第06話「《鎖要き獣》と《緋眼の雷帝》(その3)」
伸びた。指が。
文字通り度肝を抜かれた。その一瞬の油断があまりにも命取りだ。
「俺の指は思うがままに飛ばすことが出来るッ! そして飛ばした指は魔力によって繋がれているッ! 俺の魔力は伸縮自在の鎖の魔術なんだよォオッ!」
キョウマが不安定な姿勢を晒した瞬間をルーガは見逃さなかった。伸びた指同様、先端が紫色に光る爪を構え、獣のように襲い掛かってくる。
「鎖だけじゃないッ! 俺の魔力は鉄だろうと何でも切り裂くナイフにもなりやがるんだッ! テメェの刀もあっさり砕いちまうかもしれないがっ、その姿勢で反撃なんて出来やしねぇえッ! 八つ裂きにされてしまいなァアッ!!」
(不覚ッ……!!)
回避は間に合わない。
「しかしッ!!」
「なっ……!?」
無理やりにでも立ち上がる姿勢。その最中で反撃など出来るものかと思えた。
しかし、キョウマは刀を抜いた。
その抜刀。時間にして僅か1秒未満。防御の片手居合術……!!
「抜きやがったァアッ!? そんな不安定な姿勢でかッ!?」
「防ぎ、きるっ……! 拙者の刀を愚弄などさせやしないっ!!」
鉄をも切り裂くルーガの魔術ナイフ。しかし----!!
「こいつの刀……対魔力の防御加工が施されていやがるッ! 俺のナイフが弾かれやがるッ!」
「このぉおおおーーーッ!」
キョウマの刀はルーガの魔術ナイフを受け止めた!
片手。頑丈な刀。不安定な姿勢ながらもキョウマは何としてでも耐えきる。襲い掛かるルーガを追い返してみせた。
(うっ……!?)
異国の刀は重い。片手どころか両手で振るにも筋力がいる。姿勢が不安定なこの状況、キョウマの腕が悲鳴を上げないはずがない。
「やりやがるッ……すげぇ根性だッ! だが今ので動きが鈍くなったのが見えたッ! 相当無理な姿勢でやったもんだから腕がイったみたいだなァアッ!?」
(やはり見逃されぬかッ……!)
ようやく姿勢が安定する。だがキョウマは痛む腕の苦痛に表情を歪める。どれだけ冷静を装うがルーガはそれを見逃しはしない。
「一斉に俺の指を飛ばしてやるッ! このまま終わりやがれッ! 侍ヤロォオッ!!」
ルーガは一度距離を取ってから、両手を広げ前方に押し出す。
一本の刀ではどうしようもない状況へ……多方向から降り注ぐよう指を発射する姿勢に入る。十本の指先には紫色の魔術ナイフが構えられている。発射準備完了だ。
「終わりだァアアッ!」
ルーガの叫びが渓谷にこだました。侍を仕留めてみせたと勝利の宣告を。
「殺さなければいいんでしょう?」
-----瞬間、身も凍るような寒気。
「私自身この力の恐ろしさは分かってる。だから加減はちゃんと把握している」
禁じられていた援護射撃。肌から感じる凍てつく空気から状況をあっさり理解してしまう。
失態を晒してしまったからこそ彼女に手出しをさせてしまった。最初こそ、キョウマはそんな己惚れた罪悪感を抱いていただろう。
だが、その罪悪感はすぐにでも拭われる。自惚れだと感じさせられる。
「手助けくらいは出来るんだからッ!!」
「なっ……!?」
冷気があたり一面を覆う最中。ルーガの姿勢が明らかに不安定になっているのがわかる。冷気を直で浴びている……しかし、凍り付くのは腕と脚のみだ。
「腕が凍ってるのかァアッーー!?」
腕が動かない。それだけじゃない。
纏わりつく氷が重りとなる。ダンベルを持ち上げたような感覚……両足は鉄ゲタを身に着けたかのような窮屈さ。
「落ちっ……るっ……俺の腕がぁっ……!?」
