第07話「オルナ村へ急げ!(その1)」


「クソがぁァアアアーーッ!!」

 地団駄。視界を取り戻してからの第一声はもしかしなくても罵声だった。


「クソがっクソがっクソがっクソクソクソクソクソ!! 逃げた賊達の事もそうだけど、あんなシンプルな閃光弾に反応できなかった自分の不出来にもイライラするッ! あぁあぁあああああああもうックソぉおっ!!」

 繰り返す。何度も何度も。

 フーロコードの眉間には皺と血管が浮き出ている。とても人前には出せない表情の歪みっぷりである。

「フーロコード怖い。怒りすぎ」

「あ、あははは……」

 エメリヤは怯えながらキョウマに寄り添っている。

 迂闊に声をかけようものなら八つ当たりを食らいそうである。焼け石に水という言葉がある通り、ここはフーロコードが落ち着くのを待つしかないか。

「キョウマ、エメリヤッ!! 聞こえてたわよねッ!? アイツら妙な事を呟いていたのがさッ!!」

 ある程度の発散は出来たのかフーロコードの視線は二人へと向けられる。

「何かデッカい事をやろうとしてるって……悪事であるのならエージェントとして放っておくわけにはいかないィッ! 死の商人ミド・ヌベールが絡んでいるのなら尚更ッ! 一刻も早く見つけ出して情報を聞き出す! 分かったら、返事は『はいっ』!」

「「イ、イエッサーッ!!」」

 二人揃ってビクつきながら敬礼。キョウマとエメリヤは黙って従う。

「見てろクソガキ盗賊共ぉお……見つけ出して黙らせたら四つん這いで一列に並ばせて、マヌケに晒した尻を一人ずつブン殴ってやるからなァアア……!!」

 腕を鳴らしながら前進。

 良からぬことが起きるかもしれないというのなら止めなくてはならない。フーロコードのその一言だけには賛同だ。

 その憎悪と八つ当たりは……いや。これ以上は黙っておくことにしよう。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 オルナ村付近で隠れ住んでいるというこの盗賊団。計画を企ててから数か月といったところか。 

 一同は本拠地には戻らず、ルーガとカルフィナの二人を連れてオルナ村へと向かっていく。

「ど、どうしよう……ま、まさか、エージェントだったなんて……! 顔、覚えられたかな。覚えられたよねェ……あわわわ……!!」

 カルフィナは怯えていた。

 何故、この渓谷にエージェントがいるのか疑問にも思った。

 この渓谷に隠れ潜んでから商人襲撃を続けて数か月が経過している。いつ近所の帝都兵が鎮圧の為に動き出してもおかしくはなかった。あのエージェントはその第一波と考えてもいいだろう。

 相手はよりにもよって国に認められた魔法使い。それを怒らせたとなれば地獄の底まで追いかけてくるやもしれない。帝都で指名手配になるのも時間の問題か。

 まだ16歳になったばかりのカルフィナには胃が痛くなるような現状であった。

「いつもと違って随分ブルーになっちゃって。余程怖い思いしたってか?」

「アンタラもエージェントに目をつけられれば気持ちが分かるっての」

 二人の盗賊の背中。背負われているルーガとカルフィナはガックリと肩を落とす。

 滅茶苦茶怖かった。そのうえしつこそうだった。そんなエージェント相手追われる身になることがどれだけ面倒な事か。人生終了の危機を迎えた二人は呑気な盗賊仲間に溜息を漏らす。

