしまうかもしれないね」
人類の脅威を利用する者、それもまた敵。
映像に映り込んできた宣戦布告の魔法使い……ミレニアの事を指していた。
「ううっ……」
レフシィズは何処か歯痒い表情で顔を逸らす。。
「君達は彼と同じ三賢者。昔は共に過ごしていたと聞く……彼とは最近会ってなかったのかい?」
「僕は四年ほど顔も合わせてなかったかな。一年目くらいは特に気にしてなかったけど。三年目のある日に少し気にかけたかなぁ……今、彼はどのような仕事をしてるのだろうってね。そう思い始めた頃合いにコレさ」
この四年間。会ってないどころか、手紙などで交流を深めることもなかった。彼が最近何をしていたのか知る由もないとビアスは断言する。
多忙の身ではあった。ビアスもまた彼を気遣っていたのか偶然の機会を待っていたと思われる。しかしこんな形で再び彼の姿を見ることになろうとは。
「協会本部や時計塔でも全く見かけなかったから帝都を離れてパン屋でもしてるものかと思ったけど……やれやれ大きく出たものだ。まさか彼がね~」
「彼はどういう人物だった?」
エブリカントの横に並んだビアス。少しでも情報を多く集めるためにエブリカントは王都のエージェントとして質問を続ける。
「僕と違って夢も遊び心もないというか……現実主義すぎるし、人間としてビックリするくらい悲観主義者だったかなぁ。正直つまらない人間だとも思ったし、折り合いは悪かったよ。今は評価を改めたところだけどね」
「貴方が子供っぽすぎるんです!!」
ミレニアについて淡々と語るビアスに対し、レフシィズが食って掛かる。
「仲は良かったのかどうか……悪口と皮肉しか言っていないように見える」
「君は逆に、彼を気に入っていたようだけど」
「何かの……何かの、間違い、ですよ」
エブリカント達の問いに対し、レフシィズは気まずく回答するのみだ。
「確かに彼は人間嫌いでしたよ。でも人類滅亡を実行に移すなんて、そんな……!」
「落ちつきたまえ。レフシィズ」
「落ち着けません! 貴方はどうして平気なんですか!?」
「まだ彼のやることが何か分かってないんだから……多少は冷静になるさ」
あの映像の意味。あの宣戦布告らしき言葉の意味は何だったのか。
「何かの悪戯かもしれないし、僕達への試験である可能性もあるじゃないか。そう考えているに過ぎないよ……まぁ本当に人類を滅びしに来てるというのなら」
あれは嘘か真か。嘘であるのなら大いに笑おう。
だが、その発言の全てが真であるというのなら----
「馬鹿野郎と罵ってやるけどね」
敵として、それ相応の対処はさせてもらう。
「ミレニア。君がそのつもりなら、僕も君を試す事にするよ」
人類の脅威となるのなら容赦をしない。相当の覚悟はすでに決めてあるとビアスは宣言してみせた。
「……まずはこの月の欠片。そして回収された疑似の悪魔を解析します。あの悪魔の登場が意味すること。まずはそれを知らなくては」
魔法使い達が一斉に動き出す。
月。悪魔の生態。そして姿の見えないミレニアの行方の調査。
「さてと。月はどっちの味方かな? 楽しみだよね、レフシィズ」
「……私。やっぱり貴方のそういう子供っぽいところ。好きにはなれません」
「別にいいよ。だって君は」
ビアス・エクスペンデンスは含み笑う。
「これ以上そのトーンで続きを喋ったらブン殴りますからね」
「ドーンときたまえ! 青春的暴力は大歓迎さ!」
「……もう、そういう歳でもないってのに」
このドタバタ。身が一つ二つあっても足りないような大忙しを楽しんでいるかのようなビアスのこの態度。レフシィズは頭を痛めるのみだった。
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