踏ん張るも、ルーガは両腕を地に降ろす。両脚の氷は地面と一体化していく。
「なんのこれしきいっ、まだぁああ、」
「『おとなしくしろ』って言ってるの」
……瞬間、ルーガの背後にエメリヤが迫る。
「これ以上暴れるならもっとキツいのをお見舞いする。殺しはしないけど……死ぬことよりも凄まじい事。経験させてやることは出来るんだから」
「うぎぎぎっ……!!」
抵抗しようにも背後を取られた。迂闊な真似をすれば何をされるか分かったものじゃない。
「これでいいでしょう? キョウマ?」
してやったりの笑顔。百点満点を上げたくなる援護射撃が出来たことに満足しているようだ。
「……かたじけない」
カッコをつけるつもりが助けられてしまった。年下の女の子に助けられるというこの状況。キョウマは心の何処かで悔しく思っていた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
フーロコードの真横を過ぎ去る深紅のイナズマ。収縮されたエネルギーは一筋の光線となって襲い掛かってきた。
その威力、一人の人間が放つにしては相当なエネルギーと言うべきか。魔術を利用した砲台兵器に匹敵する威力と評価してもいいだろう。
「……」
フーロコードは光線が作り上げた惨状へ目を向ける。
遠目から見ても分かる。渓谷の一部が隕石でも衝突したかのように大きく抉れていた。見間違いでもないし幻覚でもない。
それだけの力があのフザけた少女一人の瞳から放たれたのだ。
「ふっふっふ、どうした極光よ。罪深き血紅の裁き……身に触れずとも、その重さを感じ取れるか」
≪緋眼の雷帝≫を自称するカルフィナは自慢げな表情で胸を張っている。蒸気機関車のように鼻息も勢いよく吹かせている。
「小娘とて侮ったのが三流の証よ……さぁ、悪い事は言わないから今すぐ私にその身を捧げなさい。この雷帝の生贄となれる『光栄』を知るのよ」
「……ええそうね。ハッキリいって侮ってたわ。これほどのものとは思わなかった」
惨状に目を向けたまま、フーロコードは返答する。
「で? これで終わり?」
フーロコードの振り返り際。
「え?」
さっきと同じ冷酷な視線を向けている。修羅を思わせる無感情の殺意は変わらずカルフィナへと向けられる。
「なっ。なななっ!?」
カルフィナは勢いよく尻すぼみする。肩は驚いた猫のように飛び出している。
「確かに盗賊風情がここまでの事をしでかすのはやると思うわよ……」
首を横に振るフーロコード。
「けどその程度で終わりでしょ? 言っておくけど、この程度で上から目線決め込もうって言うのなら舐め腐ってるのにも程があるわよ」
片手をあげたフーロコードの前方に巨大な青い魔方陣。
光線だ。帝都エルーサーで月の使者相手に放ったレーザー光線と全く同じモノ。
「なっ! なお私に挑むか!?」
それに備えカルフィナも再び瞳を赤く光らせる。光を連想させる青い魔方陣とは真逆、漆黒の闇を連想させる真っ赤な魔法陣。
「無礼者がッ! 私は緋眼の雷帝! そこらの有象無象に後れを取ると思うてかーーーーッ!!」
チャージはおよそ4秒。発射準備に入る。
「再度その身に味わえ! 食らえッ! 《
さっきは見せしめであったのか出力はより高めに。エネルギーを更に濃密させた砲撃を放つ。
「私はねぇ……帝都の魔術協会でエージェントなのよ」
迫りくる紅の光線。フーロコード、迎撃開始。
「とんでもないレベルの魔法使いを何人見てきたと思ってんのよッ!!」
青い光線。月の使者を焼き払った極光の光線が深紅の光線目掛けて放たれる。
「エっ、エージェントぉ!?」
