第05話「渓谷村の悪いヤツラ(その2)」


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「ボス……いよいよ、ってところだよなァ~?」

「ああ! いよいよだぜ。テメェラぁ……」

 オルナ村から少し離れた先。渓谷の死角とも言えるその場所。

「一世一代の大チャンス。コイツが成功すりゃぁ……俺達は一気に金持ちの仲間入りってやつだぜ~? ……んでよ、肝心のスパイからの情報はどうなんだよ。そいつが来ない限りは安心はしきれないからなァ~?」

「村の方には援軍の魔法使いは不在。いるのは現地の田舎ギルドだけ」

「はっ、そうなっちまえば楽勝だな。それだけならよォ、このシップゴップ様一人でも勝てちまう」

 髭を生やした大男。オークのように大柄と言えば失礼かもしれないが、その姿はまさしく豚男そのものか。下品な大笑いを浮かべる盗賊団のボス・シップゴップは華々しい戦果を予告する。村は秒で制圧してみせると。

「大丈夫なのかよ……俺達は今まで村の襲撃は考えなかった。そいつは帝都の騎士団だとか面倒なのに目を付けられないようにするためだ。今回のヤマはもしかしなくても新聞の一面を飾る大事だぜ? 万が一、帝都騎士団にでも目をつけられたらどうすんだ?」

「俺達だけで太刀打ちできる相手じゃねぇ。一部隊相手でも相当キツい」

 数名、不安をボヤく輩もいる。

「ハッ! 何、弱音を吐いてやがるんだ!」

 しかしそんな不安を漏らす部下とは裏腹。シップゴップは笑うのみだ。

「……いいかァ、お前ら~? 今の俺様の手にかかれば騎士団だって容易く屠れるんだよォ~? のろっちいカタツムリを踏みつぶすくらいに簡単になァ~!?」

 近くにあったウイスキーの瓶を手に取り、それを飲み干す。アルコール度数は十度以上を軽く超えている。

「ボスの奴、いつも以上にヤる気がちげーぜ……覚悟を決めてやがる。頭がイカれたってワケじゃねえみたいだが……」

「無理もねぇ。なにせ、今のボスは----」

 ヒソヒソ話。ボスが酒に気をとられている間に部下達は小声で何かボヤいていた。

無謀な作戦を実行しようとするボスの悪口か? 或いはお褒めの言葉か?

