第06話「《鎖要き獣》と《緋眼の雷帝》(その2)」
突如放たれた無数の矢は紅月の演者を名乗る二人をまとめて飲み込んだ。
次々と放たれる弓矢はガトリングガンのように絶え間ない。数百発、否、千発近くの矢を放ち、魔法陣はうっすらと消えていく。
悲鳴すら聞こえない。再びあたり一面が砂ぼこりにまみれていく。
「ちょぉおッ!? フーロコード殿ォオッ!?」
容赦ない攻撃。慈悲の欠片もない総攻撃にキョウマは思わず声を上げる。
「捕まえて話を聞くのではござらんか!?」
「……ごめん。なんかさ。エージェントの事を馬鹿にされたような気がしてさ。ムカっとなってつい」
総攻撃を終えたフーロコードは今も尚、現状に満足がいっていないように見える。眉間どころか頬や片腕にも血管が浮き出ており、瞳に関しては怒りのあまり痙攣を起こしている。
「いや。一応はコチラの情報班の確認不足であって、あの子達に罪はないんだろうけどさァ……期待して話を聞いてあげた挙句、結局は良く分からない『ごっこ遊び』に付き合わされてただけ……ムカつかないわけがないだろうがアッ! クソがッ!!」
心の奥底からコケにされたような気がしてならないフーロコードは気が付けば鬱憤を吐き出していた。
早い話、無駄話に終わったこの結果に一番のストレスを感じている。この苛立ちを誤った情報を持ち帰ってきた情報班にもぶつけてやろうか。帰りの楽しみが少し増えたような気がしてならない。
「奇襲を仕掛けたのは向こうも一緒だし……イーブンよ、イーブン」
「規模が違い過ぎる気が!?」
レベルの違いを指摘されがフーロコードは何の罪悪感も浮かべていない。むしろ塵になっていてくれないかと思っているようである。あの少年少女達には。
「「ひ、ひぃいいい……!」」
だが、さすがにフーロコードは理性の一つは残していた。
「あっ! 生きてる!?」
「言ったでしょ。殺すわけないでしょーが」
煙が晴れると、恐怖のあまり互いに抱き合っているルーガとカルフィナの姿が。
「ただ無傷とはね……一発二発は刺さるよう調整してたけど。運が良いじゃない」
(やっぱり殺す気だったのでは……?)
二人の周りは真っ黒こげに染め上げられている。わざと攻撃を外したようだ。
そのありさまを見るにフーロコードが本気でキレていたか分かる。命中していれば二人とも毛一つ残さず塵になっていたかもしれない。
「お、おい……カルフィナぁ、大丈夫かぁ……?」
「う、狼狽えるな、この程度っ! 邪神戦争時代の災厄と比べれば……ひぐっ」
ガッチガチに震えるルーガ。恐怖のあまり泣き出しかけていたカルフィナ。二人は無事を喜んだところで震えながら立ち上がる。
「……はっはっはッ! やるわね! 《青き極光》よ!」
カルフィナは涙を拭うとポーズを取り直し空気を入れ替える。
「いや変な異名付けないでくれない? ダさくて、やだ」
あれだけやったのに尚立ち上がる勇気には賞賛を送るが……フーロコードにとってはセンスの欠片もないクソダサい異名に関しては酷評せざるを得なかった。
「しかし、この程度で私の罪を止められるとでも思うてか……!」
カルフィナは黒い包帯に手を伸ばし、それを取り外していく。
特に意味があるわけでもないが……天女のベールのよう、舞わせるように勢いよく引きはがしていく。
「その光を私の罪で消し去ってくれる!」
黒い包帯から現れたのは……赤い瞳。
「……ッ!!」
瞬間、カルフィナの瞳の先に小さな魔法陣!
「しまっ……二人とも避けてッ!?」
「「!!」」
ものの数秒で収縮されていく増大な魔力!
フーロコードはそれに反応、冷め切った表情が引き締まり強張っていく。
「食らうがいい!」
突き出される顔面。瞳の魔法陣が赤から黒へ。
「『
瞳から放たれるのは深紅のイナズマの光線。
ついさっき奇襲で放たれたイナズマとは比べ物にならない出力。濃密に収縮された魔力は真っ赤を通り越して、それこそ血のような黒へと染まり果てていく。
「赤い瞳ッ、光線ッ……!!」
間一髪! 攻撃を回避!
フーロコードの真横を漆黒のイナズマの光線が通過する!
「それに、このパワーはッ!?」
真後ろ。遥か先の大地に直撃したイナズマは悲鳴に似た音を上げて大規模な爆発を起こす。渓谷の通り道は塞がれるどころか微塵も残らず粉々に砕け散ってしまう。
「見たか、≪青き極光≫よ。これが私の力よ」
光線をうち終え、再びカルフィナはポーズをとる。
片目と違う深紅の瞳。オッドアイと言うべきか、或いは……例の瞳なのか。
今までの間抜けな顔はそこにない。登場して直ぐの頃と変わらない邪悪な笑みをカルフィナは浮かべていた。
「……なるほどね」
フーロコードは身構える。乱れた髪を片手でほぐした。
「カルフィナ姫も頑張ってるところだし。俺も格好いいところ見せてやろうかね」
拳を鳴らし、ルーガは一人の侍へ対峙する。
(フーロコード殿と分断された……!?)