「俺に至ってはスニーカーを買いなおしだ……高かったんだぜ。アレ……」

 ルーガはそっと自分の脚を眺める。

 地に張り付いていた靴は脱いだ。今の彼は靴下だけの裸足というわけである。

 脱いで直ぐの時は冷気のせいか冷たかったが……あの半魔族から距離を取れば次第に熱を取り戻し、両手の氷も解けていった。

「安堵せよ、同胞ルーガ。武具の調達は幾らでも出来る。刻を待つのだ」

「はいはい。カルフィナ姫はお優しい事で……まだ有るといいんだけどなぁ。限定モノな上に色々と気に入ってたし」

「まぁまぁ。カルフィナの言う通り安心しろって」

 盗賊の一人はまるで他人事のようにニヤつきながら返答する。

「これをどうこう安心しろって言うのさ?」

「お前ら、今朝のボスの『言葉』を忘れたとは言わせねぇぜ?」

 それくらいどうにかなる。あまりにも他人事なフォローかに思われるが盗賊仲間に一切そのつもりはないらしい。

「今日からチマチマ盗みを働いてお小遣い稼ぎをする毎日とおさらば。いよいよ大舞台で晴れ舞台……全員仲良く金持ちの仲間入りと行こうぜって話をヨォ~」

「ん? このあたりからトンズラか? タイミング的には目を付けられるころだし丁度いいのは事実。次は王都あたりで活動するなんて無謀な真似でも?」

「無謀かどうかは今に分かるぜ?」

 帝都付近よりも守りは鉄壁と言われている中心都市・王都。攻略難易度は高い。

しかし盗賊はそこでのデビューを否定せず、むしろ相当な余裕を浮かべている。

「俺達は『無敵』だ。それを今から出発前に軽く見せてやろうって言ってんだよ」

 盗賊たちは足を止めると二人をそっと降ろす。

「さぁ。のんびり見てな」

「「……??」」

 岩の物陰に隠された二人はそっと岩から顔を出す。

 その視線の先には渓谷のど真ん中にあるオルナ村。商人達の通り道とだけあって、金目のものを運んでいる最中の商人や貴族達が休憩がてら屯っている。

 数名のスパイが村に送り込まれている。行動を起こすと決定したのなら、今あの村は守りが手薄かつ金儲けのチャンスなのだろう。

「あっ……!」

 盗賊団数名が堂々と正面からオルナ村へ入場。先頭には盗賊団のボスであるシップゴップもいる。

「なんだ、こいつら?」「待て、こいつらって」

 大半の住民が見逃すはずもなかった。白昼堂々と盗賊団が逃げも隠れもせずに正面から村に入ってきたのだから。

「今、この辺で騒ぎ起こしてる盗賊じゃねぇかヨォ~?」

「なんじゃなんじゃ……」

「おい。ギルドの野郎呼んで来い。何か企んでるかもしれないぜー」

 ギルドの面々。客人の商人。挙句には村長までもが顔を出す。

 面倒な事態が起きようとしている。自然とそう悟っていた。

「よぉ村長さん。今日もご機嫌麗しゅう」

「何用じゃ。ノコノコ自首でもしに来たというのかい?」

「正気を疑わないでおくれよ。これでもちゃ~んと盗賊団らしいことしに来たんだぜ~?」

 シップゴップは啜り笑いを続ける。なんて呑気な連中なんだろうかとオルナ村住民達を嘲笑うような態度だ。

「この村の金を出来る限り持ってきな。余生少ない爺さんのポケットマネーは避けてやるよ」

「……やれやれ。ギルドの連中はまだ来ないのかのぉ~?」

 村長は顎髭をなぞりながら首をかしげる。

「……とと。噂をしてたら来おったわい」

 ギルドの戦士達。オルナ村から少し離れた商業街からの助っ人だ。

 悪くない金額で彼らを雇い、わざわざ泊まり込みで来てもらっている用心棒だ。

「へへっ、まさか向こうから来てくれるなんてな!」

「こりゃあボーナスは弾むだろうなぁ~? たっぷり稼がせてもらうからなァ~??」

 ギルドの戦士達は到着するや否や武器を構え盗賊団を歓迎した。

 ボーナスが向こうからやってきてくれたのだ。このチャンスを逃すはずもない。

「ギャッハハハハハッ!!」

 腕利きの戦士がやってこようと、ボスは臆さない。

「壊滅するのは……どっちだろうな?」

 そっと、シップゴップは片目に手を添える。






 

 それは人間のそれとは全く別物にも思える生き物の瞳だ。


「ぐあああっ!?」

 ギルドの戦士の悲鳴。

 肩に一撃。目に止まらぬ速さの奇襲を身に受ける。

「な、なんだ!? ひぎゃぁああっ!?」

 また一発。今度ッは膝に一撃。

 腕利きであるはずのギルドの戦士達は物も言わさず瞬殺されていく。

「……ははっ! たまらねぇぜ、こいつはァ!!」

 ボスの両目がまるでトカゲのような目つきに。

 真っ赤に染まり切った目。充血してるわけでもないその眼から放たれたのは“赤いレーザー光線”だ。

「とんでもねぇ! アイツの言う通り天使様のような気分になっちまったぜ!!」

 ボスの奇襲だけでは終わらない。

「ひひひひっ!」「ブッ殺してやるぜぇええッ!!」

 その他数名。盗賊たちの目つきが同じく真っ赤に染まり鋭くなっていく。

 目から次々と放たれる光線。村の住宅の一部一部を破壊し、近くの地面に大きなクレーターを作り上げる。村人たちの呑気な声は次第に阿鼻叫喚へと変わっていく。

「ひ、ひぃいい……!」

 村長もその光景を前、ついに後ずさりをする。

「金を出しな! 出せる限りだ! 額次第で村の今後が左右されちまうぜ。誠意とやらをしっかりと見せるんだぜ?」

「な、なにを……」

「おっと抵抗してみろよ。誠意の欠片もない行動を回したら、この村の誰かがポックリ逝っちまうかもしれないぜ!? 言っとくが俺は嘘をつかない良い性格の人間だァ! そこを理解してもらいたいね!」

「わ、わかった!! 待っとれ!」

 村の安全を優先。相手が得体のしれない力を使うのであれば迂闊な行動などとれるはずもない。村長は数名にギルドの戦士と住民達の避難を命じる。

 その後村長は村の資金を取りに向かって行った。長年生きた勘なのか、自然とその体は感じていた。何かがまずい、と。

「ギャーハハハハハハッ! 気持ちが良いゼェエエエエエッ!!」

 愉快かつ豪快。射精以上の快感をシップゴップは味わっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る