第06話「《鎖要き獣》と《緋眼の雷帝》(その1)」
深紅のイナズマがあたり一帯に散らばる。極白の氷霧と共に。
エメリヤの勘の鋭さ。半魔族という体質……他の人間と比べて魔力に対して敏感故に、誰よりも早く対応することが出来た。
「もう隠れても意味はないわ。出てきたらどう? 背中が丸見えよ?」
盗賊をあぶりだす作戦。フーロコードの計画通りであった。
やや頼りない風貌の男一人と女性二人。力自慢が多い盗賊からすれば、これほどにない格好の的だろう。想定通り馬鹿な盗賊は釣られてくれたようだ。
「ヒョロヒョロ……」
「あれ? 気にしてた?」
キョウマは頼りないというその一言に軽く傷ついているようだった。いちいちそういう反応を見せるから頼りないと言われることも気づかずに。
「とっとと出てこいって言ってんのよ! これはせめてもの優しさッ、慈悲ってもんなのよッ! こっちから出向いて無理やりにでも捕縛していいんだからなァアッ!? ほらっ! 分かれば早く出てくるッ!!」
渓谷のど真ん中。フーロコードの叫びがこだまし反響する。
このまま大人しく逃げるのものならコチラから行く。或いはプライドに身を任せて直接真剣勝負に挑むのも良し。
仕掛けた盗賊たちの登場を待つ。敵に逃げ道など用意させやしない。
「あーはっはっはッ!!」
すると、だ。フーロコードの警告に反応した盗賊の声が聞こえる。甲高い笑い声、これは女性だ。
「よくぞ見切ったものだ! この罪深き雷帝のイナズマをッ!」
何処か傲慢。何処か上から目線の言い方。その無礼さは盗賊団らしいと言えばらしいが……その言い回しは盗賊団には不似合いな感じがする。
「いいだろう! お望み通り、その姿を見せてやろう! 行くぞッ、同胞ルーガ!」
「やれやれ。今日もカルフィナ姫は絶好調だねぇ」
女性だけじゃない。もう一人男性の声も聞こえる。女性と比べてやや大人しめではあるが、その声は女性同様に若さを感じさせる。
「俺もそっちの方が好みだ! 言われた通りに出てきてやるぜ!」
「さぁ! その眼に焼き付けよ!」
声が徐々に大きく。影が更に近づいてくる。
「「とぉっ!!」」
霧の中から飛び出してくる。獲物を見つけたハイエナのように勢いよく。
----二人の人影。身長や体格からして大人ではない。キョウマやエメリヤと大して離れてないくらいの男女二人。
「さぁ! 大人しく出てきてやったんだ! 覚悟は出来てんのか~!?」
一人は頭にスカーフをまいた茶髪の男。動きやすい半ズボン、裸の上半身の上に黒いコート。何処か盗賊らしくない衣装を身に纏った【ルーガ】と呼ばれた男。ボロボロの穴あきグローブをつけた指は親指を突き立て、地に向けられている。
「我らの威光にひれ伏すが良いッ! にゃ~はっはっはッ!!」
もう一人はフード付きジャケットを羽織った金髪ツーサイドの少女。網タイツとチェック柄のスカート。黒い包帯を片目に巻き付け、体のあちこちにチェーンを巻き付けている。名を【カルフィナ】と言ったか。
「本当に大人しく出てきた!?」
なんの抵抗もなく堂々と。盗賊団らしからぬ登場にフーロコードは唖然とした。
「ヒソヒソ隠れて攻撃してくるような奴なら、脅しをかければ白目剥いて逃げるような臆病ヤローだって思ってたけど……ビックリした。肝が据わってるじゃない」
盗賊と思わしき男女二人は空から舞い降りた怪鳥のように綺麗に着地。ルーガと呼ばれた男は両手両足をピタリと地面につけ、カルフィナと呼ばれた少女はカッコつけたようなポーズを取り、誇らしげな表情だ。
フーロコードは逆に賞賛する。馬鹿な真似をせず堂々と出てきた盗賊二人に。
「ふっふっふ……!」
カルフィナは登場をカッコよく決められたことに満足そうだ。片手を黒い包帯に添え、今も尚、何かしらのキャラを演じているかのように傲慢な態度を見せる。
「質問するわ。貴方達は盗賊なのかしら?」
その姿、その立ち振る舞い。見た目は盗賊と言うより……街や村でよく見かける悪戯坊主のような印象だ。
「如何にも。私達の名は《
カルフィナはポーズをとったまま肯定する。
「え、えっと。混沌? 旅団? 迷い人……?」
……ただ、意味不明な単語が次々と飛び出しているように聞こえるが。
「お前らのお望み通り。俺らは盗賊団であってるぜ」
混乱を続けるエメリヤに対し、すかさず訂正を入れてくれるのはルーガだった。そのルーガもカルフィナの返答を前に戸惑っている一同を笑っているようだが。
「拙者達を狙ったでござるか?」
「盗賊がやることなんて決まってるだろ~? 敢えて言ってやろうかァ~?」
盗賊が旅人たちの前に現れてやることなんて限られている。当たり前の事を聞いてきたキョウマに対し、ルーガは文字通り敢えて古臭い言い回しをしてやる。
「金目のものを全部置いていくんだよ。そうすりゃ見逃してやる。それとも俺達とよろしくやるかい?」
「……ッ!」
