第04話「1.9.7.0 月は地より牙を剥く(その1)」


 ----数時間後。

「ただいま」

 今日は帝都中を駆けまわる大忙しの一日となった。あっという間に夕刻。フーロコードとキョウマは仕事を終え自宅へと戻ってくる。

「……おかえりなさい」

 部屋ではソファーに腰掛け、恋愛小説を読んでいる半魔族の少女の姿があった。

「言いつけ通り大人しくしてくれたようね。偉い偉い」

「折角の自由を台無しにするほど馬鹿ではないわ」

 逃げ出して大暴れするような馬鹿な考えなんて最初っからしていない。半魔族の少女は溜息を漏らしていた。

「ご飯の用意するけど、リクエストある?」

「で、では。魚の塩焼きと、雑煮を」

「うわ~、ザ・異国人って感じ……塩焼きはともかく、雑煮はあなた好みの味付けに出来るか分からないよ。そもそも作り方がわからん。『雑に煮る』とはいえ、そんな単純なモノとも思えないし」

「では、この国の料理を所望いたす!」

 文化の違いを楽しむのが一興。キョウマはおまかせでフーロコードに献立を頼んだ。まだ一口も食していないこの街の食文化に興味を抱いていた。

「はい、まかされた。少し時間かかるわよ」

 それほど広くない部屋。キッチンとリビングが一体化している部屋ともあって距離は近い。フーロコードはエプロンを着けることもなく、冷蔵庫から適当な食材を取り出していく。

「ふぅ……」

「おかえりなさい。疲れてるわね」

 ソファーに腰掛けたキョウマに対し、半魔族の少女が身を寄り添い声をかける。

「今日は一日中歩いた故……でもそれは慣れているでござる! 小さい頃から毎日実家の裏山を往復しておったからな!」

「でも、息が荒い」

「これは緊張にござる……次第に慣れると思う」

 これほどの仕事量は王都の騎士団時代にも経験している。特に支障はないとキョウマは言い切った。

「……ええと。そういえば、名前を聞いてなかったでござるな」

 今思えば、この少女の名前を聞いていない。

「【エメリヤ】」

 半魔族の少女は名乗る。

「意地汚い商人どもから貰った名前じゃない……両親から貰った大切な名前。ずっと大切にしてきた名前」

「良い名でござる。宝石のように綺麗で」

「貴方はキョウマと言うのよね?」

 自己紹介をせずとも、フーロコードとの会話などを聞いて名前を憶えていたようだ。余計な手間が省ける。

「……エメリヤ殿。お主は何故奴隷商人に」

 キョウマは彼女に問う。何故彼らに捕まってしまったのか。その経緯を。

「それは……」

「答えづらいのなら無理はせずともよい。」

「いいわ。貴方になら」

 最初こそ何処か苦しそうな表情を浮かべてはいたが、エメリヤは屈託のない笑顔を浮かべて返事をする。

「貴方のような素敵な人になら。心を許せられるから」

「~~~っ!」

 故に、エメリヤに一目惚れであったキョウマはトキメキを浮かべてしまう。

「き、気持ちは嬉しいでござるが、そう無防備なのも良くはない……! もし拙者が、あの商人以上の悪人であるのならどうするつもりでござるか……!」

「悪人なんかじゃないわ。だって貴方って正直者だから……あんな嫌な奴らよりも綺麗な目をしているもの」

「……そう、にござるか」

 直視をすることすら恥じらいを覚えてしまうほどの綺麗さ。一瞬、目を背けようとしてしまったが話をしている最中に視線を傾けるなど無礼。顔のニヤケを必死に押さえ、キョウマはエメリヤと見合う。

(あぁ~はいはい、青春青春。仲睦まじくて羨ましいわ~)