「……おい、はどこ行きやがった?」

「さぁ? また通りすがりの商人をイジメにいってんじゃねェですか?」

 商人狩り。それはまさしくオルナ村付近の渓谷では名物扱いされるほどのもの。日常茶飯事となってしまってるものだ。

「フザけやがって。もうそんなハイエナみてェーな生活とはオサラバだと言ったのが聞こえなかったのかよ~? えぇえ~? なぁあ~??」

 空っぽになったウイスキーの瓶を手に取り、近くのテーブルに叩きつける。

「今の俺はにも等しい存在にコレからなれちまうってのによォ~……!!」

 弾け飛ぶ琥珀色の破片。輝くガラスのシャワーが近くの部下の頭上に降り注いだ。


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 ----数分前、オルナ渓谷。

 フーロコード達を乗せた小型飛空艇は空の旅を終え、既に到着している。

「残りはここで待機。私が呼んだら駆けつけてきて……五秒でも遅れたら何時間だろうと愚痴ってやるから覚悟しといてよねぇ~?」

「肝に銘じます! ご武運を!」

 フーロコード達が渓谷へ降りていくところを他の協会メンバーは敬礼で見送る。

「え、えっと。いってくるでござる~?」

「ん? んん?」

 それに対しフーロコードは軽く手を振る。それを見たキョウマは何処かぎこちなく手を振り返す。エメリヤは何が何だかと頭をポカンとさせる。

「挨拶まともにできんのかいっ!」

 坂道を下り、村への道を進む。

 商人にとっては“死の通り道”と言われている場所だ。常日頃、盗賊というハイエナ軍団を警戒しなければならない。

 大半の商人はこの道を通ることを嫌うのだが、やむを得ず通らないといけないこともある。なにせこの渓谷の先に多くの大商業地域があるのだから。

 その為、ここを進むたびに商人達はボディガードとなる魔法使いや派遣騎士を雇うのだ。

「ねぇ。あの飛空艇に爆弾とかは積んでないの?」

「……あのさ。一応積んではいるけど、なんでそれを今聞く?」

 何気ない世間話で気でも紛らわせようと考えた矢先、エメリヤから発せられたのは物騒極まりない質問であった。

「確かにオルナ村には盗賊の輩が普通に屯ったりしてるって話はしたけどさぁ? 何も村人全員が悪人ってわけじゃないからね? そこんとこOK?」

 村には真人間となる善人も当然いる。何も村自体が盗賊団の集落と言うわけではないと注意を促す。

「村そのものの爆撃なんてテロと変わらないし、何よりこの道を塞いじゃったら困るのは一部の商人なのよ。真下の川まで塞ぐ結果にまでなったら大惨事じゃない」

 空から一気に攻めるという作戦は当然却下だ。何の警告もなしに村を焼き払うなど、盗賊団よりもハタ迷惑である。

「それだけじゃ~ないわ。盗賊団の中には重要な情報を持っている輩もいる。生きて捕まえないと意味が、」

「フーロコードはたった一つの質問に小言が多い。ブツブツ言いまくる女の人、嫌われるってママとパパが言ってたわ」

「コイツは説教よ! お勉強が足りない新米へ! 優しい先輩が直々にねッ!?」

 注意に対してウンザリ気味の態度を取るエメリヤに対し、フーロコードは苛立ちを募らせていた。ツンとそっぽを向いているエメリヤの頭上にフーロコードのカミナリがドバドバ降り注ぐ。

「フ、フーロコード殿。どうかそれくらいに」

「あのね! レディを大切にするのは良い事だけど甘やかしすぎも良くないから!」

 止めに入ったところでフーロコードは人差し指を何度も突き入れる。怯えるキョウマの鼻っ柱に。エメリヤに対しての指摘だけは絶対に止めない。

「差別するような言い方で悪いけどエメリヤは半魔族であることを忘れないで。それでもって今は立場も立場。軽はずみな発言ってヤツは反感を買う。そこを注意してくれないと私も彼女も胃がもたないわよ」

 彼女の立場を考えてるからこそ注意はしっかりとしなくてはならない。以前よりも危ない状況にならない様、立ちまわっていることを伝えるのだ。

「だから発言はもう少し考えてからやれ! 返事は『はい』か『イエスッ!』よっ! ほら、わかったら返事をするッ!!」

 世間話ではなく小言のオンパレードの説教。耳も痛くなるような話が続く。

「……静かにして」

 最中、エメリヤの顔色が変わる。

 両手を突き出し、エメリヤは眼を全開にする。

 白銀色に輝き始める髪と瞳。体内の魔力を回し、彼女自身の氷結の魔法を作動させた合図だ。

「ちょ、ちょっと! エメリヤ殿とまれいッ! 暴力で事を解決するのはッ!?」

「本気ッ……はっ!?」

 瞬間、フーロコードとキョウマは二人して足を止める。





「----危ないから」


 エメリヤの前方に現れたのは、一同を覆い隠す巨大な氷の壁。

 そして、その氷の壁に降り注ぐのは……


 だった。


 まさに一瞬。説教が続いたからこそ気が付かなかった。キョウマは今も反応が鈍い。フーロコードはリアクションが途切れたあたり、事を察したようだ。

 氷の壁が微かに溶けている。しかし防御しきった。少しでも反応が遅れていたら、ここにいる三人はまとめて焼かれていたのかもしれない。

 氷の壁はどこからともなくやってきた奇襲から二人を守った。エメリヤは咄嗟の判断で防御の盾を作ったのである。

「私は偉いかしら? フーロコードセンパイ?」

 してやったりな顔でエメリヤはフーロコードを見つめ返す。胸を張っていた。それもまあ見下すように自慢げに。

「……だからと言って、さっきの不躾な発言はなかったことにならないわよ」

 少し悔しそうな表情で頭を抱え、フーロコードは息を漏らす。

わ……このお礼は言葉だけじゃなくて行動で示す。美味しいお菓子も用意してあげるわ」

 負け惜しみと同時しっかりとお礼はする。助けてもらったのなら、それが当たり前の礼儀である。

「何奴ッ!! 拙者達は、襲撃をされたのか!?」

 キョウマが刀に手を伸ばすと深紅の電流を浴びた氷の壁は粉々に砕け散る。あたり一面に紅のイナズマをまとった真っ白な霧が立ち込める。


「……大人数で行くと警戒されて出てこないと思ったからね」

 フーロコードは乱れた髪に櫛を通す。

「ヒョロヒョロな男一人と女二人。呑気な観光客なのかと釣られてくれたわね……今そこで! さっさと逃げようとして逃げ遅れたッ!!」

 先の見えない真っ白の氷の霧の中から二つの人影がうっすらと見えてくる。おそらくそれが二人に襲い掛かった犯人だ。

「ネズミはとっとと捕まえるわよ。ほら! 二人とも返事ッ!」

「「ラジャーッ!!」」

 足を踏み入れてたったの数分。

 フーロコード達は……盗賊らしき者からの洗礼を『歓迎』という形で受け止めることとなった。

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