見境なく旅人を襲う悪党。それらしい表情を見せたルーガに対し、キョウマはすかさず刀に手を伸ばす。
「なるほどね、盗賊団なのね。それが聞けただけで都合が良い!」
最初はよく分からない変態が連れてしまったかと不安に思っていた。相手は盗賊団であることを知れてフーロコードは心底ホッとし身構える。
「今からアンタ達を捕縛してやるわ。聞きたいことが色々あるのよ。コッチは」
「可愛い子ちゃんと話出来るなんて嬉しい限りだ。ちょっと聞いてやるか」
「お世辞をどうも」
二十代後半手前。見た目を魔法でサバ読ませているため当然と言えば当然の返答だが、お褒めの言葉には素直に礼を言っておく。
「この辺の盗賊団が良からぬことを考えてるって話を聞きつけたのよ」
「ほう……テメェ。さては近場のギルドか何かか?」
「さぁ何でしょうね? この制服を見て分からないのならそこまでだけど」
フーロコードは後の反応を楽しみたいのか自身の事を敢えて名乗らない。
「それともう一つ。是非お目にかかりたい人物がいるのよ……盗賊団では有名人だという《月の使者》という連中にね」
オルナ村付近の盗賊団。この組織は死の商人ミド・ヌベールと関わっている可能性がある。まだ確率が低いにも程がある憶測ではあるが。
盗賊団の中で《月の使者》を名乗る連中がいると聞いていた。それに思い当たる人物がいないかどうか、盗賊団らしくない二人に問いかけてみる。
「……ふふっ、はーっはっはっはッ!!」
するとどうだ。一瞬溜めたかと思えば、またも高貴な令嬢らしい笑い声をカルフィナは上げ始める。
「『
「……は?」
まただ。また何か始まった。
「しかし私は戦うわ。それが私の選んだ『
「……」
何やら演劇らしきものを始めたカルフィナをフーロコードは無言細目で見つめ続けている。何か言いたげだが堪えているように見える。
有益な情報が低確率であれ聞けるかもしれない。ここは『大人』の対応をする場面だ。
「そう、我ら罪人……《
黒い包帯で覆われた片目に手を添え、またもカルフィナはポーズを取り始める。
それこそ悪党らしい笑み……いや彼女からすればダークヒーローを演じているつもりなのだろうか。どこからどう見ても演技な笑みを浮かべ始める。
「あっはっは……」
「紅月の、演者?」
フーロコードは思わず呟く。
聞いた話となんか違う。最初こそ聞き間違いかと思ったが、彼女は間違いなく『月の使者』ではなく『紅月の演者』と名乗った。
「敢えて名乗ろう! 我は《
置いてけぼりの一同など気にすることなく続く自己紹介。より強調されていくポーズとお手製の肩書。よりダイナミックに、より大袈裟に。口上のトーンが大きくなっていく。
「んで、俺はそのバディ……えっと、《腐り果てた何とやら》だったっけ?」
「《
「あぁそれそれ! そういう異名って事でよろしくねェ! ちなみに偽名でも何でもなく真名ってやつだから!」
ルーガはカルフィナとは違い淡々と自己紹介を終えていく。カルフィナの名乗りを邪魔しない様、必要最低限の説明だけを添えていく。
「そう、我らが!」「俺達がッ!」
カルフィナが再びポーズをとる。それに合わせルーガも空気を合わせポーズをとる!
「「お前たちの探していた《
----二人の真後ろで爆発のエフェクト。
なお本当に爆発しているわけじゃない。それっぽいエフェクトが幻覚で見えるだけ。
何か光っているわけでもないのに、黒い包帯から赤い光が見えるような気がする。
特に漂わせているわけでもないのに、黒いオーラがルーガに纏われているように見えた。
「お、おおっ……!!」
キョウマは目を輝かせている。両手をグッと閉じ、二人の姿に感銘を覚えているようだった。意外にもそういう設定とかには少年心をくすぐられるタイプのようだ。この侍は。
「「……」」
一方。女性陣二人は完全に固まっていた。体が真っ白に燃え尽きている。
あまりの温度差の違いに。
「……つまり、なんだァ~?」
フーロコードの体がぷるぷると震え始める。
「コイツらは月の使者でも何でもないとォ……??」
「さぁ旅人たちよ」
やりたいことを一つ残らずやり終えて満足したのか、カルフィナは満面の笑みだ。そんな相棒の姿を見て、ルーガも首を数度縦に頷いている。
「この罪深き叛逆者達に何用で、」
再度問う。紅月の演者である自身たちに何の用事があるのかと----
「うるせェ失せろ、ガキ共」
----瞬間、フーロコードは人差し指を向ける。先端には巨大な青い魔方陣。
----魔法陣は頭上に移動。次第に紅月の演者様へ銃口が向けられる。
「「……へ?」」
カルフィナとルーガは素っ頓狂な声をあげる。
魔法陣から数千以上の青い閃光の矢が放たれた。
ものの刹那。無数の矢は紅月の演者様二名へと一斉に降り注がれる。
あっという間、紅月の演者様は光に飲み込まれてしまった。
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