 フーロコードは小声でボヤいていた。おっさんっぽく尻を掻きながら。

「……山奥に半魔族の村があったの。私はそこで住んでいたわ。パパとママの二人とね。二人も私と同じ半魔族よ」

 もともとは家族で暮らしていたようだ。彼女の顔を見るに、実に幸せな家庭で過ごしていたと思われる。

「半魔族の村が……」

「半魔族が危険分子と駆逐される一方でも血筋は増えているものよ。けど厄介者扱いされている半魔族はそうやって隠れ里を作ってひっそりと暮らしている」

 半魔族は魔物と同じような扱いをされているためにこうして追いやられることが大半である。地図にも載っていないような場所にそんな村があったりするのだ。

 フーロコードは料理をしながらも説明を加える。

「……だけどある日、村が騎士団に見つかって。『帝都に手を出されると困る』だなんて理由を着けられて、一夜にして村は焼き掃われたわ」

 しかし、その幸せは一夜にして砕け散ったという。

「私達は別に何もしていないし、何かしようとしたわけでもないのに、ね……逃げ惑う半魔族に対しても躊躇いなく火を放ったし、中にはどさくさに紛れて強姦する奴までいた。パパもママも目の前で嬲られて。悲鳴を上げる度に大笑いしてた」

「なんと……!!」

 あまりに突然の事。その惨さ。

 キョウマは思わず怒りに言葉を失ってしまう。

「納得はいったわ。貴方程の実力があろうと、騎士団総がかりなら手も足も出ない」

 エメリヤほどの半魔族が後れを取るほどの相手など一体何がいようかと考えていたようだ。それだけの組織が相手だったことを知りフーロコードは納得する。

「ここでフォローは冷酷だと思うけど、協会の一員として言わせてもらうわ」

 フーロコードは振り返り、協会の立場として語りだす。

「キョウマ、アンタは『モルガ』って一族を知ってる?」

「モルガ?」

「そのリアクション。多分聞いたことないわね」

 まずはそこの説明から始めるべきだろう。フーロコードはそう判断した。

「アンタはこう思ってるでしょうね。何故そこまで半魔族に対してのヘイトが高いんだって……昔ね、半魔族という存在が脅威視されないようになりかけた頃、モルガと名乗る半魔族の一派が現れたの」

 モルガとは、とある民族であり組織である。

「自分たちは特別な力を持っている。普通の人間よりも上の位置にいる資格がある。そんなことを宣って大暴れしてね……収拾がつくまではかなりの時間がかかったわ。帝都もその被害に合って惨事になったのよ」

 複数の街が壊滅。巨大な国家である帝都もまたその襲撃を受けた。

 話を聞くに勝利はしたようだ。だがその分、失ったものも大きかったようだが。

「その一件もあってか、モルガでなくとも半魔族に対して警戒心を持つようになったのよ。何十年も経ったどころか、その出来事を実際に体験していない奴が子ネズミのように怯えてしまえるくらいには、ね」

 これが半魔族に対する恐怖のルーツ。その存在について徹底する理由である。

「無害の半魔族が多いのは事実。でも、半魔族は魔物であると同時に人間……そう、人間なのよ。知能のある生物であるという事。人間には善人と悪人がいてね。夢や理想、野望や怨念を抱く者はたくさんいる。それと一緒で半魔族の中には……純粋な悪もいれば、人間に復讐を願い暴れまわる者もいる」

「彼女達の村はそのようなことを考えていなかったという! せめて話し合いを」

「話し合いが通じるような空気に見えた?」

 フーロコードの言葉に、キョウマは拳を強く閉じる。歯痒い気持ちになる。

 奴隷商人の対応もそうだが、突然街に現れ魔法を放った半魔族に対し、恐怖の念を浮かべる野次馬達は沢山いた。とてもじゃないが彼女の話なんて聞いてくれる空気ではなかった。