動揺。カルフィナは目を泳がせる。故に出力が下がる。
青い光線はいともたやすく赤い光線を飲み込み、どころかそれを吸収し、より肥大化する。
「そんなっ、凄い人っ……あひゃっ……」
極光はカルフィナ自体には命中せず、彼女の真横を通過し、代わりに遠くの渓谷の一角へと向かって飛んでいく……新記録達成だ。
フーロコードが放った光線はカルフィナが作り上げたクレーターよりも巨大な傷跡を残す。災厄レコードはあっという間にフーロコードに更新されてしまった。
「あっ、ああぁあああ……」
カルフィナはその場で尻もちをつく。
両手両足はガックガクに震えている。痙攣にも近いその震えを見るに立ち上がるのは不可能と考えるべきか。歯はカスタネットのように何度も鳴らし、目元は真っ青に染まる。瞳からは出したくもない涙が恐怖でにじみ溢れてくる。
「勝負ありね。エージェントを二度と舐めないでよね。このクソガキ」
一仕事終え、満足が行く結果に終わったのかフーロコードも笑顔だった。
数年間いびりにいびられ続け、嫌悪感マックスであった上司の顔面を好き放題ぶん殴った後のような爽快感。あまりにも涼しい表情だった。
「……さぁ」
拳と首を鳴らし始めるフーロコード。
「覚悟しなよ。クソガキ風情が大人をからかうんじゃないわよ!」
「「ひぃいいい……ッ!!」」
恐怖で腰を抜かしてしまったカルフィナ。両脚が氷で封じられたまま絶体絶命と察するルーガ。
「み、見た目はどうみても同い年、」
「私は24だってば」
「「にじゅうよぉおおん~~~!?」」
完全に勝敗は決した。
もはや抵抗する手段も気力もなくなってると考えていいだろう。
「調査に協力してもらうわよ。月の脅威は近い。手っ取り早く尋問の一つでも、」
迫りくるフーロコードの魔の手。生易しい表現方法も必要ない。無礼者相手には徹底的に尋問だろうが拷問だろうか一発くれてやる。そう考えていた---
「おっとおおっ! そうはいかねぇぞォオオ!!」
「……ッ!?」
瞬間。驚愕。
「「っ!!」」
目も眩む光。閃光弾だ。
「なっ、この光はっ!?」
フーロコードは勿論、無防備であったキョウマとエメリヤも目を擦る。
「ルーガ、カルフィナ! いつまでちっこくやってやがる!」
聞こえてくるのは若い男の声。おそらく仲間の盗賊だ。
「じゃれてんじゃねぇぞ! これからデッカいこと始まろうってんだ! 俺達盗賊団の波乱万丈を見に行こうって言ってんだよ!」
フーロコード達が怯んでいる合間に数人の盗賊がカルフィナ達の下へ。足が竦んで立ち上がれない二人の肩を持つ。
「おい。雷帝様も腰を抜かすのかよ。何があったんだ?」
「ふっ……溢れんばかりの力に仮初の肉体が耐えられなかったようだ。こうも限界が早いとはな……」
「はいはい、おんぶでいいな?」
布が擦れる音と、盗賊の『どっこいしょ』の声。
「ルーガ! お前も行くぞ!」
「足が動かねぇんだ! スニーカーが凍って地面に、」
「それくらい捨てろ! ほら急げ!」
「……だぁあああッ! これ高ェし大切なもんなんだからなッ!? あとで絶対に取りに行かせろよォ~!? なぁあああ~~ッ!?」
盗賊はルーガとカルフィナの二人を連れ逃走。距離をつける。
次第に盗賊たちの声が遠くなっていく。
「ま、待つにござる……っ!!」
徐々に目を開いていく。ようやく目の眩みが取れていった。
その場には既に誰もいない。
盗賊団は姿を消してしまっていた----
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