イナズマ光線を避けた際にフーロコードから離れてしまった。フーロコードはカルフィナから目を離すことは出来ない。目の前にいるルーガはキョウマとエメリヤの二人で対応しなくてはならない。
「……盗人よ。何故このような事を」
「金とか色々欲しいだけさ。それ以外何かあるかよ?」
欲しいものがある。それを無理やりにでも奪いたい。だから盗む。盗賊のやる事なんてそれ以外に何があるのかとルーガは語る。
「よろしくはない! 人のモノを奪う事は、道理に反するッ!」
単純すぎる答えだ。欲しいものがあるからやっているに過ぎない。ルーガのシンプルすぎる回答を前にキョウマは咆哮する。
「お前はあまり金目のものを持ってねぇように見えるな。貧相だぜ」
「ま、また……バカにされた……」
見た目が頼りないと馬鹿にされてしまった。刀を抜いていざ戦闘態勢とまで踏み込んでいるのにこの感想。そこまで見た目に威厳がないのかとキョウマは自信を失いかけてしまう。
「まぁ人は見た目によらずってやつだ。まずは……お手並み拝見だぜェ~ッ!」
ルーガは獣のように飛び掛かってくる。
武器も持たずに無防備。両手を広げ、刀を持った侍目掛けて一直線に。
「無謀なッ!?」
叫ぶ。しかしだからといって何もしないわけにはいかない。せめて身を切らぬようにと刀の向きを逸らす。峰打ち狙いだ。
「んなわけねぇだろうがヨォオオ~ッ!!」
脅しでも何でもない。何かしら罠を仕掛けているわけでもない。グーの形に閉じた右腕をルーガは刀目掛けて振り下ろす。
「……ッ!」
瞬間、金属音。
聞こえてくるはずもない金の音にキョウマは身震いを起こす。
「頑丈、だと……!?」
今、気づく。
男は腕にグローブを着けていた。だがそのグローブは皮でも布でもない。金属だ。
騎士甲冑の籠手と全く同じ素材。キョウマの持つ刀程度なら弾くことなど容易い。
「キョウマっ!」
エメリヤは両手を構える。冷気を放つつもりだ。
「待つでござる! エメリヤ殿!」
援護射撃の気配を感じ取ったキョウマ。ありがたい対処ではあるが、その攻撃を直ぐに止めるように叫び出す。
「お主の冷気は人の身には重い……殺してはならぬ!」
「っ!」
目的は敵の殲滅ではなく捕縛。エメリヤの放つ絶対零度の冷気は人の身に浴びせてしまえば、ものの一瞬で生命活動を停止させかねない。
間一髪、我に返ったかのようにエメリヤは両手を引っ込める。あとコンマ数秒遅ければ、ルーガを凍死させていたかもしれない。
「ここは拙者が相手でござる! それ以上の悪行を許すわけにはいかんのだッ!」
「威勢がいい! 貧相って言葉は訂正してやるよ! 正義のお侍さん!!」
続く剣撃と拳の打ち合い。峰打ちを狙うキョウマの攻撃を次々と受け流すルーガ。
刀ほど重い一撃を次々と浴びても彼の両腕は悲鳴を上げる気配を見せない。あの男、相当鍛えているように見える。
「はてさてあとは……テメェが強ぇかどうかだろォ!!」
片腕人差し指をキョウマの胸元に向ける。
「ッ!」
途端、エメリヤは表情を強張らせる。
「キョウマ! 避けてッ!」
「!?」
突然のエメリヤの警告。瞬時に判断したキョウマはその場から一度退く。
----伸びる人差し指。
----その先端には紫色に光る刃。
「伸びた指がッ……!?」
指そのものが飛んできているのではない。何かが指の先端を飛ばしたのだ。
その先端の刃を繋ぐのは……漆黒の光で形成された鎖のようなものだった。
「ムーンデビルとは違うがっ! これはフーロコード殿の話通りのッ!?」
突然すぎる回避。故に体の姿勢は相当不安定だった。突然の奇襲に気を取られ過ぎたのも要因である。
「鋭すぎるぜッ! だが立て直しが遅いと見たァアアッ!!」
「立たなければッ……!!」
姿勢を崩し、キョウマは倒れ込む。
無理のある回避であることは分かっていた。キョウマは片手で受け身を取り、何とか直ぐに立ち上がろうと足を大地に踏ん張らせる。
「残念だが!」
その絶好のチャンスをルーガは逃しやしなかった。
「もう間に合わねぇぜェエエッ! 俺の勝ぁちだァアア~~ッ!!」
両手を構え、侍へと迫りくるその姿はまさしく、草食動物に牙を向ける肉食動物そのもの。その名の通り鎖から解き放たれた獣と言うべきか。
両腕の指先には先ほど放たれた刃と全く同じ。紫色の光のナイフが生えていた。
(間一髪を逃さない……駄目だッ! 間に合わないッ!!)
絶体絶命。
防御は彼の想定通り……間に合わない。
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