「色々あったの。人間も街も……敏感すぎるのよ、特にこの帝都はね」

 フォローを終えたところで、フーロコードは調理に戻る。




「ただ! アンタが見た騎士団達のやり方が本当だとしたら感心は出来ないッ! 殺しを楽しんでやがるわ……救いようのないゴミクズ共めッ……!!」

 しかし、帝都の現状全てに納得しているわけではない。

「私もやりすぎだとは思う。『話くらいは聞いてやれ』って……何かと理由をつけて弄べるからと魔女狩りを楽しむ勘違い野郎共にそう話が通じれば楽なもんだけど」

 一言だけ協会の人間としてではなく、フーロコード個人の意思を漏らして。

「私はパパとママに逃げるよう促されて、死に物狂いで逃げて……その途中で他の人間に捕まって自由を奪われて。気が付けば街に連れて来られていた。売りに行かされる途中で貴方達に会った」

 その最中でキョウマによって助けられ、今に至るというわけである。

「……助けてくれてありがとう」

 エメリヤは再び、彼に微笑みかける。

 ……頬を真っ赤に染めるキョウマを抱きしめて。

「にゃっ!? れ、礼には、及ばぬでごじゃる!?」

 目がグルグルしている。頭からは噴火口らしく煙が飛び出しそうな勢いだ。

 ここなら男らしく、抱きしめ返して優しい言葉を返すべきなのだろうとキョウマは考えている。だが彼にそれだけの根性はなかった。

「……そ、そのっ。もう、大丈夫にござる、から」

 でもだからといって何もしないわけにはいかない。

 そっと彼女の頭に手を添える。撫でる事くらいならかろうじて出来た。


「だけど、一つ気になることがあるの」

 礼を言った後、再びエメリヤの表情が曇る。

「私はこの後どうなってしまうのだろう、って」

「あっ」

 キョウマの顔も曇りだす。

 そうだ、今、エメリヤは協会に捕縛されている状況。折角もらった自由も、帝都で二番目に面倒な組織で再び奪われてしまっている状況だ。

 彼女はこのままどうなってしまうのか。キョウマもまた、今までの話を聞いていたからこそ不安で焦り始める。

「貴方は、私が『魔術実験の被験体モルモット』として引き取った事になってるわ」

 空気が澱む中、それを引き裂くようにフーロコードが割って入ってくる。

「だから貴方をどうしようと私の自由……その気になったらお仕置きはするし、ちゃんと言う事を聞くのなら、こうやって美味しい餌もお風呂も用意してあげる」

 テーブルの上に小さな皿。上には何かのフライが乗せられていた。

「あとはアンタ次第よ。キョウマ」

 彼女の視線は次にキョウマへと向けられる。

「しっかり考えて答えなさい。アンタは今は帝都の騎士である事、そして協会の一員である私の部下であるという事も。それを踏まえた上で……

「拙者は……!」

 キョウマは何の迷いもなく回答する。

「エメリヤ殿をお守りしたい! これ以上、酷な事を経験させたくはないッ……!」

 それは一番のワガママであった。

 周りからどれだけ酷な眼で見られようと、この少女にはこれ以上酷い目にあってほしくない。これ以上の不幸を味わってほしくない。

 自身の身はどうなってもいい。だがこの少女だけはどうにかならないかと懇願するようにフーロコードへ意思を告げた。


「……はいはい。お若いわね」

 フーロコードは首を横に振りながら受け応える。

「行き先不安だけど……アンタとは上手くやっていけそうな気がするわ」

 しかし、その表情は呆れというよりも。

 『そういう人間で安心した』と、安堵するような表情に見えた。

「もう少し時間かかるわよ。だからこれで小腹満たしておきなさいな……私の可愛い助手達」

 お皿の上に新しく何かが乗せられる。

 骨付きの小さな鶏肉だ。軽く焼かれ、塩コショウで味付けされている。

「「……美味いっ!!」」

 二人ともこの国の名物の味に感極まっていた。

 この後の晩餐にはどのようなメニューが並ぶのか。二人は鳴りやまぬ期待に心を躍らせるのであった。

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