第05話「渓谷村の悪いヤツラ(その1)」
協会本部専用の小型飛空艇は南へ向かう。
予定の時間よりは十分早く出発。フーロコード・ラビリスト、キョウマ、エメリヤの三名は南の遠方・オルナ村へ。
「到着は一時間後を予定しています」
「部屋に戻ってるわね」
「ゆっくり体を休めておいてくださいね」
操舵室のパイロットに許可を得たところでフーロコードは専用の寝室へと戻っていく。理由は仮眠を取る為ではない。
軽く雑談するつもりだ。魔術協会の仕事初体験となる二人に仕事のイロハたるものを説明してやらなければいけない。
「ただいま。二人とも酔いは大丈夫?」
部屋に入ってすぐ体調の確認だ。どれだけ安全運転を試みても、船や飛空艇という慣れぬ乗り物で吐き気を訴える者はいる。
「問題ないわ」
エメリヤは即答。
「右に同じ! 空の旅というのは快適でござるな。良い経験をさせてもらった」
「え? 帝都までは飛空艇で来てないの? 王都から結構な距離があるんだけど」
「途中までは馬を駆りて、その途中からは馬車。あとは徒歩で帝都まで」
「……どうりで遅っせぇわけだ」
予定していた日にちよりも帝都到着が遅かった。遅刻の原因が判明し、フーロコードは溜息を漏らす。
「飛空艇はどのように空を? 蒸気機関でござるか?」
「だとしたら煙を撒き散らすわ、音もうるさいわで最悪の旅路になってるわよ」
随分とレトロな代物。異国出身はまだ都会の乗り物慣れしていないように見える。
「魔導書よ。コイツは武器にもなるし、使い方次第では乗り物や兵器を動かすコアにもなる。燃料や鉱炭の消費も減るしで星に優しいのよ」
魔導書はエンジンにもバッテリーにもなるという事だ。
魔導書には魔力が組み込まれている。それを乗り物の移動や浮遊など様々な形で利用することも可能。想像以上に万能なアイテムなのだ、魔導書というマジックアイテムは。このクロヌスにおいては、なくてはならない神器である。
「一時間でオルナ渓谷へ到着するわ。専用の小型艇はそこらの観光船の数倍早いんだから」
地図を広げ、二人にその後の説明を開始する。
「いい? オルナ村は渓谷地帯のド真ん中にあるの。村そのものも入り組んだ場所にあるときた。周辺に止めるのは無理だから、少し離れた場所に船を離陸させる。そこからは村まで徒歩で移動よ」
「馬車とかないの?」
「近道を使うんでね。馬車の用意も面倒だし呼んでないわ」
馬車などの乗り物が通れる道はしっかりとあるが、道に沿って移動するよりはところどころ乗り物が通れない道を徒歩で通過した方が到着は早まる。そちらのほうがまだ楽が出来るとのことだそうだ。
「このオルナ村って場所。治安は良い方じゃないわ。無法者のギルドは勿論、盗賊団だってやりたい放題の場所よ……村周辺の調査をした部下の報告から、この村に妙な動きがあると来たわ」
オルナ村。人里離れた渓谷のど真ん中。一部の商人街にとっては通り道ともなるこの付近。度々窃盗や襲撃は起きるという。
しかしここ最近。村や渓谷の方で一部組織が怪しい動きを見せているという。
それがフーロコードの部下からの報告だ。
「ミド・ヌベールの尻尾を掴めるかどうか。出来る限りは手を尽くすわよ!」
「「承知」」
キョウマとエメリヤは二人揃って敬礼をした。
落ちてきた月。それと死の商人。
そこに絡みがあるのかどうか。手当たり次第だが調べられるものは調べつくす。そのつもりでいる。
「あぁ~? あとそれともう一つだっけ~? 妙な噂も掴んだらしいの」
「「妙な噂~??」」
キョウマとエメリヤは二人揃って体を斜めに逸らす。大きく首をかしげたのだ。
「……なんでも、【月の使者】を名乗る連中が付近で確認されているらしい」
月の使者。それはムーンデビルの別称である。
「詳しくは分からないけど、そいつは紛れもなく人の姿をしている。月の使者を名乗る連中は商人に襲い掛かった事があるとも報告も」
「それは本当にムーンデビルにござるか?」
街中で見かけたようなムーンデビルのような化物。報告があるというのなら、月の使者を名乗る者達の目撃者がいるはずだ。
それは白い怪物の姿だったのかどうか。キョウマは問う。
「話によれば……一人は『指を触手のように伸ばし』、もう一人は『深紅の瞳から光線を出した』と聞いているわ」
「!!」
酷似した点は幾つも存在している。
街中に現れたムーンデビルは背中の翼と指先を触手に変形させていた。光線は出していないが顔面から赤い瞳も露出させていた。
「確かに、可能性は大いにある。ござるな」
「仮にもし、その連中がムーンデビルであったのだとしたら……ミド・ヌベールは愚か、ミレニアに近づく大きな一歩になるかもしれない。魔術協会の名において、一斉検挙の為にオルナ村をたたく」
悪行三昧のこの村。帝都の管轄外であるために軽く監視をする程度で収まっていたこの付近であるが……世界に危機をもたらしかけたムーンデビルと関係があるのなら話は別だ。
勢力でオルナ村を鎮圧する。この小型艇には彼女たち以外にも数名の魔術協会メンバーが乗り込んでいる。戦力は足りているはずだ。
「今のうちに休んでおきなさい。場合によっては重労働に……ん?」
話を終えたところ。ちょうどいいタイミングで通信用の魔導書が光り出す。
「どうしたの?」
『ドラゴンです。前方から巨大なのが』
「種類は?」
『草食ですね。こちらから何もしなければ攻撃はしてこないかと』
どうやら飛竜が前方に現れたらしい。確認の通信だったようだ。
「じゃあ、避けなさい」
『大きく揺れますので』
「わかったわ」
飛竜を避けろ。フーロコードからの確認が取れたところで、向こう側の通信が途絶える。
「「「……んんんっ!?!?!?」」」
その瞬間。報告通り大きく揺れた。予想以上だった。
「「うわわわわッ!?」」
「あーれー」
まるで巨人が小型飛空艇を掴んで大きく揺らしたような。小型飛空艇は大きく斜めに偏り、中にいる協会メンバーをゴッチャゴッチャに掻きまわす。
窓からは人類に害のないドラゴンが見える。結構近くにまで接近していたようでギリギリの回避になったようだ。衝突事故は免れ、ドラゴンは北の大地へ飛んでいく。
「いっつつつ……」
三人は揉みくちゃになりながら、部屋の片隅に転がり込んでいた。
「エメリヤは大丈夫?」
「私は平気」
エメリヤはフーロコードの下敷きになっていたが怪我はないようだ。
「……キョウマは?」
となれば、一番心配になったのは。
「ぷしゅううう……」
二人の下敷きになったキョウマであった。
エメリヤに抱き着かれるような形。その斜めからまた一人女性からプレスされる。女性の肌を諸に体感しただけでなく、頭を強くぶつけたキョウマは気を失っていた。
「……どんだけ女慣れしてないのよ~。コノ野郎はねぇ~?」
キョウマのウブすぎる一面。フーロコードの冷淡な一言は気を失っている彼の耳には届かなかった。
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